一人目 ドラゴンさん2
本当に、来るのだろうか。
日中はしっかりと仕事をこなしノルマの魔石を納品し終えた私は、沢山もらった石で作った魔石たちを眺める。
「魔石が気に入らなくて、ガブリとかはないよね?」
昨日話したかぎりは、温厚そうな人柄……いや竜柄だった。でも見た目があれなので、気を抜いたら食べられてしまうのではないかという疑念はぬぐえない。そもそも竜と出会うことなんて普通は一生ないので、竜というモノが良く分からない。
私が住んでいる世界は、高い知能を持った生き物が沢山いる。その一つが竜であり、私のような人間だ。しかしそれぞれ、基本的には干渉し合わない。一度世界規模で酷い戦争が起こり、どの種族も滅亡の危機に陥った為、それぞれ不可侵条約を結んだのだ。人間もその条約に入っており、今は人間の国を作って生活している。もっとも人間に近い亜人達は、この国にも住んでおり、完璧な人間だけの国というわけではない。これは条約で決まっており、その国の法律に従うならば、他種族も住むことが許可されていた。
そもそも人間は脆弱だ。数多くの種族の中で最弱に近い。それでも人間の国を持てたのは、人間の繁殖力の高さ故だ。過去の戦争でどの種族も滅亡の危機に陥ったわけだが、数の関係で最終的に残るのは人間だろうとされた。だから力の強いもの達の中で人間も一つの国を持つことができたのだ。
そんなわけで、人数だけが多い脆弱な人間が威張り散らかして排他的になれるはずもない。すべての人間を殺しつくすことはできなくても、普通に戦えば殺されてしまう。
それに人間が残されたのには、もう一つ理由がある。
繁殖力の高い人間は、どういうわけか他の種族との間にも子をなす事ができたのだ。そして生まれた子は、相手側の血を色濃く出す。滅びかけた者達は、人間の娘をこぞって娶った。
その関係で一時期は人間販売も多かったが、ある程度種が安定すると、娶った側も一緒に暮らす事で人間に情がうつり、人権が叫ばれるようになった。今では人間販売は各国で禁止されている。希少価値がある人間が闇オークションで売られるという都市伝説はあるが真偽は分からない。
そんなわけで、竜の国は遠くよっぽどの事がなければ出会う事はないのだ。人間の国で竜は大きすぎる為、住む者もいない。だから竜の考え方が分からない。
竜も人間を殺せば、この国では殺人罪となる。でもあの羽で国外逃亡されれば絶対捕まる事はないだろう。大量殺人や貴族を襲えば国際問題化するが、私一人がこの世から消えてもたぶんそのままだ。だから自分の身は自分で守らなければいけない。
「ごめんください」
ドンドンと、長屋のドアが鳴らされ、私は息をのむ。大きすぎて人間の町では身動きをとりにくい竜が町にくるのは考えにくい。しかし竜がよこす案内人とは、どのような人物なのか。私は恐る恐る扉を開け、隙間から覗き見た。
「はい。どちら様……ヒッ」
「悲鳴を上げることはないでしょうに。グノーに頼まれて来ましたが……思った以上に平凡ですね」
「ぐ、グノー?」
「貴方が昨日会った地竜のことですよ。まったく。人間の案内を私に頼むとは。借りがなければ、ひっぱたいてやっている所です」
私を見下ろす男は、青色の髪に、水色の瞳をした、まず人間ではお目にかかれない彩色の持ち主だった。彫りの深い、目鼻立ちがはっきりとした顔立ちに、細長く尖った耳。……エルフだ。
エルフ族は人間にとても近い容貌をした一族だが、人間の感覚からするとあり得ない美貌と、人間は持っていない彩色の髪をしている。そして魔力が高く、頭もいい。頭がいいのは、生きる年月が違うからなのだが、とにかく全てにおいて人間を上回る。唯一勝てるのが繁殖力だけというのが、情けないがそれが現実だ。その為エルフ族は人間を下に見ていた。
褐色の肌を持つダークエルフと呼ばれる者達は、おおらかな性格なので、人間の国で住んでいる者もいるが、目の前の青年のような白い肌のエルフは基本エルフの国から出てくることもない。
「それで魔石はできたんですか?」
