十一人目 幼馴染と2
今回は夏鈴視点です。
私の幼馴染はとても可愛い頑張り屋だ。卑屈な部分がないわけじゃないし、後ろ向きな考え方もする。でも最終的には常に前向きになって問題解決をしていく子である。そんな彼女の前向きさに、私は何度も助けられてきた。
だから私はぽっと出エルフに幼馴染を掻っ攫われるのが、非常に気にくわない。
「小春の事で言っておきたい事があるの」
「何でしょうか?」
「あの子、凄く良い子でね、私の幸運の女神で、親友なのよ。だから、中途半端に小春に手を出すなら、私も徹底的に交戦するわよ」
小春にはエルフに探りを入れておくと言ったが、探りを入れる必要なんてない。間違いなくこのエルフの想い人は小春だ。あれだけ周りを牽制しておいて、これで無自覚だとか言ったら張っ倒したくなる。ラッキーで小春を手に入れるとか、マジ死ねレベルだ。
「中途半端な真似はしません。コハルは、私が幸せにします」
「……本人にその想いが届いてないようだけど?」
「逆に、幼馴染の貴方だから聞きたいんですけど、どうしたら届くんです? いえ、必ずいつかは届かせて見せますが」
……おっと。これは告白済みだったか。
うーん。このエルフと小春の関係は両片思いだと思ったけれど、まさかの告白済み。諦める様子がないのはいいけれど、相変わらずの小春の鈍さに眩暈がする。……まあ、あれだけ周りに牽制入れられていても、1ミリも気が付いた様子もなく、このエルフには好きな人がいる発言だもんねぇ。お前だよお前と言ってあげたいような、エルフが楽に彼氏の座に収まるのを阻止したいような微妙な気持ちだ。
「届かせ方は分からないけど、折角だから小春が子供の頃の話、してあげようか? 何なら、写真も見る?」
「よろしくお願いします」
素直さは認めよう。だからといって、簡単にこの男に小春を渡してもいいとは思わないけど。今でこそ私も落ち着いてコハルの親友的立場に収まっているけれど、昔はなぜセイレーンのように性別が自由に変えられないのだろうと本気で思っていたぐらいだ。それぐらい、小春は私の大切な人だ。
◇◆◇◆◇◆
私と蒼汰が人間の孤児院に引き取られたのは7歳か8歳ぐらいの時だ。それまでは私達兄弟は、水の中でセイレーン族の兄弟達と生きていた。
しかし人間である母が亡くなり、人間の姿をした私達は岐路に立たされた。私達二人はどう頑張っても水の中では自由に生きられない。生まれた時からセイレーン族と一緒に居たのだから、考え方や生活習慣はほぼほぼ彼ら寄りだから、このままセイレーン族の誰かと結婚して生きるという道だってある。
しかし父は、一度人間として生きてから戻ってきたところで遅くはないと私たちを陸に上げた。それは私達が大人になってからでは、人間として生きるのはまず無理だと思ったからだろう。子供だからこそ彼らの輪の中にも入れるし、嫌になれば出て行く事もできる。
陸に上がった私達は、親に捨てられた子供という事にした。苗字の龍宮寺は、父が考えた。竜宮は海の神という意味らしく、少しでもセイレーン族の守りを付けたかったらしい。とはいえ、異種族と交流の薄い人間がそんな意味に気が付くはずもなく、私達はただの孤児として引き取られた。
大変だったのはその後だ。
種族が人間だと思わせる事はできたが、セイレーン族の血を引く私達二人の顔立ちは人間の中では整ったものと判断され、周りから浮いた。美しい分、得をした事はもちろんある。孤児院を出た後に貴族の屋敷で働けたのは、まさにその恩恵と言えるだろう。
ただし、こうやって恩恵を貰えば貰うほど、やっかみも多い。蒼汰は男から、私は女から、必要以上に嫉妬された。私はそんな男、好きでも何でもないと言っても、色目を使ったやら、何だかんだと言われ、正直辟易する。そもそも私の好みは、セイレーン族なのだ。正直人間の男なんて興味はないと言いたかったが、流石にそれは言えず、色々嫌がらせを受けたりもした。
