九人目 天使さん4
掘りごたつに座っていた天使族の方は二人だった。一人は金髪に碧眼で色白の肌をしており、もう一人は銀髪に碧眼で同じく色白の肌だ。顔立ちは私よりもむしろアクアさんの方が似ていて彫りが深い。体格も良く翼もある為、少々狭そうに座っている。性別はどちらも女性だろう。私とは違い素晴らしい谷間を持っていらっしゃる。
正直に言って、私と彼らの共通点はほとんどない。同じ点なんて人型である事ぐらいじゃないだろうか。
「初めまして、コハルさん。私は熾天使の一人、ミカエルと申します」
「同じく熾天使の一人、ガブリエルだ」
「初めまして。四月一日小春と言います」
天使族の階級は良く分からないが、わざわざ言うという事はたぶん偉い人なんだろうなと思う。とはいえ、私は彼らの下に着く気はさらさらない。笑顔は作らず、会釈をした。
「早速だが、君の親について教えて欲しい」
「生憎私の親は他界しておりまして、お教えできるような事は何もありません」
そもそも親って、どっちのだよと言いたい。一人で私を産んだわけじゃないのだから、私には二人親がいる。といっても、幼い頃に他界してしまっているので、どちらの事でもあまり記憶にないのだけど。
「ああ、でも。今、私が親だと思ってお慕いしてますのは、土竜のグノーさんと、風竜と光竜の混血のシルフィさんです。ですので、もしも私の遠い親戚と名乗る方がみえましても、今まで通り他人という事でお願いしたいのですが。そもそも人間の国には遠くの親戚より近くの他人という言葉がありまして。私は今後も自分のルーツ探しをする気はないです」
「コハルッ。私達の事をそんなに慕ってくれていたのだな!!」
グノーさんの人工精霊が、私の頭に顔をうずめている。爪が尖っているせいで、それなりに痛いので止めて欲しいが、今は話に集中しているのでそのままにしておく。
「そんなに警戒しないでいただきたい。私達はなにも無理やりコハルさんを国へ連れ帰ろうと思ってはいないのです」
「そうなんですか?」
「自分の尊い血について自覚をして欲しいと思い来ただけだ」
……尊い血。やっぱり、厄介事だ。
その言葉だけでげっそりする。自覚しろと言われても、生まれてこのかた人間の国で人間として育った身としては、そんなものどうでもいい。しかし彼女達は本気でそれが正しい事だと思っているので、話した所で平行線だろう。こればかりは、生まれも育ちも種族も違うのだから仕方がない。
「自覚と言われましても、私はこの通り凡庸な人間です。貴方たちの美しい姿は、むしろエルフ族の方がよく似ていると思いますが? 翼で言うなら、ペガサス族とかでしょうか?」
「そうですね。残念な事にコハルさんの親は、翼を持たない人間の姿で生まれてきました。ただし彼女は、女王と女王に納める魔石職人の人間の男の間に生まれた子です」
「人間の男は、翼を持っていなかったことを理由に子供を持ち去った。女王も姿が違えば生きにくいだろうと、二人を追いかけるなと命令され、その後は天使族が定期的に観察するだけになったんだ。その子供は何ら人間と変わらぬ様子で育ったと報告されている」
「……何故、観察されていたのか聞いてもいいですか?」
「女王の子だからだ。女王の子といっても、一般の天使と変らん。すべては女王の為に捧げる兵であり、特別ではない。しかし女王はその時、まだ次代を産み落としていなかった。だから念のために観察は続けた。女王がもしも次代を産まずに亡くなった時は、女王の血筋の中から次の女王が天啓を授かるからな」
そういえば、次代がいなければ、天啓が降りるようなことをアクアさんに説明されたのを思い出す。
「まだ代替わりはされていないのですが?」
「いや。すでに代替わりは行われ、今はその次の女王が即位している」
その言葉にほっと息を吐く。
まだ代わっていないとなると、真面目に君が女王だとか言い出しかねないと思ったのだ。しかし既に代わってしまっているなら、それほど困ることもないだろう。次の女王は、現女王が産めば良い話だ。
「しかし、今の女王は魔力が歴代の女王に比べて低い。このままではちゃんと次代が生まれるか分からない」
「現女王は、貴方の母親と双子でした。男が連れ去った娘は天使の姿こそ持ちえませんでしたが、何かしら女王となる因子を持っていたのかもしれないと考えたのです。ですからコハルさんには、天使族の国に戻っていただき、そこで子を産んで血を残していただきたいと思っています」
……頭が混乱してきた。
えっと、つまり私の叔母が現在女王で、母親とは双子の関係だった。でも母は姿が人間だったので、父親側が連れ去って育てた。現在の女王は天啓を授かったものの、魔力が低い。そこで私の血を再び天使族に取り入れたい……って、私は計画交配される家畜かいっ!!
