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7.買い物しました

 関所を抜けても王都までは大分距離があり、ドラングーンに乗っても3日かかった。

 ちなみに関所の町で呑んだくれたあの日、ドラングーンもまた旧知の仲である瀑布竜(キャタラクトドラゴン)に引き止められて一晩泊まったそうだ。暇にさせずに済んで良かったと思う。


 王都は3重構造になっている。内側から、王城、貴族街、城下町という典型的な構造だ。城下町の中でも貴族街に近いほど資産持ちが住む区画になっていて、外壁近くは荒くれ者の冒険者やスラム直前のような弱者層の住まいだ。

 俺の家も実は王都貴族街にある。こちらは別宅でほとんど利用していないのだが、国王陛下直々の手配で下賜されたものなので管理人を頼んで手入れをしてもらっている家である。

 広い前庭のある屋敷なので、ドラングーンの寝床も作れるだろう。


 そういうわけで、外門の手続き待ちの列にはドラングーンと一緒に並ぶことにした。

 俺の前後はどちらも商人で、ドラングーンの姿に驚いた直後に俺の姿も見てホッとする、という行動が同じだった。有名人な俺が側にいるために怯える必要が無いのだと理性が判断したのだろうが、ドラゴンへの本能からの怯えに理性が打ち勝つあたり、中々の度胸の持ち主だといえよう。


 流石に王都入りの審査は念入りに行われるため列の進みも遅く、俺の番が巡って来た時には太陽が西に大きく傾いた夕暮れ時だった。中に入ってしまえば、貴族街入口も城門も身分証チェックだけで済むので、そのための入念な審査だと思えば仕方がないことだ。

 ちなみに、俺は顔パスだった。冒険者協会証(ギルドカード)による身分証チェックのみだ。連れのドラゴンについても大した追及もなく、従魔証を付けるようにと指摘されただけで通された。

 信用してくれるのは有り難いが、むしろ審査される側のこちらから、それで大丈夫なのか心配になるほどだ。


 それにしても。従魔証の存在をド忘れしていた。指摘してくれて感謝である。


「首輪か腕輪、脚輪、後はピアスって選択肢もあるが、どれが良い?」

『拒否権は……』

「ない。ドラングーンが俺の従魔だと他人からも見ただけで分かるようにするための認識証だからな。それがないと、万が一他者に狩られても文句が言えない」

『我はそう簡単に狩られぬが?』

「絶対ではないだろ? 俺くらいの実力があるヤツもいないでもない」


 まぁ、俺は研究バカが高じて得た力だが。俺と違って普通の人はもっと真面目なのだから、潜在能力があって上手いこと成長ルートにハマッた実力者がいてもおかしくない。

 といっても、その実例を知っているわけではないから、本当にいるかどうかは定かではないがね。


『ヒトほど脆弱な生き物に脅かされるとも思えぬが、そこまで言うなら妥協しよう。かっこ良く頼む』

「なら脚輪(アンクレット)にしようか。デザインは本職に頼んでセンスの良いモノを作ってもらう。俺にはそういうセンス皆無だからな」


 自分で作った『魔封の指輪』なんてデザイン一切無いただの輪っかだしな。


 そもそも魔法師は魔法を行使するためにはその触媒が必要だ。空気中に含まれて漂う魔素を効率良く集めて燃料にしなくてはならず、ヒトの身体が魔素を集めるにはそれを呼吸として吸い込む必要があるため、効率が悪いのだ。別に体内に溜め込まなくとも近くに大量に寄せれば良いのであり、魔素を引き寄せやすい媒体を使うのが一般的である。

 通常、魔素を引き寄せやすい空の魔石を嵌め込んだ杖が使われる。俺も駆け出しの頃は大魔法師に憧れて身長ほど長い杖を持ったものだ。これがまた邪魔で仕方がなく、折れたのをこれ幸いと指揮棒ほどの短い杖に変え、壊れるたびに小型化し、現在は右手の中指に嵌っている指輪がそれである。

