八人目 牛鬼さん2
「おい。コハルの魔石、凄い値がついたぞ‼」
「それはよかったです」
東さんと新しい魔石について部屋で話している時だった。ラールさんはノックもなく、突然扉を開けて破顔した。部屋の中からでも聞こえるうるさい足音のおかげで、ああ来たなとは気が付くけれど……。
一応東さんとは表向き番関係なんですよーという事にしてあるのに、全然この人、気にしないよなと思う。もしも中で乳繰り合っていたらどうしようとか躊躇はないのだろうか。……ないんだろうなぁ。ハーレム系出身の種族らしいし。
この辺りの種族の差からくる感覚の違いはまあ仕方がないか。私はプライベート無視な扱いにはとりあえず何も文句は言わなかった。そもそも東さんとは嘘の番なので、乳繰り合うことはない。
「コハルは本当に凄かったんだな! そのまま珍しい無属性の人間としてコハルを売っていたら大損だった」
「……逆に不安なんですけど、一体あの宝石いくら位の値が付いたんです? いや、止めときます。私の全財産以上の値を聞くと、色々心臓に悪いので」
魔石を一つ作るのに、私はそれほどの労力を使わない。勿論宝石に魔力を入れるのは、普通の魔石を入れるのよりもずっと手間ではあるけれど、二種類混ぜた所で半日もかからない。
「コハルの全財産より高いのは当たり前だろ。なんたって、闇属性と光属性が一緒になった魔石なんて見たことがない。しかもダイヤでだぞ?」
「そういうものなんですね」
たぶん人間の国でもそれなりに高いけれど、でもきっとラールさんからしたらあり得ないぐらい安そうだ。そもそも魔石としては二種類混ぜた物なんて、今の所それを使う魔道具が開発されていないので、使い道がなくて売れない。価値があるのは宝石だからだ。
「相変わらず淡々としてるな。コハルとアズマにも利益の一部をやるからな」
「あっ。それ、とりあえずいいです。鷹藤家が商売する上でのみかじめ料としておいて下さい。どうせこの部屋の中では使い道がありませんし。そうですよね、東さん?」
「は、はい。僕もそれがいいかと」
「何だ、お前ら。欲がないなぁ」
だって、そのお金を受け取ると、逆に後でゴタゴタしそうなんだもん。
私は必ず助けが来るという前提でいる。だから余分な施しはいらない。私達は、あくまで被害者でいないといけないのだ。
「給料なんかどうでも良いので、僕はむしろ、もっと魔石に対して違うアプローチをしたいです。あの、色々やってみていいですか?!」
「お、おう。大人しい男だと思ったけれど、ぐいぐい来るな。別に、こっちの利益になるならいいぜ」
「ありがとうございます!」
寝食共にして知ったのだが、東さんは貴族や商人というよりも、ただの研究馬鹿だった。私が魔石に魔力をいくつも混ぜられる話をした後から、色々目の色が変わっている。
「魔石づくりにこんな方法があったなんて。できればもっと細かく魔力が混ざった魔石の状態を調べてみたいです。あと、人外の方は食べられるのですよね。どうやって体内に魔力を直接取り込むのか見てみたいし、味として感じる感覚も詳しく教えていただきたいです」
「時間があったらな。まずは次の宝石を作れ」
「分かりました。小春さんと話していたんですけど、水と火の反する魔力というのも面白いですが、水と風の属性で雷の属性を作れるというんですよ。それ、どれぐらいの魔力値で、どの程度の威力になるんですかね。そもそも何でこんなことが可能なんですかね。やはり無属性の魔力が鍵なんですかね。その無属性の魔力って血筋に関係するんですよね。だとしたら、血も何か違うんですかね。人間の魔力は、血液とは別の流れが――」
「東さん、東さん。ラール様が固まっていますよ。魔石は何個か作ればいいんですから、材料を色々お願いしましょう? ただの魔力透過度の高い石で作る魔石なら、時間もほとんどかかりませんし」
東さんは魔法の話になると、とたんに饒舌になり止まらない。しかも利益よりも知識欲求を優先してしまうタイプの様で、魔法の話をしている時は恐怖も何もかもが吹っ飛ぶらしい。
ラールさんの事は相変わらず怖いようだけれど、でも魔石の事となれば話は別のようだ。……東さんは多分当主に向かないから、私との結婚話が来てしまったんじゃないかなと短い付き合いの中も気が付いた。当主はきっと、東さんの次の世代に期待をしたかったのだろう。彼を当主として押してないなら、私と結婚させても何ら問題はないはずだ。
