2.捨てられました
鉱山都市バークの門前には、そこそこ長い列ができていた。
何しろ鉱夫は体力勝負の厳しい仕事だ。労働奴隷は使い潰されるが、一般鉱夫は農閑期の出稼ぎか一定期間一気に稼いで長期休暇を取る期間契約が主である。そのため、辺鄙な土地柄ながら出入りが激しいのだ。しかも、気性の荒い人間が多く、門前の手続きもトラブルが発生しやすい。
人が多くトラブルも多ければ、行列ができるのも必然というものである。
山の中なので出るモンスターも凶暴化している土地柄故に、待ち行列のそばは門番が出張して警戒にあたっていた。
その手続き待ちの列に、見慣れた馬車があった。馭者台に座るのは変わらずアイムスで、幌馬車の中からは聞き慣れた男の声と聞きなれない女の声が聞こえていた。
「賑やかだな。道中で拾ったのか?」
馬車のそばに降りて声をかけると、周囲の警戒を解いていた様子のアイムスが大袈裟なくらいに驚いて跳び上がった。馬車を牽く2頭の二角馬たちは、早々に俺に気づいていて「撫でろ撫でろ」と擦り寄ってきているのに。情けないな。
「と、ととと、トアさん!! 生きてたんですか!?」
「勝手に殺すなよ。まぁ、流石にあの崖から落ちて無傷ってわけにはいかないし、正直死にかけてたが」
「よくぞ! よくぞご無事で! もうすっかり諦めちまってましたよぅ」
嬉し泣きではあるのだろうが、恥じらいもなく男泣きに泣くアイムスに、思わず苦笑が漏れる。まぁ、兄貴分として懐かれるのに悪い気はしないんだがな。
擦り寄ってくる二角馬たちを撫でながらアイムスが落ち着くのを待っていると、アイムスの背後に垂れた幌が左右に勢い良く開いた。両手を広げて仁王立ちするのは、このパーティのリーダーである勇者エイスだ。背後に見知らぬ旅装束の女性2人と、片膝を立てて枕にした重戦士のドウ、もう片足にしがみついて眠っているドウの息子のカウが見える。
カウはこの街に住む祖父の元に預けられるため一時的に同行していた少年だが、なかなかどうして頭の回転が早く、薬の調合を教えてやったら瓶の水を移すかのごとく覚えていった優秀な子だ。この先の道行きは危険なので置いていくのには賛成だが、カウが作る回復薬の補助が無くなるのは正直不安が無くもない。
まぁ、師匠を務めた俺が作ってやれば良いんだが。
「チッ。なんだよ、戻ってきやがった。そのまま退場しといてくれりゃ手間が省けたってのによ」
……ん?
「……どういうことだ?」
「考えてもみろよ、オッサン。俺は神殿から見出され国王陛下からも認められた神薦の勇者なんだぜ。その偉大な俺様が、何が悲しくてオッサンとガキ引き連れて下働きして回らなきゃならんのだ。何より華がない!」
いや、確かに華はないが。だからどうした、って話でな。危険な旅に賑やかしを連れて行くわけにはいかなかろうに。
「偉大な俺様が崇高なる使命を前に志を共にする仲間に不満があるのは問題だ。そうだろ? よって、神殿は我がパーティの顔ぶれに足りない聖女の派遣を決めてくれた。護衛神兵として魔法師を伴ってな! てわけで、オッサン! アンタはお払い箱だ!!」
ドーン、という文字を背負っていてもおかしくないくらい、腕を組んで胸をそらし見得を切ったエイスは芝居がかっていた。
で、後ろに座ってこちらを窺っている女たちがその聖女と護衛神兵か。どちらも戸惑った様子も悪びれた様子も見られない。自分たちの参加が俺の免職に繋がっているのだとここで堂々と勇者から暴露されているのだが、清純を旨とする聖女の身分としてこの理不尽な待遇は気にならないのだろうか。
二角馬たちのさらに向こうで、先行するキャラバンの商人や護衛たちが野次馬の顔を並べている。呆れ顔と面白がった顔が半々だな。
「で、それはパーティの総意か?」
「俺は勇者エイスだぞ! 俺の決定はこのパーティの決定だ!」
聞いたのはそういうことではないのだが。エイスの増長ぶりは今に始まったことではない。こうなったら口を開くだけ無駄なのだ。
確かにエイスに好かれていないのは自覚があったが、一応持てる力の有用性くらいは理解していると思っていたんだがな。
眠ってはいなかったのか、いつの間にか顔を上げていたドウがこちらを申し訳無さそうに見ていた。彼が資金と名声を稼ぐ必要がある事情を知っているから、エイスの言いなりになるのも仕方がない。
