十一人目 幼馴染と1
この話はリクエスト番外です。
1・アクアさんの旅とコハルの孤児院時代
3・夏鈴とエルフさんの話
13.夏鈴と小春の再会
14.蒼汰君の現状夏鈴とエルフさんの話
のリクエストを混ぜ込みしております。
アクアさんに連れられてやって来たエルフの国は、都会というよりは田舎な雰囲気の国だった。連れられた場所は山里のようで、便利が良さそうには見えない。集落には、それなりに家はあったが、店があまりない。都会暮らしの身からすると暮らしにくそうに思える。しかし子供が、転移あり、浮遊術ありの追いかけっこや、異常に長くとんでいる紙飛行機などで遊んでいるのを見ると、エルフ族にとってはそれほど不便ではないのかもしれないとも思う。彼らには物理的距離はあまり関係がなく、何処へでもすぐに行けるのだ。
「何もない場所ですから退屈ですが、空気は美味しいと思いますよ」
「……退屈はしないと思うよ」
田舎は田舎だ。何もないという表現も正しい。でも近くで突然の爆発が起こったり、局地的大雨が降るのをみて、私は退屈だけはなさそうだなと生暖かい目になる。どの現象も、全ては子供遊びだ。ちなみに爆発で石が飛び散った場所では、盛大に大人のエルフに子供達が怒られていた。どうやらヒーローごっこがしたかったようだ。でも一歩間違えば怪人役だ。ちなみに私は巻き込まれて死んだモブ役になりかねない。
エルフ族は魔法が子供でも簡単に使えてしまうので、逆に子育て中は都会生活は向かないのかもしれないなと思う。
「えっと。夏鈴は何処に住んでいるの?」
「カリンは、エルフ族の薬師の家に厄介になっています」
「薬師?」
「薬師というのは、人間の国で言う医者と薬剤師が混ざったようなものです。エルフ族の薬師は各家を訪問するのが普通で、入院施設は持ち合わせていません。転移ですぐに移動できますからね。一応薬師の家が、診療所兼指南所となっていて、そこに薬師を目指す弟子たちが住んでいます」
「へぇ」
あまり想像はついていないけれど、ようは医者の学校がそのまま医療現場となっているみたいな感じで、治療を見せながら指導もするという事だろうか。エルフ族は長生きな上に子供の成長もゆっくりなので、知識を人間のように一気に詰め込んで短期間で独り立ちさせるという方法とはまた違うのだろう。
アクアさんに案内されてやってきた場所は周りの家とそれほど変わらない建物だった。小さくエルフ語で、『診療所』と書かれた看板が出ているだけだ。
『こんにちは。イグニスはみえますか?』
店の中に入ると、3人のエルフ族の人が、何やら薬を作っている様子だった。髪の色がカラフルで、紺に黄、そして橙だ。外の子供の髪色もそうだが、このカラフルさを見ると、エルフ族の国にきたなと思う。全員綺麗だし、耳が長く尖っているという特徴はあるが、ほぼほぼ人間と変わらない姿なので、馬頭族の国に行った時ほど異国感は低い。しかし会話が加わると別だ。
アクアさんはエルフ語で何やら話している様子だったので、私は邪魔をしないようその後ろで部屋の中を見渡していた。多少はエルフ語を覚えたが、やはりまだ挨拶程度で日常会話など全然わからない。
雰囲気的に中に居た一人が、アクアさんととりわけ仲が良かったようで、にこやかに話している。
「コハル。カリンは奥の部屋にいるようで勝手に入っていいようです。この家の持ち主である、イグニスは今、回診にまわっているようでしばらく戻らないそうですよ」
「そうなんだ。えっと『ありがとうございます。お邪魔します』」
私が覚えたてのエルフ語で挨拶をして、ぺこりとお辞儀をすると、妙にウケた。三人が三人ともすごく好意的に話しかけてくれているようだが、しかし私の語彙力では全然歯が立たず分からない。助けを求めてアクアさんを見れば苦笑いをしていた。
