8.謁見しました
まず、この世界の魂の仕組みを説明しよう。
そんな前置きから始まったドラングーンの講義を、俺は庭先に面した部屋の大窓を開けてそこに腰掛け、温かい麦茶を入れたマグカップを時折啜りながら聞くことになった。
季節は暑くもなく寒くもなくといった穏やかな気候の時期ではあるが、朝晩はさすがに冷え込むのだ。
ドラングーンも随分昔に土龍から聞いた話だそうだ。
この世界の魂はヒトならヒト専用の、竜なら竜専用の魂として創造神に創られるらしい。新しく産まれる仔には作りたての真新しい魂か前生から輪廻した魂が入ることになる。
ただ、真新しい魂の創造には時間がかかるそうで、時折新しい生命に宿る魂が足りなくなることがあるそうだ。そこで、他の魂が余っている世界から融通してもらう仕組みがあるらしい。それが、転生者だ。
他の世界からやってくる魂には元の世界のこびりついた記憶が色々残ったままであるため、感覚がそこそこ鋭いヒトは産まれた世界への場違い感から違和感を抱える場合が多く、何らかの強い衝撃の拍子に前世の記憶を取り戻してしまうことがある。俺の場合もそれだ。
そうして記憶を取り戻してしまうとますます生きにくくなるのは想像に難くなく。そこで、融通する魂を送り出す時に元の世界の神が祝福を与えてくれるのだそうだ。与えられる祝福は元の世界の神の一存なので、何が与えられるかは時の運のようなものだが、それと一緒に受け入れるこの世界の創造神から共通の技術が与えられる。それが、脳に刻まれていない前世の知識を安定して使える技術、その名も「前世知識」だ。
改めて自分のステータスを確認してみよう。
「ステータスオープン」
トア・ゼフォン 人族 男 31歳
職業:聖霊魔法師、従魔法師、死霊法師
冒険者格:S
固有格:266
HP 3582/3582
MP 92529/92710
称号:有識転生者、聖霊神に愛されし者
技術:火霊魔法(Lv.75) 水霊魔法(Lv.96) 風霊魔法(Lv.89) 土霊魔法(Lv.64) 光霊魔法(Lv.84) 闇霊魔法(Lv.91) 派生・雷魔法(Lv.54) 派生・氷魔法(Lv.61) 派生・木魔法(Lv.32) 祝福・時空魔法(Lv.49) 祝福・前世知識(Lv.max) 祝福・成長効率(Lv.max) 従魔術(Lv.36) 彫金(Lv.28) 料理(Lv.32) 裁縫(Lv.21) 書写(Lv.47) 鑑定眼(Lv.62)
確かにあるな、前世知識。最高レベルで。
『ほう。それが主の基本情報であるか』
「見えるのか?」
『魔力そのものを見る目があれば可能よ』
「じゃあ、俺は無理だな」
『見る相手もおらぬであろう。そもそも基本情報表示などヒトの世では失伝しておろうに。よく知っておったな』
「前世知識だ」
『なるほど』
ごく一部のラノベ読者限定だし、まさか本当に出来るとは思ってなかったような偶然だが、一応前世の知識ではある。納得したドラングーンにはわざわざ注釈は入れないけどな。
『元世界の神より得た祝福がその成長効率であろうな。時と虚空を操る力は『深淵の魔法師』のみに与えられると聞く故に』
「つまり、祝福の技術が3つもあるのは、3柱の神からそれぞれもらってるわけか。なんつうか、畏れ多いな」
『相応に対価は支払っておろうに。しかし、流石に熟練度が高いのう』
「成長チートのおかげでな。地球の神様に感謝だ」
『主の努力の成果でもあるがの。いくら成長に補助があろうと、育てねば成長せぬ』
『深淵の魔法師』という中二病かと突っ込みたくなる二つ名は、別に俺が付けたわけではなく、昔から「魔の深淵を覗いた」といわれる魔法師が付けられてきたものだ。中位竜であるドラングーンが知っていた程度に知名度も高い。
それが俺に付けられたのは、冒険者には珍しい魔法師として調子に乗っていた若い頃、隣国の戦争に同盟国支援として傭兵依頼を受けて出兵し、戦場にて最大魔法といわれていた広域殲滅魔法をぶっ放したせいだ。年食ってから思い返せば、あんな派手な魔法でなくても敵を無力化する方法はあったし、目立たなくて済んだのにな。
その後、4つの聖霊魔法で最大魔法と知られていた魔法を揃え、派生魔法も3つ取得できたことで魔法属性を全種制覇したため、名実ともに『深淵の魔法師』となって時空魔法が開放され、今に至っている。つまり、ヒトからその二つ名を呼ばれるようになった時はまだ実が伴っていなかったわけだ。
ちなみに、最高レベルに近い現在では当時最大魔法と思われていた以上の大魔法の存在も知っている。どれもとんでもない魔法なので世に発表する気は全くないが。
