プロローグ 異世界エオシャニム
以前書いていた最強主人公ものを改稿しまくっていたら全くの別物になりました。
不老不死で男の娘で最強勇者なチート主人公です(`・ω・)+
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
――さあああああ……と水が流れ込む音のみが周囲に響く。
水際特有のひんやりとした空気に包まれた天辺から水が溢れている太い石柱に囲まれた円形の石造りの広間の中央。
周囲と比べて一段低くなっているため、床に彫られた溝をなぞる様に柱から伝い落ちてきた水が全てそこに流れ込み溜まっている円形の窪みにべたりと座り込んでいたおれ――日守陽の口から零れ落ちたのはそのたった一言だった。
「…………は?」
話は十数分前に遡る。
たっぷりと水を含ませた水彩絵の具で描いたような淡い水色の空がどこまでも広がり、庭の西の端に生える家の敷地を囲んでいる白い塗り壁の塀からはみ出んばかりに広々と伸ばしたその枝に満開に薄紅色の花を咲かせた桜の大木が温かく心地いい春風が吹く度にはらり、はらりと花弁を散らしていたその日。
都内近郊にある夜辻坂町の北東に広がっている昼間でも薄暗く地元の人でも滅多に近付かない涼音野森の奥にひっそりと建っている白い塗り壁の塀と門柱に挟まれた開け放たれたアーチ状の鍛鉄製門扉の先、シマトリネコやヤマボウシの木が生え、芝生が敷かれた庭を突っ切る様にまっすぐ伸びた枕木のアプローチの終点にある青色の屋根に白い壁の二階建ての洋館と言う自宅で、おれは桜に向かい合う位置にある家に添わせるようにして作ったちょっとした家庭菜園の花壇で植物たちの世話に精を出していた。
「うん、水やりはこんなもんでいいかな。それにしても、今日はまさに絶好のお花日和って感じだよね。これ終わらせたらお昼は庭で食べよっかな。」
降り注ぐ温かな日差しの中、如雨露で水を撒きながらグレーのもふもふの毛並みとくりっとしたまん丸い黒曜石のような瞳が特徴的な、この世界で言うネザーランドドワーフと言う品種の兎によく似ているとある世界に生息するラプクースと呼ばれる幻獣のバデルに声をかけると、それまでおれの隣で花壇の雑草をもひもひと食していたバデルが応えるように顔をあげる。
その小さな鼻をひくひくと動かすバデルと、ひらりと足元に薄紅色の花弁が舞い落ちてきたのが何だか同意されているようで、小さく笑っていると不意に一際強い風が辺りを吹き抜け、ざあああと音を立て大きく揺れた桜の枝から薄紅色の花弁がまるで雪のように舞い散った。
その光景をぼんやりと眺めていると、不意にピンっと耳を立て顔をあげたバデルが花壇から離れ、塗り壁の方に飛ぶように跳ねていく。
「あ、バデル?!」
ラプクースはその性質上、警戒心の強い幻獣だ。
それがああいう行動をするって事は何かあるのかもしれないと、慌ててバデルを追いかけると彼は壁に開いた大人一人くらいなら余裕で通り抜けれそうな黒々とした穴の前で後ろ足で立ち上がり耳をそばだてていた。
……えっ、ってか、穴!?
「……何これ。さっきまでこんなのなかったのに。」
警戒しているバデルを抱き上げ穴から距離を取るために後ずさる。
「……ちょっとまずいかもしれない。とりあえず、連絡……――。」
そのままバデルを抱く手とは逆の手でズボンの尻ポケットに押し込んであったスマフォを取り出し操作しようした瞬間。
ゴオオオオオ、という音と共に穴がまるで掃除機のように空気を吸い込み始めた。
「ッ、くそ!」
必死にその場で踏ん張るものの両手が塞がっていて何かに掴まる事さえ出来ない状況じゃ適う訳もなくずりずりと体が穴へと引き寄せられる。
かと言って手を離す事なんてできないし!
