五、六人目 ケンタウルスさんと馬頭さん3
お見合いに指定された場所は、人間の国の喫茶店だった。普通だ。
一回目のフェンリル族には山奥へ連れ去られ、二回のセイレーン族とは足場の悪い海辺で会った。そこからのお洒落喫茶店。何だろう、普通すぎるがゆえに、本当にここだろうかと看板を二度見してしまう。
「凄い。普通だ」
普通である事に妙な感動を覚えてしまう。
「馬頭もケンタウルスも、人間の国で暮らしている者もいるぐらいですからね。でも私だって、もしもお見合いをするならちゃんと喫茶店を選びますよ」
「……個人的な意見ですが、もしもアクアさんが人間の国でお見合いやデートをされるなら、喫茶店より個室のある店を選んだ方が落ち着いて話せると思いますよ?」
喫茶店ではたぶんジロジロと周りから見られて気まずい状況になるだろう。
好きな人をデートに誘う気があるなら、できれば参考にして欲しい。よっぽど目立ちたがり屋な彼女でない限り、凄く居心地が悪く落ち着かないと思うのだ。
「コハルは何処か行きたい店はないのですか?」
「あー、私の意見は参考になりませんよ。そもそも、デートにいい店とか全然知らないですから。何だったら、今度夏鈴に聞いておきますけど。夏鈴はそういう情報に詳しいので」
貧乏人である私は、デートコースで使われるようなお洒落系の店など知らない。知っているのは、安くて量が多い店ばかりだ。そもそも、基本は自炊である。
「そうですか。なら折角なので私も自分で色々調べてみますね。そういえば、前々から気になっていた事があるのですが、コハルはリュウグウジと話している時と私と話している時、喋り方が違いますよね?」
「リュウグウ……ああ。蒼汰とは、いわゆる腐れ縁というか、身内みたいなものでして。アイツに丁寧な言葉遣いをする必要を感じないと言いますか……」
一緒に施設で育った仲でもある為、敬語を使う必要性を感じない。あっちも同じではないだろうか?
「でもあちらの喋り方が、コハルにとっての素なんですよね?」
「そうですね。でも社会人になってからは敬語を使うように心がけていますから、今の喋り方も普通といえば普通ですよ?」
蒼汰以外では、夏鈴と遊ぶ時ぐらいしか最近は敬語を抜かない生活になっている。毎日が忙しすぎるのか、それとも私が友達を作るのが下手なのか、社会人になってからこれまで親密になった人がいなかった。
「でも私もコハルの身内扱いになりたいです」
「へ?」
「リュウグウジのように、もっと気軽に話してもらえないでしょうか? 敬語はいりません」
いや、駄目ではないけれど……。何というか、エルフ族のお願いモードって反則技過ぎる気がする。少し悲しそうな顔で、長い耳をへにょんと少し下げられたら、大抵のお願いは皆聞いてしまうに違いない。こんなの断れるはずがない。
「えっと。なら、お言葉に甘えて。私が敬語を止めるなら、アクアさんこそ私に対して敬語はなしにしてくれると嬉しいけど」
「私は人間語だと敬語の方が喋りやすいのですが、これでは駄目でしょうか?」
「いえ。駄目ではないです……じゃなくて、ないよ?」
突然敬語をなくすというのも難しいなぁと思いつつも、親友にお願いされたからには叶えないわけにはいかない。アクアさんは、第一言語が人間語ではないので、学んだ時の喋り方が既に身に付いてしまっているのだろう。それに敬語で話した方が何かと波風を立てないのも分かるので、その方が喋りやすいというのならば無理に変える必要もない。
アクアさんからの親愛は、行動で十分伝わってきているので、敬語でも全然問題ない。
「喫茶店前で待っていてもあれですから、先に中に入りましょうか」
「そうですね――じゃなくて、そうだね」
時間よりも早めについてしまったので、アクアさんと一緒に喫茶店の扉をくぐった。チリンチリンと鐘が鳴り奥から出てきたのは、エプロン姿のダークエルフの女性だった。白銀の髪に褐色の肌。紫の瞳。どれをとっても美しく、アクアさんでなれていなかったら悲鳴を上げていたに違いない相貌だ。
「お二人ですか?」
「あっ、はい。えっと、後で連れが来るんですけど」
「人間ですか?」
「いえ。ケンタウルス族と馬頭族です」
「でしたら、テラスの方が飲みやすいと思いますので、あちらのお好きな席に座って下さい」
こういうお洒落系のお店は慣れないので緊張する。
店員に言われたテラス席に向かうと、私はドギマギとしながら椅子に座った。すると、水とお絞りを置いてくれる。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっ。ちょっと、まって下さい。……あ、後でもいいですか?」
「かしこまりました。ご注文の際はテーブルにある鈴を鳴らして下さい。伺いに参ります」
なんとかちゃんとやり取りができたかなと、私はほっと息を吐く。しかし一難去ってまた一難。メニュー表を見ると、何だか良く分からない呪文のような単語が並んでいて、目が回りそうだ。夏鈴が一緒の時は、大抵夏鈴がおすすめを教えてくれるので、私はこういった事にはノータッチだった。喫茶店なのだし取りあえず、ホットコーヒーでも頼んでおけば無難だろうか?