だから孤児院の食費が盗まれた時、私が犯人扱いされたのも嫌がらせの延長だったのだろう。ただしこの嫌がらせは度が過ぎていた。お金が盗まれれば子供だけの話ではすまない。職員も出てきて犯人捜しが始まる。
「きっと盗んだのは夏鈴ちゃんだよ」
「そうよ。夏鈴ちゃんはいつも一人だから、お金だって盗めるわ」
自分の罪を隠したいからか、それとも私に嫌がらせをしたいからか、勝手に罪をなすりつけられた。勿論盗んでなどいないのだから、私だって黙ってはいられない。
「私はやってないわ! 証拠があるの?」
「だって夏鈴ちゃんはアリバイもないでしょ? だったら、夏鈴ちゃんならできるじゃない」
「アリバイがなければ犯人だっていうの? 他にだってアリバイない奴はいるでしょ?! 三文小説だって、そんなむちゃくちゃな推理しないわよ、馬鹿じゃない?」
こんな感じで、私は数人の女の子と言い争っていた。
ここで盗人のレッテルを貼られようものなら、職員に制裁として食事抜きやらむち打ちやらされるかもしれない。こんな馬鹿々々しいことなんてないと、私は売られた喧嘩を買った。
そんな時だった。
「夏鈴ちゃんは犯人じゃないよ」
「はあ?」
キャンキャンと言い合っている中で、唐突に小春が私を擁護したのだ。
「だって夏鈴ちゃん目立つから、職員室なんかに行ったらすぐに分かるよ。それに夏鈴ちゃん、当番で花壇の草むしりしてたよね。私見てたから。夏鈴ちゃんが職員室に入るような怪しい素振りはしてなかったよ」
確かに私は今日は花当番で、草むしりと水やりを蒼汰とやっていた。ただし蒼汰は私の兄弟だから証人にはならないと、皆言って取り合わないのだ。下手したら、蒼汰と一緒にやったと難癖付けられかねない。
蒼汰は女子にモテるが、付き合う気はないとあっさり振るので、逆恨みされたりもしている。
「だったら、誰が犯人なのよ」
「そんなの、知らないよ。私頭悪いから、推理なんてできないし。そうだ、先輩を呼んで来るね」
女子からの喧嘩腰の言葉ををあっさりかわすと、小春はそう言って部屋を飛び出した。
その頃の小春は可愛くないわけではないが、あまり目立つ事のない、特徴の薄い子供だった。内気というわけでもないが、必要以上に特定の女子とつるんだりもしない。だから私もあまり小春の事を知らなかった。しかし小春が呼びに行っただろう先輩は有名だ。小春がよくなついている、あのメガネの男だろう。
本当に人間かよと思うぐらい頭がいい人で、孤児院の中でも一目置かれている。先生からの信頼も厚く、あの先輩がいう事なら先生たちも納得しそうだ。
そしてそんな凄い先輩は、何故だか小春を特に可愛がっているのは有名だ。だから小春が呼べばあの男は助け舟として来るだろう。
そんなことを思っていれば、私を犯人と決めつけていた女子が顔を青ざめさせていた。……なるほど。彼女が犯人か。もしくは、犯人が誰かを知っていた上で、私を嵌めようとしたに違いない。
ほどなくして、小春は先輩を連れて戻ってきた。
「皆、先輩を連れてきたよ」
「どうも。連れて来られた先輩だけど、一体何が起こってるのかな? 全く説明なしで、ここに連れて来られたんだけど」
先ほどまで私を犯人扱いしていた女子たちは、お互いにお前が言えとばかりに顔を見合わせている。先生が色々調べている最中に、自分達も勝手な推理ごっこをして気に入らない女子を嵌めようとしたからバツが悪いのだろう。
「あのね、先輩。今月の給食費がなくなったじゃないですか」
そして小春が空気を読まずに説明を始めた。犯人扱いされて腹を立ててたのは私だけど、この微妙な空気に私もひやひやする。
ここで先輩がズバッと推理して解決したら、この問題は終わるのだろうか?
むしろ小春が逆恨みをかってもおかしくないのではないだろうか? そもそも犯人を知っているなら、その先輩がさっさと教師に言っているはずじゃないだろうか?
「先生が色々騒いでいたね」
「それでね、皆でそのなくなったお金、稼げないかなと思ったんです」
「「「「は?」」」」
犯人捜しじゃなかったの?
