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6.頼まれました

 この世界にも、国境には関所が設けられており、出入りする人々を確認、管理している。

 冒険者(ハンター)の場合、国境で手続きすることで出国側の依頼(クエスト)受注権を失い、入国側の受注権が発生することになっている。理由は、野山を走り回る仕事であることからいつの間にか国境を越えることもあるため、意図せぬ密入国が発生しやすいことが挙げられる。冒険者協会(ハンターギルド)で受付を通すことで入出国を確認し、未手続きならその場で手続きも可能な仕組みも勿論用意されていた。

 従って、空を飛んでいる俺も正規の手段で国境を越えるために関所の街に降りることにしたわけだ。


 生まれも育ちもアキトシス王国である俺なので、王国内では知名度が高い。

 若い頃ははっちゃけ過ぎて色々やらかしたものだ。誰でも多少はある黒歴史だろう。おかげで『深淵の魔法師』という恥ずかしい二つ名まである。その二つ名が、独り歩き状態で国内に浸透しているわけだ。

 なので、当然のように関所でもひと騒動起こる。一応、良い意味で。魔法師にとっては勿論、兵士や冒険者(ハンター)まで含めた戦闘職な人々にとって、アイドルみたいなもののようなので仕方がない。S(ランク)に至るにはそれなりに色々あったのだ。


 国境の街はその性質上訪れる人の数も多い。街の真ん中程に国境を示す壁があって仕切られている街なのだが、そもそもその街には入るだけで長い行列待ちなのだ。

 国境を越えるには再び関所の建物前で並ばなければならず、国を越えるだけで行列に2度並ぶという、街に用のない俺には高ストレスな街である。街をスルーして関所越え一直線の列を作ってくれたら楽なんだけどな。

 まぁ、そうなれば街の商人たちに猛反発を受けるのだろうが。


 従魔とはいえ街にドラゴンを連れて行くわけにいかないので、少し離れた場所に降ろしてもらって国境を越えるまで別行動になった。

 ドラングーンも心得たもので、街の見張り台から見えにくい街道から少し離れた可能な限り近い位置に俺を降ろしてくれた。近くに瀑布竜(キャタラクトドラゴン)の知り合いがいるので挨拶してくる、だそうだ。


 2回の行列におとなしく並んで待つこと合計3時間ほど。

 順番が巡ってくると、馬車などの大荷物と人間に分かれ、荷物は持込禁止物品の確認と関税検査、人間は個室に通され手荷物検査と入国審査になる。まぁ、過去の入出国実績や行列中の係員によるスムーズに通り抜ける方法レクチャーのおかげで、大体の人は氏名と国籍の確認のみでほぼスルーだ。

 で、俺の番がやって来たので個室に顔を出すと、流石の知名度で顔パスだった。むしろ、顔を見せただけで冒険者協会証(ギルドカード)を出す前に「お帰りなさい」の大合唱を受けたほど。

 一応規則なので冒険者協会証(ギルドカード)を出して入国手続きをしてもらいながら、門番という武闘派集団のおかげで数が多い自称俺のファンに囲まれることになった。

 その一団のうちのこれから休憩に入るそうな何人かから、奥でお茶して行きませんか、と誘われる始末だ。

 普段なら断るのだが、お願いがある、との一言にお茶の誘いを受けることを決めた。実のところ、休み無しに3時間少しずつ進む行列に巻き込まれていたため、小腹が空いていたというのもある。


 奥の詰め所に通されると、中で待機という休憩をしていた面々が一瞬怪訝そうにこちらを見やり、それから慌てて立ち上がった。

 その中に見知った顔があって、俺の強張り気味の頬も緩む。


「ダナム隊長、久しぶりです。国境勤務に異動ですか」

「最近配置換えでね。深淵殿、元気そうで何よりだ」

「それ、止めてくださいよ。黒歴史なんです」


 はっはっは、とダナム隊長が大笑いする。

 この人は国家治安維持軍の大隊長だ。関所警備に異動ということは、次の異動では階位が上がることが見込まれているということが同義なので、出世街道を着実に進んでいる実力者である。

 初めて会ったのは彼がまだ分隊長だった頃だから、だいぶ長い付き合いである。俺もまだ冒険者として稼ぎ始めた頃で、当時はD(ランク)だった。彼が地方都市の駐留軍に所属していた頃に、近くに出来たばかりの生体洞穴(ダンジョン)から洞外暴走(スタンピード)が発生して街に押し寄せる事態が発生し、戦える者総出の攻防作戦のドサクサで知り合ったのだ。


 ゆっくり話を聞かせてくれ、と誘われて、俺も久しぶりに会う友人の誘いに乗った。

 詰め所の奥に置かれた隊長室に通されて軽食付きで接待されるのに、されるがまま流れに身を委ねる。


「仕事中に押しかけてすみませんね」

「なに、構わんよ。平時の国境警備など、さして忙しいものでもない。夕刻も近いし、一杯どうだ?」

「良いですけど、一杯の意味が変わりそうですね」

「ははっ、そりゃあお約束というもんだ。この年にもなりゃあ、日々の楽しみといえば美味い飯に美味い酒と相場が決まっている」

「同感です」

「お前さんは同感じゃ拙いんじゃないか? 嫁もまだだろ」

「いやぁ、もうおっさんですからねぇ。諦めてますよ」

「30やそこらならまだ若い。男は40過ぎてからが本番さ」

「年寄りほどそう言うんですよねぇ」

「おいっ」


 正直なところ、前世はアラフォーで独身でオタクで腐女子でモテナイ街道まっしぐらだったから、年取ったら取ったなりの年齢でまだまだ若いとか錯覚するものなのは分かるんだが。