「皆、コハルがエルフ語を話すのが嬉しいみたいですね。元々コハルはカリンの為にクッキーやオリーブを送っていましたから、興味があったようですよ。その上でエルフ族に友好的なので喜んでいるんです」
悪意を持たれるより全然いいが、あまりに歓迎されるとむずがゆくて私も苦笑いになった。
アクアさんの通訳によると、後でお茶を用意するから夏鈴と話したら、またここに寄って行けと言っているらしい。私はもう一度ありがとうございますと言うと、アクアさんと一緒に奥へと進む。
「エルフ族は排他的と聞くけど、嘘だよね……」
先ほどの好意的な雰囲気からはとてもそうは思えない。もっと差別的な感じだったら、夏鈴が心配だったが、これなら大丈夫だろう。
「排他的は排他的ですよ。ここまでくるまでに、他の種族を見かけませんでしたよね? エルフ族は転移魔法が誰でも使えるので、他種族と交渉する時は集落を出た場所で落ち合います。だから決して子供がいるような場所には他種族を入れないんですよ。コハルが中に入れるのは、コハルは私の紹介で身内扱いになっているからです」
「なるほど」
そういえば、エルフ族の国へ行くための旅券の発行の時には、エルフ族の同意書というものも用意されてアクアさんが何やら書いていた。なるほど。確かに渡航の面から見ても、中々エルフ族の国には行きにくい環境にある。
「なんといいますか。エルフ族は大きな変化をあまり好まない人が多いんですよ。生まれた集落から出て行かずに、ここで死ぬものがほとんどです。集落から出て行ったとしても、エルフの国から出た事がある者はほとんどいないと思います。私は珍しい例ですね」
「そうなんだ。なら、私はアクアさんに会えてラッキーだね」
アクアさんが護衛の仕事をしていなかったら出会えなかったのだから。そういうとアクアさんは照れくさそうに笑った。
「私もコハルに会えて――」
「コ―ハールッ!!」
アクアさんと話していると、バタバタと足音がして、突然抱きしめられた。私は何が起こったか分からず、目を瞬かせた。
「え? 夏鈴?」
「会いたかったよぉ。来てくれてありがとうっ!!」
少しだけ離れて顔を見せてくれた夏鈴は、私が記憶にある時より幾分か痩せている気もしたが、それでも元気そうだった。
「そりゃ行くよ。少しやせた?」
「うーん。元はもっと痩せてたんだけど、最近はむしろ太ってきてて、筋トレ中よ。それも、これも、皆小春のおかげ。やっぱり、小春は私の幸運の女神だわ!」
「大げさだよ」
幸運の女神って。
何だか大袈裟な言い方だけど、これは今に始まった事ではない。夏鈴は施設に居た頃から、何かと私を幸運の女神扱いするのだ。女神って、どう見ても見た目的に夏鈴の事でしょ? と言いたいが、夏鈴はそれを譲らない。ただし私がそう呼ばれるのをあまり好きではないのを分かってるので、興奮している時以外はあまり言わないけれど。
「えっと、夏鈴はアクアさんとは既に顔を合わせてるんだよね」
「ええ。小春が大変な時に何もできなくてごめんね」
「ううん。アクアさんがいち早く夏鈴を治療できるようにしてくれてよかったよ。あの時は、私の方は命の危険はなかったわけだし」
夏鈴がエルフ族の国へ身を寄せ治療する事が決まったのは、丁度私がラールさんに捕まって魔石を作っている時の事だった。緊急性が高いのは夏鈴の方だったので、私が戻るまでは放置なんてことをされなくて良かったと思う。
ただ、その所為ですれ違いになり、私は家に戻ってからも長らく夏鈴とは会えなかった。
「この度はアクア様のご尽力のおかげで、私もここまで回復する事ができました。ありがとうございました」
「いえ。コハルの友人ですからね。力を貸すのは当たり前です」
二人がふふふと笑い合う光景はとても絵になる。
夏鈴は茶色の髪に、ヘーゼル色の瞳をした美人だ。右目にある泣き黒子が少しだけセクシーである。同じ人間だけど、アクアさんの隣に立つ姿が私よりずっと似合っているのが少し悲しい。
「コハル、どうしました?」