「あの。これまで私の存在を見落としていたというのは、女王が決まったから監視が外れたという事でいいですか?」
「いえ。そもそも監視ではなく観察です。この観察が外れるきっかけは、貴方の母親が身勝手にも人間の男と結婚し、あろうことかその男と共に雲隠れしたからです。貴方の母親には素晴らしい天使族の男を結婚相手として見繕う予定となっていたのに、残念でした」
「……見繕う?」
「ええ。すべての天使族は女王の為にあります。貴方の母は女王の為に天使族との間に男児を作り血を残す義務を持っていたのですが、それは叶いませんでした」
アカン。
根本的な考え方がたぶんこの人達と違う。外見はまだ人間に近いけれど、考え方は全く違う。言葉は丁寧だし、いきなり連れ去るとかそういう危険もないけれど、価値観の違いというのは大きい。母も彼らが言う観察が嫌で、逃げ出したのではないだろうか。わざわざ四月一日とか偽名を使っているし。
「それで私に話を持ってきたのは、女王の意志だからですか?」
「いいえ。女王はまだこの件を知りません。私、ミカエルは女王を守るための剣として先代の時からお傍でお仕えしております。だからコハルさんに無属性の魔力がある事と、素晴らしい魔石を作る腕がある事から、見失われた子供だと気づきました」
「私、ガブリエルは女王が産む子の管理人だ。管理をしているからこそ分かる。徐々に女王の産む子の魔力が低くなっている事に」
「「だから我らは貴方をお迎えに上がったのです」」
……どうするべきなのだろう。
頷く気はさらさらないけれど、ここで断っても、何度も何度も面談させられるような気がする。考え方が根本的に違う他種族相手に、人間の恋愛観を言っても馬の耳に念仏だ。
うーん。
「コハル。嫌なものは嫌だと、はっきり言えばいいんですよ」
「部外者は口出ししないで欲しいのですが」
「私は部外者などではありません。私はコハルと一番親密にしている者です」
……親友枠だけど、一番だっけ?
アクアさんがあまりに堂々と言ったので、何か思惑があるのかもしれないと思い否定は止めておく。
「あの、色々確認したいのですが、まず前提として。私はそちらの血を引いているかもしれませんが、人間です。見た目もそうなのですが、生活習慣や思考回路が人間ですので、そちらの天使族と結婚して血を残すという考えには賛同できません。なのでその点のご協力は無理です」
「……とてもハッキリ言うのだな」
「人間の思考回路というのなら、我らに逆らわずに従うと思うのですが」
まあ、実際過去の人間はそうだ。彼らを崇めて神の使いとしていたのだから。
実際それぐらいの力の差があるのだろう。
「最近様々な種族の方にお会いしまして、正直慣れました。背中に羽が生えてるぐらいならそれほど気になりませんし、美貌だけならアクアさんの方が綺麗ですし。私自身は凡庸な人間に変わりはないんですけど、そもそも人間は順応性が結構高いんです。自分の力でどうにもならない事が多いから、慣れてしまえって事なんでしょうけど」
私は何も変わっていない。だけど、流されたくない場面ではちゃんとNOが言えるようになった。これはきっとアクアさんのおかげだと思う。
「その上でいくつか確認したいのですが、私の祖父にあたる方は、女王様に魔石を納めていたと言われましたが、その魔石は何か道具を使うためですか?」
「いや。よりよい子を産むために、魔石を食べるのだ。そういえば、人間は食べずに道具として使うのだったな。元々は我らが人間に魔石の作り方を教えたのだが、我らは食用として作らせていた」
やっぱり食べるのか。
……だとすると、もしかして。
「最近は、その。食べる上で上質な魔石って手に入っていますか? 人間は保護法が制定されてから、人間の国に籠りがちになっていますし、他国との貿易も中々難航している様なのですが」
あの鷹藤グループですら、外国との取引でマフィアに目をつけられ、四苦八苦していたのだ。もしも天使族と繋がりがあるとしたら宗教関係者ぐらいだが、大きく流通はできないと思う。
「仰る通り、あまり手に入りにくい状況です。天然ものはまず入って来ませんし、かといって人工ものもあまり……。そもそも天使族は魔石を作るのが得意ではないんです。今は手に入り次第女王に差し出させる仕組みにはしていますが、上質なものとなると、年に数個手に入ればいい方でして。いっそのこと人間を連れてきて作らせることも考えましたが、片親が人間である女王はそれを良しとしません」
……魔石を食べるという作業は、結局のところ直接魔力を体内に入れる作業だ。魔素から生成するのではない分、高カロリーみたいな感じで、美味しいと感じるのだと私は推測している。人間が美味しく感じるのは、脂質と糖みたいなすぐにエネルギーとなる高カロリー食だ。ようはそれが、魔力が大きい種族にとっては、魔石なのだろう。そして魔力が体外へ出て行く量が大きければ夏鈴のように衰弱するが、夏鈴は魔力を口から摂取する事で回復してきている。
「あの。つまりぶっちゃけ魔力が高くない子供が増えたのは、血が問題じゃなくて、ただの魔力不足じゃないですか? 私も専門家ではないのであれなんですけど、普通に魔石を食べたらいいんじゃないんですかね?」
私の言葉に、二人は凄く驚いた顔をした。むしろ私の方が驚きだ。普通気が付くよね。今話を聞いただけでも、私は気が付いたよ?