「あああ、もう! 手が足りない!!」
あまりの理不尽さに怒りがこみあげて叫んでいると、さらに穴から多数の透明な手のようなものが伸びてきて体に絡みつく。
「……っ!」咄嗟にバデルをしっかりと抱え込んだ次の瞬間、ふわりと呆気ない程に地面から足が離れた。
そして、次に気が付いた時にはここにいたという訳だ。
「それにしてもここは一体……。ってバデル!!?」
ぐるりと周囲を見回しかけ、穴に吸い込まれる瞬間までは確かに腕の中にいたはずの温かな存在がいない事に気が付き慌てて周囲に目をやると、少し離れた場所で泳ぐというより水にぷかぷか浮いている彼を見つけ、安心から少し脱力する。
そう言えば、兎って犬みたいに手足を使ってすいすいとは泳がないんだっけ。
ちなみにそのすぐ後におれの側で見事に水没していたスマフォも見つける事が出来た。
……うん、これもなくしたら一大事だし、見つかってよかったんだけど……。
「…………あーーあ……。これ、防水性だっけ……?」
水流に身を任せ浮かんでいるバデルを改めて抱き上げると拾い上げたスマフォを見つめる。
……と言うかそうじゃなかったらつい最近新しいスマフォ貰ったばかりなのに絶対怒られる。
脳内に全く目が笑っていない笑みを浮かべた『彼』が過り、深く息を付きながら服の上から胸元をぎゅっと握り締めた。
……うん、こっちは大丈夫。
指先に触れた感触に瞳を細めざばりと音を立て立ち上がると脛の高さ辺りの水の中をじゃぽじゃぽと歩き、窪みから出る。
「うわあ、びしょ濡れ。」
そんなに長い事浸かっていたつもりはないけど、頭のてっぺんからつま先まで見事に濡れ鼠でそれにももう何度目か分からない溜息を漏らす。
おまけに濡れに濡れた銀色の髪は襟足や顔に貼り付いているし、着ていたボタンダウンの白いシャツは、たっぷりと水分を吸いおれの典型的なもやしっ子の体にぴったりと貼り付いていて最早服の機能を一切失っている。
上にベストを着ていたのがせめてもの救いだったかも。
下の黒のスキニーに至ってはさらに悲惨で、臀部や足に貼り付いてその形を露わにしてるっての言う以上に、水分吸い過ぎてて重い。
あーもー、最悪と愚痴りながらバデルを床に下ろし、改めて周囲をぐるりと見回した。
さてと。
「とりあえず。帰れないって事にはならなさそうだけど、問題は、異世界である事は間違いないとして具体的にここがどこかってとこだよね。」
普通世界を隔てる壁を飛び越えるためにはそれなりの条件がある。
――元々世界を自由に行き来する能力を持っているか、そのための道具を使うか。
レアケースではその壁に何らかのはずみで空いた穴が時空の歪みとなって、そこから異世界にって言うのもあるけど……。
「おれ自身にそういう能力はないし、『鍵』も使ってない。って事はあの穴が時空の歪み? でも、それにしては……。」
何だかどれもがしっくりこなくて無意識に唇に人差し指を押し付ける。
うん、でも今言った事じゃないなら異世界に来る方法はあと一つ。
「…………召喚魔法。」
そう呟き、改めて窪みを見下ろす。ゆらゆらと揺れる水面の下、窪みの中に魔法陣のようなものが一瞬見えたのは気のせいだろうか。
「……どうしよっかな。現状把握の為にも歩き回りたいけど、この格好じゃ……。」
「――おや、どうやら成功したようだな。」
少し途方にくれていると、背後から低く穏やかな声が響きバッと振り返る。
すると、そこにはいつからいたのか足首まで覆う群青色のローブマントに身を包み、その絹の様な白髪を首の後ろで一つに結んで前髪をセンター分けにした目尻や顔に深く皺が刻まれた聡明な光を宿す澄んだ湖の底を連想させるような深い碧の瞳を持ち、左目にモノクルを嵌めた柔和な顔立ちの老年の男性が楽し気な表情を浮かべ立っていた。
「……――貴方は?」
滅多に鳴かないバデルが「キュッ!」と鋭く鳴き声を上げたのを目の端でとらえながらゆっくりと彼に向き直る。
そんな警戒丸出しのおれの様子にかれの笑みがさらに深くなった。
「これはこれは、ご挨拶が遅れて申し訳ない。儂は、ここ――創造主エメットによって創られた世界、エオシャニムはドゥールイユ大陸。大国ラハヴルクに仕える王宮魔導士、イェダ・アルクスレーノと申す者。」
「……異世界、エオシャニム。」
その聞き覚えのない世界の名前に眉を寄せる。
や、もちろん『彼』だって全ての世界を把握しているわけないだろうけどさ。
「……おれをここに呼んだ理由は何ですか?」
「無論、やってもらいたい事があるのだ。――力の強い者を、と望んで苦手な召喚術に挑んだが、まだまだ儂もやれば出来るという事か。ただ、其方の様な年端も行かぬ女子が来るとは思いもしなかったが。」
「――――は……はああああ!?」
色々ツッコみたいところがあり過ぎて、口から飛び出したのはまずそれだった。
や、あの、うん。確かにおれは外見だけ見れば十三、四歳くらいで典型的なモヤシだし、おまけにやけにでかくて丸い二重の薄紫色の瞳の、認めたくはないけど毎朝鏡を見るのが憂鬱になるくらいには女顔だけど!
