十一人目 幼馴染と3
夏鈴がアクアさんと話している頃、私は夏鈴の想い人である、ラピスと対面していた。ラピスさんはアクアさんと同類で、かなりの美貌の持ち主だが、少し垂目な所為かどことなくほんわかとした雰囲気のある人だ。髪と瞳は紺色で光の加減によっては黒くも見える。
「こんにちは、コハル。ワタシの言葉、分かりますか?」
「はい。大丈夫です」
「人間の言葉、勉強中。カリンから。よろしく」
今までスラスラ人間語も話す人外の方ばかりと会っていたので、片言の人間の言葉を聞くのは逆に新鮮だ。でもよく考えれば、エルフ族の国から出る事がよっぽどない彼らが、わざわざ人間の言葉など覚える必要はない。ペラペラ話すアクアさんが珍しいのだろう。
「コハルのクッキー、オリーブオイル、面白い。とても。コハルは、すごい職人、カリン言ってた、ました」
「ありがとうございます。でも私は何処にでもいる魔石職人です。人間の国では魔石を生活でよく使用するので、多くの人が魔石を作る事ができます」
どうやら夏鈴は少しだけ私の設定を盛って説明してくれたらしい。魔石職人は誰でもできる仕事だというのに。そりゃ友達はただの魔石職人ですでは、箔が付かないけどさ。
「コハル、小さい時から作っていた。だからすごい。魔石作る、大変、聞いた」
「小さい頃から作っていたのは確かだけれど、それほど大変ではないですよ? そうだ。今日は、塩にも魔力を付加してみたんです」
私が鞄から塩を取り出すと、ラピスさんは何やらエルフ語で興奮気味に話しだした。他のエルフ族の方も、なんだなんだと見に来る。
ふう。良かった。
確かに施設に居た時から魔石を作っていたから、かれこれ十年以上魔石を作っている。年数だけ見れば長いけれど、私はただの魔石職人でしかない。あまり褒められると、嘘をついているようで心苦しかった。
しばらくエルフ族の人達同士で話していると、二人のエルフ族が地団太を踏んだ。ラピスさんのみ余裕の表情をしているが、どうしたのだろう。
「皆、人間語話せない。コハルと話せない悔しい。私、勝ち組」
「勝ち組って……」
夏鈴が教えたんだな。間違ってはいない気もするけれど、私と話した所で何も面白い事などないので勝ち組の使い方は、やっぱり違う気もする。しかし質問か何かあるのか、残りの人が何やら騒いでいる所を見ると、色々人間について聞きたいのかもしれない。きっとエルフ族の国にずっと居るので、人間が物珍しいだろう。あとはたまにアクアと言う単語が混じるので、アクアさんの事も話しているのかもしれない。
「コハル、質問いい?」
「はい。私で答えられるものでしたら」
「魔石、作る所、見たい」
それは質問ではなく、お願いの部類だ。道具がなければ断るしかないお願いだが、タイミングよく私は魔石をつくる為の魔法陣を東さんに借りてきている。というのも、一応塩は魔力を入れやすい事が分かったが、他にも何かいいものがないのか、夏鈴が居るところで試そうと思ったからだ。夏鈴が食べやすく、なおかつ体内に魔力が入りやすいものがいい。
「材料さえあれば問題はないのですが、生憎、原石は何も持ってきてなくて……。魔法陣はあるんですけど」
「石、何でもいい?」
「大抵はできますが、白花石が一番魔力透過率はいいので美味しいと思います。次点で緑光石や黒曜石かと」
普段私が使っているのは、低価格で大量に仕入れられる石だが、今までの経験というかアクアさんの反応を考えると、多分石の種類によっても味に違いが出ている。……最近自分が、魔石ソムリエ化している気がしてならない。自分自身は食べられないものなので微妙な気持ちだ。
