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四人目 セイレーンさん2

「コハル! 新しい見合い話を持ってきてやったぞ‼」

 グノーさんの人工精霊がやって来たのは、月末の見合い予定になっていた日だった。パタパタと羽を動かして飛ぶ姿は、大きなトカゲなので決して可愛くはないが、慣れてくると愛嬌がある気がする。

「グノー、その前にコハルに言う事があるでしょう」

「うわっ。羽を摘まむな。もげるだろっ!!」

 パタパタと動いていたはずの翼をアクアさんは難なく親指と人差し指でつまむと、顔の近くにまで持ち上げた。アクアさんがグノーさんを見る目は全く笑っていない。

 相変わらず恐怖を感じさせる美貌と怒りのコラボに私は息を飲んだ。悲鳴を上げない程度に耐性がついて来ているが、怖いものは怖い。

「分かっている。コハルよ、ヴィオレッティの件は悪かった。ちゃんとフェンリル族には注意をしておいたぞ」

「あ、あの。ヴィオレッティさんは、悪気があったわけではないので、あまり厳しくしないで下さい。その……首領の娘さんとの件はどうなったか知ってますか?」

 人工精霊姿のグノーさんならそこまで怒られても怖くはないが、竜姿の場合は違う。もしもグノーさんが暴れたら、ヴィオレッティさんの群れは全滅してしまうのではないだろうか。


「ああ。私が怒っておいたのは首領の方だ。好き合って番になりたいと思っている者がいるというのに、コハルと見合いをさせて別れさせようとしたわけだからな。だから娘の結婚相手選びに必要以上に手を出すなと注意してやったわ。婿が認められるために父親と戦うのはアイツらが決めたなら止めはしないが、告白を邪魔をするのはフェアではないからな。まあ私が怒らずとも、今は灰のように真っ白になっているが」

「真っ白ですか?」

「ああ。アイツの娘はしっかりしていたし、父親よりもむしろ強かったな。今回の件で、娘は首領である父を倒した上でヴィオレッティと番になりおったわ」

 ……まさかの超展開が起こったらしい。

 ヴィオレッティさんに攫われた後に宝石店へ行ったので、ついでにヴィオレッティさん用の魔石もグノーさんから頂いた宝石を使って作らせてもらった。

 出来上がった魔石はアクアさんにお願いしてヴィオレッティさんに送ってもらい、代わりに私は大金を貰った。おかげ私はかつてないほどの現金を手に入れたが、その後の展開はまだ知らなかったのだ。魔石はスックラー様にプレゼントし、そして告白をする事までは聞いていたが。


「コハルが作ったあの金剛石は見事な魔石だったな。透明な宝石だからこそ、無属性の光が美しい。娘も気に入って、婚約用の首輪に取り入れておったぞ。写真を撮ったから、見るか?」

 へぇ、フェンリル族の婚約は首輪を送るんだ。

 そんな事を考えていると、グノーさんは私が見たいと答える前にさっと写真を取りだした。どうやら見せたくてたまらないらしい。そこにはもこもことした茶色の犬が映っていた……えっ??

「美しく煌めく金剛石。まさに宝石の女王と呼ぶに相応しい――」

「あの、この方が首領の娘のスックラー様ですか?」

「ん? そうだぞ。彼女は、今は亡き母親似らしいな。周りの奴らと違い茶色の毛並みが可愛らしいお嬢だったわ」

 チョコレート色をした写真の子は、見た目だけで言えばプードルだろう。とても毛がもこもこしていて、寒さに強そうだ。

 写真だから分かりにくいが、少しだけ一緒に写っているヴィオレッティさんと同じぐらいの大きさなので、実際にお会いすれば普通の犬より全然大きいのだろうけれど、これは予想外なお相手だった。狼っぽいヴィオレッティさんの群れにこの子が一匹混じっていたら、お父さんが過保護になるのも分からなくはない。

 あ、でも、この子がお父さんを倒したんだっけ。

 人だけではなくフェンリル族も見た目には寄らないらしい。


「というわけで、私にも後で宝石を魔石にしてくれ。ちゃんとお気に入りの石を選んできたぞ。私のコレクションの石はな――」

「グノー。貴方が石の話を始めると長いのですから、先に見合い相手の情報を教えなさい。またコハルが攫われてはたまりませんからね。今度は問題のない相手でしょうね?」

「ああ。ちゃんと今回のような事にならないよう、好き合っている相手がいない者を選ぶように頼んでおいたぞ。フェンリル族は食習慣の違いを理由にコハルはお断りしたと聞いたからな。次の相手は、コハルと同じように海藻も食べる種族だ」

 ……いや。私、海藻ばかり食べているわけじゃないですよ? ただ生食が無理なだけで。

 アクアさんに見せた海苔がよっぽど印象的になってしまったのか、グノーさんまで私が海藻好きだと思い込んでいるらしい。

「えっと私は海藻ばかり食べているわけではないのですけど……お肉も、お魚も好きです。はい。生肉は無理ですが」

「セイレーン族も肉食習慣はないが、魚は食べる。魚ならコハルも生で食べるのだろう?」

 食べるは食べるけれど……。

「えっと、セイレーン族とは、どのような種族なのでしょうか? マーメイド族とは違うのですか?」

 一応セイレーン族はマーメイド族と同じように海の中の一族なのは聞いたことがある。海に近い地域なので、フェンリル族よりも詳しいかもしれない。しかし海の中の一族は数多く、いまいち違いが良く分からない。確かどちらも上半身が人間で下半身が魚だった気がするが……。


