3.仲間(ペット)ができました
冒険者協会でパーティの解除手続きをしてもらうために受付に話しかけると、冒険者協会証を提示した途端に協会長室へ案内された。そこには先客としてエイスがいて、協会長から話を聞いている最中だったようだ。
途中からではあるがそのまま話を続けてもらうと、それでもおおよその内容は分かった。廃坑に土竜が巣を作って棲みついてしまったので討伐してほしい、といったところだ。
元日本人としては思わず「モグラ」と呼んでしまいそうな名前だが、れっきとした下位竜の仲間だ。名前の通り土属性で、身体は硬く頑丈でなまくらな剣では歯が立たないし、土魔法で穴を掘ったり壁を作ったりと攻略の難しい敵性モンスターである。
ただし、翼亜竜のような劣化竜と異なり、知恵のある生き物なので戦わずに交渉で場所を移ってもらうことも可能だ。そもそも下位竜以上の竜種は強力な物質的肉体を持つが聖霊の一種である。悪意のある生き物ではないのだ。
従って、討伐するよりは移動してくれるよう交渉した方が双方ともに幸せな解決手段である。まぁ、血気盛んな勇者エイスは討伐する気満々なのだが。
ヤツの実力程度じゃ敵わないと思うがな。
そういうわけで、翌早朝。勇者一行とは同行せずに俺は俺単独で問題の廃坑に向かった。しばらく同じパーティで活動していたせいか、彼らもほぼ同時刻の出発だったようだ。目的地も同じなのですぐ近くにいるのだが、そこはまぁ仕方がない。
現役鉱山へ向かう道の途中で脇に逸れて向かう廃坑は、その位置関係から人の気配が強く、現れるのは粘魔くらいだ。足止めになるものもなく道行きはさくさく進む。
やがて剥き出しの岩場にぽっかり開いた坑が見えてくる。廃坑前には門番が出張して来ているようで、全員同じ装備で武装した数人が屯していた。
「止まれ! この廃坑は現在危険なため封鎖している!」
忠実に自分の仕事をする彼らに槍で通せん坊をされ、俺は冒険者協会から依頼を請けてきていることを説明するためそちらへ向かった。
その俺の後ろを勇者一行が抜けていく。門番さんたちの制止も完全無視だ。人間トラブルは無いに越したことはないのだが、今までそういう交渉は俺が率先していたため認識にないのだろう。
廃坑に入っていってしまった彼らに、門番たちは引き止めることを諦めて戻ってきた。基本的にこの世界は自己責任だ。声はかけたのだから、振り切って先に進んだ彼らが帰ってこなくても門番たちに責任はない。制止を聞かなかった方が悪いのだ。
そんな戻ってきた彼らの気持ちを軽くしてあげるためにも、俺は俺の都合も含めてフォローするわけだがな。
冒険者協会で詳しい内容を聞いてきていることと、勝算あって向かうこと、先に進んだ一行の身元と同じ目的であることを説明すれば、門番たちも納得してくれた。
よろしく頼むと頭を下げられたが、彼らは偶然このあたりの治安維持を担当する兵士であっただけであって、身の丈に合わない強敵の来襲に何の責任もない。手に負えない敵は相応の実力者に押し付けておけば良いのだ。
勇者一行もけして相応ではないんだが、そこは言及しないでおいてやろうか。
説明した時間分遅れて廃坑へ進む。流石に照明施設も撤去された坑内は真っ暗で、カンテラが欲しいところだ。まぁ、俺は魔法師なので魔法で代用なんだが。
「光玉」
強さは大体大型の懐中電灯くらいで。
大きさも強さも自在に変えられるのが魔法の良いところだ。豆電球程度にも白熱光程にも自由自在。
そんな光玉を頭上に浮かべて、木材で壁と天井を補強された廃坑を奥へ進んでいく。人の手が加わっているおかげで、自然にできた洞窟に比べて実に歩きやすい。
足音も殺さずジャリジャリと靴底を鳴らして進んでいくと、奥から甲高い金属音が不協和音になって聞こえてきた。すでに戦闘になっているようだ。
