十二人目 エルフさんと4
コハルとの生活はとても穏やかな時間だった。フェンリル族の一件以来、連れ去り未遂もない。
時折私を見ているふりをしてコハルを見ている者もいたが、今の所何かをしてくる様子はなく平和な日常が続く。
だからコハルの方が私から自主的に離れてしまうのは、想定外だった。
「……ただいま」
一人でコハルの長屋に帰って来た私は、いつもの習慣で挨拶をするが、勿論声が返ってくる事はない。そもそもいつもならコハルと隣同士で、今日の労いを含めてただいま、お帰りなさいを言い合うのだ。
コハルは、鷹藤家の家令と名乗った人間の男についていってしまった。本当ならば、相手の人間が同伴を拒否してもコハルについていきたかったが、コハル自身が私に家で待っているようにと言ってしまえば従うしかない。雇い主はグノーだが、護衛内容はコハルの意志が尊重される。
そしてとりわけ動きを制限させられているのは、コハルがついって行った相手が『人間』だからだ。
人間は国際的にかなり手厚い保護法が存在している。この保護法は人間を娶った種族が相手に絆され、人間の売買を禁止したのがそもそもの始まりだ。数百年前は人間を連れ去って結婚するなんて話はよくあったが、多くの種族が娶ったからこそ、その人道的ではない行動を咎める者も増えた。
人間の特性として、混血の子を成した場合、子供は相手側の特徴を持つ。ただしすべてがそうではなく、稀に人間の姿の子も産まれる。人間の姿で能力も人間。でも血を分けた兄弟もしくは子供。中には人間の子供などいらないと捨てられたり売られたり、殺されたりすることもあったが、大抵は同族として愛され育つそして愛されるからこそ世界は弱い人間を保護しなければという流れになった。発言力が強い種族が保護を訴えれば、当然の流れだ。
その結果人間は人間の国に閉じこめられ鎖国に近い状態へとなり、世界は人間を守るための様々な法案を作り出した。
「コハルが助けを求めない限り、無理な乗り込みはできないんですよねぇ。まったく、厄介なものです」
コハルに明らかな害意を加えられ、コハルが助けを求めたならば、私は相手の人間に攻撃ができるが、そうではない場合私が国際法で裁かれる事になる。
そして人間を傷つけた罪に問われれば、国外退去命令と百年程度の人間の国への立ち入りを禁じる判決が下るだろう。そうなればコハルの護衛を続けられなくなってしまう。
悔しいが、今すぐには動けない。せめてコハルの様子を見る為の魔法を使ってみようとしたが、どうやら鷹藤家というところは人間の中では名門らしく建物に覗きの阻害魔法がかけられていた。そして阻害魔法を妨害すれば、またこれも国際法に抵触する。
とりあえず今は何もできることがない私は、コハルが朝干した洗濯物を取り込む。無事にコハルが返って来た時に洗濯物が冷たくなっていたらコハルも悲しいだろう。
料理もした方が良いだろうか。料理をするといっても、私が作れるのは具沢山なスープ料理ぐらいだ。元々エルフ族はそれほど食物を食べる必要がないため、人間ほどバラエティに富んだ料理を作る事ない。その代り飲み物は毎日飲むので、お茶やお酒などは詳しいと思う。
それでも以前コハルと一緒に作った時は、コハルが美味しいと言って飲んでくれたスープだ。きっと喜んでくれると思う。
全ての家事を終わらせて、コハルの帰りを待つが、一向に帰ってくる気配はなかった。外は既に日も落ち真っ暗だ。
エルフの時間の中で一日など、ほんのわずかな時間だ。それなのにこのわずかな時間を待つのに苦痛に感じてしまう。コハルは心細い思いをしていないだろうか。いっそ無理やり鷹藤家に押し入ろうかと思った時だった。
玄関の鈴が打ち鳴らされた。
『あ、あの。すみません』
ただいまという言葉ではなく、鈴が鳴った時点でコハルではないと気がつくべきだった。しかしコハルに会いたくてたまらない私は玄関の扉を開けた先に居たのが、彼女の幼馴染であった事に落胆する。
『何ですか? コハルはいませんよ?』
『その、コハルの事でちょっと話があって……』
確かリュウグウジ・ソウタと言う名前の男だったはずだ。私達エルフ族は家族単位で動くより、集落単位で動く事が多いため名字というものは存在しない。たぶん人間でいう名字に近いものは集落名だろう。
だから基本は名前で呼ぶし、コハルの事もその流れで最初から名前で呼んでいた。しかしコハルと仲がいい男という事もあって、彼の事はリュウグウジと名字呼びをしている。我ながら心が狭いと言われそうだが、人間というだけで結婚相手になりうるのは正直ムカつくのだ。しかもコハルと仲がいいというのもあまり面白くない。
『話? ……そういえば、貴方はエルフ語を話せるのですね』
最初の挨拶がエルフ語だった為にそのまま話したが、よく考えれば彼は人間の国に住む人間だ。正確にはセイレーン族との混血児らしいが、セイレーン族もエルフ語が堪能というわけではない。
『鷹藤家の当主様の意向で教えられているんです。それで少し困った事になって、コハルが貴方に伝えろと……』
コハルという名前を出されればほっておくわけにはいかない。仕方がなく彼を家の中に招き入れる。コハルの許可はないが、コハルが彼にここへ行くように伝えたようなので、多分招き入れるのが正解だろう。
『それで? コハルは何を伝えるように言ったんです?』
