五、六人目 ケンタウルスさんと馬頭さん1
「今日は学校見学とその学校の入学試験の過去問を購入しに行こうと思うんですけど、付き合ってもらっていいですか?」
「学校ですか?」
休みの日だが、いつもより簡単に家事をすませた私は、アクアさんに声をかけた。すでに働いている身なので学校に行くというのは不思議かもしれないが、私の野望への第一歩に欠かせない事なのだ。
「グノーさんから貰う魔石の仕事のおかげで、かなりのお金を手にする事ができたので、折角だから魔術師になる為の勉強ができたらいいなぁと思いまして。結婚が決まったら、どうなるか分からないんですけど……」
私の野望は魔術師となることだ。今は未来がどうなるか分からない状態ではあるけれど、お金は今までの人生の中で一番多く手にしている。このまま定期的にお金が入ってくると考えれば、学校の入学金を用意することが出来るだろう。だとしたら、折角だから野望の為の一歩を踏み出したいと思ったのだ。
「それはいいですが、仕事は止めるのですか?」
「まさか。仕事がなければお金が無くなり、勉強できなくなるので働きますよ。でも時間は少しセーブして、夜間学校に通うのがいいかなと思うんです。今日行く大学の魔法学部と魔法工学部は、夜間開講をしているので。昼間ですが一度見に行ってよさそうなら、入学準備をしたいなと思ってまして。まあ、そのためには試験を突破しなくてはいけないので、絶対通えるわけではないですけど……」
気持ち的には通いたいが、気持ちだけでは何ともできない部分もある。
「試験は難しいのですか?」
「あー。昼間の学部に比べれば偏差値が低いので少しは入りやすいんですけれど、私は義務教育までしか勉強してないので……ははは。まあ、世間一般で言う馬鹿の部類なんです。だから頑張っても難しいかもしれないんですけど、でもやる前から諦めたらだめかなぁと思いまして……。今までだったらその入口にすら立てなかったわけですし」
私の最終学歴は中学だ。でも孤児なんてほとんどがこんなもんだ。
頭が人よりも明らかに良かった先輩は大学、貴族のお屋敷に勤める事になった夏鈴達は専門学校まで進学したが、そういうのはマレだ。入学頭金すら持っていない孤児は、義務教育が終了次第働き始める。
「なるほど。そういえば、人間は学歴社会というものだと聞いたことがあります。魔術師になるにはその大学に通わなければいけないのですか?」
「いえ。魔術師と名乗るには、国家試験を突破しなければいけませんから、突破さえできれば必ず通う必要はありません。ですが専門知識が多すぎるのでどこかで学ばないと難しいかと」
「コハルは魔術師になってしたい事があるのですか?」
魔術師になってしたい事かぁ。
魔術師になれば魔石職人には許されない魔道具の開発ができるし、魔石を作る為の魔法陣の作成も認められる。ちなみに中々できることではないが、魔術師の資格を持たずに魔道具を作るのは許されている。しかしそれを販売することは禁止されていた。あくまで個人的にならばという事だ。
「そうですね。魔石に二種類の属性の魔力を込めて、新しい魔力を作る事はできないかなと思ったりしてます。水と風の属性を複合させると、実は雷が作れるんです。これを雷属性という新しい名前を付けて、その力を上手く使えないかなあとか。後、土と水を複合させると植物に影響を与える魔力になるので、木属性とか……まあ、色々と混ぜるのが面白いと言いますか……」
「えっ。そんな事ができるんですか?」
魔法の申し子のようなエルフ族に魔法について話すのは、まるで幼児が自分の知っていることを得意げに大人に話すかのようで恥ずかしかったが、想像と違ってアクアさんは驚く。
「あー、ちょっとコツはいるんですけどね。ただ私は魔術師の資格がないので、こっそり遊びで属性混ぜをしているに過ぎないので、もっと勉強すれば三つを混ぜてみたり、色々使い方も広がるかなと思うんです。でも、アクアさんは既に複合魔術使われていますよね? 転移魔術って、結局のところ複合魔術の一種だと思うんですけど」
「言われてみると……そうかもしれませんね。ですが、転移魔法に関してはエルフ族は子供のころから遊び感覚で覚えてしまうので、あまり魔法を使っている感じではないのですよ。元々持っている種族特有の力に近いかもしれません。どの属性の魔力を持つエルフでも、転移魔法は使えるので」
なるほど、子供のころから転移魔法が使えると……エルフ族、恐ろしい子過ぎる。
でもこの種族特有の魔法というのがそもそも複合型で本来なら使いこなせないけれど、色々な条件下で使っているのではないかなぁと私は思っている。とはいえ、義務教育しか出ていない人間の戯言なので、実際は違う可能性が高い。世の中には私が知らない事が沢山溢れているのだ。
「思うんですけど、コハルは馬鹿とは違うと思いますよ?」
「そうですか?」
「ただ学ぶ機会がなかったものを馬鹿と呼ぶなら、エルフ族からしたら人間は馬鹿となってしまいます。生きる年月が違うのだから一生のうちで学べることも違います。私が思うに、馬鹿というのは自分の頭で考えていない者の総称ではないでしょうか? 私としてはコハルはとても賢いと思いますよ」