 ちなみにこの指輪、魔素吸着力の極めて高い希少金属でできている。リリィゴールドといい、魔素を集めて金色に光り輝くマジカリリィという花の蜜から抽出したものだ。指輪ひとつ作るために見渡す限りのマジカリリィ畑ほどの量が必要で、魔素の強いところにしか生えていないため野生のものを集めるには気の遠くなる時間がかかる。面倒なので、俺は急がば廻れとばかりにうちの庭で育てた。

 その希少金属を抽出するところから全て自分で作業して作ったのが、俺の身に付けている装飾品たちだ。着飾るためではないので全部必要な魔道具である。

 であるが、つまりそんな経緯で作った物だけにデザイン性は二の次なのだ。


 ただの輪っかはかっこ良く無いだろ、と続けば納得したようで、それで良いとドラングーンも頷いてくれた。

 というわけで、俺の最優先の用事が決まった。おつかいも王への帰還報告も優先度高めだが、ドラングーンの今夜の寝床に我が家の表側庭先を予定しているため、安心して寝泊まりするためには従魔証の準備が必須である。

 材料は自前で用意するとして、現在リリィゴールドの在庫は無いので、一般的に最も魔素と親和性の高い金属と言われているミスリルに強度アップのためのオリハルコンを混ぜた合金で作っておこう。強度といえばヒヒイロカネも素材は持ち合わせがあるが、あれは少し混ぜるだけでも真っ赤に発色するので目立ちすぎるのだ。


 そうと決まればまず向かうのは王城の城門である。王への帰還報告は王命での指名依頼を請けていた以上義務なので、まずは謁見申請を王城経由でしておくのだ。そうすると、翌朝には設定された謁見予定日時が申請場所である王城に届く仕組みになっている。城門が役場窓口を兼務しているイメージだ。

 それが済めばそのまま城下町へ引き返す。職人街へ向かって馴染みの宝飾店へ。俺はもう使わない種類の貴金属や宝石のドロップ品を卸している店だが、そのデザインセンスも一見の価値があるのは店頭在庫が並ぶ暇もないほどよく売れている店先から見て取れる。


 商品が並んでいない店先には店員もおらず、作業場にいる店主を呼ぶためのベルが置かれているだけだ。

 そのベルを俺は遠慮なくガランガランと振るわけで。


「うっせぇよ! もっと優しく振りやがれ!!」

「ベルを振れって書いてあるから振っただけだろうが。よぉ、爺さん。久しぶり」


 奥から出てきた筋肉質で低身長の髭面の爺さんが、この店の店主だ。前世のオタク知識に照らすとドワーフそのままの姿なのだが、この世界には亜人という区分がない。そのため、この爺さんも血統的に低身長で毛深く筋肉質なヒトと分類される。

 この外見で繊細なデザインの宝飾品を生み出し続けているのだから、見かけというのは本当に当てにならない。


「おぉ、トア坊。久しいなぁ。息災だったか」

「殺されても死んじゃやらねぇよ。来て早々悪いんだが、超特急で作ってほしいモノがある」

「ほお? トア坊が納品でなく買い物でうちを頼るとは珍しい。何が入り用だい?」

「従魔証なんだ。デザインは本人に選ばせてやって欲しい。素材は出す」

「トア坊から出てくる素材じゃ難ものだろうな。何を出してくるつもりだ?」

「強化ミスリルだよ。珍しくはねぇだろ」

「出たよ。十分希少金属だ……」


 強化ミスリルと言って通じる程度にはミスリルのオリハルコン合金は一般的な素材だが、ドワーフの爺さんは何故か俺が首を傾げたのを見て苦笑した。S(ランク)になって一般人の感覚が狂ったんじゃないか、とのことで。それはあり得る。

 それはともかく、早速製作に入ってもらおう。もう日も暮れていて時間に余裕が無いのだ。

 本人のかっこ良くという希望と、従魔証は目立つことが必要という特性から、爺さんは長年描き溜めているデザイン画集からゴツめの物を出してきた。それを持ってドラングーンの待つ店先に出る。中位竜(ドラゴン)の姿に爺さんも流石に驚いたが、トア坊だからな、の一言で何故か納得してドラングーンと直接製作品の相談を始めていた。

