七人目 人間さん2
当主に用意された部屋は、とても美しい部屋だった。埃一つなく磨き上げられている家具の一つ一つが一点ものに違いない。木製のテーブルには透かし彫りがされていたりと、普段私が使っている機能性重視の物とは全然違う。
一応ドアに内鍵はつけてあったが、きっと外側から開ける鍵は鷹藤家で管理されているだろう。先ほどの話ならたぶん今日の今日、寝込みを襲われて既成事実を作られるなんて外道な真似はされないと思うが、甥の考えが分からない以上油断はできない。
そもそも私を妻に迎えてもあまり利点はない。彼はただ子供に無属性で魔力が高い者が欲しいだけだ。最悪の場合、私が鷹藤家の子を産んだらすぐさま離婚して、子供を人質に何処か別の種族へ貸し出すとかだってあり得る。
法律では人権がうたわれているが、貴族は特別扱いで、平民の人権を簡単に踏みにじる。力があれば、人一人神隠しに合わせることなんてたやすいだろう。……いくらなんでもそこまで外道ではないと思いたいが、先ほどまでの人を人と思わない言葉に、私とは相いれない人種なのだと思えた。
でも人権無視な考え方への怒りが時間の経過で薄れると、ところどころ違和感や不思議な点がある気がする。
「アクアさん、心配してるよねぇ……」
あまり意味はないかもしれないが、ドアの前にテーブルや椅子を置きバリケードを作りながら、私はため息をつく。同じ人間であるあの当主よりも、アクアさんの方がよっぽど私に近い心を持っていると思うのは付き合いの長さゆえの贔屓だろうか。当主の心はさっぱり分からない。
それでも私が死ぬような危害を加える気がないのは先ほど出された条件を見れば分かる。死んでは意味がないのだ。だからよっぽどの無茶はされないと思うけれど……。
さて、夏鈴の事もあるし、どうするのが一番なのか。もちろん、夏鈴にとってのベストは病気を治す事だ。だとすれば、病気の治療だけでなく、研究が必要となる。
でもあの、人を人とも思わない契約は私もすぐには頷けない。
そんな事を考えていると、コンコンとドアが鳴らされた。……バリケードをしてしまったし、寝たふりでもしてしまおうか。そう思った時だった。
「なあ、本当にそこに小春がいるのか?」
「……蒼汰? ちょっと待って、今散らかってるから」
「は?」
自分でやっておいてなんだが、面倒だなと思いつつも入口を塞いだ家具をずらしドアを開けた。
「うわっ。何だコレ」
「んー。私なりに考えた、防犯システム?」
例えドアを開けられても流石にこの家具をごそごそと動かされれば嫌でも音がするので、寝込みを襲われる前に目を覚ます事ができると考えたのだ。そして暴れれば私に傷がつくので、私が覚醒している状態での無理強いはされないと考えているが、どうだろう。
「防犯って……、でもここに居るという事は、噂はマジなのかよ」
「噂って? まあ隠しても仕方がないから言うけど、今私は無属性の高い魔力を持っている事を知られて、鷹藤家の当主の甥と結婚して子供を産むか、私を他種族にレンタルして子供を産むための道具にならないかって口説かれている最中よ」
「はあ? 何だよ、その人権無視した内容。そんなの飲まないよな?」
「できるなら飲みたくないね。でも鷹藤家はこの条件を飲むなら夏鈴の病気の研究費用を出すと言って下さってるわ。夏鈴が病気だって件は本当なのよね?」
私が夏鈴の名前を出すと、蒼汰はあからさまに動揺した。……蒼汰は嘘がつけないから分かる。どうやら当主が言っていた状況は本当らしい。
「か、夏鈴のことは小春には関係ないだろ?」
「うん。関係ないね。でも友達だから力になりたいと思うのは当たり前じゃない? ただねぇ、この条件を飲むのも嫌だなぁと思っているんだよね」