「アクアさんはどうします?」
「ここはダークエルフが営んでいる店なので、ハーブティーがお勧めなんですかね。これとか、少し酸味はありますがピンクで可愛らしいですよ」
「そうなんで……そうなんだ。じゃあ、それで……」
ハーブティーなんて生まれてこのかた飲んだ事がないけれど、アクアさんが美味しいというのなら飲んでみようかと思う。
そういうと、アクアさんはチリンチリンと鈴を鳴らし、手早く私の分まで頼んでくれた。……やはり、エルフはお洒落な店が似合うという事だろうか。挙動不審な私とは違い、いたって普通に注文しているし、違和感が全くない。店員さんと並ぶとエルフ族どうしでとても絵になる。
「エルフ族は食事をあまりとらない分、お茶やお酒などにこだわる人が多いんですよ」
「へぇ。私はハーブティーを飲んだ事がないので楽しみだなぁ」
とりあえず第一関門突破だ。
しかしこれから、グノーさんが紹介してくれる二人が現れると思うと、大丈夫だろうかと心配になる。
「おお。コハル! 待たせたな!!」
噂をすれば影ではないが、丁度思い浮かべた時に、パタパタと羽の音をさせてグノーさんの人工精霊が現れた。その後ろから、ケンタウルス族の方と馬頭族の方が現れる。ケンタウルス族の方は上半身裸で下半身が馬だが、ネックレスのようなものを首から下げていた。馬頭の方は体が人間なので、服はスーツを着ている。確か馬頭族は和服のような服を着る習慣のはずなので、あえて人間の世界に合わせてくれたのかもしれない。ただしスーツの色が白で中のカッターが真っ赤なので、ホストを連想させるような姿だ。
……でも一応二人共、お洒落をしてきて下さっている様なので、私もいつもは着ないワンピースにしておいて良かったとほっとする。いつも私が着る服は安売り量販もので、動きやすさ重視だ。この間のセイレーン族との見合いの時は最初から場所の関係で動きやすい服で来て欲しいと通達があったので、お見合いの為に用意した服は今日が初お披露目だ。アクアさんのセンスをふんだんに取り入れたものなので、多分大丈夫だと思う。
「私の事は知っているかもしれないが、オルトロスだ。今日はよろしく頼む」
「俺は坂之上元命だよ。もっちーって皆からは呼ばれているよ。よろしくねー」
「私は四月一日小春と言います。今日はよろしくお願いします」
何だろう。たまたまなのかもしれないが、顔と体が反対なだけでなく、性格も正反対な気がする。オルトロスさんは、寡黙でザ漢という感じだが、モトナガさんはひたすら軽い。大きな目でバチンとウインクまでしてくれた。
「実は二人はこの間話した、馬ファイブのメンバーなんだ」
「馬ファイブって、アイドルユニットの?」
「そうだよー。でも身構えなくていいからねー。リラックス、リラックス♪」
モトナガさんは気さくに手を振ってくれる。
たぶんファンが見たらキュン死ものなのかもしれないが、残念な事に私は一ミリもキュンを感じなかった。……このアイドルの需要は、多分人間社会ではない気がしてならない。
「はあ。……あの、グノーさんは何故アイドルの方とお知り合いに?」
私は知らないが、若者に人気だとグノーさんは言っていたのだから彼らの国では、きっと売れっ子なのだろう。だとしたら、一体グノーさんとはどういう付き合いなのか。そもそも、アイドルは恋愛禁止じゃないのだろうか?
