十二人目 エルフさんと5
リュウグウジの家を訪ねると、カリンはベッドで寝ていた。頬は痩け、布団から出た腕も折れそうな位細い。まさに死期が近づいている病人といった様子だ。コハルに顔を見せたがらなかったのも分かる。
『すみません。最近寝てる時間も長くて。ご飯は食べてるけど、やつれていく一方で、体力が戻らないんです』
『純粋に魔力が枯渇してるんでしょうね。エルフ族でも魔素を上手く取り込めない病にかかると、徐々にやつれますから』
人間は食べ物から得る少量の魔力から自分の魔力を作るが、それは魔素から作るより効率が悪い。だから大きな魔力を持つエルフ族は魔素から魔力を作り出すことに特化していた。
魔素から魔力を作るのは、少量の魔力を消費して魔素を多量の魔力に変えるという方法なので、多分魔法を使っているのに近いのだろう。エルフ族は子供のうちに、それができるように練習をする。
『それで、今は魔術師が魔力を直接入れているんですか?』
『はい。日に一回お願いしています。色んな魔術師の方が交代でやってくれるのですが、回復は見られず、むしろ少しづつ悪くなっていて……』
『人間の魔術師がどの程度か分かりませんが、多分魔術師よりも魔石職人の方がずっと上手に魔力を入れてくれると思いますよ』
『は?』
人間の魔術師は、魔法だけでなく、魔道具の知識も持っていなければいけない資格だとコハルが話していたばかりだ。魔法も使うのだからある程度の魔力も持っているだろう。しかしそれは魔法を使うためのもので、魔力を補填するのに特化しているわけではない。
『エルフ族は魔石作りが得意ではありません。それは魔法を使うのと魔力を補填するのは似ていても異なる動作だからです。途中までの作業は同じなのですが、魔力を中に入れるというのは、そのものが持っている魔力の波に合わせて魔力を動かす事になります。少量でも魔力を帯びているものほど入れるのが難しくなり、それが生き物となればなおさらです。相手の魔力の波に合わせるのはとても難しいでしょう。しかも属性を合わせて行わないといけないのですから』
コハルが言っていた魔力透過率が高い石というのは、結局のところなんの魔力もおびていない石という意味だ。魔力がすっからかんならば入れるのは容易い。しかしそんな石は少なく、この世界にあるあらゆるものは、多かれ少なかれ何らかの魔力を持つのだ。
だからコハルの魔石が素晴らしい出来になるのは、魔力が大きいからでも、無属性の魔力だからでもなく、相手の魔力にすんなり同調できる親和性の高さからくるものだろうと私は当たりを付けていた。この親和性が高ければ魔力を入れる時も無駄が少なく、魔石を作る時に疲れを感じにくくなるはずだ。もちろん大きな魔力も必要だし、属性転換がしやすい無属性も魔石作りを優位にしているとは思う。
『夏鈴はセイレーン族との混血だからか、水の属性と土の属性の二つを持ち合わせていて、同じ魔力の魔術師はいなくて……』
『二属性持ちとは珍しいですね』
『たぶん涙が魔石になってしまうのは、二種類も属性を持っているからだろうとも言われました。元々小さい頃から涙を魔石にできてはいたんです。でもその頃はどちらの魔力も同程度でバランスが取れていたみたいで勝手に出てくることはほとんどなくて。でも成長して水の属性の魔力が大きくなってしまって、土の属性と反発しておかしくなっているんじゃないかと。魔石は水の属性を帯びていて、水の属性の魔力が土の属性の大きさに合わせようと外に出てるのかもとか魔術師は言っていました。俺、魔法はさっぱりだから、本当にそうなのかもよく分からなくて』
普通は一つの個体に宿る魔力の種類は一つだ。二つの属性持ちは珍しく、変調をきたしやすいとも聞く。
『それは私も分かりません。二つの属性を持つという事は本当に稀ですから。だとしたら、体に追加していれているのは土の属性ですか?』
『そうです。でも一生懸命入れてくれるんですけど、入りにくいみたいです』
『それはそうでしょうね。でもなおさら、だったら魔石職人の方がいいですね。コハルほどの職人がどれぐらいいるかは分かりませんが、コハルは数種類の魔石を同時に作れていました。つまりは二属性の魔力を作り調節して中に入れる事ができるという事です』
ただしそれほどの職人が、いったいどれぐらいいるかというところはかなり疑問だ。コハルは大したことはないと言っていたが、そんなはずはないのだ。
『たぶん、魔石職人にお願いするのは無理です。もちろん魔石職人でそういう事ができる人がいるなら土下座してもやってもらいます。でも引き受ける職人はいないと思います』
