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七人目 人間さん1

 夏鈴が大変という事で、鷹藤家の家令の絨毯にのせられ連れて来られた場所は、まさしく豪邸と呼ぶにふさわしい場所だった。

 上空から見下ろした中庭は、生け垣や花壇で模様が作られており、まさに絶景だ。これだけ広いと、まるで植物園のようだが、楽しむのは貴族のみ。きっとこれが貴族の優雅さなのだろう。


 門を突っ切った先にそびえる家は、異国風の白亜の豪邸だ。縦にも横にも大きい。隣にはプール代わりの湖が作られているようで、水の魔法がかけられているのか並々と美しい水が湧き出ているのが上空からでも見えた。

 薄暗くなっている為、庭にある通路はライトアップされている。これも光の魔法に違いない。町中に設置されている月灯げっとうよりも狭い間隔で配置され、夜の闇を消し去ろうとしていた。はっきりいって、この維持費だけでとんでもない金額が使われているに違いない。魔石がいくら安いとはいえ、これは一般の人が使う量を遥かに超えている。


「「四月一日様、ようこそおいで下さいました。当主がお待ちになっております。どうぞこちらへ」」

 玄関で下ろされた私を出迎えたのは、シンメトリーのような双子のメイドだった。どちらも整った顔立ちをしている上にあまり顔に感情をのせていないので、まるで人形に話しかけられたような気分だ。

 鷹藤家に限らないが、貴族は美しい容姿の者をハウスメイドとして雇う事で、自分の富をみせびらかす。それ以外にも、先ほどのような無駄ともいえる膨大な魔力を消費する庭や家、美しいドレス、珍しい魔道具などを見せ合い、見栄を張る。そうすることで相手を侮らせない、貴族ながらのコミュニケーションだ。

 正直魔石職人からしたら無駄にしか見えない見栄だけれど、こうやって貴族がため込んだ富を使うからこそ、仕事が産まれ私たちは食べていける。

 夏鈴達はまさにその恩恵を受けた、整った顔立ちの使用人だった。


 中に入ると、重々しい玄関の扉が閉められる。

 何だか退路を断たれたかのような気分に落ち着かない。それでも素知らぬ顔で、私はメイドたちに続く。少しだけ良かったのは、お見合い帰りだったおかげで私の服が壊滅的なセンスのものではなかった事だ。もしもここをジャージやパーカーで闊歩したら、居たたまれない気分になっただろう。

「こちらです。しばらくお待ちください。旦那様、四月一日小春様をお連れしました」

 メイドが扉をノックすると、自動で扉が開いた。いや、開けたのは中に居る使用人だ。ボーイだろうか?私より若干若そうな少年が扉の隣にいた。金色の髪の子供で、やはり見目がいい。中に入ればソファーにいかにも金持ちな雰囲気の男が座っていた。

「突然呼びだして悪かったね。さあ、座ってくれ」

「失礼します」

 にこりと笑いながら対面のソファーを示され、私は浅めに座る。こんな高級そうなソファーに座わる事はほぼないので居心地が悪い。しかしそんな私の心情とは裏腹に、長居していけと言わんばかりに、お茶と三段重ねのティースタンドが置かれる。その皿を飾る美しいお菓子も普段見たことがないものばかりだ。


「遠慮せずに食べてくれ」

「ありがとうございます」

 勧められたが、私はお礼だけに留める。何を言われるのか分からない所為で、美味しそうな食べ物を前にしても食欲が湧かない。一体私にどんな用事なのか、全然分からないからだ。

「あの。夏鈴の命に関わる事だと言われて、私はここに呼ばれたのですが……どういったご用件でしょうか?」

 このままお茶を飲み世間話をするという気分になれず、私はずばり聞く。アクアさんも心配しているはずだ。相手が貴族だろうと、無意味な時間を割く気はない。

「では単刀直入に言おう。夏鈴は不治の病にかかっているんだ」

「えっ?」

「今年の冬ぐらいから症状が悪化したようでね。以前からそういう症状は出ていたらしいが……」

「病って、どんな症状なんですか?」

 以前から何か病気があったなんて知らなかった。そういえあ今年の冬以降、蒼汰には会っても夏鈴には会っていない事を思い出す。だから私はいまだにアクアさん達の事を話せていない。


「涙が真珠になる病気だ」

「へ?」

「正確には真珠の形をした魔石が体外に排出される病気だ。体内の魔力がカルシュウムと結びつき、目から排出される際真珠のようになる。これはセイレーン族では病気とは認知されず、ごく普通の生理現象らしい」

 涙が真珠になるなんてメルヘンな症状だ。しかもセイレーン族では普通だとすると、一見何の問題もなさそうな気がする。

「しかしそれは魔力量の多いセイレーン族だからこそだ。夏鈴は姿と同様に魔力の量も人間と変わらない。セイレーンにとっては必要のない魔力を外に出す為の生理現象だが、夏鈴からしたら体を維持するのに必要な魔力が勝手に外へ出て行ってしまう病気となる。そして魔力が枯渇してしまう為に、今、夏鈴は起き上がることもままならない状態だ」

