七人目 人間さん3
「「おはようございます。朝食の時間です」」
バリケードをした扉の向こうから、二人の女性の声が聞こえた。部屋の中はとても綺麗だったが、時計が置いていなかったので、今の時間が良く分からない。太陽の高さからすると、多分いつもの出勤時間ぐらいだとは思うが、どうだろう。
……職場を無断欠勤になってしまった事が心苦しいが、ここから出勤したいですと言ってもたぶん当主以外は私を屋敷から出す権利を持っていないだろう。
私は特に意味のなかったバリケードをどかして、扉を開けた。扉の前に居たのは、昨日の双子のメイドだった。
「おはようございます」
「お召し替えはされませんか?」
ごちゃごちゃの内装を見ても、眉ひとつ動かさず業務を全うする彼女らにプロ根性を感じる。……もしかして、あえて人形っぽく見せかけるコンセプトで働いているのだろうか。
「あっ。大丈夫です。当主とお話をしたら家に帰りますから」
私の服は昨日のままだ。クローゼットの中に女性ものの服が並んでいたが、私はあえてどれも使わなかった。私では手が出せないブランドものの服だと思うが、だからこそ身に付けない事で拒絶しているのだというアピールのつもりだ。
「分かりました。こちらへどうぞ」
どうやらツッコミを入れる気はないらしい。特に反応はなく、淡々と仕事をこなしている。プロだ。……実は魔法で動いている人形という事はないよね?
そんなことを思いながら、生え際や関節部分に違和感がないか見ながら、彼女達の後ろについていく。
案内された食堂は、何人掛けだよとツッコミを入れたくなるほど大きい机が置かれた広い部屋だった。そのテーブルについているのは昨日会った当主と、若い男の二人だ。
「おはようございます」
「やあ。昨日はよく眠れたかな?」
「まあ、それなりには眠れました」
眠らなければ頭の動きが鈍くなる。
なので私はバリケードをした後、そのままふて寝した。幸い誰も部屋へ侵入しようとすることはなかったようで、バリケードはあまり意味がなかったが、寝る為の安心材料にはなった。
「それはよかった。服は気に入らなかったな?」
「私には高級すぎて似合いませんし、汚したくなかったので使いませんでした。それにこの後一度家に帰らせてもらいたいので、自分の服を着ています。実は私、昨日から洗濯物を外に干しっぱなしなんです」
洗濯は干して取り込むまでが洗濯だ。あのままでは、折角洗ったのに、雨風で汚れてしまう。
洗濯など一度も自分でした事がなさそうな男たちはそろってぽかんと口を開けた。
「それに仕事もあります。無断欠勤は魔石職人だからではなく、社会人としての私の信用に関わります。どういう条件を飲むとしても、一度家に帰る必要があると思いましてお話をしに参りました」
言いたい事を言いきると、くくくくと当主の方が笑った。
「大人しい女性だと聞いていたが、それなりに気が強そうだぞ?」
気が強いかどうかは分からないが、グノーさん達のおかげでかなり心臓は鍛えられた。貴族だけど同じ人間だと思えば、はったりぐらいの元気は出せる。
「そのようですね。初めまして、小春さん。僕は鷹藤家当主の甥、鷹藤東です。折角ですから食事をしながら、家に帰るのか、帰らないのか、その辺りのお話をしませんか?」
少しだけ丁寧な口調はアクアさんを思い出させる。
しかし目の前の男は、痩身で日に焼けていない青白い肌をしていてアクアさんの美貌には程遠い。不細工ではないし、それなりには整ってはいるが前髪を七三分して丸眼鏡をかけている為、雰囲気は学者さんだ。
「食事も結構です」
「聞けば、昨日から食べられていないそうですね」
「食欲がわきませんので」
出されるものはどれもこれも普段はお目にかかれないようなおいしそうなメニューだ。でも何か薬を混ぜられているかもと思えば、手は出せない。
「毒も薬も混ぜてはいませんよ? 未来の妻で、僕の子を産んでもらう方にそんな無体な真似はしません」
確かに。
母体が弱れば赤子が問題なくと産まれるとも限らないし、下手な薬を使えば赤子の方に影響を及ぼしかねない。かといって、鵜呑みできるほど私は彼らを信用できなかった。
「そもそも結婚するという条件を飲むとは言っていませんし、夏鈴については私も知り合いに色々相談しようと思っています。夏鈴の病気について教えて下さったのはありがたいですが、自分の方で何とかします」
「魔石職人の給料では心もとないのでは?」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です」
私だって魔石職人の給料では夏鈴の治療費の足しにもならないのは分かっている。でも今はグノーさんやヴィオレッティさんなどに売った魔石のおかげで、かつてないほど懐が潤っていた。本来魔石の直接的な売買は法律に抵触する。人間相手の販売ならばアウトだ。しかし人外に売る場合は、独占法に該当する品物でも相手側から要求されれば応じてもいいとなっている。つまり私が押し売りするのは駄目だけれど、向こうから下さいと言われたら売っていいのだ。