「あるよ」
「えっ。あるんですか?」
「エルフ族も、魔石作る。人間ほどではないけど」
言われてみればそうか。アクアさんも私の魔石作ったのを見た時に手間がかかっているような事を話していた。勿論そんなに時間はかからないわけだが、エルフ族の間でも作られていなければ、手間がかかるなどの発想も出てこない。
「なら、いいですよ。どの属性がいいです? 二、三種類なら、一緒に作れますが」
私の言った言葉をラピスさんが訳すと、残る二人がざわめいた。何だろう。妙に興奮している。キラキラとした眼差しを向けられ、私はビクリと肩を震わせた。
「あ、あの。エルフ族は魔石職人が少ないからアレかもですけど、人間なら普通なので」
変な勘違いをされてしまってはいけないと、私は慌ててラピスに伝える。
「……本当?」
「本当です。魔石職人なんて、人間の国には掃いて捨てるぐらいいますから。文化の違いって伝えるのが難しいですね」
夏鈴が事前に私が凄い魔石職人だと間違った事を伝えるからこうなるのだ。後で一言言っておこう。そりゃ友人を良く見せたいのは分かるけど、嘘はいけない。ラピスさんがもしも他の人間と話す機会があったら、恥をかいてしまう。
「そういえば、ラピスさんはエルフ族の国以外に行った事はありますか?」
「ない。ここにいる奴皆。アクアが特別」
「そうなんですね」
「アクア、幼馴染が人間の男と結婚して、旅に出た。自分探し?」
おおう。やっぱりここでも、自分探しの旅と思われているらしい。もしくは夏鈴がその言葉を教えたかだけれど。……いや、後者だな。人間語だし。
「そういえば幼馴染さんは、人間の国にみえるのですか?」
「人間の男死んだ。寿命。子供連れて戻ってきている」
「……そうなんですね」
人間とエルフ族は生きる時間が違う。最初から分かりきっている事だ。私はアクアさんよりもずっと年下で、ずっと早く死ぬ事になるのだろう。……ちょっとしんみりしてしまうが、私の場合天使族の血が混じっているので、もしかしたら少しは普通の人間よりも長生きかもしれない。あそこの種族も、長生きそうだ。
「そういえば幼馴染さんが居るなら、幼馴染さんもアクアさんと再婚とか考えてたりするかもしれないですね」
勿論好きな人同士で結婚は良い事だけど、既に先立たれて子供が居るなら、同族で再婚を考えているかもしれない。エルフ族なら美人だし、寿命などを考えれば同族同士の方がアクアさんも幸せだろう。しかもその方はかつて告白した相手だ。……ううっ。魔術師になる前にアクアさんが先に結婚してしまうとか、本気であり得そうでへこむ。
「それはない。そもそも、アクア、好きな奴いる」
「それって誰の事か知っていますか?」
私が食い気味で質問したからだろう。ラピスさんは動揺したかのように目をそらした。……もしかして、目が血走っていただろうか。
いや。アクアさんが好きな人を知ったところで、その人に害を与える気はこれっぽっちもない。でもモテないオーラ溢れる私が食い気味で聞けば、危険を感じさせるのは十分かもしれないと気がついた。ストーカーにならないよう気を付けないと、そのうちアクアさんに愛想をつかされてしまいそうだ。
「ごめんなさい。いいです。アクアさんも色々嗅ぎまわられたら嫌だと思いますし」