「あ、はい。こちらになります。えっと、説明をさせていただくため、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「何故私が説明を聞かねばならないのですか。直接、グノーにしなさい」
「い、いえ。あの。私が運ぶと時間もかかりますし、渡せればそれでいいかと――」
「はあ?! 私をお使いにするのですか?! それに代金はどうするんです? また運べと?!」
震えあがるほどの美貌の持ち主に睨まれ、私は半泣きになった。竜に会うのも怖いけれど、このエルフに睨まれるのも怖い。
「いえ。とんでもない。あの。代金は昨日いただいたルビーで十分ですので……。その。運んでいただいた方が、速やかにおわるかと思いまして」
「その石は、昨日食べた魔石代だと聞いてますよ。……はぁ。人間とは、本当にものの価値を知らないのですね。その質の魔石をこんなに用意しておいて、ルビー一つだけというわけにいかないでしょう。魔法で貴方ごと移動するのは、そんなに手間ではありません。早く出かける準備をしなさい」
魔石の質というのがよく分からないが、魔法に長けているエルフ族の話を私がとやかく言う事はできない。
諦めて、袋に石を詰めたものをリュックに入れて背負うと、家の鍵を施錠する。
「ほら手を出しなさい。転移魔法を使います」
「あ、はい」
エルフの差し出した手は白魚のような手で、ガサガサしてあかぎれだらけな汚らしい手を出すのは恥ずかしかったが仕方がない。人間を下に見ているのだから嫌そうに触られるのだろうかと思ったが、彼は特に顔色を変えず私の手を握った。
「平凡な容姿とはいえ女なのですから、少しは美容に気を付けなさい。その手では痛むでしょう」
「まあ、そうなんですが……中々クリームを買うようなお金はなくて……」
あはははと誤魔化すように笑う。
薬草を使って自家製している人もいるが、そもそもそんな時間が私にはない。朝から晩まで魔石作りに明け暮れているのだ。休日も魔石になりそうなものを探す毎日で、自分の見た目など二の次だった。
「人間の国はそんなに物価が高いのですか?」
「あ、いえ。私が貧乏なだけで……。魔石職人は誰でもなれるので、正直儲からないんです。なので、食べるものを確保するだけでいっぱいいっぱいといいますか……はは」
情けない現状過ぎるので、私は精一杯の強がりで笑う。それにエルフも世知辛い生活事情を聞いたところで気分も良くないはずだ。
エルフは私を睨むように見ると、無言になってしまった。
正直目もくらむような美貌の持ち主が不機嫌そうにしている姿は落ち着かないが、見なければ話しかけられるよりも気が楽だ。私は手を繋がれたまま足元を見た。
一瞬足元が青白く光ったかと思うと、舗装されていた地面が一転して、草が生えたものに変わった。顔を上げれば月の光に照らされた大きな影が目に飛び込んでくる。
「娘よ、よく来たな」
「こ、こんばんは……」
本当に来てしまった。
昨日突然会った時よりは、覚悟を決めてここに居るので幾分かはマシだが、やはり恐怖というのは一朝一夕では消える事はない。竜の声は地響きのように周りを揺らし、心臓に悪い。
「私にはねぎらいの言葉はないのですか?」
「案内ご苦労、アクア。もう、帰っていいぞ」
「グノーがわざわざ使いを頼むほどの魔石、見ずに帰るわけないでしょうが。ここまでやらせたのだから、それぐらいの権利はありますよね?!」
「人間嫌いのお前が、珍しい」
「分かってるなら、私を使わないでほしいものです。とにかく、さっさと見せろ」
エルフは、イライラした調子で私を睨んだ。
慌ててエルフから手を離した私はリュックを開けて、中から石の詰まった袋を取り出すと、その場で地面にあけた。
「10以上あるようだが?」
「えっと、ちょっと待って下さい。今説明させていただきます」
私は取りだした石を、てきぱきと分けていく。周りは暗いが、魔石は薄ら光って見えるので、仕分けができるのだ。
「こちらにあるのが、昨日食べられた魔石と同じものです。特に属性が付いていないので、どの魔法にも使えます。こちらの赤みを帯びたものが、炎に特化したもので、火を使う時に効率よく魔力を使えます。同様に、青みを帯びたのが水、茶色が土、緑が風、黄色が光、黒が闇で、一般的なものをご用意させていただきました」