『なぜですか?』
『……人間の国では法律に抵触する行為だからです。魔術師はどんなことをしても許されますが、魔石職人は魔石を直接販売するような事は禁止されていて、それとたぶん同等の扱いになると思います』
『そういえば、魔石を低価格に抑えるために、人間の国には色々理解に苦しむ法が存在しているんでしたね』
自分で使ったり譲渡することは許されるが、彼らは仲介を挟まなければ売る事ができない。例外は人外に直接依頼を受けた時のみ。
『間に魔石職人の仲介を入れても難しいのでしょうか?』
『まず魔石協会が一枚岩ではないので、そこを納得させるのが難しいです。そしてそれを乗り越えても、魔石職人はきっと大きな利益を渡してもらえない上に、人命のかかった医療行為なので、何かあった時の問題が大きすぎて誰もやりたがらないはずです』
『悪法ですね』
『俺もそう思います』
しかし今は法律を変えている時間はない。
状況的にコハルがボランティアで行うのがいいかもしれないが、今はコハルが居ない上に、そんな事をし始めればコハルの方が倒れてしまいそうだ。魔石に入れるよりも多量の魔力を消耗する上に、時間もかかり仕事が制限されていまうだろう。
ある意味、今ここにコハルが居なくて幸いだったと思う。彼女は親友の為なら自分を犠牲にしそうだ。
『となると、私の国の医師に対策を考えてもらう方がいいですね。エルフ族なら、この病とは別ですが魔力が枯渇してしまう病は存在するので』
人間の国の方が適した人材はいるかもしれないが、どうしても法などで動きが制限される。それぐらいならば、エルフ族の国へ渡ってしまった方が私としても伝手が使いやすい。
それにエルフ族の国はエルフ族の誰かの許可がなければ足を踏み入れるのが困難な場所だ。エルフ族の国に居る限りカリンが誰かに捕まり、コハルを脅す為の材料になるリスクは減る。
『お願いします。どうか夏鈴を助けて下さい』
私は久々に、故郷の友人に連絡を取ることにした。
◇◆◇◆◇◆
色々話がまとまり、これで鷹藤家がコハルを脅す材料は消えたと思った翌日。今度はコハルが、人外に連れ去られてしまったと、夜にリュウグウジが駆け込んできた。
どうやら仕事仲間が教えてくれたそうだが、最悪の事態だ。
連れ去ったのは裏社会の者達の様で、鷹藤家はその者達から脅されていたらしい。
『鷹藤家はコハルを売ったわけではないのですね?』
『ち、違います。どうも、元々コハルを連れてくるように言われていたけれど、それを回避しようと動いてたって言ってました。その時当主の甥もコハルと一緒に連れ去られたらしくて、今は国際警察に相談しているとも』
『甥?』
『魔術師の人で、えっと、一応コハルと婚約したとか――いや。たぶん情報が、混乱して間違った事がまことしやかに流れているだけだと思うんですけどっ!!』
グシャッ。
りんごでジュースを作ろうと思って持っていたが、あまりの苛立たしい話に、魔道具を使うまでもなく潰してしまった。ぽたぽたとこぼれ落ちる果汁が勿体ないが、仕方がない。私の方を見るリュウグウジの目が明らかに怯えを含んでいたがこれも仕方がない。私は少し落ち着こうと、皿の上にりんごを置き、汚れを水魔法で取り除く。
『面倒な相手も、こうやって一瞬で片付けられたらいいんですけどね』
『ひぃっ。止めて下さい。人間を殺したらコハルと一緒に暮らせませんからね』
『別に誰も殺すなんて言ってないじゃないですか。……握りつぶしたいなとはちょっと思いましたけど』
『何をとは聞きませんからね。怖い発言は止めて下さい!! 何でその細腕で、ゴリラみたいな力があるんですか。詐欺ですか?!』
『言っておきますけど、私は元々護衛を生業として仕事をしてますから。これぐらいの握力がないと竜族と戦うとかやってられませんから』
エルフ族は魔法しか使えないと思われがちだが、田舎暮らしなのでそれなりに筋力がある。その上でこういった仕事を選んだからには、鍛えなければ死と直結なのだ。
『竜族?!』
『あまりやりたくないですけどね。彼らの鱗は固すぎるので、ボコるとこちらも痛いんです』
『……ボコる』
『あっ、流石に殺してませんよ。殺す前に友人が止めに入ったので』
『コハルが一日でも早く貴方の隣に帰ってくることを神にお祈りしてきていいですか?』
……焦っても仕方がない事だとは分かっているが、かといってこの非常事態に何を言っているんだろこの男は。いや、人間は困った時は神頼みをするとか聞いた気もする。コハルは全くそういった事がなかったので忘れていたが、リュウグウジの行動は普通なのかもしれない。