何だそれという感じだが、人間は弱い生き物なので要望に応じなかった為に殺される事もある。そういう被害を減らすため、穴あきの法律になっていた。
「僕から提案なんですが、小春さんは魔術師になりたいのですよね?」
「……そうですね」
心の中ではいつでも野望を忘れていないが、大々的に口にはしていない。つまりこの間、私が大学に行ったことを調べたのだろう。私生活が丸見えになっている状況に、私は眉をひそめた。こちらの事情を知られている時点で、色々調べられたのは分かっているが、気分はよくない。
「ストーカーのように尾行したわけではありませんよ? 僕は小春さんが資料請求に行った大学で魔道具の研究をしていまして、事務の方に聞いたんです。そこで大変失礼なことを事務の男が言ったそうで、その件については謝ります。その上で提案なんですが僕の妻となってくれるのなら、僕は小春さんが魔術師になる為のサポートをしたいと思います」
魔術師になる為のサポート。
その言葉には正直ぐらりと来る。例え私がどれだけお金持ちになろうとも、大学側は義務教育までしか勉強をしていない魔石職人を色眼鏡で見てくる。そうすると、入学しても扱いはあまりよくないだろう。
しかし後ろ盾に貴族の、しかも現魔術師で研究職の男がいるとなれば話は別だ。きっと掌を返したような対応になるに違いない。
「……大丈夫です。魔術師には自分の力でなります。何年かかっても」
本当は、かなりぐらぐら揺れている。でも魔術師になった先でやりたい事をこの男の妻に収まった場合にできるのかと言われれば疑問だ。私の能力は鷹藤家の為に使われるだろう。
「もっと楽な生き方もできるでしょうに、強情な方だ」
「生憎と、竜族やフェンリル族の方に心臓を鍛えてもらいましたので。それに夢は叶えてもらうものではなく、自分で叶えるものなんです」
手助けをして貰うのはいいけれど、全てレールを引かれて、ハイどうぞなんて渡されても全然ありがたみがない。若干見栄を張っている部分もあるけれど、魔石職人にだってプライドがある。
「それから、腹の探り合いは止めませんか? そもそも私を妻にしてどうするんです? 私だったら愛人で十分でしょう。一体どういう思惑があるんですか?」
このままごちゃごちゃと言い合っていてもらちが明かない。
いい加減お腹も空いたし、さっさと家に帰りたいのだ。彼らの条件を飲む気はないと言った。もしかしたらそれによって蒼汰の仕事云々の脅しが来るかもしてないが、それは蒼汰の問題なので蒼汰に頑張ってもらおうと思う。蒼汰は私が望まない条件を飲んだ事で鷹藤家で引き続き働かせてもらえるなんて言われても喜ぶ性格ではない。
「貴方が大学に来た時に僕が一目ぼれをしたとは思わないんですか?」
「ないですね。私の隣に、もっと綺麗な人がいたじゃないですか」
「……あの方、男性ですよね」
「男性ですけど、私より綺麗ですよね」
アクアさんの美貌に敵う女性はあまりいない。あんな大輪の花が隣にある状態で、私に一目ぼれとか、絶対ない。私の方が可愛いなんて言ったら、眼科に行った方がいいと思う。
「それにこの屋敷の使用人の顔を見れば分かりますよ。かなり美意識が高いですよね」
全員を見たわけではないが、シンメトリー双子も、金髪の少年も、ついでに夏鈴や蒼汰も総じて顔面偏差値が高い。この部屋にいる使用人もそうだ。私はお呼びじゃない感が溢れている。
「そうですね。でも小春さんが可愛くないというわけではないですよ? たぶん方向性が違うだけだと思います」
「慰めはいりません。この平凡な顔が嫌いなわけじゃないので。それで、いい加減話してもらえませんか――」
そんな話をしている時だった。廊下から何かを壊すような音が鳴り響いたのは。
遠くの方で、困りますお客様と話す女性の声が聞こえたが、続けて聞こえた何かを殴るような破壊音の後にその声が聞こえなくなったのが、かなり怖い。
そしてこの食堂の扉はためらいなく開け放たれた。
「よう。鷹藤家の当主さん。無属性の女を手に入れたそうじゃないか」
入って来たのは人間ではなかった。
下半身が牛の姿で、上半身が人間のような姿だが、皮膚の色が赤く、おでこのあたりに黒い角が生えた男だった。瞳の色は琥珀色で人間でも見る彩色だが白目の部分が黒い。鬼族と呼ばれる人達の外見とよく似ていた。鬼族は力が強く大柄だが、人間の国でもたまに見かける。でも体は牛ではない。
牛系だと人間と交流が多いのは、ミノタウルス族や牛頭族だが、この男の外見の種族は記憶になかった。たぶん人間とはあまり交流のない種族だろう。
「これはこれは。ラール様。人間は今は朝食の時間ですので、ご連絡が遅れて申し訳ございません。お茶の準備をさせましょう」
「そんなものはいらん。無属性の女はコイツだな」
