八人目 牛鬼さん4
「ったく。痛ぇなぁ?!」
アクアさんの蹴りは見事にラールさんの牛の体の部分に入った。しかしラールさんはヴィオレッティさんの時のように吹きとばされることはなくその場で顔をしかめた。
「丈夫が取り柄の種族ですか」
「ああ。ついでに馬鹿力ってことも覚えておきなっ!」
そういうが早いか、アクアさんめがけてラールさんは腕を振り下ろす。アクアさんはそれを後ろに飛び避けた。
ドーンッ!
次の瞬間、振り下ろされた腕は地面を叩きつけ、地響きと共に地面が割れた。……嘘でしょ?!
あんなものがアクアさんにぶつかれば、タダではすまないだろう。アクアさんは、以前自分の体よりずっと大きいヴィオレッティさんを蹴り飛ばした事があるので強いのは知っている。しかし先ほどのラールさんの様子を見る限り、蹴りのダメージはほぼない。
「鬼族との混血ですか」
「よく知ってるじゃないか。鬼族は戦闘民族。鬼族が現れたら、逃げろって母ちゃんに教わらなかったか?」
「生憎とうちの母はスパルタでしたから。大切な者は命をかけても守れと言われてましてね!!」
アクアさんは再びラールさんに蹴りを入れた。今度は牛の部分ではなく、頭を狙った踵落としだ。しかしラールさんは見た目に反して素早い動きでアクアさんの足を掴むとそのまま振り回して吹っ飛ばす。
「ひっ!!」
ドンと周りの商品にアクアさんが叩きつけられる音に、隣にいた東さんが悲鳴を上げた。
「アクアさん!!」
あのアクアさんが、まるで人形のように吹っ飛ぶのを見て、私は慌てて駆け寄ろうと動く。しかしそれを阻むようにラールさんが私の前に立ちはだかった。
「なるほど。お前にとって、あっちが本命か。人間はエルフ族が好きだとよく聞くしな」
「は?」
「なあ、コハル。あの男、殺されたくないだろ? 俺の嫁となるなら、その我儘を聞いてやってもいいぞ」
ラールさんは金色に光る瞳を細め、ニタリと笑った。
嫁になるなら、アクアさんは殺されない?
「牛神族は、強者がいい女を囲うと言っただろ。その時敵対した相手の男は殺されても文句はない。しかし女が勝者を選べばそこで終わりだ。余計な殺し合いはしない――」
「何アホな事言ってるんですか、この偶蹄目は」
突然後ろから木箱が投げられ、ラールさんに当たった。ラールさんは言葉を止め顔をしかめただけだったが、人間に当たっていたら大怪我をするだろう豪速球だった。
「ああ?! 誰が、偶蹄目だ!!」
偶蹄目は牛を表現するときに使われる言葉で、知能が低い動物を主に分類するものだ。つまりは差別用語であり、これに対してラールさんは苛立ちをあらわにした。
「脳みそがないのかと思いましてね。ねえ、コハル。こんな男と結婚したいのですか?」
にこやかに話すアクアさんは、商品の中に突っこんだはずなのに無傷だ。アクアさんの周りが濡れているのを見て、とっさに魔法で水を集めてクッションにしたのだと気が付く。アクアさんはよく寝る時に水の玉を作って寝ている。
「勿論、破談です!」
アクアさんはいつだって、私には好きな相手を選べと言った。つまりここでラールさんの言葉に頷くなという事だ。
「ですよねー。良かった、良かった。もしもコハルがこの男を気に入っていたら、どうやって牛鍋にしてコハルに諦めさせなければいけないかと思った所です」
「お前自分の立場を分かってるのか? お前がいくら蹴ったところで、俺には敵わないんだぞ?」
その通りだ。アクアさんの蹴りは今の所ところラールさんに敵わない。
「エルフ族の攻撃が物理だけなんて思っていませんよね?」
「そうだ。アクアさん! この部屋では攻撃魔法が使えないの!!」
アクアさんは物理攻撃が得意だけれど、本来は魔法畑の人だ。さっきだって、咄嗟に魔法を使って自分を守っていたのだ。もしかしたら攻撃魔法は私に害が及ぶ可能性があるので使っていないのかもしれないが、そもそもこの場所では使えない。どうにかしてこの部屋を出なければ、アクアさんに勝ち目はない。
「なるほど。不思議な空間だと思っていましたが、そういう制約が加えられた場所なんですね」
「すかした顔をしてるが、攻撃魔法を使えないんじゃ、そんななよなよの腕で俺に勝つことはできないだろ」
攻撃魔法が使えないというのに、アクアさんは落ち着いていた。
でもラールさんの力は圧倒的で、このまま長期戦になったとしたら攻撃力の低いアクアさんの方が不利に違いない。
「攻撃魔法が封じられても魔法が封じられたわけではないじゃないですか。そもそもですね、知能がある者は道具というものを使うんですよ、偶蹄目さん?」
そう言って、アクアさんは何もない空間から剣を取りだした。すらりとした細身の剣はアクアさんによく似合っている。
「何だ。お前、剣士だったのか」
「いえ。剣の心得があるだけの、魔法使いですよ」
「だったら、俺も道具を使おうじゃないか」
ラールさんは商品と同じ場所に置いてあった金棒を持ち出すと、それを振りかぶりアクアさんの剣に向かって振り下ろす。もしも剣と剣の戦いだったらこんな事はなかっただろう。しかし丈夫が取り柄の金棒を前にアクアさんの剣はあっさりと折れた。
「アクアさんっ!!」
「大丈夫ですよ。コハル」
アクアさんは心配する私に対して笑った。笑っている場合ではないはずなのに!!
