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九人目 天使さん1

 地響きのような泣き声を前に、私はどうしたものかと困り果てた。

 正直見た目の関係で可哀想よりも、怖いという感情が先に出てしまうけれど、この涙の理由が私にある事を知っているので逃げ出す事ができない。

「私の、私の剣が……」

 それでも悲しみに暮れる彼の口から出てくるのは人間語だ。……悲しくてもそれなりに理性が残っているからとみるべきか、それとも私に同情されたいからとみるべきか。

「あ、あの。グノーさん、本当にごめんなさい」


 グノーさんが大泣きしているのは、闇オークション会場の外だった。実は私を助ける為にきたのは国際警察とアクアさんだけではなかった。グノーさんなど、戦闘力の高い知り合いの方々が助けに来てくれているらしい。

 その為、折角助けに来てくれたグノーさんがこんなにショックを受け、ボロボロと大粒の涙をこぼしているのを見ると申し訳なくなる。

「謝る必要はありません。元々の原因はグノーなんですから、あれは彼からコハルへの慰謝料です」

「いけしゃしゃあと、お前が言うな!!」

 がおっとグノーさんはアクアさんに吠えたが、彼はシレッとしている。

 アクアさんがラールさんと戦う時に無数に出した剣は、勿論無から現れたわけではない。魔法は無から何かを作り出すものではないのだ。つまりはあの剣は誰かが所有しているものという事で……それが、グノーさんだった。

 どうやらアクアさんが折ってしまった剣たちは、グノーさんが集めていた歴史ある素晴らしい作品だったらしい。


「本当にごめんなさい。アクアさんも苦戦して、仕方がなく――」

「そんなわけないだろ。この男はわざとやったんだ。コイツなら一瞬であのマフィアの命は刈り取れたはずだ」

「へ? そんな事は……」

 いや。本当にラールさんとの戦いは苦戦していたと思う。最終的には、グノーさんの剣を無限にお借りしてアクアさんが圧勝だったけれど……。

「命を刈り取っただけでは、コハルの危険が減りませんから。彼には裏社会で忠告する看板になってもらわないと。その点、無数の剣に追いかけられるというのはかなりのインパクトがあって、分かりやすい脅しになると思ったんですよ」

「えっ。手加減してたの? あの場面で?」

「まあ手加減というか、殺さずに戦意を喪失させようとしていたといいますか。一応説得が無理だった時の為に、踵落としで近づいた時に心臓に目印はつけておきました。彼がもしも拒否した時は、そこに物をぶつけて、心臓を痙攣させて殺す予定でしたから安心して下さい」

 ……全然安心できない、不穏な言葉だと思うのは私だけだろうか。

 あの人形のように吹っ飛ばされた場面が、まさかピンチではなく、ラールさんの命を摘み取る準備を終えたところだったなんて……。私の想像を超える強さだ。エルフ族半端ない。


「だからって私の剣を使う事はないだろ!! しかも扱いが雑過ぎる」

「さっきも言いましたが、コハルがこうなってるのは、貴方が不用意に周りに魔石自慢をしたからでしょうが。私がいるからには、コハルは絶対守り切りますが、流石に人間相手になると法律的に分が悪いですし、そこからさらに連れ去られた場合、見つけるのが大変なんです。コハルが機転をきかして、世にも珍しい魔石を売ってくれたおかげで見つけられましたが、何日コハルが怖い思いをしていたと思うんですか?」

 どうやら私からの狼煙は無事にアクアさんに届いてくれたらしい。

 ただし怖い思いをしていただけかというと、意外に快適に過ごしていた自分がいるので、少々申し訳ない。アクアさんはずっと心配してくれていたのだろう。

「アクアさん、助けてくれてありがとう。心配かけてごめんなさい」

「……コハル」

 グノーさんに怒りをぶつけているアクアさんに、私はお礼を言った。


「もっとコハルもグノーに対して怒ってもいいんですよ?!」

「でもグノーさんも私を助けに来てくれたし。そもそもグノーさんに会う前の私は、自分の無属性の魔力がそんなに凄いものなんて知らなかったから、グノーさんやアクアさんに出会ってなかったら、遠くない未来に何も分からないまま売られていたと思うの。だからそんなに怒れないというか……」