「へ? い、いや。何でもないです。二人が仲良くて良かったなぁって」
少しだけ嫉妬してしまったなんて、絶対口が裂けても言えない。というか、おこがましすぎる。私が凡庸な顔立ちなのは最初から分かりきっていた事なのだ。
しかも病気で苦しんでいる友人に対して思うなんて、心根が腐ってると思われても仕方がない。
「コハルの友人ですからね。コハルの友人でなければ、こんなに丁寧な対応はしませんでしたよ。彼女はコハルにもっと感謝した方がいい」
「勿論、私もコハルにはすっごく感謝してますよ。その上でちょっとだけ、コハルと二人で話してもいいですか? 女同士で話したい事があるので。あ、アクアさんはコハルの護衛でしたっけ? じゃあ、ドアの前で待っていて貰えます?」
ニコリと笑って、夏鈴がそう申し出た。女同士の話となると、アクアさんも居づらいだろうし、夏鈴とは中々会えないのだから、相談ごとはできれば聞いてあげたい。
「アクアさん、お願いできますか?」
「……仕方ありませんね。私は廊下で見張っています」
アクアさんと別れ夏鈴の部屋へ招かれた私は、夏鈴に座って座ってと椅子を勧められた。部屋の中には椅子は一脚しかなく、夏鈴はベッドに腰かける。
「ねえ、単刀直入に聞くけど、小春はあのエルフが好きなのね」
「う、うえぇぇ。女同士の話ってそういう話なの?」
「その動揺、肯定とみたわ。あーあ。とうとう、あの可愛い小春が人のものになってしまう時が来たのね」
「ち、違うよ。まだそんなんじゃないから。今の私じゃ月と鼈。美女と野獣。ちなみに野獣が私ね。そんなわけで、全然アクアさんの隣に立つのにふさわしくないから」
今すぐにでも結婚するような話し方に、私は慌てて止めに入る。私はまだアクアさんに告白をしていないし、そもそも今のままではできないと思っているのだ。もしも私がアクアさんの事を好きだなんて噂がたって、アクアさんの耳に入ったら、今後凄く気まずい。当たって砕けるにしてもせめて告白するなら自分の口からでないと、色々心残りになってしまう。
「相応しくない?」
「ほら。私、夏鈴みたいに美人じゃなくて地味で凡庸だし、さらに孤児で貧乏だから、いいところないじゃない? だから魔術師の勉強をして自分に自信が付いたら、告白しようと思うの。今の私じゃ、アクアさんの隣は耐えられないから」
「うーん。色々物申したい事はあるけど、一応はいつも通りの前向きなのね。でもそんなに悠長なことを言っていたら、誰かに隣から掻っ攫われると思わないの?」
「その時はその時かなって。アクアさん自身、好きな人がいるみたいだし。私もアクアさんが幸せになってくれたらあきらめもつくかなって。本当にアクアさんにはお世話になりっぱなしだから幸せになって欲しいのは本当だし。そういう夏鈴はアクアさんの事をどう思っているの?」
アクアさんが誰かと結婚してしまったら悲しいと思うけれど、頑張って祝福しようと思うぐらい、私は彼に恩があるのだ。
「観賞用。もしくは、小春の護衛って思っているわ。安心して、私はアイツよりも小春の方が好きだから」
「えええ。あっ、でも、アクアさんも自分は観賞用になってしまって告白されないって言っていたか」
夏鈴が相手じゃ勝ち目はないなと思ったけれど、観賞用発言に、アクアさんの置かれた立ち位置を思い出した。そういえば、アクアさんはあまりに綺麗すぎて誰も隣に立とうとされない人だった。
「でしょうね。顔がいいエルフ族の中でも、更に顔が良いのは認めるわ。でも私の好みはコハルよ? それにエルフ族なら、私はラピスの方が好みね」
「ラピス?」
「イグニスのお弟子さんの一人で、紺色の髪の人よ。店にいなかった? あの人とお互いの国の言葉を教え合っているの」
紺色の髪の人は確か入口に居た気がするが、しっかりとは思い出せなかった。でもエルフだからかなりの美貌だろう。美男美女の結婚。いい!!
