十二人目 エルフさんと6
「アクアちゃん、久しぶりね」
「奥方様、お久しぶりです」
グノーにコハルが攫われた件を連絡すると、グノーだけでなくグノーの奥方である、シルフィ様も人工精霊の姿で現れた。人工精霊も相変わらず優美だ。
「早速だけど、私はフェンリル族のスックラーちゃんに連絡を取ってみようと思うわ。きっと彼女なら、闇オークションとのつながりがありそうな者に接触できると思うし、コハルちゃんに借りを返したがっていたから」
「スックラー様ですか?」
「ほら。コハルちゃんがお見合いをした、ヴィオレッティと結婚した子よ。彼女の元々いた群れはフェンリル族の中では一番強い群れでね、所謂彼女はロイヤル的立場なの。ヴィオレッティと結婚して降嫁したわけだけど、彼女達が新しく作る群れは凄く注目されているわ。注目されているからこそ、色々な裏社会の者からの声もかかると言っていたし。どっぷりと裏社会とつながるのは問題だけれど、縁を切ればいいというものでもないから、きっと上手く利用してくれると思うわ」
……どうやら、コハルのお人よしな部分はとんでもない人にまで、色々恩を売っていたようだ。そしてそれが彼女の人徳というものだろう。
グノーがお膳立てしたお見合いという名の顔合わせで味方を増やすだけではなく、自分の力で増やしていっている。
『アクア様。海の方には、小春を攫った奴らは逃げ込んでいないようです。ただしもしも入り次第、なにがあっても捕まえてくれると親父が各部族にかけあってくれました』
『各部族?』
『俺の親父セイレーン族で一番偉いんです。そんでもって、セイレーン族は海の中では幅を利かせてるので』
……ん?
セイレーン族で一番偉い?
『リュウグウジはもしかして、王子なのですか?』
『そんな大層なものじゃないです。俺の兄弟は多いし、偉いのは親父だし。カリンの事も伝えたら、全力でサポートしてくれると言って下さいました。親父は俺の母の関係で裏社会が大嫌いで、そういった奴らとの取引が一切ないから闇オークションを探す手伝いは難しいそうなんですけど』
コハルのこの引きの強さはある意味恐ろしい。
元々コハルはリュウグウジの問題に巻き込まれたわけでもあるのだが、まさかの海全体を味方に引き込んでくるとは思わなかった。
『……カリンの事は御父上には助けを求めなかったのですか?」
『あー、できるだけ自分の力で生きるようにと言われていたので、この間まで黙っていたんです。最近叔母を通して助けを求めたんですけど、中々海の中でも夏鈴のような症状をどうにかする方法が見つけられない状態でして。夏鈴は人間に近い体なので、とりあえずは陸上に居る方が負担も少ないんじゃないかと、海に帰る事はしませんでした』
……あっちもロイヤル。こっちもロイヤル。
更に、滅多にお目にかかれない上に味方になどできないと言われる精霊族の血筋が味方にいて、世界最強の竜族がいて――。
「お前、海皇の息子だったのか」
「は、はい。こんななりですけど、一応……。貴方様は?」
「私はグノーだ。お前の所の父親とも懇意にしている、ただの竜だ」
グノーはただの竜ではない。しかしリュウグウジは目を丸くして、はぁ、そうなんですねとしきりに恐縮するのみだ。
「そうだ。馬ファイブの奴らも協力して色々探りを入れてるそうだ。芸能人は色々顔が広いし、奴らが友人が困っているから助けて欲しいと呟けば、世界中のファンが立ち上がるからな」
「世界の半分以上が小春の味方になるとか、圧巻だねぇ。これ、人間たちが知ったら、きっと面白い事になるだろうな」
先輩がボソリと呟いた言葉に、私はギョッとして振り返った。先輩は口元は笑みの形をとっていたが、眼鏡の所為で表情は読み切れない。