「違う。えっと、アクア、コハルに色々知ってもらう嬉しい。アクア、旅の時、エルフ族の国戻ってくるけど、寂しそうだった。護衛終わるといつも一人。でもコハルの護衛をはじめて、楽しそう。ずっと一緒に居たい言ってる」
「ラピスさんはいい人ですね」
私を慰める為に、こんなリップサービスまでしてくれるなんて。でもアクアさんが楽しそうなのはとても良い事だ。
「アクア、楽しそう、本当。昔の写真。ちょっと待て」
そう言って、ラピスは一度部屋を出て行ってしまった。通訳が居ないので、居心地が悪いかなぁと思ったが、橙の髪のエルフの女性がハーブティを出してくれた。
『ありがとう』
『――っ!! どういたしまして』
おおう。エルフ族の満面の笑みは、色々ヤバい。浄化する気がする。
綺麗なお姉さんにドキドキしつつ、私はお茶を飲む。そういえば、アクアさんもエルフ族はお茶をこだわるような事を言っていた気がする。このハーブティも飲みなれてはいないが、美味しい。
『お茶の葉見せてもらえませんか?』
通じるだろうかと不安に思ったが、二人のエルフはお互いに何か話、奥から缶をいくつか持ってきてくれた。中を開ければ、乾燥した花や葉っぱがある。
『このお茶の葉はこれ』
最初は聞き取れなかったが、指さしで教えて貰い、今飲んでいるお茶の葉はどれかが分かった。ラベルのようなものが貼ってあるが、文字の方はまだまだからっきしなので、さっぱり分からない。
少しだけ掌に出して匂いを嗅ぐと、いい香りがした。触った感じは、それなりに脆い。でもそれで言うなら、クッキーだって固いわけではないし、オリーブオイルにいたっては液体だ。
「ああでも、茶葉まで食べるわけじゃないし、茶葉に魔力を入れても上手く抽出できないかもか」
塩はとりすぎると体に毒だし、クッキーだって同様だ。オリーブオイルは体にはいいけど、毎日食べる地域出身ではないから辛いし、量も取れない。
その点お茶なら、エルフ族の方も日常的に飲んでいるし、バリエーションも豊富だ。多量に飲んで健康に害が出ることもない。抽出したお茶自体だと保存ができないけど、茶葉に上手く添加できて、それがお茶に抽出できるようなら、新しい試みとしてはいいだろう。
「お待たせした。あれ? コハル、どうした?」
「お帰りなさい。茶葉に魔力添加できないかなとちょっと思ってまして。後で試したいんですけど、いいですか?」
「できる? そんな事」
「やってみないと分からないですけど、多分できます。問題は、魔力を宿した茶葉をお茶にした時に、魔力がちゃんとお茶の方に行くかどうかで。あっ、エルフ族の方々に飲んでもらえば判定も楽ですね」
魔石を食べた時と同様に魔力の味を感じ取ってくれるはずだ。
「コハル、本当に、ただの魔石職人? すごい人違う?」
「違いますよ? 私はまだ魔術師の資格も持っていませんし。あっ、人間の国では魔術師の資格を持っている人が凄い人なんです」
わざわざ食べ物に魔力添加しようなんて、こんな風に必要に迫られなければ考えもしない事だ。だから特別っぽく見えるが、人間の国に戻れば、誰だってこれぐらいできると思う。
「それよりも、アクアさんの写真ありました?」
私の話などどうでもいい。大切なのは若い時のアクアさんのレア写真だ。
「うん。これ」
そこに写っていたのは、今とあまり変わらないアクアさんだった。ちなみにアクアさんは地面に倒れ伏している黒色の竜族の頭の上に足をのせている。その後ろに見切れているが写っているのは、シルフィさんとグノーさんだろうか?