俺にとっては、索敵要らずでありがたいばっかりだったりする。
掘削坑を広げて後から作ったらしい大きな広場が、目的地だった。足場の均された坑内に比べると瓦礫が散乱して足元が悪い。
大きな皮膜の翼を背中に付けたティラノサウルスに似たドラゴンが、エイスに向かって大きく口を開けて威嚇していた。既に壁に凭れて蹲っている護衛神兵と、それを介抱する聖女。アイムスは弓を引いているものの狙いを付けるのに迷っている様子で、ドウは弾き飛ばされたところなのか、後方にいて片手を地についていた。
ふむ。では、乱入するとしますかね。
「お取り込み中失礼しますね。岩石竜殿、私と契約しませんか?」
ここに棲みついたと聞かされた土竜というのは、コモドドラゴン的な巨大トカゲに翼をくっつけたものだ。今目の前にいる直立二足歩行型の巨大な竜は中位竜と呼ばれていて、土竜より断然上位の存在だった。
これがさらに上位になると東洋タイプの龍のように細長い容姿になる。彼らは上位竜ではなく神竜と呼ばれる。滅多に人の目に触れることはなく、中位竜が存在を仄めかすために知られているだけという伝説のような存在だ。
ともかく、人が目にする最強の存在であるのが彼ら中位竜で、土属性生物の頂点に君臨するのが、今目の前にいる岩石竜なのだ。
本当に、エイスの命知らずも大概にした方が良い。
『契約だと? ヒトの分際で小賢しい』
「まぁ、そう言わず。こちらの要求はここから立ち去ること。見返りとして私の力をお貸ししましょう?」
『戯けたことを! ヒトの力なぞ貸されるまで、も……ない……。お、お主はまさか!!』
まぁ、人間など足元にも及ばない最強の生き物に対してメリットのない交渉であるのは事実なので、一笑に付されるのは分かりきったことで。こういう時は、問答するよりも実力を見せるのが一番手っ取り早い。
そんなわけで、左手の人差し指に填めていた『魔封の指輪』を引き抜いた。俺特製の魔道具で、普通にしていても漏れ出す魔力を抑えるために造った俺専用のものだ。抑え込んではいずれ溜まって爆発するため、封じた魔力は凝縮して結晶化させ魔石に変換している。収納箱に溜まっている魔石の大半がこれだ。
その『魔封の指輪』を抜くと、当然今まで封じていた魔力が封じる前同様に漏れ出すわけで、岩石竜が驚愕するのも無理はない。ステータスボードに表示されたMPの数値が物語っている。俺の魔力は化け物並みだ。
『分かった。お主に免じ、この場を退去しよう。だが、契約は不要。この一時に対しお主の払う負担が見合わぬ』
「なら追加で、俺と従魔契約。どう?」
『従魔……、ふ、ふふ、ふはははは!』
おや、笑われた。最強の中位竜を相手に流石に不遜だったか。
だが、機嫌を損ねた風でもない。というか、見るからに上機嫌だよな、この笑い方。
『その魔力! その度胸! そしてその魔の深淵を得し者にのみ与えられる称号! 紛れもない『深淵の魔法師』よ!! 相手にとって不足はない! 所詮ヒトの寿命など我らには瞬く間に等しい。その瞬く間、主にこそ捧げようぞ!!』
ドンッと踏み込む衝撃で、坑内が大きく揺れる。既に踏ん張っていたドウ以外全員が衝撃に飛ばされて転がり、俺は咄嗟に空踏を唱えて空中へ逃げた。
一歩前に踏み込んで、両翼を大きく広げ、両手も横に広げた岩石竜が見得を切る。
『我こそは土種が護り竜の一翼、ドラングーン! 矮小なるヒトの種にして偉大なる魔の具現者『深淵の魔法師』と盟約を結ぶ者也!!』
つまり、契約成立ってことで。
握手するため手を差し出せば、人差し指の爪の先をそこに乗せられた。俺の腕と彼の指が大体同じサイズだった。
初の従魔契約が中位竜とは。我ながら豪気なことだ。