第8話
精霊島の王城から遠く離れたとある森の中。
その小道で数十もの黄色い眼光が、夜の森の中を怪しく光らせていた。その主はコボルトだ。彼らは集団を組み森の中を歩いていた。
彼らは手に各々の武器を持ち、何体かのコボルトは手に持っているランタンで辺りを照らしていた。彼らは探し物をしているようだったが、見つからず、あきらめて森の奥の方に進む。
「おい、スノード。コボルトはまだいるか?」
「いや、もういない。逃げ切れたみたいだ」
「だといいがな」
茂みの奥から4つの頭を出し、コボルトたちが通り過ぎたことを確認する。過ぎ去ったコボルトの足跡が幾重にも重なり、それが道の向こうまで続いていた。
そのことに、勇者クラウ、幼馴染のスノード、彼の叔父であり騎士のライラック、騎士仲間のロベリアは安堵の息を漏らした。
クラウは勇者だ。
けれど、勇者の仕事は魔物や魔王の幹部を倒すような輝かしいものではない。
500年後の未来では勇者と騒がれもてはやされてはいるが、実際の仕事は、斥候の様なものが主だった。
現地調査や敵の戦力把握、国々への情報の橋渡し。必要があれば戦うが、軍隊など大勢に囲まれるようであればさっさとその場を撤収。近くの城に攻撃要請を行う。
それが勇者の仕事だ。
そのパーティは勇者クラウを中心に、彼女の補佐として騎士のライラックとロベリア。そして従者としてスノードの四人で旅をしていた。
以前はクラウも従者だったのだが、聖剣に選ばれたことで急遽爵位と騎士としての身分・土地を与えられた。今ではこのパーティで最も位の高い人物だ。けれど実際にそれを手にするのは彼女が魔王を手にしてからになるので、役に立つことはそれほどない。また元々、剣の才があった彼女ではあるが、それにふさわしい身分を手に入れた。そしてそのことにスノードは嫉妬していた。表面では普段通り接してはいたが。
そして彼らの横を通りすぎたのはコボルトだ。
コボルトが定期的にこの辺りを周回することは、朝、昼、夜の三回に分けて行われていた。数十匹のコボルト達が群れを成し、警戒に当たるのである。
コボルトは、犬の頭部と人間の体をした魔物である。小人のように身長は低く、異様に尖った犬歯と、人間と獣のあいの子の様な存在だ。人間の幼児並みの知能と、大人並の腕力。しかし、犬よりも嗅覚はお世辞にもよくはない。それは彼らが普段あまり風呂に入りたがらないため、とても臭い。だから、犬並みの嗅覚もあまり役に立たない。また群れて行動し、一体では人間を襲うことはないが、群れて行動し、相手より数で勝るようであれば、すぐさま攻撃を加える。賢くはなく、多産で数も多い。基本的には知能の高い魔族たちの指示で、資源の採掘や戦争の歩兵として戦場に出た。
そしてこの場にいたコボルトたちもその類にもれず、哨戒部隊としてあたりを警戒している。
「コボルトの集団ぐらい戦えば良いじゃないか、近くの村が被害にあうかもしれないだろ。話して分かる相手じゃないし」
その発言をしたのはスノードだった。辺りを伺いながら、彼は不満そうにつぶやく。
それには理由があった。
クラウと異なり、彼はもうずっと剣を握っていない。戦闘に出たのも2週間前に小さい魔物と数匹闘ったのが最後だった。彼の気持ちは勿論村に向かう可能性のあるコボルトを危惧してのものだが、戦いに参加して経験をつみたいという気持ちも少なからずある。
「またそれ?スノード。そういうのは近くの衛兵が何とかしてくれるわ。そんなこと言ってないで、見張りをちゃんとしてなさいよ」
言い返したのはクラウだ。
彼女ははき捨てるように言った。
スノードはその発言にしょげているようで、ガックリと肩を落とす。ただ、クラウの発言は厳しいものだが、その意見は正論だった。確かに、勇者である彼女たちならコボルトと戦うのも難しくはない。しかし、突然の負傷や隊の消耗にも関わる。自分達の勇者としての使命を考えれば当然だろう。
「…分かったよ、クラウ」
少し間があって、彼なりにクラウの言葉を消化した。彼女の真意に気付いたかどうかは定かではないが、あきらめたようにそう答え、スノードは茂みから立ち上がろうとする。
パキリ。
スノードの動作と一緒に、枝が折れる音がした。彼が足元を見ると、ばらばらになった木の枝が地面に散らばっている。もしやと思い、スノードが道の先をみると、先程のコボルトが一斉にこちらに向かっていた。
「気付かれた!逃げるわよ!!」
クラウのその発言と同時に、パーティの皆がいっせいに森の奥に走り出した。
◇
「はぁ、はぁ」
「行ったか…」
「スノード、何してるんだ!お前のせいで見つかったぞ!」