「当たり前だろ?! 当主様もなに考えてるんだよ!!」
その点は私も気になっている。
貴族は平民に対して傲慢な態度を取ることが許されているけれど、ここまで強引な事をするのは悪手だと思うのだ。人一人ぐらいなら神隠しに出来るけれど、人外に人をレンタルするなんて事業を始めたら人一人どころではなく頻回に神隠しを起こさなければいけなくなる気がする。私は偶々珍しい属性の魔力を持っていたので需要は高いけど、誰でもいいから人間が欲しいという種族も世の中いるのだ。だからわざわざ人間を保護する国際法が存在して、人間の人身販売は禁止されている。
その国際法の目をかいくぐって行うのはあまりにリスクが高い。元々鷹藤グループが闇オークションと繋がっていたという事だけはないと信じたいけれど……。
「なあ、あのおっかないエルフに助けてもらえないのか? 夏鈴のことは気にしなくていいから。俺が何とかするからさ」
「できていないから夏鈴の病気はよくなってないし、当主も私を監禁するための理由にしているんでしょうが。それに今の状況でアクアさんは頼れないよ?」
「何で?!」
「私をここからエルフであるアクアさんが連れ去れば、国際法でアクアさんは人間を攫ったと鷹藤家から訴えられるかもしれない。鷹藤家は貴族だし、下手をしたらアクアさんは国外退去を命じられるよ。だから今アクアさんに助けてもらうのは悪手なの」
当主は分かっているからこそ蒼汰を自由にして、私と話をさせているのだろう。夏鈴の事が本当のことだと私が蒼汰に確認できるように仕向けているのかもしれない。
「だったら、俺がっ!!」
「馬鹿じゃないの? そんなことしてもすぐ捕まるし、蒼汰が仕事をなくしたら、それこそ夏鈴はどうするのよ。魔石職人の給料なんてその日暮らしよ? そんな状態じゃ、夏鈴の治療費だって稼げないでしょ」
「だけど小春にこんな真似させるような場所で働くなんて――」
「甘ったれない。折角いい仕事があるんだから手放すな。ここで働きたくなかったら、他の貴族に拾ってもらえるように顔を売っておいて、そして就職先が決まってから辞めるの。ここでの仕事は悪いものではないんでしょ?」
「そうだけど……」
魔石職人ならいつだってなれるのだ。だから仕事を辞めるのを急ぐ必要はない。
「正直に言えば、めっちゃ腹が立っていたわ。当主にだけでなくて、蒼汰の迂闊さにも。たぶん蒼汰、後をつけられて、叔母さんと会っている所を見られているわよ。貴方達がセイレーン族との混血だって知っていたし、私の状況も知られていたから。私はエルフ族のアクアさんと行動を一緒にしていたから、目立つには目立つ行動をしていたけど、魔石職人をわざわざ調べようと思うほど暇ではないと思うわ。間違いなく蒼汰からのつながりで知られた感じね」
「えっ。もしかして夏鈴の病状も知られているのか?」
「完璧に筒抜け。目から真珠ができるって、そんな話当主にもしていないでしょ? 悪いことを考える奴に知られたら夏鈴の身が危ないし」
蒼汰はあわててこくこくと頷いた。だと思った。目から真珠の魔石が出てくるなんて夏鈴には苦しいだけだが、それが欲しいと思う金持ちはいると思う。だからうかつに話していい内容でもない。
「たぶん、今蒼汰と話しているのも当主には聞かれていると思うわ。いまどき盗聴なんて簡単に出来るし」
「げっ」
「でも何もしてこないという事は、私が逃げ出しさえしなければ、とりあえずは全て目をつぶってくれているという事。ねえ、鷹藤グループって手広く色々展開してるけど、大丈夫なんだよね?」