ただ東さんから向けられる情熱が、愛ではなく解剖欲を強く感じて色々怖い。結婚したらちょっと採血させて下さいとか平気で言ってきそうだ。……うん。絶対結婚しない。こんな婚約、破談だ。
「なあコハル。お前の番はこれでいいのか?」
「はははは」
勿論断固拒否だけれど、下手にフリーですと言えない私は乾いた笑いを浮かべた。
「こんななよなよした男より、俺の方がいい男だと思わないか?」
「あ、それは遠慮します。ラール様は私の外見が好みでないのと同じように、私も人間に近い形の方が好きですので」
ちんちくりん扱いを根に持っているわけではなく、実際に美意識が種族ごとで違うのは仕方がないと思う。
「それに私、同じ施設で育った先輩に口酸っぱく言われているんです。人攫いにあったら、絶対その犯人と恋はするなって。それは生存本能が引き起こす勘違いだそうです。もしもラール様が私でもありじゃないかなんて思われたなら、それは間違いなく勘違いです。その症状に確かカタカナで小難しい名前がついていたはずですけど――」
「ストックホルム症候群とリマ症候群ですね」
「そう、それです」
先輩は賢いので、色々難しい事を知っている。
この手の話しを私にしたのは、きっと私が無属性の魔力を持っている為に、いつか攫われるかもしれないと危惧していたからだろう。聞いていて良かった。今の所ないが、この生活の中でキュンとするような事があっても、全ては勘違いだと間違えずにいられる。
非日常での出来事は、日常にに戻ってから振り返ってじっくり考えるべきだ。
「なんだそれ」
「なんだそれと言われても、そういうものなんですよ。なので最初の条件通り、私に手を出すのは止めて下さい。私の魔石が有益だという事は十分分かりましたよね?」
「仕方ない。時間はいくらでもあるんだ。ゆっくり口説いてやるよ」
「はあ?」
人間語が分からないのか、この男。若干イラッとしながら、私は睨む。
「牛神族はハーレムを作ると言っただろ。ようは強い男が女を奪っていくやり方なんだ。お前みたいな能力がある奴は俺が一生囲って大切に守ってやるよ。俺に囲われておけば、誰かに連れ去られて望まない結婚を強要される心配もないぞ。この男ではコハルを守り切れないだろ?」
「結構です。そもそも、ラール様との結婚も望んでませんから」
しかも裏社会の住人のハーレムの一人になるって、闇オークションで売られるのと大差ない気がする。
「まあ最初の条件通り、襲って孕ませて従わせるなんてしないさ。紳士的に口説いてやるよ」
「一昨日きやがれです」
「見た目は好みじゃないが、そういう気が強いところは気に入ってるんだ。ただ従うだけの奴は面白くない。これはストー……ん? ストーカー何とかじゃないぜ?」
ストーカーは絶対違うと思いますよ。
そう思ったが、あえて指摘はせずため息をついた。口説かれているけど、全然嬉しくない。それは見た目の問題ではなく、多分考え方の問題だ。守ってもらうという事は囲われるという事かもしれないけれど、その未来にときめきを感じない。
「私は……守られたくないんですよ」
「は?」
「うん。そうです。守られたくなんてないんです」
「何言ってるんだ。守られないとすぐに死ぬぐらい弱いくせに」
その通りだ。人間は弱い。守ってもらうのが当たり前だと誰もが思うぐらいに。実際、私なんてラールさんがパンチしたら吹っ飛んで、それだけで死んでしまうだろう。
「分かってます。でも一方的に依存する関係は嫌なんです」
守ってもらうためにお見合いをしてきたけれど、やっぱりそんなのは嫌だ。
「ならどうするんだよ」
「それはこれから考えます」
「はあ?! ふざけてるのか?」
「ふざけてなんかいませんよ。でも、今は私が有益だからラール様もこの屋敷の人も守ってくれますよね? その間にいい方法を考えておきます」
ここから無事に出られたら、グノーさんにはもう見合いはしないと伝えよう。いつかは誰かと結婚するだろう。それが人間かどうかは分からないけれど、でも私は私の問題を全て相手に丸投げだけはしないと心に決めた。