「いや、そ、そうですか?……ははは」
恥ずかしい。
真顔で言われて私は笑って誤魔化す。エルフ族はお世辞を言わないから、アクアさんは本気でそう考えているのだろう。
「コハルはもっと自信を持っていいと思います」
迷いのない言葉に、私はどう返事をしていいものか分からず苦笑いをするだけに止めておいた。
◇◆◇◆◇◆
私が入学を考えている大学はそれなりに離れているので、大勢の人を一度に運ぶ『風船』に乗って、駅から駅を移動することになる。風船という名前だが、この魔道具は一度に多くの人をのせる為、重量が重くなり空高く飛ぶことができない。その為地上から少し浮かせた状態で、風の魔法で動いていた。
「箒や絨毯での移動ではないのですね」
「箒は長時間乗ると疲れるので近場や小回りを利かせたいときに乗ります。絨毯は快適ですけど多くの魔力を使用するので、料金が高いんですよ。その点風船は、大勢の人を一度で運ぶので運賃も安くなります」
アクアさんは普段、転移魔法を使うのでこういった乗り物を使うのは初めてらしい。切符を買い乗り込むと、辺りを不思議そうにキョロキョロと見渡した。
「この船の素材は、もしかして紙ですか?」
「はい。破れないように魔力を練り込み加工した魔紙と呼ばれるものでできています。昔は木や鉄で作られていたのですが、どうしても重い為この魔紙が発明されてからは、この素材がよく使われるようになったんですよ」
とはいえ、義務教育で学べるのはここまでで、この魔紙の作り方とかは私も知らない。だから詳しく説明を求められても話せないが、アクアさんはこの大きな魔道具の動きの方が気になるようだ。転移魔法を当たり前のように使う種族だと、やはりこういったものはないのだろう。
風船に乗って大学前の駅で降りた私は、駅員に切符を渡して外へ出た。夏が近づいてきている為、少し暑いがここからは徒歩での移動だ。
「風船は直接学校まで連れて行ってくれるわけではないのですね」
「直接行くなら『送迎絨毯』を使う事になるんですけど前にも言った通り、料金が高いので、中々使えないですね」
使えるものなら使いたいが、多分私が通うとなれば風船と徒歩の通勤となるだろう。
駅からでも見える大きな建物へ、私達は緩やかな坂道を登って歩いていく。途中頭上を絨毯や箒が通っていくのを見て、いつか箒だけでも買いたいなぁと思う。大学に通う人は裕福な人が多いので、箒ぐらいは持っている人が多い。
しばらく歩いてたどり着いた私は、早速事務局がある建物へ向かった。
「えっと、入館許可書が必要なので事務局に行きますね」
「ここへは来たことがあるんですか?」
「数回だけ、一般開講して下さっている授業を受けに来たことがあるんです。それもお金がかかるので、何度も通う事はできないんですが……」
休みも限られているので早々できない贅沢だ。でも魔石を作る上で魔力転換の効率化などはとてもためになる話で受講して良かったと思っている。魔石職人はどちらかというと経験で魔石を作るので、誰かにやり方を教えたりするのは下手だ。根性論で練習あるのみと思っている人も多い。でも理論が分かって作ると、より効率的にできる。私が数種類の魔力を同時に魔石にする事ができるのも、勉強したおかげだと思っている。
「コハルは努力家なんですね」
「仕事で必要な技術だからですよ。事務局はこっちです」
オープンキャンバスも開かれているが、それは基本的に昼間の学生の為で、夜間に通う社会人入学の場合は直接話を聞いた方が早い。その為、私はあえて今日伺った。
「こんにちは。すみません。夜間の入学の件で色々お伺いしたくて来たのですが……」
事務に座っている人に声をかけると、一番手前に座っていた男性がめんどくさそうな顔で私を見た。しかしすぐ後ろに居るアクアさんを見て、目を見開く。
毎日私とアクアさんはセットで移動している為、最近は近所でも当たり前のように受け入れられていた。その為久々のギョッとしたような反応に、そういえばアクアさんは絶世の美人度をほこるエルフ族だった事を思い出す。慣れって怖い。
「どちらが入学希望ですか?」
「あ、私の方です。この方は付き添いで……」
「そうですか」
男はあからさまに残念そうな顔をした。
「わが校は他種族の方にも広く門を開いておりますので、よければご検討下さい。もしくはエルフ族の方の魔法は人間よりもはるかに優れておりますので、魔法学部の講師として来ていただければと――」
「私はコハルの付き添いですし、今の所講師をするつもりもありません」
どうやらこの学校にとってエルフ族はとても素晴らしい逸材のようだ。凄いぐいぐい来る。
でもあまり人間の国にはいないエルフ族が現れたなら、魔法学部を抱える学校としてはつながりが欲しいと思うのも何となく理解できた。
「そうですか……。貴方は、夜間でしたっけ? どちらの学部がご希望なんですか?」
「魔法学部か魔法工学部へ入学できればいいなと思いまして……」
「なるほど。失礼ですが、ご職業は?」