「それはグノー殿が伝説のバンド、竜プリのボーカルだからだ」
「竜プリ?」
「えー。知らないの? すっげー、俺らの業界では有名だよー。竜族が集まってつくられたバンドでさ、めっちゃヤバいの。俺らの憧れの先輩ってわけ」
「止めんか。もう竜プリは三百年も前に解散したんだ」
……三百年前、私はこの世に影も形も存在してなかったなぁ。
突然の暴露話に微妙にグノーさんが照れているけれど、まさかグノーさんにそんな歴史があったとは……。でもやっぱり竜プリも人間の国では需要が少なそうな気がする。突如町中に竜プリが現れたら、黄色い悲鳴ではなく、ただの悲鳴が飛びかいそうだ。
「だからさ、コハルちゃんは一般人だけど、グノーさんのマブダチなんだから、気にする事ないって」
「ははは」
いや。気にする。めっちゃ気にする。
そもそもアイドルという事は、かなりの確率でモテてるはずだ。もしもそんなモテている人と冴えない一般人が結婚したら、恋愛禁止でなくても嫉妬の嵐ではないだろうか。人間からの嫉妬はあまりないかもしれないけれど、ケンタウルス族とか馬頭族の方からはそれもう、色々な苦情がきそうだ。
「えっと、お二人はとてもオモテになるんじゃないですか?」
「まあねー。俺の方がオストロスよりもモテちゃうんだよねー」
「多いと言ってもお前は、すぐに乗り換える新参者ばかりだろう。私のファンは昔からずっと応援してくれている者が多い」
うーん。個人的にはどちらも、女性トラブルが多そうな気がしてならない。新参者はマナーがなっていなくて付き合ったら嫌がらせを沢山受けそうだし、古参のファンは愛の重みが違うので後ろからナイフでグサリとかあり得る……。
闇オークション行きを阻止することはできるけど、結局命の危険は消えない。
「はあ? この濡れ馬千両の皮膚に澄んだ瞳。がっしりとした顎にすらっとした顔立ち。どう見ても俺の方がイケメンでしょ? 俺の方がモテて当然じゃん」
「男は顔だけじゃなく、肉体美も大切だ。私の大きな尻。これは大腿骨が大きいという事だ。肢元もすっきりしていて美しい足をしている」
「それは認めるけどさ、でも俺の鬣の美しさは真似できないだろ?!」
「確かに綺麗な鬣だ。しかし私の蹄も美しいぞ!」
バチバチとライバル心むき出しにしてくれるのは全然問題ないけれど、一つ言いたい。馬頭さんは、自分の顔が素晴らしいと話し、ケンタウルスさんは自分の下半身が素晴らしいと言い争っている。彼らの美意識は、どう見ても馬寄りだ。さっきから馬の部分しか自慢していない。
「あの。お二方の話を聞く限り、一番素晴らしいのは美馬顔を持ち、さらに馬の肉体美を持つ人という感じがするんですけど」
「そうなるかな?」
「言われてみるとそうだな」
……納得してくれたところで一つ言いたい。私の馬みはゼロである。
「だとすると結婚相手は、上半身馬で、下半身馬の人の方が上手くいくと思いますよ」
つまりはただの馬である。
いや、ただの馬だとまた問題があるかもしれないけれど、でも絶対私は彼らの好みから外れていると思う。そもそもそんなに馬の部分が好きなのに、何故人間とのお見合い話を受けたと言いたい。
「コハルはどうなのだ? どういう人がタイプだ?」
グノーさんもこのお見合いは無理だと気が付いたのだろう。私の好みを聞いてきた。だから私もにこりと笑い口を開く。こればかりはお互い様だ。
「上半身が人間で、下半身が人間の人ですかね」
つまりはただの人間だ。
グノーさんには申し訳ないが、今回のお見合いも見事に破談となった。私にアイドルの妻は荷が重すぎる。