『すみません!!』
次の瞬間リュウグウジは頭を大きく下げた。
『コハルを俺達の事情に巻き込んでしまいました。あなたにとって俺と夏鈴は関係のないただの他人だと分かっています。でも助けて下さい。コハルも夏鈴も。お願いします!!』
鷹藤家の家令がカリンという名前を出していたが、やはり彼らの事情にコハルは巻き込まれたらしい。その上で、コハルとカリンを助けてくれと言いに来たという事は、カリンの件はコハルからのお願いでもあるのだろう。
……正直この目の前の男も、カリンもどうでもいい。でもコハルがそれで悲しむというならば手を貸さなくもない。きっとここで手を貸さないと決めてもコハルは私を責めたりはしないだろう。でもコハルが悲しむ様子は見たくない。
『助けてくれと言われて、ハイ分かりましたとなんでも答えられるほど私は万能ではありませんが、コハルを助けるのは私の仕事です。とにかく、一度話して下さい。すべてはそれからです』
リュウグウジの説明を聞くとこうだ。彼の所為で鷹藤家に、コハルの特殊で稀有な部分がばれてしまった。さらに彼の双子の妹であるカリンは、セイレーン族との混血児であるが故の病気が発症し、その病状を安定させる為にとてもお金がかかっている。鷹藤家はカリンの病気の治癒を条件に、コハルを娶り、無属性でかつ魔力の強い子を産ませようとしている……ふふふふふふふふ。
『ふふふふふふふふふ――』
『アクアさん?』
『――ふざけるな。コハルと結婚するですって? 親友の病気を理由に?』
聞けば聞くほど、腸が煮えくり返りそうだ。
まるでコハルを子供を産むための道具にしようとしているかのような発言に、とても凶悪な感情が心の中を渦巻く。しかもコハルの大切な者を盾にとって脅すなど、万死に値する。
コハルはそんな事をされていい人間ではないのだ。
『お、落ち着いて下さい。コハルは今は何もするなと俺にも言いました。貴方が犯罪者になっては困るからです。そしてコハルは貴方にカリンを助ける為の手伝いをお願いして欲しいと言っていました。それから、助けて欲しいタイミングになったら何とか分かるようにするからお願いしますとも。頼ってばかりでごめんなさいと言っていました……すみません。巻き込んでしまって。でもお願いします。二人を助けるために力を貸して下さい』
コハルは私の事も心配して、何もするなと言ったのだろう。護衛である立場なのだから、コハルが命令すればなんだってやるというのに。
でもコハルがそれを望まず、必ず助けて欲しい時には分かるようにするというならば、彼女の言葉を信じよう。コハルは自分の事を卑下しがちだけれど、とても前向きに、いつでも諦めずに動ける人だ。
『とりあえず、貴方の迂闊さを許したわけではありません』
『……はい』
『今も人間の一人や二人ぐらい殺せるぐらいに腹が立っています。しかしコハルがそれを望まないというならば、私はその願いを叶えようと思います。それで、カリンとやらは何処に居るのですか?』
『助けて下さるのですか?!』
リュウグウジが顔を上げた。
助ける、助けないだったら、私の現状は助けるしかないという感じだ。きっとこのカリンという少女は、今後もコハルのアキレス腱となるだろう。今回の事を見る限り、コハルには彼女を見捨てるという選択肢はないのだ。だったら早急に憂いを取り除き、二度とコハルを利用するための道具にならないようにしてもらわないといけない。
『いいですか? これは貸です』
『ありがとうございます!!』
『御礼はコハルに言いなさい。私が貴方達を助けるのは、コハルがそれを願っているからです。そしてこの貸は、必ずコハルに一生をかけて返していって下さい。この先貴方がコハルを裏切る事は許しません』
『それは、もちろん!』
簡単に頷くが、これは魔法による誓約だ。もしも裏切れば、彼の命は消えるだろう。
『そして人間の害意からは貴方がコハルを守りなさい。それだけの力を付けなさい』
コハルを守れるだけの力を付ければ、彼がコハルの弱点になる心配は低くなる。コハルがコハルらしく生きるには、彼女の周りもまた強くなってもらわなければならない。
たぶんあの先輩は全く問題ないだろう。彼は自分の能力をフルに使い、むしろコハルを助ける方にまわれるはずだ。問題なのは、コハルと同じ年であるこのセイレーン族の混血児達だ。しかし彼は今自分が置かれている状況を知った。
能力的には、セイレーン族の血が混じっているなら悪くないはずだ。
だからこの先はコハルの足を引っ張る鎖にならず、むしろ彼女を守るための盾になってもらわないと困る。それにコハルにとって人間の味方はとても重要だ。
人外は私とグノーで大抵何とかなるが、人間が絡むと途端に私たちの動きは制限される。
『分かりました』
『それとは別に、後で色々と話したい事もあるので、覚悟して私の愚痴聞き係もして下さいね』
「ひぃっ。このエルフ、ヤバい」
「人間語も、しっかり分かりますからね」
「うわあぁぁぁ。すみません!! 生まれてきてすみません!!」
彼は少し位、私の愚痴を聞いたっていいはずだ。
それにしても、コハルもそうだが、私の顔はそれほど人間には迫力を感じるのだろうか。悲鳴を上げられると釈然としない。
とにかく愚痴の前に、カリンに会うのが先だろう。
私はコハルからのおねがいごとを聞く事にした。