 そうは言っても人間の身体は20歳をピークに後は衰える一方なのだから、気持ちだけ若くてもどうしようもない。


 気安く突っ込まれたのを俺も笑って受け流して、それはそうと、と話はお互いの近況報告へ。

 ダナム隊長が国に仕える兵士として堅実に出世している間、俺は冒険者(ハンター)として波乱万丈な人生を歩んできている。貴族のお家騒動に巻き込まれたり、神殿図書館の閉鎖書架から見つかった魔書を退治したり、古代王墓が生体洞穴(ダンジョン)化したのを制覇したり。

 そんな依頼(クエスト)ラインナップのおかげで、畏れ多くも神殿長猊下とも国王陛下とも顔が繋がっている立場だ。勇者一行の同行者として派遣されたのも、その人脈から来た指名依頼だった。

 ちなみに、途中で解雇されたため故郷に引き返しているのは、その依頼主に契約破棄報告を行うためでもある。そのまま隠居を目指しているのも第一目標として間違っていない。


「じゃあ、王都に向かうのか?」

「そうですね。今回の依頼は陛下のお声掛りなので、登城して謁見願う必要があるでしょうね」

「そいつは良い事を聞いた!」


 え。

 何やら面倒くさそうな展開だ。勿論旧友の頼みなら可能な限り叶えようとは思うが、それと面倒くさく思うのは別なのだ。


「実は最近伝令の伝わりが悪くてな。直属の部下を派遣すれば問題ないのだが、こちらにも仕事が詰まっていて定期報告や通常通達程度に割ける余裕がないのだ。その事を上にも報告していて問題視されてはいるのだが、さっぱり解決の色が見えなくて困っている。トアよ、王都に行くついでに軍部に寄ってちょっと解決してくれんかね」

「いや、あの。それは、ちょっと行って解決するレベルを越えてるでしょ」

「なあに、軍部にお前さんより腕の立つモンはほとんど居らんのだ。強権を発動しても良いぞ」

「良い訳あるか!」


 この隊長さん、個人技量も統率力も申し分ないんだが、脳天気なのが玉に瑕だ。

 まぁ、それはともかく。


「……コホン。で、手掛かりはあるのですか?」

「怪しいのは王都警備部隊だな。中でも、城門担当だ。

 通常、定期伝令は街道伝令網を使った区間引き継ぎ型だ。ここからだと、8ヶ所の中継所にて王都方面行きに引き継がれながら向かうことになる。最後に城門詰め所に届けられ、各部署に分配という流れだな。反対に王都から来る方は城門を経由せずに1つ目の中継所から始まるんだよ。

 それで、何故城門が怪しいかといえば、王都から来る通達に抜けは無いらしいということと、こちらからの定期報告が不定期に中抜けするということが挙げられる」

「城門の分配担当が特定の人物の時にだけ盗まれている?」

「俺も同じ分析だ。まぁ、中継所の担当者が不定期にサボっている説も考えたんだがな」


 つまり、通常の定期報告は街道沿いに町や村に設置された中継所に集められて分配されてのバケツリレーというわけだ。公共利用限定の郵便屋ってところだな。

 その例でいくと、つまり頻度の高い郵便事故の発生調査依頼、というように言い換えられる。

 まず真っ先に疑われるのは配達員のサボりだ。昔郵便局職員が郵便物を捨てていたとかいうニュースを見たことがあるが、簡単に疑えて実際発生してもおかしくないのがそのパターン。

 だが、頻度が高いことと王都から来る側が完璧であることを考えに入れると、途端にその可能性が低くなる。そんな頻度で連絡が届かない事態が多数の部署続けば、もうとっくに大問題になっている。

 同じ関所の他の部署では遅滞なく報告出来ているらしいので、ピンポイントで関所警備隊だけが被害に遭うのはおかしいだろう。

 となれば、次に疑うのは狙い打ちされているのではないかというところで。


 狙い打ちされているのなら、そこには恐らく動機がある。被害者側が理解出来るものではないだろうが、加害者にはそれをするだけの正当な動機があるのだろう。

 そう着眼点を変えると、疑わしいのは城門警備隊、となる。関所警備と並んで出世頭の部署で、お互いにライバル視している関係ではあるのだ。

 だからといって、定期報告を中抜きするという公文書無断廃棄にあたる犯罪行為に手を染めるのもどうかと思うんだが。


「そんなことして何か得でもあるんですか?」

「定期報告なら緊急性もないし、書かれた内容も大したものではない。が、定期報告を欠いて次回報告時に事情説明もないことが頻発すれば、責任者として俺の評価は下がるだろうな」

「ダナム隊長には大問題ですね」

「定期報告が歯抜けだと上司のケナー軍将から降格をほのめかされて事態を把握した時に、速攻で過去の定期報告管理表を付けて報告書を持たせた部下を走らせたからな。王都でも公文書紛失事件として調査対象にしてくれたらしい」


 保身行動は実施済みでした。とはいえ、早く解決してくれないと定期報告も安心して出来ないから、と俺に依頼する流れができたわけか。


「頼まれてくれるか?」

「ふむ、仕方がない。旧友の窮地に手を貸さないほど薄情にはなれませんよ」

「旧友と言ってくれるならいい加減その敬語も止めんかね?」

「考えておきます」


 しれっと返せば、隊長は面白そうに笑った。

 そうして笑ってくれるから、俺の怪しげな丁寧語も抜けないんだけどな。

 そもそも、父親くらいの年の差がある相手にタメ口なんかきけるかい!


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