「正確には、マーメイド族ではなく人魚族ですね。人魚族の中でも女性をマーメイド、男性をマーマンと呼びます。マーメイドの方がなじみが深いのは、人間との交流するのがマーメイドの方が好きだからです。人魚族とセイレーン族のぱっと見の違いは尾の形ですね。マーメイドが一つに対して、セイレーン族は二つに分かれています」

 グノーさんに変わりアクアさんが説明してくれた。

 なるほど。どちらにしても、やはり海の中の種族である事に変わりはないらしい。


 顔が魚、体が人間に近い、魚人族でないので見た目的にはまだ受け入れられそうな容貌だろう。マーメイドと人間の恋物語はおとぎ話にもなっているぐらいで、比較的人間との交流も盛んな種族だ。

「上半身は確かに人間に近く、彼らは人間に好まれやすい顔をしています。しかし住む場所は海です。生活の場の違いというものは大変ですよ。よく考えて見合いをする事をお勧めします。いいですか? 妥協をしてはいけませんからね」

「はい。分かりました」

 相変わらずアクアさんは色々と親切だ。このまま頼りっぱなしではいけないなと思いつつも、結局何かと頼ってしまっている気がする。

 

「あとは、生態が確かクマノミという魚に似ていると聞いた事がありますね」

「クマノミってどんな魚ですか?」

「赤や黒、白や黄色など縞模様のカラフルな魚で、イソギンチャクの近くに生息していたはずです」

「アクアさんって、物知りですね」

 エルフ族は頭がいいと聞いていたが、私が知らない事をたくさん知っている。

「エルフ族は長生きですから、色々な事を知る機会が多いだけですよ」

 そして頭が良い事を自慢げにしないのもすごい。さりげなく色々教えてくれる辺り、本当にスマートだ。


「アクアさんって、エルフ族でとてもモテそう……」

 思わずポロリと呟くと、突然グノーさんが笑いだした。大きな口を開け、お腹を抱えてひーひー言っている。

「グノー……」

 アクアさんの声が2、3トーンは下がった。

 一体、何にグノーさんがウケて笑っているのかは分からないが、アクアさんにとっては地雷な話だったらしい。えっ。でも。これでモテないって、エルフ族の理想はどれだけ高いのだろう。

「えっ、だって、アクアさんはこんなに素敵なのに……エルフ族の女性ってそんなに理想が高いのですか?」

 そりゃ、人間よりも色々完璧に近い種族だ。

 私の完璧は、彼らには及第点な可能性が高い。でもアクアさんは優しくて、知的で、強くて、顔も良くて……いわゆる人間でいうスパダリだ。これで駄目なら誰ならいいというのか。

「逆にコハルに聞くが、お前はアクアと結婚したいか?」

「いや、私ではアクアさんの隣は無理ですよ。分不相応です」

「つまりは、そういう事だ。こいつはな、エルフ族の中でも高嶺の花状態だったんだ」

 高嶺の花?!

 それって女性に使う言葉ではないだろうかと思うが、言われてみると確かにすべての能力値がずば抜けているし、花よりも美しい。

「グノー」

「いいじゃないか。言っておくが、これはお前の為でもあるんだぞ。いいか。完璧すぎると、前のように観賞用で終わる可能性が高いからな。駄目な部分も見せて、初めて上手くいくという事もあるんだ。それが番を持っている私からの助言だな」

 いまいち何の話か分からない部分もあるが、完璧すぎると観賞用になるというのは分からなくない。ものすごく綺麗だと、自分が手にする事で汚してしまうのが嫌になるのだ。

「こいつはな、それはもうモテた。でも、いざ結婚となると相手がいなかったんだ。唯一告白した幼馴染は最終的に人間の男と結婚した。人間の男の不器用な優しさと、不完全な部分に引かれたと言ってな」

「それは……」

 不完全な部分がいいとなると、完璧スパダリタイプのアクアさんでは分が悪い。

 そしてこの話は本当なのだろう。アクアさんは少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いている。それにしても好きな子が人間と結婚かぁ……ん?


「あの。まさかと思いますが……人間が嫌いなのは、その好きな子を取られたからとか……いや、あの。そんなはずないですよね、はははは」

 アクアさんはキッと私を睨んできた。少し涙目なぶん、ものすごく真実味がある。……マジか。

 いつも親切にしてくれるアクアさんの古傷をこれ以上抉れないと思った私は慌てて誤魔化す。

「違います」

「そうですよね」

「好きだった子です。過去形です。今は別の方が好きなので」

 おっと。まさかの、肯定だった。

 元々隠し立てできていないけれど、あえてぶちまけるあたり、ある意味男らしいかもしれない。


「そうなんですか……」

「そうなんです。だから、今はそこまで人間が嫌いなわけではありません」

 なるほど。過去の失恋は吹っ切れたらしい。

「コハルのおかげです」

「私ですか?」

「コハルのおかげで人間も、そんなに悪いものではないと思えるようになりました」

 アクアさんはそう言って、恥ずかしそうにはにかむ。……いつも真っ直ぐ好意を示してくれるのは恥ずかしくなるが、でもアクアさんと仲よくなれた事は素直に嬉しい。いつも頼ってばかりで申し訳ないのに、それでも私と関わることで人間に好意的になったと言ってもらえると、少しだけアクアさんの役に立てたような気がする。

「あ、ありがとうございます」

 早く自立してアクアさんを解放しなければいけないけれど、色々解決した後もアクアさんと友人でいられたらいいなぁと私はこっそり願った。

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