全ての魔法属性を揃えた瞬間のことは、忘れることができない衝撃だった。何しろ、聖霊神様から直々に精神世界に呼び出され、当代の『深淵の魔法師』であると直接認められたからだ。時空魔法もその時にいただいている。「収納箱なんか便利だと思うよ。遠慮なく活用してね。容量無制限だから」だそうだ。
ちなみに、虹色の蝶に似た翅が生えた幼女の姿だった。前世知識のある今なら突っ込める。その姿はどう見ても妖精だ。聖霊神の威厳はどこに行った。
『しかし、なかなか見応えのある基本情報であるな』
「そうか? 魔法師としてはこんなものだろ。木魔法がやっぱり成長してないのは気にはなるか」
『果樹園など作るとすぐ伸びるぞ』
「良いね。どうせ隠居予定だし、大々的に農園始めようか」
『ふむ、それは良い。我の棲家も用意せよ』
「スペースはやるから巣作りは自分でしろよ」
従魔契約したばかりだというのに隠居宣言する俺に、ドラングーンは気にした様子もなく応じてくる。むしろその提案は気に入ったようだ。我の好みにするぞ、などと言いながら上機嫌に尻尾を振っている。
というか。ドラゴンもご機嫌だと尻尾振るんだな。巨体なので我が家を壊さないように気をつけてくれよ。
翌朝。まずは城門へ謁見予定の確認に向かうと、なんと宰相閣下が直々に待ち構えていた。
朝イチに出勤してきた家政婦のフロウ女史にドラングーンを紹介し、今日は前庭の整備は不要と伝えてある。その上で、その前庭を占拠するドラングーンには留守番兼務で番犬ならぬ番竜を任せてきた。王都に滞在する間だけだが、簡単な巣作りをするそうだ。
「ゼフォン殿、お待ちしておりました」
「お待たせしてすみません」
「こちらが勝手に待っていたのですから謝罪は不要ですよ。陛下と猊下が執務室にて首を長くしておられます」
いや、本当にお待たせしてすみません。まさか神殿長猊下までとは。
さらに、城門を抜けたところには王国騎士団長殿まで待機しておられた。宰相をひとり歩きさせるわけにはいかない、とのことで。
城門から王城までは馬車で移動する。歩けないわけではないが、その間には5千の兵が並べるだけの敷地面積を持つ広場に国政庁舎、議会議事堂などが立ち並んでおり、多少距離があるのだ。時間短縮するならば馬車利用は必須だ。
もっとも、さらに短縮するなら馬に直接乗るのだが、それは肉体労働者向けの移動手段だな。
「しかし、まさか勇者側から一方的に契約破棄されるとは思いませんでしたよ」
移動中、宰相閣下がしみじみとそう言った。先行して飛ばした折り鶴は無事届いていたようだ。
「勿論ゼフォン殿に咎めはありませんのでご安心を。同行された勇者一行の考察と魔王軍の動向を陛下の元でご説明いただきたいのです」
「わかりました。まぁ、説明するほどの事は無いですがね」
「説明なんていらないわ! トアくん、おかえり!!」
馬車が停まったと思ったら、元気の良い女性の声が響くと同時にバァンと扉が開かれた。パステルブルーとラベンダーで配色されたドレス姿で結い上げた髪にティアラを飾った俺と同年代のその女性は、この国の国王。つまり、女王陛下だった。俺の向かいで宰相が頭を抱えている。
彼女が女王に就いた経緯については割愛するが、10年ほど前はこの国も王位継承を争って内紛状態だったことと、彼女以外の兄弟姉妹が末の弟を除いて全滅したこと、その内紛で何の因果か俺が彼女の護衛依頼を請けていたことが、巡り巡ったとだけ説明しておこう。
既に次期国王はその生き残った末王弟殿下に決まっているし、末王弟殿下が20歳に成ったら女王は弟に譲位する心積もりであることも家臣団の了承を受けて決定済みだ。なので、独身の女王には内縁の旦那様がおられるのだが、公表はされていなかった。晴れて自由の身になってから結婚するのだろう、多分。
その未来の奥方の退位待ちをしている健気な旦那様も、彼女の後方で苦笑中。肩書は近衛騎士隊の副隊長。ちなみにこの肩書は実力で掴んだものであり、決して内縁関係である女王の意向は含まれていない。強いというより巧いんだよね、この人。俺のレイピアの師匠でもある。
「陛下。神殿長猊下もご一緒でしたはずですが、いかがなさいましたか」
「おじいちゃまなら執務室でお留守番よ? お茶も用意させているの。ゆっくり旅のお話を伺いたいわ。トアくん、早く早く」
さぁ行くわよー、と非常に高いテンションで先行する女王陛下を慌てて近衛騎士が追って護衛につき、その後ろを俺と宰相閣下がゆっくりついていく形になった。陛下が時折立ち止まってこちらを振り返っては急かしてくるので、結果的に引き離されることもない。