俺に一番近い場所にいるアイムスも、表情は悔しそうだが口を挟もうという様子はない。こっちも仕方がない事情を知っている。エイスの従兄弟で生まれた時からエイスの使いっぱしりにされてきた彼に、俺のために抵抗しろというのは酷な話なのだ。
ってことは、俺は四面楚歌なわけか。ため息も出るというものよ。
「あー、はいはい。お偉い勇者様の決定だ。従って差し上げますよ。それで? 俺は同盟国アキトシス王国と創造神デスト神殿より魔王討伐を命じられてパーティに所属していた謂わば客分なんだが、免職の正当性証明は済んでるんだな?」
「ゔっ……。と、当然だ! 神殿からもこうして聖女が派遣されているんだ。全て決まったことだ!!」
あぁ、これは、忘れてたな。
そもそも、俺は創造神神殿に雇われてこのパーティに出向している立場だ。で、見るからにそちらの聖女様は調和神ラシーヌ神殿の所属。そもそも創造神神殿は女人禁制だから聖女なんて存在があり得ない。
語るに落ちるとはこのことだ。困るのは俺じゃないから良いけどよ。
「分かった。じゃあ俺はここまでだ。ドウ、アイムス、何か困ったことになったら助けてやるから訪ねて来いよ。達者でな」
ゴネる得など俺にはなく、むしろおこちゃま勇者のお守りから解放されて清々するくらいだ。
直近の懸念としては、仕事の無断放棄を問われないよう根回しは忘れずにやっておくべきだというくらいか。今日中に一報入れておこう。
じゃあな、と後ろ手を振って、俺が向かうのは列の最後尾。今夜の寝床を確保するためには、街に入らねば。
何しろ死にかけたばかりだ。ゆっくり休みたい。
あぁ、そうだ。崖下に突き落とされて死にかけた報告は忘れずに付け加えておかねばな。
1時間後。
勇者一行が門をくぐって行くのを眺めながら、俺は手元で魔法紙を折っていた。普段はこの世界で広く知られたハトの折り方だが、折角思い出したので鶴にしてみる。折数が多いので、役目を終えたら一枚紙に戻るように仕掛けておこう。
これは、死霊法師が使う使い魔の魔法だ。職業の名前こそ死霊法師だが、前世の記憶に照らすとむしろ陰陽師に近い。魔法紙に死霊の魂を移して操る、それは式神のようなものだ。
平らな台が使えないため手指で折り目を整えながら折った鶴は、久しぶりでもキチンと折れて、自己満足する。手の平に乗せて息を吹きかければ、それは脚が無い代わりに尾羽の長い鶴に変化して舞い上がった。
俺の頭上を何度か回って飛び、麓の方へ飛び去っていく。行き先はアキトシス王国王都の創造神神殿。契約を中途破棄された経緯を説明し、拠点へ帰ることを報せる手紙を鶴の内側に認めておいた。
そうしている間に門前の列は進んでおり、俺の順番が巡ってくる。
俺の冒険者協会証は光り輝くミスリル合金製だ。冒険者格がAを超えると、冒険者協会証は特別製になる。Aで金、Sがミスリル、SSはヒヒイロカネらしい。SSランクなんて伝説の勇者しか例がないから、規定のみで実例がないようだがな。
ちなみに、さっき物別れしたエイスはまだAだ。勇者の称号に関係なく、冒険者格は実力と協会への貢献度、積み重ねた実績から付与される。細々した依頼をこなして実績を積み上げていかなければ格は上がらないのだ。
当然、そうして積み上げた実績があるからこそ高い格を示す冒険者協会証は信用され、ミスリルカードの俺が門前で拒否されることもない。
「冒険者格Sのトア様ですね。ようこそ鉱山都市バークへ!」
「我々は運が良い! 当代勇者様に加えて『深淵の魔法師』までも居合わせてくださるとは!」
S格故の有名税か、流石に知られた二つ名を出されて少し気恥ずかしい思いをするが。何しろ俺の冒険者格は、どうしても大規模に派手になるオリジナル魔法の開発実験対象に丁度良い魔物を狩り漁るついでに請けた依頼の達成実績の積み重ねでできている。善意ゼロだ。
しかし、どうにも気になる歓迎ぶりなのだが。タイミング良く何かトラブルだろうか。
「どうかしました?」
「はい。是非ともお力をお借りしたく。詳しくは冒険者協会でお話があると思います。門番のデールから聞いたとお伝えください」
ふむ。本当にトラブルらしい。
まぁ、丁度無職になったばかりで次の宛てもないし、資金にも困ってないからな。休暇がてら首を突っ込んでみるか。
勇者一行も関わって来そうなのは厄介ではあるが。向こうからいちゃもんを付けて来なければそれで良い。
誤字修正しました…