「大丈夫。今は言わないよ。小春が望んでないし、そもそもこの恐ろしい数の力を小春は納得して受け入れないだろうし。まだ時じゃない」
「必要ならば言うという事ですか?」
「必要というかね、俺の半分の血筋がうずうずしてるんだよ。前に言ったよね? 俺は相手の意識に同調するって。後ろ向きで暗い考えに引っ張られるのは苦手だけど、それすら好きな精霊族もいる。結局強い感情のうねりを見ると、精霊族っていうのはわくわくしちゃうんだよね。ほら、嵐は怖いけれど、何となくわくわくしてしまうアレみたい感じかな。精霊族の能力はありがたい反面、それに流されないようにするのは骨が折れるんだよねぇ」
……今の所味方だけれど、何か一歩踏み外せば敵以上に厄介な存在な気がしてならないのは私だけだろうか。
「まあ小春を傷つけるのは本意じゃないから我慢するけどね。さあ、ここからは君のお仕事だよ。たぶん小春の狼煙は君宛だ。本当にこのわずかな時間で、よくあの思考回路の小春の懐に入れたねぇと拍手したくなるぐらい、彼女は君を信頼している。スックラーって子が中心となって、色々な情報を持ってきてくれると思うから、どれが小春の狼煙かを見分けるんだよ」
小春はきっと、自分が作ったと分かりやすい魔石化させた宝石を商品として出してくるはずだ。私は彼女の信頼に答えたい。
しばらくして、スックラー様は様々な闇オークションで売買された商品リストを持ってきてくれた。陶芸品、絵画、人間、妖精族など様々だ。中には絶滅種の瞳など、趣味の悪さに吐き気がしそうな物もある。リストに書かれた売られた人間の特徴はコハルではなかったのでほっとしたが、コハルではない誰かが犠牲になっている事にほっとしている自分に少々嫌気がさす。
きっとコハルなら、この売られていく少女に同情しただろう。しかし私はこの名も知らぬ少女よりもコハルの安否の方が心配なのだ。私は彼女ほど綺麗にはなれない。
「確かに、人間を嫁に迎えた者が人間を保護する法を作りまくるはずですね」
もしも自分の大切な者達が売られたらと思えば、それを守りたくもなるだろう。その法の所為で私自身が動きにくくなっているのも事実だけれど、もしも法がなければ、このリストにはもっと多くの人間が名を連ねていたに違いない。かつてはそうだったのだから。
リストを読み進めると、宝石の売り出しの欄がでてきた。
呪いのダイヤモンドや、かつて黄金竜と呼ばれた伝説の竜が持っていたイエローダイヤモンド、海の女王が作ったと言われる真珠など様々だ。魔石化した宝石も種類は多い。天然もの、人工もの、様々だ。
その中で、ふと銀色に輝くダイヤモンドの項目に目を止めた。銀というと、コハルの無属性の光にも似ているが、どうやらこれは光属性と闇属性が混ぜられて輝かせている――って、普通はあり得ない組み合わせだ。
すぐにこれがコハルが作ったものだと分かった。本来光属性と闇属性は反対のものなのだから同時に使う事のできない魔力だ。それを混ぜ合わせてしまえるのは、無属性であるコハルだからこそだ。それに二種類の魔力を混ぜて一つの魔石に入れるという変わった技法で作られた魔石は、コハルがお弁当に良く入れてくれていた。
きっとこの青紫色のサファイヤもコハルが作ったものだろう。
「スックラー様、この宝石を買った方はご存じですか?」
見つけた手がかり。
これがコハルが残してくれた狼煙だ。いつも私の為に作ってくれたからこそ分かる。
「コハル、無事でいて下さい」
コハルはとても心が強いので、きっと大丈夫だろう。でも早く会いたい。私が会って、コハルを感じたいのだ。
私はコハルほど綺麗な心の持ち主ではないから、本当は彼女の隣にいていい人物ではないかもしれない。それでも、もう二度とコハルから離れたくないと強く思った。
◇◆◇◆◇◆
人間の国で力のある鷹藤家が被害届を出した事で、国際警察も巻き込んでコハルの奪還は行われた。