お荷物でしかない事が悔しい。もしも私も魔法が使えたなら、せめてこの部屋から逃げ出す事だけでもできたはずなのに。
「剣を折られたのに余裕じゃないか」
「だって、まだ折れたのは一本だけですし」
次の瞬間、今度は二本の剣がアクアさんの手に握られていた。
「双剣にしたって同じことだ!!」
再びラールさんは金棒を振り下ろしたが、今度はアクアさんも後ろに飛んで避けた。
「そうですね。私は双剣使いというわけではありませんし」
「使えもしないもの、自分が怪我をするだけだぞ」
「ですが、使えないとも言っていませんよ? それにね。私は双剣使いではないと言ったでしょう?」
そうアクアさんが話した瞬間だった。アクアさんの前に無数の剣が宙に現れたのは。
私だけではなく、ラールさんも目を見開いた。
「一本だと折られるなら、百本の剣が舞えばいいんですよ」
アクアさんがそう言った瞬間、空に浮かぶ剣はラールさんめがけて飛んでいく。慌ててラールさんは金棒で剣を弾き飛ばすが、次から次へと剣はラールさんに向かって降り下ろされる。
このままでは不味いと思ったのか、その場を逃げ出したラールさんだったが、剣もそれに続いて追いかけていく。
「畜生!! 攻撃魔法は使えないんじゃないのか?!」
「これは攻撃魔法なんかではないですよ。エルフ族なら、ただの子供の遊びです。まあ飛ばすものは紙とかで、こんな物騒なものではないですけどね」
ラールさんは避けてたり、金棒で折ったりして逃げているが、全く無傷と言うわけにはいかない。徐々に傷が増えていく。
「あっ。ちなみに、お代わりはまだまだありますよ?」
半分ぐらいまで剣が減ったと思った瞬間、再び新しい剣が空に浮かんだ。
「分かった降参だ! コハルの事からは手を引く!」
「手を引くだけじゃなく、貴方の関係者はコハルに関わらないように伝えてもらえません? 裏組織はここ以外にもいくつもあるので焼け石に水でしょうが、少なくとも一つは関わってこないというのはとても重要なんですよ」
「分かった。分かったから。この剣を止めろ!!」
にこやかに話す間も、アクアさんの放つ剣はひたすらラールさんを襲う。別にラールさんが死んでも構わないというかのような容赦のない攻撃に、私は血の気が引いた。
「アクアさん! あ、あの!! 私、牛も嫌いじゃないの!!」
「コハル?」
「ど、動物愛護って、大切だと思うんだけど!!」
何だかこのやり取り、前も同じような事をした気がするけれど、目の前で人が串刺しになるのを見て笑ってられるほど、丈夫な心臓はしていない。
「という事ですが、偶蹄目さんはどうします?」
「……もー」
「仕方がないですね」
ラールさんが牛の鳴きまねをすると、アクアさんが飛んでいる剣を操るのを止めた。ガラガラと地面に剣が落ちる。
……エルフ族が恐ろしい種族なのか、取り分けアクアさんが武に偏りすぎているのか分からないが、とんでもなく強いことは分かった。
「そうだ。東さんなんですけど――東さん?!」
アクアさんとラールさんの戦いに集中していた為気が付かなかった。東さんは私の隣で、短剣に服を縫いつけられ気を失っている。ラールさんと違い血は一滴も流れていないが、下半身の方が大変なことになっていた。彼の名誉のために詳しい状況は語るのは止めておこう。
「ああ。その男も、コハルを攫ったんでしょう?」
「えっ。いや、あれ? 最初はそうだったけ?」
最近は共同作業が多すぎて忘れていたが、そもそもは私を結婚相手にしようと屋敷に連れてきた人だったはずだ。恋人が魔法な人なので数日間一緒に生活したけれど、身の危険を感じる事は一切なかった。おかげで私の中のカテゴリーは男というより研究者だ。モルモット的意味で身の危険は少しだけ感じたけど。
「その男はコハルの番だろ? だから部屋も同じだったし」
「……オーケーです」
「いや、アクアさん? 何が、オーケー?」
「今丁度、切るのに適した道具がありますから。時間はかけません」
それ、全然、大丈夫じゃない! その人忘れがちだけど、鷹藤家の人だから。貴族だから!
私は慌ててアクアさんにしがみつき、説得を試みた。