 てか、俺だから、ってどういう意味だ。


 金属製の宝飾品を製作するのは彫金に含まれるはずなのだが、中位竜(ドラゴン)の足首はゴツゴツとした分厚い鱗で守られた太いものなので作るものも相応に大きくなり、ほぼ鍛冶仕事だった。

 強化ミスリルは合金のため、融点が高い方であるオリハルコンに合わせて炉の温度を上げる必要があり、その分余計に燃料が必要になる。そこで目をつけられたのが魔法師である俺の力で。ここで待つなら手伝え、だそうだ。


「で、炉の温度を上げれば良いのか?」

「温度の維持も頼むぞ。細工するなら溶ける寸前の温度だ」

「ふむ。まぁ、指示をくれれば対応するがな。とりあえず、オリハルコン融点まで超加熱(フレアヒート)

「うお、流石に魔法は早えな」


 感心したように爺さんは言うが、徐々に温度を上げる炉と違って魔法は発現がその温度からスタートだからな。当たり前だ。

 今更だが、魔法ってのは便利だな。


 慣れれば遠慮のない爺さんに温度が高いだ低いだと文句を言われながら手伝うこと約2時間。目的の脚輪(アンクレット)の完成である。

 やはり本職に任せて正解だった。蔓草と杭が絡み合ったデザインで、繋ぎ金具を隠すようにひとつだけ花があしらわれている。草花のモチーフなら華奢で繊細な印象になりやすいはずだが、不思議なことに無骨なデザインでかっこ良く見えるのだ。


「ドラゴン殿。これでどうだい?」


 測ったサイズピッタリに仕上がった脚輪(アンクレット)を左足首に付けてやる俺の後ろから、腕を組んだ爺さんが声をかける。従魔契約をしているからこそ直接伝わってくるドラングーンの機嫌は上々だ。その感情のままに、ドラングーンは大きく頷いていた。


『良き品だ。感謝する』

「なぁに、お安い御用さ。気に入ってくれたならそれで良い」

「お代は現物で出して良いか? 白金と軽銀と銅がそれなりの量ある」

「白金は助かるな、ちょうど在庫が切れてる。残りは買い取るから全部出せ」

「毎度」


 交渉成立。むしろ現金を獲得して、店を出たのはすっかり日が暮れてからだった。





 王都の中でも夜は城下町の方が活気があって、料理を出す店と宿屋は店先を明るく照らしているので大通りは明るい。

 その大通りを貴族街に向かって歩く。隣をついてくるドラングーンの巨体が街の様子に感心したようなため息をついているけれど。


『流石ヒトの都よな。こんな暗い時間にも明るく、道行きも多い』

「まぁ、この世界では指折りの規模ではあるよな」

(あるじ)よ、この世界で、とは可笑しな話ぞ。他の世界があるようではないか』

「じゃあ、この星、か? ここにはない別の世界じゃ、人の数も都市の規模も夜の賑わいもケタ違いだ」

『それを実体験したような口振りよな』

「前世で、な」

祝福転生者(しゅくふくてんしょうしゃ)であったか……』

「祝福……?」


 今教えた俺の秘密に驚いたような納得したようなドラングーンの目線を受けながら、俺も初めて聞く言葉に首を傾げる。

 確かに、ステータスを見ると『祝福』の枕詞が付いたスキルがいくつかあった。称号から聖霊神に愛されているとあったのでそれのことだと思っていたんだが。確かに、聖霊神なら聖霊(エレメント)を司るこの世界の神であって異世界転生とは縁が無さそうだしな。


『ふむ。ならば後ほど我の知る知識を伝えよう。往来でする話ではない』

「ありがとう。だったら、早く家に帰ろう」


 ちょうど貴族街の門も見えてきたところだしな。

 自然と急ぎ足になる俺に、ドラングーンの忍び笑いが聞こえてくるんだが。年甲斐もないってのは、聞こえない方向で。


一部合金相手を間違っていたので訂正しました

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