鷹藤家が投資する鷹藤グループは、鷹藤商会をはじめ、病院、金融、土地と色んなものを展開している。魔術師協会がそもそもの母体だから、党首の座に就くのは魔術師であってほしいのは分かるけれど……だからといって私を妻に望むというのも腑に落ちない。そもそも愛人でいいのではないだろうか? と思うのだ。欲しいのは私の血であって、私ではない。
でも彼は結婚しろといった。
落ち着いて考えるとやっぱりおかしな点がいくつかある。
「大丈夫って何がだよ」
「経営とか?」
「大丈夫に決まってるだろ。鷹藤グループだぞ。むしろ潰れたら、この国は失業者だらけでかなりヤバいぞ?!」
「そうなんだよねぇ」
でも何とも言えない嫌な感じがする。
人身販売を匂わせる言葉……。厄介な事に手をつっこんでしまって泥沼化してるとかあり得そうで怖い。よくエルフ族は排他的な民族と話すけれど、人間も似たようなものだ。保護法で守られているからこそ、人外をあまり受け入れない。エルフ族とか魔術師はありがたがるけど、アクアさんと出会う前の私はエルフ族に話しかけられても目をそらしていたと思う。それぐらい人外に免疫がない。
でも鷹藤家の人は私が作った魔石を人外に売りたがったり、私を人外に貸出しようとしたりと、人外とのやり取りをしている。つまりすでに慣れない人外との事業を始めているのだ。その辺りに、今回の暴挙の理由が潜んでいるのではないだろうか。
「とりあえず、蒼汰はアクアさんにしばらく帰れなくなることを伝えてくれる?」
「はあ? ここに残るのかよ」
「残るしかないでしょ。蒼汰についていけば、アクアさんに迷惑をかける事になるし。で、アクアさんに夏鈴の事情を話して。ついでにグノーさんにも。後、ヴィオレッティさんと、オルトロスさんと坂之上元命さん。ガラノーさん……蒼汰の叔母さんには話してあるんだよね?」
「ちょっと待て。誰だよ、そいつら」
ずらずらと名前を上げたことで、蒼汰が目を白黒させている。
「私のお見合い相手と、その斡旋者よ。エルフ族、竜族、フェンリル族、ケンタウルス族、馬頭族。ケンタウルス族と馬頭族の二人は現役アイドルで、メンバーにケルピー族とユニコーン族とペガサス族の知り合いが最低でもいるわ」
「えっ。つまり、そいつらにお前の事を助けてといえばいいのか」
「話を聞いていた? 現状はどの種族の人が出てきても、国際問題になるだけ。今は何もする必要なし。蒼汰には夏鈴について助けを求めて欲しいの。私の大親友だって話せば、皆いい人ばかりだから、治療するために力になってくれると思う」
魔石が勝手に作られてしまう病気は、人間世界では未知の病気だ。でもこの世界に数多といる種族の中ではどうだろうか? 人間の医者が人間としか交流がないから、治療法を知らないだけとかあると思う。
「ケンタウルス族のオルトロスさんと馬頭族の元命さんは、この番号で連絡出来るよ。アイドルで顔が広いから、色々情報通のはず。他はアクアさんを通して連絡して。それとアクアさんに、今日は帰れないので魔石はつくれるタイミングが来たら、アクアさんのを一番に作るって言っておいて」
「魔石?」
「うん。アクアさんは私の魔石気に入ってくれているから。後もう一つ。助けて欲しいタイミングになったら何とか分かるようにするからお願いしますとも言ってくれる? 頼ってばかりでごめんなさいとも」
アクアさんにまた迷惑をかけてしまうのが心苦しいが、私一人では全てを円満解決はできそうにない。
ただ、前にヴィオレッティさんに護衛を邪魔された時、ものすごく怒っていたので今回も何が起こっているか知ったらかなり怒り狂いそうだ。
「……蒼汰、物理的に女にならないようにね」
「は? 何? どういう事?」
多分そこまではしないと思うけれど、私は蒼汰にガチギレするアクアさんを想像して、心の中でエールを送った。