「魔石職人です」
私に話しかける男のテンションは低い。そして私の職業を聞いた瞬間、あからさまにため息をついた。
「魔石職人ねぇ。一応、奨学金制度もありますが、夜間でも魔法学部の授業料を払うのは大変ですよ? それから、最終学歴は何ですか?」
「……中学です」
「一応、夜間でも最低限の知識は必要です。誰でも入学できるわけではないですから。わが校の品位にも関わりますし」
ですよねー。
まあ、こういう対応は最初から分かってる。うん。でも冷やかしではないので、一応パンフレットと願書はもらって帰らないといけない。
「授業料は一応めどが立っているので大丈夫です。高卒認定試験も今年受ける予定なので……勉強も、頑張ります」
「まあそれを突破しない限りは、うちの受験資格もないですからね。ですが、無理に勉強して入学しても、卒業できなければ意味がありませんよ? 夜間という事は働きながら通うつもりでしょう? 多くの社会人が夢見て入りますが、仕事が忙しすぎたり学業についていけず、卒業できないままという人も多いです。あえて大学に入らなくてもいいと思いますけどねぇ」
親切そうに言ってくれるが、これは受験するだけ無駄だと馬鹿にされているのだろう。うーん。確かに働きながら勉強の時間を確保するというのは大変なのも分かるけれど、魔術師試験に合格したいと思うなら、やっぱり通った方がいいわけだし……。
とにかく何とかして願書を貰えないだろうか。
「コハル。帰りましょう」
「いや、でも。願書とパンフレットを貰わないと」
「こんな場所で勉強するのはコハルの品位に関わります。止めておきなさい。魔法のことなら、私が教えますから。さ、いきましょう」
「えっ。ちょっ……。すみません、失礼します! アクアさん?!」
アクアさんに腕を引っ張られ、私は結局何も受け取れずに事務局を後にする事になった。品位とか当てつけのように使っているあたり、怒っているようだ。
「まったく、時間の無駄です。魔石職人がどんな仕事か分かってないんです」
「いや。その。嫌な思いをさせて申し訳ないといいますか……」
「まずは、魔術師試験の過去問と魔術師の知っていなければいけない知識がのっている教科書を探しますよ! 絶対見返しましょう!!」
「ええっ。そんな。大学が無理でも、せめて専門学校に行かないと。アクアさん、私に教えると言っても、魔道具についてはあまり知りませんよね?!」
ずんずんと進んでしまうアクアさんを私は慌てて止める。魔法についてだけなら、アクアさんは凄い知識を持っているが、魔法陣や新しい魔道具の知識はそこまで持っていないはずだ。
この大学が無理でも、私はどこかで学ぶ必要がある。
「……人間の国での魔石職人の状況は分かっていますが、せめてコハルを馬鹿にせず、必要な事を教えてくれる場所を選びましょう? 引っ越しが必要だったり通うのが不便なら、私が手伝いますから。ここを選んだのは近いからという理由だけですよね」
「まあ、そうですね」
今の仕事を失いたくないので、私は通える範囲で探したのだ。その結果がアレだけれど。あの事務の人も、説明が面倒なら普通にパンフレットと願書を渡してくれればいいのにと恨めしく思う。きっとあの人も虫の居所が悪かったのだろうけど、これでは無駄足だ。
「私は、コハルの事を凄い人間だと思っているんです。ただ学校に通えなかったからとか、魔石職人だからというだけで貶されるのは我慢なりません。そういうモノの本質を見ないから、あの学校にエルフ族が近寄らないんです」
「あっ、そういえばアクアさんは凄い勧誘されてましたね」
「魔法学部の講師にエルフ族がいれば箔がつきますからね。ですがあの様子だと、エルフ族はあの大学を毛嫌いすると思います。そもそもエルフ族は人間の高等学校とやらには通っていないんですからっ!」
「確かに」
アクアさんの言葉に私はプッと吹き出した。
よく考えれば高等学校を卒業してない事を馬鹿にしながら、高等学校を出ていないエルフ族を勧誘しているとか、かなり間抜けだ。
「おお。居た居た。コハル、今日はいつもと全然違う場所に居るんだな!」
アクアさんと話しながら歩いていると何処からともなくグノーさんの人工精霊が飛んできた。
「遅いっ!!」
「何だ、突然。別にお前とは何も約束しとらんかっただろ?」
「まったく。もう少し早くグノーが来てくれれば、あの人間、絶対コハルへの態度を変えたはずです。まあ、いなかったからこそ、あの人間の本質が見えたとも言えますが」
理不尽にグノーさんに八つ当たりしているのを見て、私は苦笑した。確かに竜のグノーさんが突然現れたら事務の男は腰を抜かしただろう。
「グノーさん、すみません。先ほど少し失礼な人間がアクアさんを怒らせてしまいまして……。アクアさんも、終わった話はやめましょう? 私は知らない誰かに認められるより、アクアさんに認められた方が嬉しかったです。また学校はゆっくり探そうと思います」
私は本当に恵まれているなと思いながら、グノーさんと気兼ねなく話をする為に大学の敷地から出たのだった。




