九人目 天使さん2
「ライトッ! ……おおおっ‼」
私の声に合わせて目の前に光の玉が現れ、私は驚きの声を上げた。何度か魔法を目の前で見せてもらい、感覚的にはできる気がしてはいたけれど、実際に目に見える形で魔法を使えると感激が全然違う。
光の玉に恐る恐る手を近づけてみるが、火とは違いで熱さを感じない。そもそも実態もないようで握ってみようかと手を動かしてもすり抜ける。
「凄いです、シルフィさん!! こんなに早く魔法を使えるようになるなんて」
「コハルは元々魔法の前段階まで毎日訓練していたようなものだもの。コツさえつかめばすぐよ」
私は今、だだっ広い草原に移動して魔法の練習をしていた。
お見合いをしないと決めた私は、休みの日になると朝から晩まで色々な先生の元で魔法の勉強をするようになった。それぞれの種族に特化した魔法もあるそうだが、まずは属性ごとに先生を分けて習っている。シルフィさんは風と光で、グノーさんが土と火、アクアさんはそれ以外の属性と混合系の魔法担当だ。ちなみにまだ習っていないが、スックラーさんとヴィオレッティさんは、魔法を使うのに慣れてきたら魔力で肉体強化する方法を教えてくれるらしい。この肉体強化は武力が上がるだけではなく、治癒力を上げる効果もあるそうなので、覚えたら色々重宝しそうだ。
勿論魔術師になるには魔法の勉強だけでは足りない。なので最近は仕事後の残業を断り、毎晩大学で実際に使われている教科書を使って東さんに教鞭をとってもらい、魔道具の勉強をしていた。職場では私が残業をしない事をかなり渋られたが、短時間に変更になっても良いことを話すと、だったら今まで通り働いてくれと言われてしまった。我儘ばかりで申し訳ないが、今後も安全に仕事を続ける為には必要な勉強なのだ。
ついでに鷹藤家も、バックにグノーさん達が付く事で、人外マフィアに脅される事がなくなり無事に人間以外との取引が行えるようになった。それにより東さんと私の婚約話は立ち消えたのでほっとしている。ついでに私が作る魔石についても、購入はグノーさん達が優先で、その後に余力があるならば鷹藤家が買い取ってくれる事になっていた。しかし今の所本業と勉強が忙しすぎて、余力など出てこない。
「それにコハルは、アクアの隣に居続ける為の自信をつけたくて、早く魔法を習得したいと思っているのでしょう? 目的があれば、勉強ははかどるというものよ」
「いや、あの。その。その件は、アクアさんには内緒ですから」
私が真面目に魔法の勉強に取り組んでいるのを見たシルフィさんは、色々私に質問してきて、最終的に私の今の野望を見抜いてしまっていた。以前はお金が欲しくて魔術師になりたかったけれど、今はアクアさんの隣にいても見劣りしないだけの能力が欲しくて頑張っている。
「私はさっさと伝えてしまえばいいと思うけどね。恋に釣り合う釣り合わないなんてないもの。それに種族にこだわるのは大戦前の古い考え方よ。その幻想に取りつかれた種族は、ことごとく絶滅したわ。今はエルフと人間の組み合わせは珍しい方かもしれないけど、数千年後には同じ種扱いになっているかもしれないわよ? 私達みたいに」
どうやら竜と言っても、大戦前は土竜も光竜も風竜も違う種族扱いだったらしい。しかしそれぞれ数を減らしたことで、彼らは竜同士では忌避なく番うようになり、今はまとめて竜族と呼ぶようになっている。
ちなみにスックラーさんも同じ理由で、フェンリル族と犬神族の混血らしい。既にこの種族同士もかなり混ざりあっており、将来的には統一された種族となるだろうと言ってみえた。
「でも人間はエルフよりも劣っていますし……。いえ。エルフ族云々ではなく、私自身がアクアさんに相応しいと思えないんです。少なくても戦闘中にアクアさんの足を引っ張らない程度には強くなって、自信をつけたいです。どうしても見た目は見劣りしてしまいますし」
あの美貌の隣に居続けたいと思うのだ。絶対周りからは不釣合いだと言われるに違いない。だから周りに何か言われても、気にしないでいられるだけの強さが欲しい。それこそ一方的に私だけが守られる立場ではなくて、アクアさんと一緒に戦えるぐらいの力があれば胸を張ってられると思うのだ。
……まあアクアさんが私を守らなくてもよくなっても、隣にいてくれるかは別問題だけど。
「竜からしたら、それほど違いがあるように思えないけどね」
「人間からしたらとても大きな違いなんですよ。それにアクアさんは好きな方がみえるそうです。今、魅力ゼロの私が体当たりしても砕けるだけです」
フラれても仕方がないとは思っているけれど、せめて納得できるフラれ方をしたい。だから今は言えない。それに私が告白してアクアさんが断った事によって関係が悪くなり、魔法を教えて貰えなくなったり、ボディーガード契約を破棄されるのは別の意味で困る。やっぱり、まずは目標を達成してからだ。
