5.巻き込まれました
この世界では、街道の整備は冒険者協会と行商人協会の共同出資で賄われている。領地によっては領主からの補助もあったりするが、これは滅多にない。
民間出資であるため資本力は望めず大体は運用でカバーされているものの、国家間格差がないのがメリットだ。
これらの資金は街道と点在する野営地の整備に使われている。冒険者と行商人で街道利用者の約8割を占めるのだから、利用者が自ら整備していると考えても間違いではない。
そんな民間設営の野営地だが、腰高の防壁と大小の竈、目隠しで仕切られた便所が必ず作られており、魔物避けの魔道具によって守られている。この魔道具も格の低いモンスターには有効だがある程度の強さを超えるとほぼ無効で、気休めでしかない。どこにでも現れる小鬼や粘魔を追い払ってくれるだけマシというものだ。
施設の損壊は発見者が修復もしくは近隣のどちらかの協会に報告する義務を負うのも、民間運営ならではのルールである。
そんな野営地のひとつが今夜の寝床だ。ドラングーンを連れているため村や町に入って宿を取るという選択ができない。夜の内は別行動にする方法もあるが、自分の従魔にそんな窮屈を強いる気になれなかった。
昼近い時間に出発したこともあり大した距離は稼げず、それでも3日前に泊まった野営地に辿り着けたのは良いペースだろう。登り坂手前の野営地は鉱山都市へ向かう人々の登山前最後の休憩場所として人気が高く、先客も多かった。
腰壁で囲まれた野営地の外側で魔物避けのギリギリ有効範囲内にテントを張り、壁の向こうに陣取った先客に軽く挨拶する。向こうも冒険者だったおかげで、同行するドラゴンを従魔だと紹介すれば、驚きはしたものの大きな騒ぎにもせずに受け止めてくれた。年齢的にも見た目で俺と同じほどなので、ベテランの貫禄だろう。
お隣の誼で、夕飯を分け合いながら情報交換するのも野営地の醍醐味だ。たまには他のグループがないこともあるが、大街道沿いならば大抵は複数の利用者があるものだ。各地の話題を交換する楽しみと情報流通の有用性は無視できない。
例えば、この先の町で「この周辺の森に石化蜥蜴が出た」という噂が流れた、とか。周辺の森といえば、この野営地も対象である。
『石化蜥蜴ならば我が同族であるが、あれは砂地にいるものぞ?』
「まぁ、噂だから」
半信半疑どころか8割疑くらいで丁度良い。何かのトカゲに似たモンスターと見間違えたというあたりが推論として有力ではないだろうか。噂を教えてくれたそのパーティも、信憑性には欠けるとの評価である。
だが、それを真に受ける側も当然いるわけだ。自ら身を守る術を持たない行商人などその代表例だろう。彼らの場合、疑わしきは全て対策する勢いでないと死に直結するのだから、それもまた必要な用心だ。
そんな行商人のキャラバンもこの野営地に同宿しており、その交渉人らしい姿が右往左往しているのが薄っすら明るい野営地に見受けられた。
どうやら護衛の増員を探しているようだ。同じ街道を同じ方向へ向かう冒険者に同行を依頼するつもりなのだろう。
巻き込まれるのも面倒なので、行商人がこちらに目をつける前にテントに引っ込むことにする。
ドラングーンには預かった重首牛を1体出して夕飯にどうぞと渡しておく。それを咥え、寝静まった頃に戻ってくると言い残してドラングーンは静かに飛び去っていった。
俺のテントは生体洞穴産の特別製で、見た目よりも空間が拡張されている。外から見ると一般的な1人用の小さなテントだが、中に入れば立って歩き回れる広さだ。そこに大樽を置いて中に適温の湯を張れば、即席風呂の完成である。風呂に入る文化の無いこの世界で魔法を覚えて真っ先に開発したのが風呂だったくらいの風呂好きな俺だが、前世が日本人だった影響だと分かれば納得だった。
ちなみにこの風呂に使った湯は、収納箱にしまっておいてどこか適当な草地に捨てるか川に流すか、数日に一度は洗濯に使っている。収納箱超便利だ。
風呂の支度をして、いざ服を脱ごうとしたその時だった。
テント前がいきなり騒がしくなった。このテントに声をかけられたわけではないようだが、怒鳴り上げる声が乱発しており、どうにも喧嘩らしい。
わざわざ俺のテントの前でしなくても良いだろうによ。
出入口のサイズだけは変わらないので四つん這いになってシートを捲り上げれば、先ほど増員を探し回っていた行商人に今着いたところらしい冒険者のパーティが絡んでいるところだった。
腰高の塀に肘を突いてこちらを覗き見ているお隣さんと目が合って、苦笑と一緒に軽く挨拶を交わす。
「何事だい? アレ」
「よくあることさ。石化蜥蜴相手なら危険手当上乗せだとかで依頼料吹っ掛けてやがる」
「それはそれは、お若いことで」