闇オークションは世界でも有数の金持ちが色々と欲しい商品を買うため、必要悪な部分もあり中々国際警察も動けない。しかし今回は大きく世論が動いたため、このオークションに限り、一網打尽にする事となった。
私は真っ先にコハルの所へ向かわせてもらい、牛鬼を屈服させ、コハルを攫った人間を失神させ、色々問題を起こしたにも関わらずあまり反省のないグノーを泣かせた。グノーはコハルを助ける為に色々動いてはいたが、そもそもグノーが引き起こしたのだろうというところもあり、結構すっきりした。
大切な宝物の剣が折れて泣くグノーに対してコハルは申し訳なさそうにしていたが、むしろコハルこそ怒ってもいいと思う。しかし色々と図太いところがある彼女は、しっかりと食事も睡眠もとって、監禁されていたにもかかわらず健康そのものであり、牛鬼や人間の男にまで同情する始末だ。
このなんでも前向きに受け入れてしまえるところが、コハルの味方を増やせた理由でもあるのだけれど、何だか釈然としない部分でもある。たぶん当事者であるコハルが許してしまえば、部外者である私が怒り続ける事ができないからだろう。
その後コハルはグノーの奥方やスックラー様と話していたが、以前に比べ人間以外の種族に慣れたようで、怯える様子はなかった。奥方に対しては、綺麗とまで感想を言っているあたり、凄い進歩な気がする。このままエルフ族に対しては警戒心ゼロになって欲しいところだが……どうだろう。今の所私は、彼女の親友の座にまで上り詰めているが、その一歩先への道はそろそろ開けないだろうか。
「そうだ。グノーさん。あの、実は私、もうお見合いは止めようと思うんです」
そんな事を考えていると、コハルがドキリとする一言を言った。
「とうとう、決めたのか!!」
グノーが凄く喜ばしそうにしたが、逆に私は真顔になる。これは上げて落とす流れだ。うん。私もそろそろ学習している。
「はい。私、まずは自分の身は自分で守れるよう、早急に魔術師になろうと思います」
「結婚の日取りは――ん? 魔術師?」
「はい。誰かに守ってもらう為に結婚なんて、やっぱり不誠実です。人間だから守られるのが当たり前なんて思いたくないです。魔法についてはアクアさんとグノーさんが教えてくれますし、補助するための魔道具の知識も東さん経由で何とかならないかなと思っていまして」
ですよね。
私はぬか喜びなどしない。もうこの流れは最初から読めていた。
グノーが同情的な眼差しを向けてきたが、そんな物向けないで欲しい。逆に心が痛む。
「……アクア、お前。まだなのか」
「五十年計画だと言ったでしょうが」
そう。五十年かけて、私に慣れてもらって、結婚に持ち込むのだ。今一番コハルが信頼してくれているのは私だと先輩も言っていた。こうなったら、後は時間をかけて分かってもらうしかない。
途中、私との契約の話も入り、慌てて捨てられないように話を進める。お金がないからさようならとか言い出したら、本気で泣くかもしれない。そんな事になればコハルも悲しんでくれるとは思うけれど、あの前向きさを見ていると、すぐに次へと移って行ってしまいそうで油断ならないのだ。
魔法を教える件も私だけでなく、他の人も声を上げた。……というかスックラー様はロイヤルな方なのではなかっただろうか。今回の殲滅作戦で前線で戦っていたのも色々どうかと思うけれど、コハルの家庭教師まで引き受けていいのだろうか?
でもきっとここに居るという事は、そんな身分云々で引き下がらない方なのだろう。
とりあえず私の居場所がなくならないように私は叫んだ。
「コハル! 魔法の第一人者はエルフ族ですからね」
魅力的過ぎるコハルの隣をとられないよう、私は今以上に頑張らなければならないようだ。




