五、六人目 ケンタウルスさんと馬頭さん4
「アクアさんはグノーさんがバンドをしていた事を知っていたの?」
「ええ。グノーの奥方が元バンドメンバーだという事ぐらいは、知っていました。実際にバンドをしていた時の姿は見たことがありませんが」
衝撃的な事実を聞いて、私は驚いていたが、どうやらグノーさんの歌声は排他的なエルフ族にまで届いていたらしい。そんなに有名ドラゴンだったのかぁ。
「まさかアクアさんまで芸能関係者とかじゃ……」
「残念ですが、私は一般人ですよ」
神々しい美貌の持ち主なので、モデルでも俳優でもなんでもいけそうだが、アクアさんから出てきたのは否定だった。
「私の職業はフリーの警備員です。グノーとは奥様が妊娠した時にボディーガードをお願いされたのがきっかけで知り合ったんですよ」
「あっ。そういえば、私のボディーガードもしてくれるんだっけ……。友達みたいにいるから、つい忘れてしまうけど」
「忘れてくれて構いませんよ? 無暗に離れられると守りにくいので、あれですけど」
もともとアクアさんはグノーさんに依頼されて、私を守ってくれているんだという事を思い出した。
「エルフ族の方は自分の国からあまり出ないって聞いていたから珍しいよね。どうしてその仕事を選んだのか聞いてもいい?」
「ええ。構いませんよ。私は幼馴染が人間と結婚すると聞いた時、初めてエルフ族の外に国がある事を知ったんです。いえ。もちろん知識としてはもっと前から知っていましたけど、初めて意識したと言いますか。それまで私はエルフ族の国で育って幼馴染といつか結婚して、この国で死んでいく人生だと思っていましたから。結果的に幼馴染にフラれたことで、折角だからエルフ族の国で一生を終えるというありきたりな人生プランも止めて、世界中を見て回ってみたくなりまして。丁度ボディーガードを探しているグノーの依頼を受けたんです」
……もしかしてフラれたことで、自分探しの旅に出かけたんだろうか? そういう言い方をすると 若干香ばしい匂いがしそうだけど、それが上手くいって今はボディーガードの仕事しているのだから、結果オーライだろう。アクアさんはとても目立つので影から見守る的な業務は難しいが、強いのは間違いない。魔法だけでなく、物理的にも。
「幼馴染さんとのことは残念だけど、でもそのおかげでアクアさんに出会えたから、私は嬉しいな。アクアさんは幼馴染さんと上手くいきたかったと思うけど」
「そんなことありません。私も今ではふってくれてよかったと感謝してます。きっと彼女も閉鎖的で決められたような人生を送るのが嫌になったんでしょうね。私もずっとエルフの国に閉じこもっていたら、コハルに出会う事もありませんでしたから」
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
守ってもらって、更に魔法まで教えてくれるので、私ばかりが得をしている関係な気がしてならないけれど、アクアさんもこの出会いを喜んでくれるなら嬉しい。
見事にケンタウルスさんと馬頭さんとのお見合いを破談にした私だったが、結局あの後全員で喫茶店のケーキを食べて解散した。正直険悪な雰囲気になるかと思ったが、私が上半身人間で、下半身人間の人が好みですと言った瞬間、ケンタウルスさんと馬頭さんは爆笑していた。それただの人間じゃんと言って。
いや、本当に、まさにその通りなんだけど。隣でアクアさんが、エルフ族だって上半身人間で、下半身も人間ですと謎の対抗心を燃やし、更に二人は爆笑。
結果的に破談にはなったけれど、二人は友人として気にいってくれて、何かあったら力になるから連絡しろと連絡先の交換までしてくれた。そしてみんなでわいわいケーキを食べて帰る所なのだが、果たしてこんな時間があとどれぐらい続くんだろうなとも思ってしまう。
「アクアさんは私の護衛が終わったら、また別の人のボディーガードにつくんだよね。だとしたら、早めに魔法を教えて貰ってもいい? 契約期間内では全ては覚えきれないかもしれないけど、でも少しでも多くの魔法の勉強をして、早く魔術師になりたいから」
アクアさんとの生活は期間限定だ。
まるでこの先もずっと続きそうな気分になるれど、そうではない。こうやって何度もお見合いを繰り返して、私はいつか条件の合う人と結婚するのだろう。その後は友人として連絡できるとしても、これまでのようにべったり一日中一緒という事はない。
「焦らなくても大丈夫ですよ。私は別にコハルの護衛がコハルの一生分の長さとなっても構わないですから」
「でもアクアさんは好きな人がいるんだよね? こんな風に一日中私と一緒で休みがないと、デートにも誘えないだろうし……」
ずっと私と一緒では、アクアさんの休みがないので、本当にこのままでいいのだろうかと最近思っていた。しかし護衛の給料を出しているのはグノーさんだ。アクアさんが休めるように、多くの護衛を雇う事になったら、グノーさんの出費もかさむだろう。