『そういうのは後にして下さい。とりあえず、コハルの居場所を探すのが先ですね。他には何か聞いていませんか?』
『えっと。小春を攫った男は、鬼のような上半身と牛の下半身をしていたそうです。該当する種族がないので、混血じゃないかと……』
『混血系は裏社会にはそれなりの割合が居ますからね』
人間との混血はどちらかの姿でしか生まれないのでおおよそ上手くいくが、それ以外だと、見た目が混ざる。すると受け入れられないという事も多く、そういった者は自然と裏社会に集まるようになるのだ。だからそれだけの情報だと、見つけるのに時間もかかるだろう。
『気になるのは、何故甥まで連れ去ったのでしょうか? 例え婚約者という間違った情報が流れていたとしても、一緒に連れて行く理由にはならないと思いますが』
『小春は自分自身を競売にかけられないように、あいつ自身が作った魔石を売った方が得だと交渉したそうです。小春は魔石は作れますが、そのための魔法陣は作れないので、多分魔術師である甥も一緒に連れて行く事になったんじゃないかと思うんですけど』
コハルがした、とっさの判断は多分正しかっただろう。
無属性の人間として売られれば、コハルの意志など無視して金持ちの所に嫁として売られたはずだ。しかし魔石をオークションにかけるとなるとそれなりの魔石を売らなくてはいけない。たぶん間違いなく、宝石を魔石化させて売ることを考えたはずだ。
『……どうしますかね』
無属性の人間としての価値だけならば、ただ彼女に子供を産んでもらいたいだけの者達が目を付けるだけだった。しかし美しい魔宝石も作れると知られれば、その価値は一気に跳ね上がる。
下手をすれば、裏社会同士でも取り合いとなるはずだ。しかもコハルがそれをする時の神秘さを見れば、更に手に入れたがる者は増えるだろう。
コハルを無事に助け出せたとしても、凄い争奪戦が起こるのは間違いない。考えるだけで目まいが起こりそうだ。
「こんにちは。勝手に、お邪魔しますね」
玄関先でリュウグウジと話していると、突然現れたコハルの先輩が玄関のドアを開けた。
「先輩?!」
「はーい。皆が何故か怖がる先輩だよ。じゃあ、迂闊な蒼汰君? ちょっと、校舎裏でキュっと絞めたいので、後でご同行お願いするね?」
「ごめんなさい!!」
「あははは。冗談だよ。ちょっとイラついて苛めただけさ。ごめんね。でも君は、小春に対して地面に穴を掘ってそこに頭を突っこむような土下座をするぐらい、反省するように」
たぶんその言動が怖がらせている原因だろうとは思うが、彼の場合は全て相手の感情がどう動くか分かってやっているので、私がとやかく言うべきことはないだろう。
「本当にごめんなさい。それで、えっと。先輩も小春が攫われたことを聞いたんですか?」
「うーん。色々とね、情報が入ってくるんだよね。どうも小春は厄介な事に巻き込まれたみたいだね」
きっと様々な相手の思考を読み取って、彼は自分の情報としているのだろう。今朝の事がそれほど早く噂として広まるとは思えない。鷹藤家のような名家の場合は特に隠そうとするだろう。
「何かコハルを助けるのにいい方法がありますか?」
「あの子は意外に図太いからね。とりあえずは大丈夫だろうし、彼女からの狼煙を待った方がいいかな。でもその狼煙を見つける為に、君と小春が親密にしている他種族で、お金持ちの人とか、顔が広い人とか、凄く有名な人とかいないかな? 協力を仰ぎたいんだけど」
絶対いる事を分かって聞いてきている相手に、私は頷く。
竜族でかつ、色々な種族に対して顔が広いグノーを筆頭に、コハルはお見合いを通してそういった相手とのつながりを手にしてきた。
「います」
「まずはそこに連絡を取って、助けを求めようか。色々今後が心配なのは分かるけど、まずはコハルを連れ戻すのが最優先だしね。俺の方も、伝手を使うから。というわけで、コハルは大丈夫だから、本番まではその怒りはとっておいて、無駄な場所で振りまかないでね。俺が疲れるから」
危機感を抱かせない言葉に苦笑いが漏れるが、多分今はまだ小春に危機が迫っていないから、そう言っているのだろう。それは彼の特殊な血筋だから分かるのか、それとも経験則で分かるのかは分からないが、少しだけ焦りが押えられる。
今は私が苛立ちを紛らわすためだけに魔法をぶっ放しても剣を振り回しても仕方がない。むしろそんな暇があったら策を講じるべきだろう。
「分かりました。リュウグウジも手伝いなさい」
「はいっ!」
私は手始めにグノーに人工精霊を送った。