こちらに向けられた目が光ったような気がする。鬼族のように腕はがっしりとした筋肉が付いており太い。背丈も大きいので、腕の太さだけで、私の足と同じぐらいの太さがあるのではないだろうか。
「それなのですが、実はこの少女とうちの甥が番まして。大変申し訳ないのですが、この少女を売るわけにはいかなくなったのです」
当主はとても申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
番と言う言葉にギョッとするが、私は口を開かず、その成り行きを見守る。私の隣にいる東はカタカタと震えながら私の手を握った。
「番だと?」
「はい。竜族やフェンリル族など番を持つ種族のように、人間も一夫一妻の番を持つのです。ですので別れさせては、娘の心が壊れ体も弱ってしまいます」
……なるほど。
どうやら鷹藤家はこの牛と鬼の混ざった男に脅されているようだ。その上で、私を早々に渡さない方法として妻にするという方法を選んだのだろう。私を妻にというのは、属性や魔力が欲しいという利己的な考えは勿論あるだろうが、特別な存在である貴族はか弱い平民を守らなくてはいけないという昔ながらの『ブルー ブラッド』的な意志が働いたのかもしれない。平民は貴族を守る為にあるという考え方を持つ貴族の方が多いが、案外そういうのは歴史の浅い成金だ。古い血統の貴族ほどブル―ブラッドの誇りを持つ。
鷹藤家は現代に合わせて新しいものを取り入れ力をつけた貴族だが、古さでいけば、かなり長い歴史のある貴族だ。
「そう言って誤魔化そうとしても、俺は知っているぞ? 人間は番になる生き物だが、離婚して新しく番を作る事ができるしたたかな生き物だろう?」
こちらはこの男の種族を知らないが、あちらは私達の事をちゃんと勉強してきているらしい。
「これはお前達が別の種族と取引をするためのみかじめ料だ。人間の女など沢山いるだろ? こんなレアもの、売らなくてどうするんだ。そんな事では人外との商売なんてやっていけないぞ?」
話を聞く限り、この男は人間でいう暴力団とかマフィアとか、そんな感じの立場の人なのかなと思う。明らかに面倒なものに絡まれた感がある。
人間は世界的に保護された種族だ。でもそれはつまり、周りから守られなければならないほど弱い立場なのだ。ひとたび目をつけられたら、従わなければ自分の命が危ない。
「あの。私の事を話している様なのですが、私もお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「……ん? 別にいいぞ? 何が聞きたいんだ?」
怖い男だが、別に私を見下し喋りかけるなと罵倒して威嚇するような男ではないようだ。外見は慣れないが、でも外見の怖さで言えばグノーさんの方が上だ。
そう思えば何とか目を見て話せる。
「貴方についていった場合、私はどうなりますか? 流石に多くの種族に回されて孕まされては、私はすぐに儚くなるでしょう。人間は子を成しやすいと言われますが、出産は命がけです。それに私は自分の子が不幸になる事が分かっているならば初めから産みたくないので、その場合は自死します」
望まぬ結婚も嫌だけれど、子を自分で育てられず、不幸を連鎖させるぐらいなら私は命を絶つ。それが孤児として育った私の考えだ。自由のない道具になるだけの人生なら、生まれてこない方がマシだと思う。心が死ぬなら生きている意味などない。
ただし心が生き残る可能性があるならば、私は生にしがみつく。だから見極めなければいけない。
「そりゃそうだ。俺はハーレムを形成する種族だが、女を回して孕ませて、産むだけの道具のように扱うのは嫌いだ。俺らは女の腹から産まれてくるわけだからな。子を産んでくれた相手や自分の子を大切にしない男は屑だ」
「そうですか。では私が貴方についていった場合、私はどうなります?」
「オークションでお前を金持ちが買うだろうな。ただしお前はレアものだ。遊び半分で首輪をつけて痛めつけるような変態には絶対売らないし、そういう奴はそもそも手を出さないだろう。無属性の魔力もちをそんな扱いされていると知ったら、他の種族が奪いにかかるはずだ」
そんなにレアなのか、無属性。
……そこまで目の色を変えられると、私の親が本当にただの平民だったのか気になってくるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「なら、取引しませんか?」
「取引?」
「私をオークションで売ったら一回しかお金は入ってきませんよね? それでは勿体ないと思うんです。もっと儲けたくありませんか?」
アクアさん、私は嫌なら結婚しない方がいいんだよね?
長いものには巻かれろ的な人生だったけど、アクアさんはずっと私の気持ちを守ってくれた。だったら、私もアクアさんを信じて頑張る場所だ。
怖いけど、まだ踏ん張れる。
私はやせ我慢をして、男に笑いかけた。