「私はコハルとの生活が楽しいんです。心配はいりません。元々人間とエルフ族は時間の概念が違うのでしょうね。コハルの一生分ぐらいなら、こんなボディーガード生活が続いてもいいと思っていますから」
とても長い時を生きるエルフ族だと、そういうものなのだろうか。
好きな人へのアプローチを焦らないということは、相手はエルフ族かそれに近い種族なのだろう。……きっと喫茶店に居たダークエルフのように、私よりもずっとアクアさんの隣が似合う人なんっだろうなぁ。その事に少しだけ寂しさを覚えるのは、この生活に私も慣れてしまったからに違いない。
「一生って、それだと私は結婚できないという事じゃん」
「好きでもない相手と結婚なんてしなくていいんですよ。コハルは私との生活は苦痛ですか?」
「まさか! 私はアクアさんとの生活が楽しくて……ずっとこんな風に続けばいいのにって最近思ってしまうぐらいだし……」
「なら続ければいいんですよ。細かいことは考えず、まずは魔法の勉強を始めていきましょうか?」
「……お手柔らかにお願いします」
魔法を教えて貰えるのは嬉しいけれど、完璧主義なアクアさんの指導の元というのは、少しだけ不安な部分もある。果たして人間の私についていけるだろうか。
「心配しなくても、コハルなら大丈夫ですよ。元々魔石に魔力を流すというのは、魔法の前段階だと知ってました?」
「そうなの?」
「はい。魔法は魔力で魔素を動かして発動していますから。そしてコハルは魔力の属性転換も上手です」
「上手と言っても魔法陣を使ってるよ?」
「それでも属性転換にはコツがいるでしょ? そのコツが結局魔法の習得の時、多くの者が躓く場所なんです。でもコハルは既にその点はパスしてますし、魔力量もかなり大きい。もしかしたら稀代の魔法使いになるかもしれませんよ?」
稀代の魔法使いって。
あり得なさ過ぎて、私は笑った。もしかしたらアクアさんは、未来が未確定で不安な私を励まそうとしてくれているのかもしれない。
「笑っていますが、本当ですよ? これからコハルはエルフ族と竜族から魔法を学ぶのですから」
「でも稀代の魔法使いというのは、エルフ族や竜族などの魔力が高い人達の中でも特に優れた人が得る称号じゃない。私は人間だよ?」
ちょっと変わった属性を持っているだけの人間だ。
そう話すと、アクアさんは少し首を傾げた。
「そういえば、コハルのご両親は純粋な人間なのですか?」
「えっ? そういわれると、どうなんだろう……」
すでに死んでしまっているので、なんとも言えない。世の中には夏鈴達みたいに混血だけど人間の血が強く出た人もいるのだ。
「コハルのご両親は何故死んだのか聞いてもいいですか?」
「えっと、交通事故だと聞いてるよ。私も小さかったから詳しくは分からないけど、絨毯同士の事故に巻き込まれたとか。私は幸い軽症ですんで、そのまま施設に保護されたんだけど……」
空飛ぶ絨毯はとても快適な乗り物だけど、操作を失敗し衝突すると地上に落ちてくる。そんな巻き込まれ事故が年間何件も起きているのだから、私の場合も不運ではあるけれどよくある話だ。
「そうですか――」
「貴方が四月一日小春さんですか?」
丁度家の前まで来た時だ。突然黒服の男に声をかけられた。
「えっ。はい」
「初めまして。私、鷹藤家の家老をしております、一十郎と申します」
「はあ。どうも……」
鷹藤家はこの辺りでは有名貴族で、夏鈴や蒼汰の勤め先でもある。貴族としてだけでなく、商売の才能もあるようで、鷹藤グループを知らない者はいない。
「夏鈴と蒼汰の事で、少しお話したい事がありますが、これからお時間いただけないでしょうか?」
「えっと、アクアさんはどう?」
「いえ。内密な話ですので、四月一日さんだけお願いします」
突然の話だったが、夏鈴達の事だと言われれば付き合うしかない。しかしアクアさんが一緒では駄目だと言われると、素直にわかりましたとは言えない。
「私はコハルを護衛をしている者です。一緒に行けないとなれば、コハルを行かせるわけにはいきません」
「四月一日さんの事情は知っています。他種族の方に連れ去られる事がないよう、お話の間は鷹藤家の力を持って守らせていただきます」
……蒼汰から聞いたのだろうか。
どうやら私の魔力事情も知っているらしい。私はどうしようかと悩む。
「蒼汰は貴方に話さなかったようですが、夏鈴の命に関わる話です。どうされますか?」
「えっ。夏鈴の?!」
最近会えないなと思っていたが、一体何が起こったのだろう。
夏鈴の命に関わる話で、私に何ができるか分からなかった。しかし親友の名前を出されて、このまま知りませんとはいかない。
「分かりました。アクアさんは家で待っていてくれる?」
「ですが――」
「大丈夫。鷹藤家って、人間の国ではすごく力もお金も持っている家なんだよ。私ぐらい朝飯前で守っていただけるよ。帰ってきたら、またアクアさん用の美味しい魔石作るね」
最近ずっとアクアさんが一緒だったから、本当はとても不安だ。でも私はにこりと笑って、アクアさんに手を振った。