 こうやって巻き込まれる事態は、遅かれ早かれやって来たと思うのだ。もしも出会う順番が違ったら、私はアクアさんに出会う事もなく、どこかに売られるかラールさんのハーレムの一人として生きることになっていただろう。


「本当にいい子ね」

 グノーさんのようなお腹の底にまで響く大きな声が頭上から聞こえて見上げれば、白銀に輝く一頭の竜が舞い降りてきた。グノーさんとはまた違う形で首が長く鬣が美しい。そう、美しいのだ。グノーさん並みに大きく、怖さもあるけれど、人間の目から見ても綺麗だと思った。

「凄く綺麗……」

「あら。嬉しい事を言ってくれるわね。竜の事が良く分かっているじゃないの。私はとりわけ優美さに長けた風竜と光竜の混血でね。シルフィと呼んでくれるかしら?」

「シルフィさん?」

「貴方がコハルね。初めまして。コハルの作ってくれた宝石はとても美しくて気に入ってるの。ありがとう。それから、今回闇オークションでいい宝石を売っていたわね。今度は私とも直接取引してくれないかしら? 土竜ほどではないけれど、竜というのは宝石に目がないのよ」

 えっ? ええ?

 突然の依頼に頭が追い付かず、目を瞬かせていると、ぽんぽんとアクアさんが私の頭を叩いた。

「奥方様。コハルはまだ救出されたばかりで気が動転しています。依頼は日を置いてから改めてお願いします」

「えっ。奥方?」

「彼女はグノーの番ですよ」

 この人がグノーさんの番?!


「グノーが迷惑をかけたわね。今回の剣は、グノーからの慰謝料よ。こんなものじゃ足りないだろうけど、今後は私もサポートさせてもらうわね。なんていったって、素晴らしい宝石の作り手だもの。竜は美しいものを作る人を蔑ろにしないわ」

「慰謝料って、この極悪エルフはわざと私の宝を台無しに――」

「文句あるのかしら?」

「……ない」

 おおおおっ。グノーさんが言い負けるのを見て、どちらの発言力が強いのか良く分かった。グノーさんは完璧に尻に敷かれている。

「シルフィ、先に行ってしまうなんて酷いわ」

「うちの番が不甲斐なくて、ついつい。ごめんなさいね」

「私の事も紹介してくれるならいいわよ?」

 建物の中から、今度は巨大な犬が現れた。ココア色のもこもこした毛並みはプードルに似ているが、大きさが私の知っているプードルではない。シルフィさんよりは小さいけれど、私よりも顔のサイズからして大きい。


「この子は私の友人のスックラーよ。フェンリル族と犬神族の混血なの」

 スックラー? どこかで聞いたような……。あっ。

「もしかしてヴィオレッティさんのお嫁さんですか?」

「そうそう。その節はお世話になったわね。貴方のおかげでヴィオと結婚できたわ。ありがとう」

「いえ。頑張られたのはヴィオレッティさんで……」

 そして族長を倒したのは彼女だったのではなかっただろうか。私の力は全く関係ない。

「いいえ。貴方が彼に直接告白するように言ってくれたのでしょ? ヴィオったら、口が悪いわりに真っ直ぐだから規律ばかり気にして全然告白してくれなかったのよ。でも貴方に言われて勇気を出してくれたわ。ありがとう」

「スックラーはね、今回コハルを探すのを手伝ってくれたのよ。私達も顔が広い方だけど、貴族社会的な場所ではスックラーの方が色々情報通なの」

「そうだったのですか。ありがとうございます」

 これがいわゆる、情けは人の為ならずかぁ。めぐりめぐって、自分が助けられた事に凄く運が良かったと思う。


「どういたしまして。でもヴィオは今も残党を締め上げてるし、他にも貴方と関わった人が色々手助けしてくれたわ。貴方を助けられたのは、私だけの力ではないのよ?」

「本当に、ありがとうございます。こんな風に沢山の人に助けてもらえるなんて、私は運がいいですね。顔の広いグノーさんと知り合いになれなかったら、きっと今頃酷い事になっていたと思います」