無属性は10個、属性を特化させたものはとりあえず2個づつ用意してみた。
魔石など食べたことがないので良く分からないが、属性が特化しているものはまた違うのかもしれないし、色々考えた結果、お試しもかねてつけてみたのだ。いらなければ、無属性だけ渡して、後は別の所に売ればいい。
「人間が作ったにしては、いい石ですね。ですがこれだけの量を作るとなると、丸一日以上かかったでしょう。グノー、ちゃんと礼はしなさい。この人間、これだけの魔石を昨日貰ったルビー代だけでいいと、馬鹿げたことを言っているのですよ」
「分かっとる。地竜はケチだと言われるが、相当の対価を支払うのを拒むなどという、恥知らずな事はせん。礼はちゃんとさせてもらう。金塊がいいか? それとも、宝石の方がいいか?」
金塊? 宝石?
えっ。いや、それ、どれだけ汚い商売って感じじゃない。詐欺もいいとこだ。凄く安く町で買えるなんて知られたら……うわぁぁぁ。無理。駄目。正直に言わないと知られた後が怖い。
「えっ、いや。あの。確かに時間はかかりましたが、でも一日なんてとんでもない。仕事が終わってから、ご飯の片手間で作ったので、多くても三時間ぐらいしかかかっていませんし、石まで用意してもらったので、本当に昨日のルビー代だけでも貰い過ぎなんです」
「は?」
「いや、すみません。詐欺ろうなんて全然考えてませんから。本当に、私の町で相場を見てもらえば分かりますが、本当に魔力を注いだだけなので――」
「ちょっと待ちなさい。三時間? 片手間? これを?」
暗くて顔が良く見えないが、声からしてエルフはかなり怒っている気がする。扱いが雑だというクレームだろうか? グノーさんは何も言わないが、何やら凝視しているのは分かるので、やっぱり怖い。
「す、すみません。いや。日中魔力を込め続けているので、どうしても、食べないと頑張れなくて。日中はノルマがありますから、空き時間にやるとなると……」
「そうではなく、魔力から属性を除く作業をして魔力を込めるとなれば、その倍はかかりますよね?しかもそこに別の属性の色付けをするとか……。しかも、日中は別の魔石を作っていたんですか? 貴方、人間なんですよね?」
「はあ。人間ですみません」
自分の種族を責められても産まれは変えられないので勘弁して欲しいが、エルフと喧嘩なんて絶対無理なので先に謝っておく。
「そんなことを謝るなっ! ああ、もう。私は人間が嫌いですが、人間であることから咎めるような馬鹿でありません。そうではなくて、魔力量が普通の人間より多すぎると言っているんです」
「す、すみません。……私は孤児なので、小さい時から魔石職人の仕事をしているんです。魔力は使えば使うほど増えるので、魔力が多いのはその関係だと思います。それに長年やっているぶん、効率よく魔石に魔力を移すのも得意ですし……あっ。そういえば、元々結構珍しい体質で、私の魔力、属性がないんです。だから、その分無属性とか作るのが人より早くて」
早い分、日中の仕事ノルマも人より多い気がするけど、雇い主には逆らえない。言われるまま、いつも魔石を作って納品している。
「「無属性?!」」
エルフだけでなく、グノーさんまで叫んだ所為で、風圧が凄い。
私はその場でしゃがみこみ、二人を見上げた。人間は脆弱だと知っているのだから、少しは気を使って欲しい。……無理だと分かっているけれど。
「グノー、なんていうもの見つけたんですか」
「私も初めて知ったわ。なるほど。だからこの魔石なのか。……マズイな」
何が不味いのか。美味しいのではなかったのだろうか。ただならぬ二人の様子に、私は判決を待つ罪人のような気分になる。
どうか無罪放免になって欲しいけれど、無理なら罰金でお願いします。死刑判決は止めて下さい。どこかに、腕のいい弁護士はいないだろうか……。本当に私が何をしたのだろう。
「娘よ。今すぐ番をつくり、伴侶に守ってもらえ」
「は?」
番? 番って何だっけ?伴侶って……結婚相手のことだよね?