私を含め、部屋の中に居る女子が皆、目を点にしている。
「子供だけど、子供だからこそ、ほら募金とかで立つと大人がお金を多めに入れてくれるじゃないですか。そんな感じで、手早くお金を稼ぐ方法ないですか?」
「小春は犯人から取り返そうと思わないのかい?」
「だって何か理由があって取ったか、先生がどこかに置き忘れたかでしょ? だから犯人捜ししても、お互いギスギスして居心地が悪くなるだけだと思うんです。私達、今日明日でここから出られるわけじゃなくて、少なくとも五年はこのメンバー全員毎日顔を合わせるんですよ? だったら犯人捜しして居心地悪くするより、お金を稼いだ方がいいと思って。あ、先に行っておくけど、私は犯人じゃないよ。色々騒ぎになっている時、私は先輩達に勉強を教えて貰っていたから」
誰が犯人だという考え方を無視して、あっけらかんと彼女は代案を出してきた。
そして何かいい方法はないですかねと先輩におねだりしているのを私は呆然と見るしかない。……彼女は私より、いやこの部屋の誰より前向きにここでの生活を考えていた。
犯人捜しよりも、ずっと先の事を。
「なら、魔石を売ってはどうかな? 子供でも作れるし、福祉の為のものとすれば、確か魔石協会にお金を収める必要はなかったはずだよ。魔法陣を描いた魔術師には納めなければいけないけどね。そして恵まれない子供に愛の手をとうたい文句で売りだせば、大勢が手に取ってくれると思うんだよね。魔石の値段は決まっているけど、普通よりは利益がでるし、何より魔石ならいつでも使えるから手に取りやすい。クッキーやケーキを売るよりも需要はあると思うよ」
「それいいですね! さっそく、先生に聞いてみます。先輩、ありがとうございました」
小春はそういうや否や、再び部屋から飛び出していった。
誰もがこの急展開についていけず、キョトンとしている。そりゃそうだろう。犯人捜しのはずだったのに、気が付けば金儲けの話になっていたのだ。
「そうだ。小春は犯人捜しはしないと言っていたけれど、君たちはここで勝手に犯人捜ししようとしてたよね? そこに居るお嬢さんが、犯人にされそうになっていたのかな?」
話が終わったと思った所で、ほじくり返すように再び話を持ち出した先輩の表情は、眼鏡が反射していた為上手く見えなかった。口調も先ほど変わらず柔らかいはずなのに、何故だかヒヤリとする。全てを見透かしているかのような口ぶりだからだろうか。
「犯人は誰だなんて、軽々しく口にするものじゃないよ? 冤罪だと知っていても君たちはそれをどうにかする技量はないだろ? この場所は大人達が作った大人達の為の国だ。僕らは大人しくそれに従わなければいけないからね。誰かを嵌めれば、いつか自分も嵌められると思った方がいい。白い羊を大人達は簡単に黒くできるんだよ」
……つまり無くなった原因は大人の方にあるという事ね。だから変な理由を作れば、大人が乗っかってくるぞと言っているのだ。
子供に罪をなすりつけることに味を絞めれば、何度となくスケープゴートは行われると先輩は言っているのだろう。
「魔石づくりはちゃんと小春に協力してあげてね。たぶん小春なら頑張って自分一人でやり切ってしまうだろうけど、そういうのはよくないと思うんだ。勿論、僕達先輩組も手伝うからね」
そう言って、小春の先輩は部屋から出て行った。
結局その後、食費を盗んだ犯人は見つからないまま、私達は『きぼうの魔石』という名前で魔石の販売を行うことになった。魔石は先輩の読み通り順調に売れたが、魔石づくりがこんなに大変だなんて知らなかった私たちは、屍のように毎日倒れ伏していた。平然としていたのは小春ぐらいのものだ。……なるほど。先輩が言っていた、小春なら一人でやりきれるというのは、責任感という意味ではなくてこういう理由か。
でも頑張った結果、食費を取り戻した辺りで施設ぐるみの子供虐待の疑いありと行政指導が入り、魔力がまだ少ない子供は過剰に無理をさせてはいけないと、『きぼうの魔石』は少量販売されるだけになった。さらにその利益は私達施設の子供が卒園する時にわずかながら持たされるお金となり、一応私達へ還元される仕組みもできた。
「先輩って本当に凄いよね」
小春がこの言葉を話した瞬間、私は何を彼女が言っているのか分からなかった。最初は遠回しな自慢かと思ったが、聞いていくうちに、彼女はこれっぽっちも自分がこの件を動かしていたと思っていなかったのだ。
「えっ。いや。そもそも言い出したのは小春だよね?」
「違うよ。先輩が考えてくれたんじゃん。夏鈴もその時いたでしょ?」
居た。確かに居た。でも私を助けたのは小春だった。そもそも先輩が案を出してはいたけれど、その先輩を連れてきて、なおかつ動くように働きかけたのは小春だ。
