四人目 セイレーンさん4
セイレーン族のガラノーさんとのお見合いも見事破談した私はいつもと変わらない日々を送っていた。唯一の気がかりはグノーさんに事の顛末を話した時に、「そうか、馬系か」と言っていたのが気になる。馬に蹴られるという言葉は人の恋路を邪魔するなというような意味の人間語だけど、もしかしてグノーさんは知らないんじゃ……。
だけど私も何故あの場面であんな発言が出たのかわからないからグノーさんに適切な言葉をかける事ができなかった。
「コハル、今日のお弁当は何ですか?」
「昨日の残り物ですよ。肉じゃがと絹さやの胡麻和えと、後は卵焼きとミニトマトを追加しただけです」
「コハルの肉じゃがは美味しいから、とてもいいですね」
アクアさんの食事は三日に一回程度、それも夕食だけだった。お酒なども含めて飲み物は毎日飲んでいるようだけど、基本的に魔素を直接取り込む事で体は維持しているらしい。
その為お腹が空いて食事を食べたい時は事前に言ってもらい、アクアさんの分も用意する生活リズムになっていた。最初は海苔を毛嫌いしている様だったので、私が作るものでは口に合わないかとも思ったが、おしゃれ感ゼロの食事でも特に問題がなく食べてくれていた。最近は毎日味噌汁が飲みたいみたいな事も言っている。作る分には別に問題ないけれど、私からすると普段それほど食事をとらないのに塩分をそんなに摂取しても問題ないのか少々気になる。折角の美貌なのに、塩分の所為で浮腫んでしまったら勿体ない。一応体の面を気にして塩分の取りすぎの怖さを伝えてみたが、アクアさんからは上手く伝わらないものですねと言われてしまった。
アクアさんの本来の言葉はエルフ語だ。その為人間語だとニュアンスが伝わらないなどの問題がある。その後少し考えて、もしかして味噌汁が飲みたいというのは、毎日食べたいと思うぐらい美味しいですよ的な意味かもしれないと気が付いた。飲み物は毎日飲んでいるので、だからあえて汁もので表現したのかもしれない。
このニュアンスの取り違いを減らす為、私も少しだけエルフ語を覚えようかなと最近思っている。折角仲良くなったのだから、もっとアクアさんの事を知りたい。
「じゃあ、洗濯物を干してくるので、アクアさんはその間に魔素を取り込んでいて下さい」
「手伝いますよ?」
「大丈夫です。その代り、仕事の帰りに宝石店へついて来てもらえますか? グノーさんにお渡しする宝石を魔石に変える為の魔法陣を先輩にお借りするので」
明日はようやく休みなので、グノーさんに頼まれた宝石を魔石に変える時間が取れる。
といっても、日中ではなく夜にやろうと思うので、事前に借りておかないといけないのだ。日中なら先輩の所に行けばいいが、明日はちょっと出かけたいところがあった。
「分かりました。手伝って欲しい事があったら、何でも言って下さいね」
「むしろアクアさんは手伝い過ぎですよ。護衛の仕事を逸脱していると思います! でも凄く助かってしまっています。いつもありがとうございます。今日は水属性の魔石をお昼に用意しておきますね」
素直にお礼を言うのは小恥ずかしいが、アクアさん達エルフ族の言動は基本的に嘘のない真っ直ぐな言葉だ。なので私も出来るだけそれにならって、素直な気持ちを伝えることにしていた。
それにアクアさんのおかげでいつも助かってしまっているのは本当なのだ。重い荷物は持ってくれるし、持ちなれない大金に怯えても、スられないように守ってくれる。雨に降られてしまった時に慌てて魔法で雨を弾こうとしたのは少々過保護すぎると思うけれど。
私は多少雨に濡れた所で風邪を引くほどやわではない。でも本当に色々助けてくれるので、アクアさんが居なくなった後ちゃんと生活できるか少しだけ不安だ。
洗濯機が止まっていたので、ハンドルを回して脱水すると、私は洗濯物を干し場に移動させた。時は金なり。貧乏暇なしだ。
「よう。小春」
洗濯物を広げながら干していると、微妙な表情をした蒼汰と目が合った。
「おはよう。何か用? 私は今日も仕事だから、あまり時間がないんだけど」