「しょうがないじゃないかロベリア。そういう時もある。…大丈夫か?スノード。最近空回りしてるみたいだが」
皆が息を整えている中、騎士仲間のロベリアはスノードに突っかかる。スノードの叔父、ライラックは彼をたしなめ、援護していた。けれど、こんなことがあったのは今日初めてではない。今月に入ってもう何度目かになった。周りの仲間達もそのことに苛立ちを隠しきれない。
「ごめん、ライラック叔父さん。皆」
「本当心配なんだから。少し頭を冷やしてきたほうが良いかもね。貴方なんていうか、焦っているっていうか。そういう状態で、一緒にいられても迷惑よ」
クラウは彼を気にしてはいるが、どうしても彼に素直になれなかった。昔から高飛車な性格で、けれど心優しくいつも彼を気にしていた。だが、旅に出る様になって、二人の仲は悪くなった様にクラウは感じていた。彼女も勇者になり、浮かれていたせいかもしれない。彼がどんな風に考えているのか、察する事が出来なかった。いつもの調子でスノードを心配してそんなことを言ったが、今の彼には逆効果のようだ。彼はどうしても悔しくて言葉に詰まっている。
「わかった…あそこの渓流で頭を冷やしてくる」
クラウの言葉が終わる前に、スノードは、少し離れたところにある渓流に向かって、とぼとぼと歩いていく。
「あ、ちょっと…ごめん皆。少し様子見てくるね」
スノードが去ってから、彼の後をクラウは追いかけていった。
◇
森の奥にある渓流では、水面に夜の月が川に反射している。スノードはその水で川を洗う。冷たいひんやりとした感触がした。一緒に頭も冷えたように感じる。彼は、水に反射された自分の顔を見つめる。旅に出る前よりも、何かに思いつめ、酷い顔になったなと思っていた。
スノードの仕事は飯炊きや、洗濯、料理など。騎士見習いとして勇者たちの世話をしている。剣術を鍛えてはいるが、普段薪割りで使う手斧の方が、よっぽど小規模な戦いの時役に立った。そして、そのことがスノードの小さなプライドを刺激していた。
聖剣に選ばれ、剣の才に恵まれ、誰にも期待されるクラウと自分ではもう遠い存在になったように感じた。彼女は本物の騎士になれたが、自分は未だ彼のあこがれた騎士には近づいてすらいない。その思いのせいで、ライラックとクラウと三人で暮らしていた時よりも、彼女との間に距離があった。
その時、ふと何かの気配がして、スノードは渓流の反対側を見た。
目の前に、フードを着た何者かが立っている。
それは自分が気づかれたことに驚き、森の奥のほうに走っていく。
「ま、まて」
(あの角。魔族だ)
走り去っていくそれは、一瞬しか見えなかったが、魔族特有の二本の角が頭に生えていた。魔族にはたくさんの種類がいるが、基本的な分類として、知能が高く、高位なものは人間の形状に近い。逆に本能的または動物的なものほど、獣にいた体をしている。先程逃げたフードを着た魔物は、服越しから分かる人間に酷似しており、頭に角が生えていた。きっと高位の魔族だろう。スノードは高位の魔物を見るのは初めてだったが、そうではないかと考えていた。でなければ、姿を隠すためにフードなんてかぶる知性がないはずだ。
「キャ!」
その人物を追おうと反対側の渓流を渡った直後、そんな悲鳴をスノードは聞いた。
その人物はこけたのだろうか、こんなくらい森の中を走ろうとするから。そして声色的にもしかしたら女なのかもしれないと、うすぼんやりと思った。
スノードはフードの女の近くまで近寄る。彼女は足を怪我し、立てない様子だった。
ゆっくりと近寄り、肌身離さず持っていた手斧を構える。
もし、もしも高位の魔物を自分が仕留めることが出来れば、自分はパーティの皆に認められるかもしれない。そしてもしかしたら、それが王に認められ、騎士になれるかもしれない。そういった期待を感じていた。けれど、目の前の女は怯えている様子で、じっとこちらを不安そうな目で見ていた。それが、どうにも可哀想で、スノードは構えてはいる手斧を振り下げることができなかった。
静寂が辺りを支配する。
少しの間があって、スノードは手斧を元の腰のベルトに入れた。
「私を殺さないのですか?」
フードの女は、つぶやくようにそう言った。
「…俺はかっこいい騎士になりたい、抵抗しない相手を殺すようなことはしない」
スノードがそう答えると、女は小さな手でフードをめくる。
黒髪に、紫色の瞳、華奢な躯体。二本の頭に生えた角。けれどそれ以外は普通の人間の女の子のように、スノードには見えた。
「君は…」
「…私の名前はニーレベルギア」
「魔王の娘です」
「さっきの殺さないって言葉、撤回したくなりましたか?」