城館までついてきていた騎士団長殿は担当がここまでだったようで、後方で略礼の姿勢で見送っていた。
各省庁や議会は建物が別になっているため、城館にあるのは広大な謁見の間と王の執務室、宰相や宰相補佐の執務室、それに成人王族が住む生活空間である王宮である。
後宮も別の建物で、空中回廊で繋がっていた。王太子殿下も成人済みであるため、後宮には王太子妃殿下と幼い王子殿下しか住んでいない。過去には15人の側室を持った王もいたため広大な後宮御殿は、それはそれは寂しいもの、だろうなと想像できる。
それはともかく。
国王陛下が国王業務の執行にて使用している執務室は、広い空間を持つ中庭に面して設定されている。これも過去の王のうちでも武芸に長けた王が執務の合間に身体を動かしたいからとワガママを行って移動した名残だそうだ。
その中庭に置かれたガーデンチェアに、神殿長猊下は座って待っていた。暖かい日差しは確かに日向ぼっこには最適だろうが、時場所場合が少しおかしくないだろうか。
「おお、賢者ゼフォン殿! よく戻られた!」
「誰が賢者だタヌキ爺」
わざとらしく大仰に構えて立ち上がり出迎えてみせる神殿長猊下に、思わずいつもの癖で突っ込んでしまった。賢者というのはこの世界では職業ですらなく、勇者を導く知識人を指す宗教用語だ。俺は勇者を導く立場になったつもりはさらさらない。
同行は依頼してもむしろ監視役を担うことを期待していた神殿長猊下はニヤリと人の悪い笑みを見せ、少し離れて女王陛下も大爆笑だ。ここに居合わせた近衛騎士たちも猊下のタヌキな性格は知っているので、誰も俺の無礼を咎めようとしないどころか、苦笑か忍笑いかしている。
女王陛下が猊下の隣に置かれた椅子に腰を下ろすと、続いて神殿長猊下がストンと椅子に戻り、猊下と陛下に向いて三角形の頂点になるように置かれた椅子をパシパシ叩く。ここに座れ、ということらしい。陛下の背後に立った宰相閣下と近衛騎士副隊長殿もその椅子に手を差し伸ばしているので、座って良いらしい。
「後ろの貴方たちもお座りなさいな。近衛のみんなも自由にして良いですよ。アレンとトアくんが揃ってるのですもの、滅多なこともありえないわ」
そういうわけで、監視の目もなくなった中庭の片隅に椅子の五角形が出来上がった。
椅子が囲むようにテーブルが置かれ、侍女たちが手早くお茶の支度をしていく。
「それで、お話を伺う前にこの中庭にゲストをお呼びしなくてはね」
「ゲストですか?」
「あら、惚けるつもりかしら? 昨日からこの王都で話題独占らしいじゃないの。まさか私に会わせてくれないつもりではないでしょう?」
まぁ、会わせなかったら拗ねるだろうな、この陛下。
「ヒトとは異なる価値観で生きているモノですので、陛下にはご無礼を申し上げるかもしれませんが」
「構わないわ。ヒトの国の王といえど、他の生き物から見れば一種族の長という程度のこと。生ける者の頂点に近い中位竜から見れば取るに足らぬと見られるのも無理からぬことよ」
「ご了承いただけるのでしたら呼びますが。この中庭に直接で宜しいので?」
「勿論よ。そのためにこの中庭にお茶の用意をさせたのだもの。あら、そのお茶がひとつ足りないわね」
「顔の大きさから明らかにカップでは飲めないので、できればボウルで」
「ふふ。用意させるわね」
チリンチリンと陛下が鈴を鳴らして侍女を呼ぶのを聞きながら、俺はそっと目を閉じて。いや、別に目を閉じる必要はないのだが、従魔と交信中を示す格好だ。
(ドラングーン、今良いか? 陛下が会いたがってるから来て欲しい)
(今巣作りで忙しいのだが。主が世話になっているならば不義理にすべきでないな。良かろう。少し待て、あとちょっと、ここだけ……)
どうやら巣作りに夢中だったらしい。そんなに頑張っても、数日すれば移動なんだが。
やがて、呼び戻された侍女が大きなボウルに大量の紅茶を用意している姿を申し訳無い思いをしながら眺めているうちに、頭上から膜の羽音が響いた。
『ほう。我のために茶を用意するとは気が利く国主よ』
「お呼び立てして申し訳無い、中位竜殿」
『構わぬ。主トアの従魔にして岩石竜がひとつ、名をドラングーンと申す。よしなに』
「アキトシス王国現国王、アンネット・フランシール・アキトシスと申します。岩石竜ドラングーン殿の来訪を歓迎致しますわ。さぁさぁ、お座りになって。お茶をどうぞ」
途中までは、流石国王の威厳は伊達ではないと見直したのだが。結局こうなるらしい。
フレンドリーで良い陛下なんだがな。