二十歳前の年頃では俺も一緒になって言い包めていただろうが、この年になると流石に見極めが付く。道程の途中で増員するような行商人はそもそも護衛の雇入れに払える金額が少なくケチって手薄なまま旅程に出ている傾向が強い。強請ってみたところで無い袖は振れないのだ。
正直、交渉するだけ無駄である。最初から顔を合わせない方が面倒が無くて良い。
つまり、この場で金額交渉しようとするのはまだまだ経験値の足りていない若い冒険者だけなのだ。しかもその若さから威勢だけは有り余っていて、依頼を請けようという判断は善意からくるものだろうに、その交渉は強請りや脅しに近い迫力になったりする。
結果が、目の前のコレだ。
「何処か他所でやってくれないもんかね」
「塀の中はもういっぱいでな、あの若造どもはこの辺にテントを張る気じゃねぇかな」
「マジかぁ……」
今夜はうるさくなりそうだ。早めに就寝しようと思っていたのだが、寝付けるだろうか。
壁に寄りかかってダラッとしているおっさんとテントから顔だけ出しているおっさんがダラダラ会話している姿は、危険満載の野営地外縁でするには場違いだったらしい。
そんな俺たちに、向こうで喧嘩腰だった件の冒険者がこれ幸いと俺たちを巻き込む声を上げた。
「なぁ、おっさん等もそう思うだろ!?」
「「興味無い。巻き込むな」」
おう、シンクロした。ビックリした。
「な、何を!?」
「いや、あのな、若造。強めに見積もってパーティ格でCがいいトコってところだろうが、それで石化蜥蜴対策の護衛を請けるとか、頭沸いてんのか? 報酬がどうの以前の問題だろ」
案外口は悪くともヒトの良かったおっさん冒険者の苦言に、若者共が一斉に押し黙った。おっさんの、俺だって泣いて頼まれても断る、と呟きが続いている。
そもそも冒険者なんてものは命あっての物種であって、五体満足で健康であることが最低条件だ。そのため、自らの実力を把握し武力行使する相手をしっかり下調べして、果たせない依頼は請けないのが基本である。冒険者協会が冒険者を格分けして適正難易度の依頼を割り振るのも、それが冒険者の命と依頼者の利益を守るためだ。
現在野営地を巡って護衛してくれる冒険者を探している行商人が全く目的を果たせていないのも、難易度が見合わないからに他ならない。普通なら同じ道行きならついでに稼げた方が割が良いのだ。これだけ冒険者がいて誰も捉まらないのは、それだけ無茶な内容だという証左である。
それもそうだろう。石化蜥蜴といえば砂地エリア最凶最悪の、伝説級モンスターなのだから。冒険者協会で制定した適正難易度はS格相当。比較例として、劣化竜がA、下位竜がSで同格、ドラングーンのような中位竜は触るな危険のSS格である。
「で、ですが! 我々同様サラサムの町へ向かう冒険者さんなら旅程のついでになるではないですか!」
「同じ道を行くだけのことだ。キャラバンを組むアンタらと違って冒険者は機動力があるからな。石化蜥蜴なんかに遭ったらさっさと逃げるさ」
そういうことなのだ。
荷物を満載にしたキャラバンを守るか、自分だけでさっさと逃げるか、難易度でいえば雲泥の差なのである。さらにいえば、そうして護衛の仕事を請けて失敗した場合、その後の評判に悪影響が出るリスクまである。
こんなところに石化蜥蜴が出るわけがない、と大半の冒険者は眉唾もの扱いだが、万が一のリスクは負えなかった。
「それと、俺たちは鉱山都市行きだから交渉の余地はねぇよ?」
先に釘を刺すとか、流石おっさん。釘を刺されたことで反対に一緒にはいるが壁を挟んでいてチームでは無さそうな俺に行商人の視線が平行移動したが、俺もパタパタ手を振って否定してやった。
「そもそも街道から逸れる予定だから問題外だ」
「街道から逸れる? 何か依頼でしょうか?」
「いやいや。このヒトの従魔、空飛ぶからな」
俺が答える前におっさんが勝手にフォローしてくれた。おしゃべりなおっさんはお節介でもある。答えるのが面倒だから助かるがな。
野営地の範囲外ギリギリの俺たちが断ったことで総当り全滅だったようで、行商人はとぼとぼと戻っていった。
戦力増強はできなくても元々雇っていた護衛はいるはずだ。万が一遭遇しても、協力して逃げ切って欲しいものだ。
ちなみに、翌朝夜明け前に戻って来たドラングーンによって石化蜥蜴騒動の恐らくの理由が判明した。
色合いが特別変異らしく石化蜥蜴ソックリな、鉱山のある山地で遭遇しやすいトカゲ型のモンスター、岩蜥蜴を咥えて帰ってきたのだ。近くの森でウロチョロしていたので朝食用に狩って来たのだそうで。
石化蜥蜴遭遇の危険性が激減したことで、野営地にホッとした空気が流れたのは言うまでもない。
しかし、いくら従魔契約されているとはいえ石化蜥蜴より強力な中位竜の存在をスルーできるというのは、それはそれでみなさんスゴい度胸じゃないのかね。