『コハル。そろそろお昼になりますから、休憩にしませんか?』
『あっ、はい。分かりました。シルフィさん、今日はありがとうございました』
私が魔法の練習をしている草原は、あらかじめ動物が巻き込まれない様な場所を選んでいる。しかし念には念をで、その時担当してくれている先生が空間を歪めて、中に部外者が入れないようにしてくれていた。今日はシルフィさんがその魔法を使って下さり、アクアさんには空間の外で待機してもらっていた。この空間を跨いで声を飛ばすのも魔法の一種で、私はこの技を一番最初に勉強する事になった。
ちなみにこの魔法をもう少し複雑化したのが人工精霊だそうだ。
「もうそんな時間なのね。もっと教えてあげたいのに、残念だわ」
「すみません。今後ともよろしくお願いします」
私がぺこりと頭を下げると、空間の歪みが解除され、アクアさんが現れた。実際にはアクアさんはずっとここに居て、ねじれた空間を見張ってくれている。
「アクアさん、お待たせしました。お弁当を食べましょうか。シルフィさんはどうされますか?」
草原で食べられるように、私はレジャーシートとお弁当、それに魔石を多めに持ってきている。魔石はアクアさんや先生用だ。
「グノーが待っているからね。一度帰らせてもらうわ」
「そうですか。あの、これ、グノーさんと一緒に食べて下さい」
私はあらかじめ用意していた魔石が入った袋をシルフィさんに渡す。シルフィさんは器用に尖った口の部分で袋の紐を咥えた。
お弁当には毎回先生も誘っているけれど、皆忙しいのか、いつも私とアクアさんを残して帰ってしまう。なので持ち帰り袋は必須となっていた。ちなみにアクアさんが教師の時は一日中ずっと一緒に居る。
「この間もグノーが持ち帰って来たのに悪いわね。ありがたくいただくわ」
声を出しているのは口ではないのかシルフィさんの口は袋をひっかけたまま動いていない。それを不思議だなぁと思っていると、シルフィさんは背に生えた翼を動かし空高く舞い上がった。
風の威力でよろめくが、私の背中をアクアさんが支えてくれる。
「皆さん忙しいのに私の勉強に付き合ってもらってしまって、申し訳ないですね」
飛び去るシルフィさんを眺めながら、私はポツリと呟く。こうやって魔石のお土産は渡しているけれど、お金は一切支払っていない。グノーさんもシルフィさんも、迷惑料だから気にするなと言って下さっているけれど、忙しい様子を見ると申し訳ない気持ちになる。
「奥方はあれでかなり楽しんでいるからいいと思いますよ」
「そうかなぁ」
「コハルは優秀な生徒なので」
竜からしたら、こんな基礎の基礎を勉強している状態の私は優秀ではないと思うけれど、アクアさんの慰めに素直にうなずいておく。私がここでグダグダ愚痴ったところで楽しくないだろうし、むしろ本当にそう思ってもらえるよう頑張った方が良いのだ。
「アクアさんもいつもありがとう。じゃあお腹も空いたし、ご飯にしようか? 新作魔石も色々持ってきたんだよ」
口に入れるものなので、最近はアクアさん用のお弁当箱に魔石を入れるようにしている。気持ちの問題だが、お弁当箱を用意した時アクアさんが凄く喜んでくれた。
「この石は珍しいですね」
「闇属性と水属性を混ぜたもので、多分氷菓みたいに冷たく感じるかなと思って。後で感想お願いします!」
最近手渡す魔石は、二種類の属性を混ぜた新作を入れる様にしていた。東さんが研究に欲しがっているからというのもあるけれど、私もどの組み合わせが美味しいか気になるのだ。
料理ではないので、まったく女子力は向上していないけれど、これも胃袋を掴む作戦と言っていいのではないだろうか? 料理でなく石なので微妙な気持ちにもなるけれど、アクアさんが喜んでくれるなら嬉しいし、契約が切れてからも私の魔石を買いに来てくれないかなという下心もあったりする。
……アクアさんに知られたら、気味悪がられそうなので、ストーカーにならないように気を付けよう。
「コハルの魔石は飽きがこなくて、どれも好きですよ?」
「あはは、ありがとう」
私自身の事ではないけれど、好きと言う言葉は威力が高い。顔が真っ赤になっていないか心配だ。
ドキドキとする心臓を誤魔化すように、私はお弁当を食べ始めた。焦りすぎてあまり味が分からない。でもアクアさんの顔を見れば、ご飯が何杯でもいけそうな気がする。
「そ、そういえば、夏鈴からだいぶんと元気になったって、この間連絡が来たよ」
「そうですか。良かったですね。まだ治療法は確立出来てませんが、きっと何かあるはずですよ」
夏鈴の症状を色々な種族が見た結果、魔石を食べて直接魔力を体内に取り込んだらどうだという話になった。しかし人間はそんな器用な事はできない。石は石だ。
