1.目が覚めました
意識が戻った途端、全身がズッシリ重い痛みに襲われた。
とりあえず、自分がいるのは小石の散乱する岩場っぽい。そして、周囲は暗いようで瞼から光を感じない。生き物の気配もないが、すぐそばに川があるようで爽やかなせせらぎが耳に心地良い。肌が水に濡れているので、川に浸かっている状態だろうか。
しかし、とにかく全身痛い。これはなんとかしなくては。
「癒水」
脳内展開魔法陣と詠唱破棄のおかげで、発動語だけで魔法が発動できるのが俺の強みだ。厳しい修行の結果で得た能力なので、大いに自慢しよう。
それはともかく。大分痛みも引いたので、そこでようやく目を開けて、身体を起こす。
癒水1発で全快しなかったことにも驚愕だ。いやまぁ、回復魔法が苦手なのは事実だが。打たれ弱い魔法師の俺が、そんな重傷で良く生きてたもんだ。
現在地は目を閉じたままで察した通りの景色が見える場所だった。高い崖に挟まれた渓流のほとりに引っかかっていた。服がびしょ濡れなので、川の中に落ちて流されて、運良くここに引っかかっていたのだろう。
骨や関節の節々がギシギシ痛むのをなんとかやり過ごしつつ、よっこらせと立ち上がって水辺から離れる。それから、収納箱から着替えを取り出して水に濡れた服と交換すると、ようやく人心地ついた。
水濡れの服は、絞ると吸った水がバシャバシャ振り落ちた。うん、これは後でちゃんと洗おう。
さて、落ち着いたところで現状の確認をしよう。
俺の名前はトア・ゼフォン。冒険者協会に登録したS格の冒険者で、勇者エイス・ゴルドランのパーティに所属している魔法師だ。現在、魔王城デーンドーンを目指し、冒険者組合の依頼をこなして経験値を取得しつつ移動中だ。
よし、記憶に齟齬はない。
で、何でこんなところでひとりで倒れていたか、なのだが。
鉱山都市バークに向かって、テールス川が眼下を流れる崖沿いの道を馬車に揺られていたところ、翼亜竜に襲われた。飛ぶ相手では、まず短弓持ちの斥候職アイムスか魔法師の俺が翼を損傷させて落とすところから戦闘が始まる。アイムスはその時馭者台にいて咄嗟に動けなかったので、それは自ずと俺の役目になる。
氷矢で皮膜に穴を開けて翼亜竜を叩き落とした。その直後、横合いからズッシリしたものに弾き飛ばされ。そこから記憶がない。
地形的に、弾き飛ばされた先が崖下だった、というところか。
あの時、「邪魔だ、どけ!」なんていう勇者の声が聞こえなかっただろうか。いや、聞こえた。それがあの夢の引き金のはずだ。
夢、と言っていいのか分からないが。あれは、前世の俺が死ぬ間際の記憶の追体験と言っても良い。
偏頭痛に悩まされ通り魔に刺されてトラックに轢かれるとか、どんだけ踏んだり蹴ったりの最期か。前世の俺、可哀想に。
助かることに、前世の記憶を取り戻す、というラノベ展開を再現した俺は、前世の記憶は記憶として片隅に復活しつつもベースは現世の俺が保持したままでいる。30歳過ぎの男の身体にオバさんの精神が入ってしまったら、生きるのが大変だっただろう。
反対に、前世の記憶があるおかげで、オタク知識が手に入った。たとえば、この世界では未知である科学技術の知識とか。たとえば、ラノベの王道展開とか。
ラノベで異世界転生といえば、これだよな。
「ステータス、オープン」
トア・ゼフォン 人族 男 31歳
(松嶋奏 日本人 女 享年39)
職業:聖霊魔法師、従魔法師、死霊法師
冒険者格:S
固有格:265
HP 156/3582
MP 92567/92680
称号:有識転生者、聖霊神に愛されし者