「そんな。涙を止めることはできないんですか?」

「生理現象な為、止めようと思って止まるものでもないらしい。逆に体内に魔力がある限り、無限に作り出す事はできるようだが」

 無限に作り出す事ができても、それは命を削る行為だ。全然なんの役にも立たない。


「治す方法はないんですか?」

「今の所はない。現状を維持するために、魔術師が魔力を直接入れる作業をしている状態だ。夏鈴のように真珠を産む病気は例がないが、魔力が勝手に体外へ排出されてしまう病気というものはある。だからそれに(なら)って治療を行っている。しかし一つここで問題があってね」

「問題?」

「魔力を入れてもらうには、多額のお金が必要なんだよ。蒼汰が一生懸命働いて賄っているが、今までの貯蓄を崩している状況でね。このままでは共倒れだ」

 お金。

 私にはどうする事もできない問題だ。魔石職人は総じて薄給なのだ。ただし今はグノーさんという強い投資者がいる。だから負担を一緒に負うことも可能だろう。でも現状維持しかできないとなると、いつどこで夏鈴の状況が更に悪化するか分からない。


「そこで提案なんだが、君が私の条件を飲んでくれるなら、夏鈴の病気を研究する費用を投資しよう。さらに夏鈴の治療費も出そうと思う」

「……条件は何ですか?」

 ようやく私をここに呼んだ本題に入った。

 魔石職人である私にお金の請求をするはずがないと思ったら、案の定だ。しかし治療費は手伝えても病気の研究費までは私が出せる金額ではない。

 だから話を聞く為に促す。

「まず一つ目。君の魔石は竜などの異種族の中ではとりわけ美味に感じるそうだね」

「そうみたいですね」

「だから君の魔石をこの鷹藤商会を通して異種族に売らせてくれないだろうか? 私達は魔石に関しては今まで内需用を中心としてきた。人間以外で魔石を使って魔法を使う者がいないからね。でも食用としては利用価値がある事が分かった。しかしどんな魔石でもいいわけでもないようだ。そこで君の魔石づくりのノウハウを他者に教えつつ、魔石を作って欲しい。勿論買い取りは、君が最優先だ」

 ……グノーさんがどう思うかは分からないが、これは飲めない内容ではない。

 魔石の納品先が鷹藤商会に変わるだけだ。グノーさんに直接売るよりは私の懐に入ってくる金額は下がるだろう。しかし夏鈴の為なら問題ない。


「二つ目は、私の甥と結婚して、子を成して欲しい」

「は?」

「正確に言えば、君の魔力量と属性を鷹藤家に入れて欲しいんだ」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 普通、貴族は貴族同士で結婚をする。平民の娘が貴族と結婚するシンデレラストーリーなんてあり得ない。何故なら、血が彼らの誇りであり、見栄なのだ。

「確かに私の属性は珍しいそうですが、でも私はただの平民ですよ?」

「そうだ。私も貴族以外の血は極力入れたくない。しかし今や貴族は近親婚が続きすぎて、私の様にまともに子ができない。そして鷹藤家はそもそも魔術師の家系だ。魔術師であるからこそ、この地位と富を得た。しかし魔術師となれるだけの魔力を持つ者は今や誰もいない」

 そういう話は聞いたことがある。近親婚が続くと、やがて正常な子ができなくなるのだ。だからといって、私に白羽の矢を立てる必要などあるだろうか?


「君の無属性は、あらゆる人外が欲しがる属性らしいじゃないか。つまりは君と鷹藤家の子が無属性の魔力を持てばあの素晴らしい魔力と美貌を持つエルフ族だって結婚を望むだろう。そしてその血が鷹藤家に入れば、この家はますます発展する。そう思わないか?」

 絶対私が同意すると思って話しているのが分かる。

 でもこれに私が同意するという事は、私や私の子供が、彼らの見栄を満足させるためだけの道具になるのを認めるという事だ。こんな醜悪な計画、どうして同意できるだなんて考えられるのだろう。

 そもそもエルフ族にだって、選ぶ権利がある。アクアさんを見ていれば、心の通わぬ結婚を彼らが選ぶとは思えない。


「よく考えてくれたまえ。もしくは、君を欲しがる人外に君を貸し出すのをお手伝いしても良いんだよ? そうすれば夏鈴の研究費もすぐに溜まるだろう。その場合鷹藤家も、今までにないビジネスパートナーに出会える。まさにウインウインな関係だ」

 私を貸し出す……。それはつまり、望まれた相手の所で子を出産し続けろという話だろう。売春より更に劣悪な条件だ。しかも産んだ子は相手に売られる事を認めろと言っている。そんなの飲めるはずがない。

 分かっていて、目の前の男は言っているのだ。


「何。そんな急いで結論も出ないだろう。今日はここで泊っていきなさい。君が人外に連れ去られたら困るからね」

 言外に大事な商品だからねという言葉が聞こえる。正直怒鳴りつけたい、最悪の気分だ。

「きっと君が連れ去られたら夏鈴も悲しむだろう。……生きていればだけどね」

 それでも夏鈴の名前を出されると、私は何も言う事ができず唇をただ噛み俯いた。

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