「夏鈴が気に入っているって珍しいね。本当にいい人なんだ。うん。応援するよ! 夏鈴なら、絶対大丈夫」
「ありがとう。後で紹介するわね。ラピスはコハルが作ってくれているクッキーやオリーブオイルに興味があるみたいだから」
「あっ、それなんだけどね。他にも試してみて、なんと塩にも上手く魔力注入ができたの。塩も岩塩っていう石に近いしどうかなって思っていたの。特に塩なら色々な調味料に使えるし、いいかなって」
「凄い。本当にありがとう。クッキーもオリーブオイルも嫌いじゃないけど、毎日となると辛くて」
「そうだよねぇ。たぶんパンとかもいけるような気もするけど、保存期間を考えると中々使い勝手が良くなくて……」
せめて夏鈴が住んでいる場所がお隣とかだったらもっと色々試せたけれど、残念な事に国を跨いでしまっている。それに私も仕事と勉強があるのだ。夏鈴の命に関わるならなんだってしてあげたいけれど、私も生きていくには働かないといけない。
「私が魔術師になれたら、住む場所にもう少し融通も利くんだけどねぇ」
「ううん。今で十分だよ。塩があれば怖いものなしだし。もちろん、毎日会えるような距離に居たいとは思うけどね」
「私も。早く夏鈴が良くなって、また一緒にランチとか行きたいなぁ。私が行かないようなところを教えてくれるから、楽しみだったんだ」
お洒落な夏鈴と私では、アクアさんの時ほどではないけれど、やっぱり他人は色々指を指す。とりあえず同性だから私が変に可哀想がられるだけだけど。それでも夏鈴といるのは楽しいのだから、言いたい奴には言わせておくスタイルだ。……まあ、この手の話が夏鈴の耳の入ると、烈火のごとく怒りだすので、私達の知り合いの間では耳には入れてはいけれないフレーズとなっている。
「うんうん。行こうよ。あーあ、何で私は小春とずっと一緒に居られないんだろ」
「そりゃ、大人になれば独り立ちするのは当たり前だし」
「……はいはい。そーだよね。そして私の愚弟に小春は勿体ない。ねえ、小春。子供をぽぽんと何人か産んで、そのうちの一人を私が産んだ子と結婚させようよ。そうしたら親戚になれるし」
「いや。それは子供が決める事だから、そういう約束はしないよ。結婚相手を誰かに決められるとか嫌じゃない?」
「そういうと思った」
夏鈴も冗談だったようで、ケラケラと笑っている。
まあ笑い事じゃない程度に、私は人外とお見合いをさせられたのだが、これは黙っておこう。たぶん夏鈴に話したら怒られる気がする。
「じゃあ、小春の恋愛にひと肌脱ごうかな。ねえ、あのエルフ族に、ちょっと探りを入れてあげようか?」
「えっ? 探り?」
「小春だって脈ありか、まったくなしなのか知りたくない? コハルの事だから、なしだとしても、最終的に告白するんだろうけどさ」
むしろ、脈なしだと思いながら告白する気満々だ。
でもアクアさんの想い人というのも実の所気になっている。一体、どんな人がタイプなのだろう?
「その代り小春はさ、私が探りを入れている間、ラピスと話してみてよ。いい奴だと思うし、小春もこれから先長い付き合いになると思うからさ」
確かに、夏鈴がここまで気に入る相手なのだから、将来的に夏鈴と結婚する可能性は高い。だとしたら、長い付き合いになるだろう。
「うん。いいよ」
私は折角なので、夏鈴の提案に乗ることにした。