「先輩は優しいから、夏鈴を助けるために凄い案を出してくれたよね。流石だよね」
「へ? 私を助ける?」
「ほら、夏鈴が犯人扱いされてさ。あの時、私、本当に焦ったんだよね。で、色々出まかせ言っちゃって。慌てて先輩に助けを求めたんだぁ」
……でまかせ。
私が犯人じゃない所を見てたって言ったのはでまかせ……。あ、でもそうか。小春は先輩達と勉強していたと言っていたから、私が花壇の世話をしている所をずっとみていられたはずがない。
「何で私が犯人だと思わなかったの?」
「だってあの時の夏鈴、嘘ついてなかったじゃない? それぐらいは分かるよ。私、夏鈴みたいに強くて綺麗な人になりたかったからよく目で追っててね。そういうのは見分けられるようになったんだ」
えへへと笑う彼女の方が、私はずっと強いと思った。
だってあの時の私は小春と友達ではなかったのだ。それなのに彼女は私の為に私が犯人じゃないと言ってくれた。
「ええっ。何で、泣いて? えっ? ごめん。気持ち悪いよね。でも人間は綺麗なものが好きでね、どうしても目で追っちゃうというか……あれ? 笑ってる?」
駄目だ。可笑しい。彼女が目立たないなんて大嘘だ。こんな子、セイレーン族ですら、お目にかかれない。
なんて綺麗な子なんだろう。
「私、貴方の親友になりたい」
「えっ、私でいいの? すごく嬉しいけど。私、夏鈴みたいに綺麗じゃないよ? 隣にいると、超違和感な感じだよ」
「そんな事小春にいう奴がいたら、私がぶっ飛ばしてあげる」
今度は私が小春を守るんだ。
私はこの時、そう誓った。
◇◆◇◆◇◆
「と、言う具合で、小春はほんとうに前向きで素敵な子なのよ。ほら、このアルバムの小春。ハムスターみたいで可愛いでしょ」
「可愛いです。下さい」
「絶対、嫌」
いっぱい食べ物を口に詰め込みもぐもぐしている小春の写真など可愛すぎて絶対あげない。エルフは悔し気にしながらも、キラキラとした目でアルバムを見ている。可愛かろう。可愛かろう。
素直に小春を可愛いと言った所は認めてもいい。小春の顔立ちは、小春が言うようにザ美人というようなくっきり目立つタイプではないのだ。でも可愛い。ひいき目に見てる事は重々理解しているけれど、私は彼女の全てが好きだ。
「げっ。アクアさん、何見てるの?!」
「小春の幼い頃の写真です。可愛らしいですね」
「ひぃ。うわっ。コレ、久々のおやつを取られたくなくて口いっぱいに頬張っている所じゃ。いや、止めてよ。食い意地はったガキンチョ見ても面白くないよ」
ラピスと一緒に部屋へ戻ってきた小春が恨めし気に私を見てきた。確かに恋する乙女にとっては、見られたくない過去の一枚かもしれない。でも私もこのエルフも可愛いと思っているんだけどなぁ。
「もう。夏鈴も何でアルバムなんて持ってきてるの?」
「私の昔の写真をラピスが見たいって言ったから、蒼汰に持ってこさせたのよ」
「悪いね」
私とラピスがそういうと、小春は何も言えなくなったようだ。私がラピスの事を好きだと思っているからだろう。実際、好きだし。でもこの写真は、小春に会えない寂しさをまぎれさせるためのものでもあった。
私は小春が居たから、施設の生活が楽しくて、人間を嫌いにならずに済んだと思っている。だから卒園後も定期的に会っていたし、小春が近くにいない生活というのは寂しいのだ。
「そうそう、小春。魔術師になるのを頑張れば、脈ありだと思うよ」
私は小春に近づくと、耳元でそう囁いた。
実際は脈しかない。ものすごい勢いでこのエルフから小春に矢印が向いている。でも、言わない。小春は望んでいないから。
小春が自信を付けた時に告白すればいいと思う。その時小春が手助けを求めるなら、どれだけでも助けようと思う。でもそうでなければ、私は静観だ。だって、やっぱり悔しいのだ。このエルフは私が望んでも手に入れられなかった場所に収まる未来しかないのだから。
「だからそれまで、ほっておけばいいと思うよ。このエルフの想い人は、ものすごく鈍感で、数々の告白をスルーした猛者らしいから」
「ええっ。なんて勿体ない。でも、うん。頑張るね」
遠い未来、多分私はこの鈍い幼馴染の恋が成就するのを見届ける事になるだろう。でもそれまでは沢山邪魔してやろうと思う。
「でも怪我とかしたら大変だから、ゆっくり魔術師になればいいよ」
「うん。アクアさんにも50年計画って言われたし、焦らないようにするね」
……長っ。えっ。それはいくらなんでも長すぎない? いいの? エルフ族はそれが普通なの?
ラピスには早めに私から告白しておこうと思いつつも、私は小春の想いを尊重しようと思う。50年を縮めるかどうかは、エルフの頑張り次第だ。
それに恋は障害が大きい方が燃えると言うしね。