「言われてみると……。いえ、あの。実を言いますと天使族にとって、魔石は主食ではありません。いわゆる嗜好品で、人間でいうところのお菓子のようなものです。だから食べられないのは残念だなと思いつつも、贅沢品扱いで、最近は食べないのが普通と言いますか」
「人間と交流が三百年ほど前ぐらいから無いからな。だが確かに我らの能力がピークだったのもその辺りだ」
……三百年前といえば、世界規模で人間保護法の概要が出てきたくらいだと昔授業で習った気がする。その辺りから、宗教の人も天使族との関わりを強制的に絶たれるようになったのかもしれない。
「あの。一度、魔石を食べてみます? 上手くいく保証はないですけど。今日もいくつか持ち合わせがありますので」
最近、人外の誰かが食べる為みたいな感じで、魔石を必ず持ち歩くようになってしまった。飴玉を配るおばちゃんみたいだけど、あげるとなんだかんだ喜んでくれるので、癖のようなものだ。
「いいのですか?!」
「あ、はい。つまらないものですが」
人間の国では二束三文レベル。外国では贅沢品。
……これ、人間の国の魔石職人が知ったら、色々暴動が起こりそうな案件だ。あまり急激に人外の方と付き合う事になると色々大変な事になりそうだよなと思いつつも、とりあえず私は無事に天使族と和解を果たした。
天使族との結婚話も見合いが行われる前に、無事に破談。もうしばらくはこういった話は出ないで欲しい。
◇◆◇◆◇◆
「アクアさん、今日もありがとうございました。おかげで、天使族の方とお見合いするなんて話にならずにすんだよ」
「いえいえ。私もコハルに変な虫が付かなくてほっとしています。コハルはモテますから」
「あはは。変な虫って、私が変わった魔力を持っているからお見合い話がいっぱい舞い込んでくるけど、それだけだよ。普通にしていれば虫も寄ってこないよ」
年齢イコール、彼氏なし。さらに親なし、金なし、暇なしの貧乏人だ。
ただ突っ立っているだけなら虫の止まり木にすらならない。
「それを言ったらアクアさんの方が、一杯告白されるんじゃないの?」
「それがされないんですよねぇ」
「ああ。そういえばアクアさんはエルフ族の中ですら観賞用になるぐらいに綺麗だもんね。その隣に立つには覚悟がいるかなぁ」
今、私が一緒に歩いているのが奇跡のようなものだ。
近所を歩けば当たり前のような扱いになっているけれど、少し離れれば何でこの美貌の男の隣に、ちんちくりんな女が立って、美しさを汚しているの? 神への冒涜?! と思われてもおかしくない光景となっている。
「……コハルは私の隣は嫌ですか?」
「正直に言えば、今はまだ嫌だね」
「嫌……」
アクアさんが見るからに落ち込んだ。そんな落ち込む事ないのに。私の代わりなんていくらでもいる。
「でも、いつか絶対その隣にいても後ろ指を指されない魔術師になるよ。見た目は変えられないけど、誰から、何を言われても笑い飛ばせるだけの自分になるから」
「……そうなったら、ずっと隣にいてもらえますか?」
「うん。アクアさんが嫌でなければだけど」
いつかはこの契約も解除されてしまう。その時、アクアさんは好きな人の元へ行ってしまうかもしれない。それでも、私はできるなら彼と関わっていたい。
「五十年計画だっけ?」
「いえ、もっと早めましょう!」
アクアさんも少しは私の頑張りを認めてくれたのかもしれない。五十年なんて言ったらおばあちゃんだ。その前にできれば告白したい――ん?
「あの、そういえば、さっき天使族の方と話した時から少し引っかかっている事があって……」
「なんですか?」
「天使族との交流は三百年ほど前に途絶えたという事は、私の祖父は三百年ほど前の人間という事だよね?」
「そうなりますね」
「……私の母って、何年生きたんだろ?」
もしかして母だと思っているのは、実は私の祖母とかの話で、もっと血が離れていたりするのだろうか。
分からないけれど、ちょっとゾクリとする。私……普通に年を取れるのかな?
「元々寿命を延ばす魔法を覚える予定だったんですから、コハルが人間より長生きだろうと、逆に好都合ですよ」
「……そうだよね? うん。きっといいことだよね?」
「そうですよ。私と長く一緒に居られるという事なんですから」
あれ? いいのかな? と思いつつも、考えても仕方がないことなので私は考えるのを止めた。たぶんきっと、生きていくうちに答えはおのずと分かるはずだ。
だから今は、今この時間を大切にしていこうと思った。




