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出会えない厨も異世界なら出会えますか?

 初めてナンパに成功した時、僕はお母さんに報告したかった。

「お母さあん、カブトムシ捕まえたの!公園の木にいたんだよ!」って初めてカブトムシを捕まえたあの夏の日みたいに。

「お母さあん、女子大生捕まえた!センター街にいたんだよ!」って。母はあの日のように息子の戦果を喜んでくれるだろうか。

 虫博士と褒められた僕は、あれから二十年経って、虫ではなく女性を追っていた。

 母に報告する代わりにナンパ仲間のグループに、「JD 番ゲ」と書き込んだ。すぐに既読が一つ二つと増えていき、『初ナンパおめ』や、スタンプやらが送られてきた。

 まったくナンパ師たちは、男同士でも例外なくマメだ。先の女子大生にメッセージを送る前に、先輩方に丁寧に返事を返した。

 こんなに誰かの賛美が心地よく感じたのは、第一志望の大学に合格した時以来だった。

 ふう、と深呼吸をしてから改めて、今さっきゲットしたばかりの獲物を眺める。新しい友達の項目に追加されたあやかちゃん。アイコンのプリクラはさっき話していた女性と似てはいるが、200%増しで盛られていた。二重あご気味だった輪郭は、オードリーのようにシャープで、アイプチが剥がれかかっていた目は、顔の半分はあるのではないかという位に拡大され爛々と輝いていた。思わず、誰だこれ、と呟いてしまった。

 だが、そんなことは全く構わなかった!あのカブトムシのツノは掛けてしまっていたが、自分にとっては世界で一番かっこよく見えた。

 プリクラを愛でている内に、だんだんと記憶の中のあやかちゃんまで、それに上書きされてきた。こうなったら無敵である。友達にはプリクラとあまり変わらなかったよ、と報告しよう。

 わずか数分の会話だったけれど、極度の緊張で渋谷近くの女子大に通っている20歳ということしか覚えていないけど、それは紛れもない野生の真剣勝負で、僕は勝者だった。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 『はじめまして、先ほどはいきなりごめんなさい!可愛くて思わず声をかけちゃいました。宜しくお願いします^ ^』

 あやかちゃんの返信は最高に良かった。

 『私も、かっこいい人に声をかけられて緊張しちゃいました>_<』

 それから、何度かやりとりをし、いよいよ初デート。

 最初は先輩ナンパ師に教わった通り、カジュアルなイタリアンで。お互い程よく酔い、会話も弾んだ。しかし、決して焦って初デートでホテルになんて誘ったりしない。僕は優秀なハンターで、狩りの過程自体を楽しむのだ。

 それから軽いデートを重ね、いよいよ勝負の日。

 この日の戦場も先輩のアドバイスで決めた。恵比寿のちょっと高めのレストランだ。いつもより、大人の雰囲気を醸し出す僕にあやかちゃんも期待が高まる。そして、二人の約束された勝利へ。

 「この後休んでから帰ろうか」僕はようやく引き金を引いた。


 ああ、完璧なシミュレーションだった。自分の妄想に感動し、思わず涙が出そうになった。

 不安など微塵も感じなかった。

 興奮で震える手で文字を打った。あやかちゃんとのラブストーリーが始まる鐘の音が聞こえた。

 一文字一文字に、あの日カブトムシを剥製にするために打ったピンの重みがあった。

 『はじめまして、先ほどはいきなりごめんなさい!可愛くて思わず声をかけちゃいました。宜しくお願いします^ ^』


 しかし、待てど待てど返信はおろか既読さえつきやしなかった。

 狩られたのは僕の方だった。ナンパという魔物に。

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