「――おや、違うのか? その絹のような銀の髪に、雪のような白い肌。華奢ですらりとした手足と体。ぱさぱさの長いまつ毛に縁どられた二重の大きな朝焼けの空を思い起こす薄紫色の瞳に小さな鼻、形の良い唇。其方の様な美少女なら乱暴者のあ奴にあうと思ったんじゃが。ああ、それとも。――違うのは、年齢の方かのう?」
すぃっと瞳を細めて尋ねられた言葉に軽く目を瞠る。
……成程。王宮魔導士というのは嘘じゃないらしい。
「其方、ただの人間じゃないな?」
さらに続けられた言葉に苦く笑う。
「――――ヒトですよ、一応は。でも、人かと聞かれるとおれは答えられない。だって人は、年も取らずに二千年以上生きないですから。」
「……成程。其方、悠久を生きる者か。これは中々に大物が釣れたようだ。」
「それで、貴方はおれに……」
「ジジイ!!」
その碧い瞳を射貫く様に見据え言葉を続けようとした瞬間、バァン!!という音共にイェダの背後にあったらしい扉が大きく開け放たれ、そこから一本芯が通った強さを抱いた低く力強い声がその場に響き渡った。
次いでどすどすという足音も荒く広間の中に入ってきたのは、年齢は恐らく二十代半ばから後半、百九十センチ前後ありそうな長身に肩幅が広く均整の取れた男らしく逞しい体に長い手足を白シャツとジャケットの前を開けた黒のマオカラースーツに包んだ、どこか野生の虎のような雰囲気を持つきりりと上がった男らしい太い眉とつり上がった二重の切れ長の白銀色の瞳、スッと通った高い鼻梁に形の良い薄い唇のともすれば強面にも見える精悍な顔立ちの男前な青年だった。
「おや、陛下。どうなされた?」
眉根をこれでもかと寄せて自らに詰め寄ってくる青年に涼しい顔でイェダが飄々と返す。
「『どうなされた』ではない!! お前、何をした!? 史煌がこの部屋から凄まじい魔力を感じると言っていたぞ!!」
「そうですか。史煌が。我が弟子ながら相変わらず鼻が利きますな。」
ひょっひょっひょっとわざとらしく笑うその老魔導士が、よーく知ってる『彼』とばっちり重なって、知らず知らずうわぁと顔を歪める。
ってかやっぱ魔導士って皆あんな風なんだ。
「おいっ、誤魔化すな!! それに俺は恋人などいらないと何度も言っているだろう!!」
「……恋人? えっ、もしかしておれ、そのためにこの世界に召喚された?!」
がなり散らす彼の言葉にもしや、と思い声をあげるとぱっと肩越しに振り返ったイェダが「正解だ。」とサムズアップする。
や、正解じゃないから!! というか、おれ男!!
「いや、正解ではないだろう!! と言うか誰と話して……っ!!?」
イェダに食ってかかっていた青年が少し体をずらしてこちらを見た瞬間、ぱちりと彼のその満月を嵌め込んだかのような白銀色の瞳と目があった。
「……え、えっと……。あ、あの……?」
中途半端に言葉が途切れた彼にきょとんとして首を傾げると、ふるりと唇を震わせた彼の口から零れた落ちたのはただ一言だった。
「………………お――」
「『お』?」
「女あああああああああああ!!?」
そう力の限り絶叫する彼におれは軽く眉を寄せ呟いた。
「…………は?」