グノーさんが大きな牙をむき出して私に命令をしてきたが、その内容が理解できない。
「生憎と私は番がいる。竜は一生で一度しか番が持てんのだ。息子も既に番がおるし、孫はまだ幼いから……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。番って、結婚て意味ですか?! しかも、何で竜チョイス。グノーさん。落ち着いて下さい。私は人間です!」
あまりに、あまりな提案に、恐怖も一瞬で吹っ飛んだ。
人間は他種族と子をもうけることができるのは、知識としては知っている。知っているが、だからといって結婚したいわけではない。ましてや竜とか、体格差を考えて欲しい。
「勿論分かっている。分かっているから、言っておるのだ。無属性の人間など、闇オークションの売人が知ったら、何が何でも捕らえるぞ。しかもこの魔力量。目玉商品だ」
「へ? 闇オークションって……都市伝説何じゃ……」
昔、人間売買があった。だからそういった都市伝説がまことしやかに流れているのは確かだ。しかしグノーさんの反応を見ると、まるで本当にあるような――。
「人間は本当に愚かですね。数百年前には当たり前だったものなのですから、そんな簡単になくなるはずないでしょう。平和ボケしすぎです」
エルフは呆れたような目をしてきたが、数百年前なんて、曾爺さん、曾婆さんの世代だ。人間の寿命を考えれば、もうこの世に体験者は誰もいないのだ。寿命が長い種族の感覚で話されても困る。
そもそもだ。
「そう言われましても……。そもそも無属性って、そんなに価値があるんですか? まあ、魔石作りには適しているとは思いますけれど」
「何を言っているんです。無属性という事は、どの魔法も使えるという事ですよ。普通、魔法というのは反する属性のものは使えないんです。火属性のものは水属性が使えない。光属性のもは闇属性が使えないという具合に。反さなくても、自分の属性以外は使いにくいものなんです」
「へぇ」
魔石を使えば、そういう事はないので、そんな面倒なものなんだと初めて知った。……ん? 他の種族は魔石を使って魔法は使わないのだろうか。
ああ、でも。人間は魔力が低いから、魔石を作る技術が向上していったんだっけ。当たり前のように作り続けている所為で、珍しい文化だという事を思い出した。大抵の種族は魔石など使わず、自分の魔力で魔法を使う。
「へぇって。これは凄い事なんですよ。無属性は遺伝です。だから無属性を一族に欲するなら、無属性の者を伴侶にするしかないんです。しかしそれでも無属性が生まれる確率は低い。しかし人間なら、沢山の子孫を望めますから無属性を受け継ぐ子が生まれる可能性が高いんです。しかも貴方の魔力は人間にしてはかなり高い。つまり子供の魔力も高い可能性が高くなるという事です。魔力は使えば増えますが、それでも上限があるものですから」
えっ。つまり……私が、都市伝説の闇オークションに狙われるような希少種という事?
は? 希少って、てっきり見た目が美しいとか、王族とかそういうことだと思っていたのに。
「だから売られたくないのなら、さっさと誰からも奪われないように守ってくれる、強い伴侶を見つけろとグノーは忠告してるんですよ」
……マジですか?!
私は突然起こった、お見合い話を中々理解できず、その場で立ち尽くすのだった。