技術:火霊魔法(Lv.75) 水霊魔法(Lv.96) 風霊魔法(Lv.89) 土霊魔法(Lv.64) 光霊魔法(Lv.84) 闇霊魔法(Lv.91) 派生・雷魔法(Lv.54) 派生・氷魔法(Lv.61) 派生・木魔法(Lv.32) 祝福・時空魔法(Lv.48) 祝福・前世知識(Lv.max) 祝福・成長効率(Lv.max) 従魔術(Lv.30) 彫金(Lv.28) 料理(Lv.32) 裁縫(Lv.21) 書写(Lv.47) 鑑定眼(Lv.61)
まさか本当に出るとは思わなかった。
しかも、ツッコミ所満載なんだが。
「道理でこの歳で大魔法師になれるわけだわ。成長効率て。語感的に成長チートだろ、これ」
いや、まぁ、ありがたいんだけどな。
そもそも、字面からチートスキルっぽい成長効率だが、意味が不明であることには違いなく。ヘルプ機能はないのか、と思いつつ、ステータスボードに手を伸ばしてみた。
すると、ちょうどその上に小さなウインドウがポップした。
成長効率:
使用取得できるスキル経験値が10倍に上がる、前世神の加護による祝福スキル。
そのウインドウバーには【鑑定結果】とあった。スキルリストにしれっと載っていた鑑定眼の仕業ということか。
ていうか、いつの間に鑑定眼のレベルが60超えだ。使った覚えがないんだが。
スキルレベル:
使用経験値および知識経験値によって成長するスキルのレベル。最大レベル100に到達すると、maxと表示される。maxは成長の余地がないことを示す。
目に見える事物だけでなく、ステータス表示の項目や脳内で考えたことにまで反応する鑑定眼に、持ち主の俺自身が唖然としてしまう。
チートだ、これも。何故「祝福」と付いていないのか疑問になるほどに。誰でも取得できるスキルなのだろうか……。
……うん。ひとりで考えても進展しないことはとりあえず脇に放っておこう。
それにしても。ステータスでHPを数値化して見せられるとしみじみ実感する。癒水でも1割も復活していない生命力は、つまり、本気で死にかけていたのだ。九死に一生を得るとはこの事だろう。
もう何度か癒水をかけて数値上でも半分以上回復してから、改めて上を見上げた。
オレンジに染まりかけた空の色に、日が暮れかけているのだとわかる。今は穏やかな渓流だが、こんな崖を作る川は恐らく上流で雨が降れば激変するのだろうと容易に想像ができて、こんなところで呑気に野宿する度胸はない。
勇者一行はもう鉱山都市バークに着いただろうか。探してくれているとは思えないのは、最年長で見た目もパッとしない俺を勇者が煙たがっていたのは知っていたからだ。他の仲間である斥候のアイムスも重戦士のドウも仲良くやっていたが、勇者はどうしてもダメだった。立ち位置柄身の危険が身近な彼らに手厚く補助魔法をかけてやっていたおかげもあるのだろうが。
なんにせよ、一応契約を交わしたパーティの一員としては可及的速やかに合流を目指す義務があるわけで。まずはここから脱出するところから始めよう。
「風乗、と、送風」
風に乗り、その風を操ることで空を飛ぶ。無精を極めたかった若い頃の俺が独自で開発した飛行魔法だ。
学会で発表したものの、他の誰にも使えない魔法理論だったそうで嫉妬羨望の渦に晒され研究室を追い出されたという、曰く付きのオリジナル魔法。便利なので俺自身はヘビーユーズなんだがな。
それで一気に崖の上の森のさらに上まで上がる。崖の脇に見える街道と昨夜泊まった野営地が見えて、そこまで流されたらしいと分かった。
まぁ、元々が馬車で坂道を登ることを想定した日程で今夕には目的地に着くつもりだったので、空を飛べば2時間ほどでバークに着けるだろう。化物みたいなMP量を数値化された状態で見たこともあって、2時間飛ぶことにも不安が軽減した。
今ステータスボードを開いたまま使っているので実感したが、魔法を行使しながらMP残量が確認できるアドバンテージがあるのは大分大きい。
では、行きますかね。
「送風」
眼下に見える街道を辿り、鉱山都市バークへ。