蒼汰達とわざわざ休みを合わせているわけではないので、彼が休みでも私はそうではない事はよくある。今日も挨拶するぐらいの時間はあるが、世間話に花を咲かせられるほどはない。しかし何か言いたそうな顔をしているので、干している間くらいは聞いてあげようと声をかける。
「いや、その。俺らの事を怒ってるか?」
「えっ。何か怒らせるような事したの?」
いきなり怒っているかと聞かれたが、特に怒るような事をされた記憶がない。それとも何かこれからとんでもない情報が入ってくるのだろうか。
「叔母さんにさ、俺らの出生の事話したって言われて……。いや、騙そうとか、そういうことは考えてなかったんだ。ただその……言いそびれたというか」
「ああ。セイレーンとの混血だって話? 何でそんな事で怒るわけ? むしろ蒼汰は、五年前に食べた、私のデザートのプリンに乗っていたサクランボについて謝罪するべきだと思うけれど」
「古っ。五年前って、あんなのもう無効だろ? しかもただのサクランボ一つで――」
「高給取りには分からないと思うけれど、魔石職人にとってデザートはとても大切なの! しかも真っ赤なあの子。普段は絶対食べられないから最後に残しておいたの!! 食べ物の恨みは怖いんだから!!」
「お前、あの後、夏鈴に貰っていただろうが。じゃなくて、俺らも孤児だって嘘をついていた事についてだよ……」
なるほど。
その事をわざわざこの忙しい時間に告白しに来たらしい。と言われてもなぁ。
「いや。別に気にしないよ。そんな事。普段から親や兄弟と暮らせないというのは、私と同じわけなんだし。ただ生きているか死んでいるかの違いでしょ? それにセイレーン族の血を引いているったって、二人共人間の血だって引いているわけだから嘘は何もついてないと思うけど。もしかして実は二人も無性とか?」
「そんなわけあるか。俺は男で、夏鈴は女だ」
「なら、別に問題ないよ。夏鈴が無性で男になるかもだったら、一緒にお風呂に入っていた仲だし、ちょっと微妙だけど。そうでないなら別にいいんじゃないとしか言えないけど」
何を気にしているのか分からないけれど、隠し事をしている事を気に病んでいるなら私としては問題ないというしかない。そもそも友達だからって隠し事が一つもないなんてあり得ないだろう。私にだって誰にも言っていない事があるし、人外とお見合いしている事だって、蒼汰達には話していない――あっ。
「あっ。それより、叔母さんと話したって事は、私が人外とお見合いしていることは聞いたんだよね」
「ああ。まあな。なんか竜の所為で大変なことに巻き込まれているんだってな。あのエルフもその関係なんだろ?」
どこまで話したのかは分からないけれど、お見合いを繰り返すはめになっている事は知られているとみて間違いない。
「うん。まあね。でも中々お見合いが上手くいかなくて。今回も見事に破談したし」
「いや。セイレーン族の親兄弟がいる俺が言うのもなんだけど、水の生き物と結婚は止めた方がいいぞ。水中だと俺らは本当に不自由で何もできないから」
「だよねー。蒼汰の叔母さんはいい人だったんだけど」
というか叔母さんでいいのか? あの人無性だし、そもそも女である私とお見合いしたんだけど。
「うん。俺らの死んだ母ちゃんとすげー仲良しだったから、超いい人には間違いないぞ。母ちゃんも人間語を色々教えていたし」
なるほど。女性から言葉を教えて貰ったから、女言葉っぽくなってしまったのか。
そもそも無性だから、蒼汰のお母さんが教えた言葉も間違ってはいないわけだし。
「コハル、急がないと遅刻しますよ」
「あっ。ヤバっ。蒼汰、本当にごめん。今日はまだ仕事があるの」
「俺も忙しい時間に悪かったな」
アクアさんに言われて私は慌てて蒼汰との話を切り上げる。
「あ、そういえば夏鈴は元気? 最近会わないけれど」
私の言葉に一瞬蒼汰が固まった。
「……ああ。ちょっと忙しいんだ」
「夏鈴優秀だもんね。私も忙しいからあれだけど、今度また一緒にランチがしたいって伝えといて」
蒼汰が何か言葉を飲み込んだような気がしたが、私も忙しかったので特に追究せず、彼とは別れたのだった。