 グノーさんの顔が広いおかげで色々助かった。流石300年前に伝説のバンドで世界を股にかけていた竜である。

「何言ってるのよ。貴方が呼び寄せた縁よ? 元はそうかもしれないけれど、私も含めてコハルだから助けたの。それは忘れないで」

「……私だからですか?」

 私は何も持たないちっぽけな人間だ。

 私は特別な何かではないけれど、誰かの特別だと言われて嬉しくなった。元々人との縁が薄い人間だからこそとてもありがたく、そんな風に言ってもらえる人間で居続けられたらいいなと思う。


「ありがとうございます。……そうだ。グノーさん。あの、実は私、もうお見合いは止めようと思うんです」

 人に優しくされたからこそ、私はこれ以上不誠実な事をすべきではないと考えた。私はどんな見合い話を持ってこられたとしても、答える気はない。

「とうとう、決めたのか!!」

 竜の表情はよく分からないが、何となく喜んでいる雰囲気を感じた。そうか。やっぱり、グノーさんも、私が真剣に結婚したいと考えてないとお見通しだったのか。

「はい。私、まずは自分の身は自分で守れるよう、早急に魔術師になろうと思います」

「結婚の日取りは――ん? 魔術師?」

 結婚ってなんの話だろう。お見合いを止めてしまうから相手などいないというのに。


「はい。誰かに守ってもらう為に結婚なんて、やっぱり不誠実です。人間だから守られるのが当たり前なんて思いたくないです。魔法についてはアクアさんとグノーさんが教えてくれますし、補助するための魔道具の知識も東さん経由で何とかならないかなと思っていまして」

 東さんとの結婚は御免被るが、私が実験に協力すると言えば色々魔道具について教えてくれそうな気がするのだ。監禁されるという特殊状況下ではあったけれど、彼との関係はそれなりに良好だった。

「……アクア、お前。まだなのか」

「五十年計画だと言ったでしょうが」

 いや、五十年もかけたらアクアさん達に大迷惑だ。大学は四年で魔術師の勉強を終わらせる。つまり頑張れば四年で最低限の知識がつくのだ。魔法の勉強はその後も続ける必要があるかもだけど……。


「あっ、でも。私が見合いをしないとなると、アクアさんとの契約はどうなりますか? 私の給料だと、アクアさんを雇うだけのお金が出せるかどうか……。むしろ教えて貰うなら、私がお金を出さないとですよね」

 これからも魔石を人外の方にいっぱい買って貰わないと、私の家計は破綻しそうだ。このスーパーボディーガードのアクアさんの人件費がどれぐらいなのか、さっぱり分からない。

「もちろん、コハルが自分の身を守れるまでは、私が護衛を続けます。そしてコハルが自分を守るためのサポ―トをするのは当然ですから、お金は要りません。ですよね、グノー?」

「ああ。もちろんだとも」

「何、その話、詳しく聞かせてちょうだい? 女性が自立するってとても素敵な事だと思うわ」

 スックラー様自身、父親が親ばかで、恋愛もままならなかったようなので、今はこの手の話に目がないようだ。私達の会話に加わってきた。

「グノーとアクアが魔法を教えるとか言ってたわよ。それ、私も手伝おうかしら。素敵な職人が自分を守る力を身に付けるという事は大切な事だと思うわ」

「そうなの? なら私も協力するわ」

 おおう。まさか、更に竜族の方とフェンリル族の方の力を借りられるなんて。私の能力はさておき、先生陣の顔ぶれが凄すぎる。これならきっと、魔術師になれるはずだ。

「コハル! 魔法の第一人者はエルフ族ですからね」

「はい。分かってます。アクアさんよろしくお願いします」


 いつか私はアクアさんの隣に、胸を張って立てるような人間になれるだろうか。

 アクアさんが凄すぎて正直そのレベルに達しれる気がしないけれど、でもいつか彼に守られるだけの人間から卒業したい。

 そうすればたとえ契約が切れてしまっても、私はずっとアクアさんと居られると思うのだ。

 アクアさんには好きな人がいるからずっとは無理かもしれないけれど、未来がどうなるかなんて分からない。だからいつか自分に自信がついた時は、彼にこの気持ちを伝えようと心に決めた。

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