「えっと、これはどういう場面でいつ頃の写真でしょうか?」
「たぶん二百年前ぐらい? 竜の護衛をしていた時の写真。後ろに居る竜、卵を産んだ。でも有名過ぎて狙われた。だから、アクア守ってた」
年齢差あるだろうなと思ったけど、とりあえず二百年は違うようだ。アクアさんはアクアおじいちゃんだったらしい。まあ、エルフ族の年齢をそのままイコールで人間の年齢と比べることはできないのであれだけど。
「この黒い竜がシルフィさんを襲ったのですか?」
「違う。襲ったのは別。彼はアクアが恋人いない歴=年齢だったのを馬鹿にした。ぶちのめされた。土竜、言ってた」
……これ、聞いても良かったのかな。アクアさん、人間でいう別の意味での魔法使い突入していそうだ。アクアさんは確かに綺麗すぎて隣にいづらいけど、過去に一人ぐらい恋人がいたっていいのに。もしかして、理想が高いのだろうか。それとも幼馴染さんへの恋心を忘れるのに数百年単位の年月が必要だったのかもしれない。だとすると新しい恋に踏み出せたのはとても良かった。
ただそれだけ一つの恋を引きずるなら、私には勝ち目などないかもしれない。いや、最初から期待はしていないけど。
「この黒い竜、バンド仲間。この時、アクア、楽しそうだった。でも子供、卵から産まれた。仕事終わった。寂しそうだった」
写真に写っているアクアさんは寂しそうというより、憮然としてるけどね。でもこの時の彼が楽しかったのは分かる。だって、アクアさんは今もグノーさんと友人だ。
「だからコハル、ずっと居てあげて」
「ずっとはできるか分かりませんが、私もアクアさんの親友です。できるだけ長い付き合いをしたいと思います」
「親友?」
「はい。一応。ちょっと、釣り合いが取れていませんが……」
告白以前に、親友の立ち位置ですらエルフ族から見れば分不相応に見えるのは仕方がない。ラピスさんがギョッとした顔をしたのを見ると言ってよかったのだろうかと心配になるが、それでもこれはお互いが納得しているのだ。
「えっと。親友? カリン、ソウタ、同じ?」
「ああ。はい。夏鈴と同じです。何かあったら、絶対力を貸したくなる間柄なんです。蒼汰は、親友枠というよりは腐れ縁枠というか……まあ幼馴染なんで」
「一番は、アクア?」
「うーん。難しい質問です」
親友でいくと、夏鈴もアクアさんも甲乙つけられない。だたし、ここに恋心も追加すると、勿論アクアさんだ。かといって夏鈴が大切でなくなったわけでもない。
「ソウタ、違うよね?」
はて。何故、そこでアイツの名前?
勿論蒼汰が困っていても力は貸すけれど、親友と言われるとやっぱり私の一番は夏鈴とアクアさんだ。
「えっと、蒼汰とはよく会うんですか? あ、会いますね」
自分で質問しておいてアレだけど、よく考えれば会うに決まってる。蒼汰は私から魔力を付加した食品を受け取ると、エルフ族の国と人間の国を行き来して夏鈴に届けていた。ラピスさんがここで働いているなら必然的に会うだろう。
「会う。蒼汰、転移、私がやる」
「転移もラピスさんがやって下さっていたんですね。いつもありがとうございます」
蒼汰は鷹藤家のお屋敷で執事をやる為に、通訳の勉強を受けていた。特に鷹藤家は今後国外へ事業展開を目指しているので、他国の言葉を覚える必要があるのだ。その為蒼汰は私よりもエルフの国の言葉を話す事ができる。
その能力を生かして、エルフ族の人に転移魔法依頼して行き来していると聞いている。鷹藤家で今も執事として働いているので、給料は比較的高い。夏鈴の治療で魔術師に払う高額なお金が無くなった分、そういった費用にお金を回せているそうだ。
「カリンの為。お金も貰ってる。問題ない。ソウタ、コハルの一番好きな人、違う?」
「違います」
たぶん蒼汰も聞いたら全力で否定しそうだ。アイツの好みは女性らしい肉体美を持つ人で、谷間のない私はお呼びではない。
「そう。よかった」
「よかった?」
「こっちの話」
こっちの話って、何の話だ。もしかして、蒼汰、エルフの誰かからアプローチ受けているのか? アイツ顔はいいもんなぁ。デリカシーはないけど、仕事もできるし、優良物件ではある。
「それより、お茶の葉、魔力、やる?」
「そうですね。やってみましょうか」
蒼汰とエルフ族のお嬢さんが上手くいくかは分からないけれど、結婚したらご祝儀ぐらいは出してやろう。でもたぶん蒼汰も、夏鈴が落ち着くまではそれどころではないはずだ。
最優先は、夏鈴の健康を取り戻す事。
私はお茶の葉に魔力を添加する準備を始めた。