なので食べ物に魔力を纏わせて、食事から摂取するという方法を取る事にした。色々試した結果、魔石ほどではないがクッキーが意外に魔力を入れやすかった。あと、理由は分からないがオリーブオイルも意外に加えられた。
なので私は定期的にクッキーとオリーブオイルに魔力を注入して蒼汰に届けてもらっている。手紙には何だか太りそうだけど頑張ると書いてあった。
夏鈴は今、アクアさんの生まれ故郷であるエルフ族の国で治療中だ。エルフ族は直接魔素を取り込み魔力を増やす種族なので、それを夏鈴もできないか練習していた。まだこの方法は芳しい結果は出ていないが、きっと良くなると信じている。
「今度コハルもエルフ族の国へ行ってみませんか?」
「嬉しい誘いだけど、エルフ族って他の種族が来るのを嫌うんじゃなかったけ? 私が行って大丈夫?」
夏鈴の場合は病人なので、例外的にOKが出たが、だからといってぞろぞろと人間が訪れれば、嫌がられるのではないだろうか? 私としては夏鈴の治療が優先なので、私の所為で心証が悪くなるとか避けたい。
「大丈夫ですよ。排他的と言われますが、一度懐に入れた相手には寛容で仲間意識を強く持ちます。なので、私の大切な人であるコハルが嫌われるはずがありません」
なるほど。
アクアさんの親友枠に収まっているなら問題がないのか。迷惑にならないなら、折角だから行ってみたい。夏鈴も心配だけれど、アクアさんの故郷というのも興味があった。それに――。
「あの、だったら、行く前にエルフ語を教えて貰えないかな?」
「へ?」
「行ったらアクアさんの知り合いの方にも会うだろうし、折角だから色々お話しできたらなって思って。そうでなくても、前々から覚えたいなって思ってたの。だってアクアさんとエルフ族の言葉で話ができたら、きっともっとアクアさんの事が分かるかなって……。いや。でも忙しいから、無理にとは言わないし、行くまでにはまだまだ付け焼刃程度しか話せないだろうし――」
「いえ。すごく嬉しいです」
アクアさんは私の手を握り、幸せそうに笑った。
アクアさんの美貌と相まって、相変わらず心臓に悪い。それでもその笑顔に嘘はなくて、私も嬉しくなる。
「あ、ただ。前にアクアさんに聞かれたこともあったけど、私、もしかしたら純粋な人間じゃないかもしれないの。エルフ族が嫌う種族の血が混ざっていた場合でも大丈夫かな?」
大戦の影響もあり、いまだに仲の良くない種族同士というのは存在する。特にエルフ族は長生きの種族なので、その傾向が強いのではないだろうか?
「人間の血が一番強いので問題はさほどないと思いますが、何か純粋な人間ではないかもしれないと思う事があるのですか?」
私はポリポリと自分の頬を掻く。
私自身は、まぎれもなく凡庸な人間だ。だからまるで自分が特別だと思いこもうとしているかのようで恥ずかしくて、実は夏鈴達にも言っていない事があった。
「私の苗字はワタヌキというんだけど、漢字で書くと四月一日と書くの。ちなみに人間の国では、四月一日は嘘をついてもいい日なんだ」
「そうなのですか?」
「うん。誰も使っていない名字ではないけど結構珍しい名字でね。でも私の両親が死んだ時、この名字の該当者がいなかったの。だから私は戸籍不明の状態で、孤児院に保護される時に新しく人間の戸籍を貰ったんだ。両親がどうして四月一日という名字だと分かったかというと、実はホテルでそう名乗っていたからでね。私の両親が死んだのは旅行先だったの。でもホテルでは偽名で泊ることも可能だから……たぶん偽名だったんだろうなと思うんだ」
生き残った私は幼すぎて自分の名前は言えても、住んでいる場所は分からなかった。同様に苗字も分からず、その偽名と思われるものがそのまま私の苗字となった。
「おぼろげに覚えている両親の外見も人間だから、少なくともクオーター程度だとは思うの。でも無属性の魔力がそんなに珍しいなら、ただの一般の人間でもなかったのかなぁと思って」
一般人なら、きっと私のご先祖様はすでに見つかって、人外に売られていたんじゃないだろうか? 今でこそ禁止されているが、昔は人間販売は違法ですらなかったのだから。
貴族だった場合、いくら偽名を名乗っていたとしても見つけ出されたに違いない。だから考えられるのは、どこかの種族の混血児で、魔力云々含めて内緒にして生きていたんじゃないかというものだ。
「そうですね。でも大丈夫ですよ。コハルはコハルですから」
アクアさんにそう言ってもらえてほっとする。私にも私のルーツは分からない。特に知りたいとも思っていなかったが、でもアクアさんが不快に思ったら嫌だなと思っていた。でもアクアさんが気にしないならどうでもいい。
両親は既に居ないし、私の外見は完璧に凡庸な人間のそれだ。だからきっと、この先も知ることはないだろうとこの時の私は思っていた。
しかし事態は急転し、次の日私はグノーさんに私への取次を求める種族が現れたと伝えられた。




