第五話
結局、抜剣祭で聖剣を抜く者は現れなかった。
さらにあの騒ぎの後、村の自警団も現れ、抜剣祭どころではなくなったってしまった。ベルとスノードは彼らに捕まらないよう、慌てて森の奥にある自宅の掘っ立て小屋に向かう。村での立場が悪いのだ。当然、自警団の彼らへの心象もよくはない。スノードはけがをしているし、これ以上いざこざに巻き込まれるのは二人とも控えたかった。
ベルとスノードは自宅の掘っ立て小屋に戻ろうと、薄暗い森の中を歩いている。
日はすっかり落ち、自宅へ続く道は獣道しかない。
昆虫が羽を鳴らし、何度も二人を横切る。
ベルは心の中で光球を強くイメージする。
すると発光する球体がその場に出て、ベル達の目の前をふわふわと飛行し始めた。それは懐中電灯のように、明るい光で二人を照らす。
心の中で強く何かを念じる。それがベルの魔法の使い方だった。
魔法には呪文が必要ない。
少なくともベルにとってはそうだった。
ベルが念じると色々なことが可能だった。
補足すると、自然界の光・火・水・風・土などをある程度操ることは出来るが、お金を生み出すだとか、武器を生み出すなど、複雑なことは出来ない。基本的には何かを加工することはできないし、高度なことも出来ない。どこまで何が出来るのか、ベル自身、気になっていたが、何せ比較対象や教えてくれる相手がいないものだから、彼女がどれだけの力を実際に使えるのかは未知数だった。
それと金儲けともあまり縁が無い。
一度、夏にベルの魔法で氷屋をやってみようとスノードが言い出し、ベルの正体が知られてない町に行った。そこで氷を売り始めたが、気味悪がられ結局売り上げは芳しくないものだった。その後、街を仕切る衛兵に見つかり、許可を得ていない町での商売は違法だという説教を受けた。それも耳にたこが出来るほど。
それから彼らは町に行っていない。
「痛てて、あのキザ野郎のせいで全身擦りむいた。歩くのもつらいな」
森の中を歩いていると、スノードがわざとらしくそういった。冗談のつもりなのだろう。二人は先程から会話もせず、掘っ立て小屋に向かっていた。会話のきっかけを作りたかったのだろうと、ベルは思った。
「…今日はありがとう。嬉しかったよ。でも、もうあんな無茶はしないでね。本当に心配したんだから」
「…それは約束できない。またあんなことがあれば、俺は同じことをすると思う」
きっと彼はその言葉の通り、行動する。
ベルが怖いのは、それでもっと大変なことに巻き込まれるのではないかということだった。
今日、散々な目にあったが、彼、ルースターもある程度話の分かる人間で良かった。
これがもっと凶悪な人間ならと、想像するだけでベルは身の毛がよだつ。
「そういえば、どうしてあそこにいたの?村長の家に用があるっていってたけど」
ベルは目の前を歩くスノードに質問した。
「…さぁ、なんでかな」
「もしかして聖剣を抜きに来たんじゃない。わたしのせいで…」
「そういうわけじゃない。仮にそうでも…どっちにしろ聖剣には縁がなかったんだ。これでよかったよ」
きっとスノードは嘘をついていると、ベルは思う。
私が生贄になるかもと感づいている彼のことだ。彼は聖剣を一か八か抜きにきたのではないだろうか。
そう思うのは、自惚れだろうか。
「…ねぇ、前世って信じる?」
ポツリとベルはそんな言葉を口にした。
先ほどから脈絡のない、取り留めのない会話だった。
ベルにはそのつもりはないのだが、傍から聞いていればおかしいものだ。
それでも、どうしてだか今彼にそのことを尋ねたかった。会話をするのも、もしかしたらこれで最後になるかもしれない。
ベルは不安を感じていた。
「急にどうしたんだよ…なんていうかその、信じないよ。悪いな。だって今は今でしかないだろ。目の前のことを精一杯やるだけだ」
「そっか、そうだよね」
「ああ、そうさ」
「私ね、…今日、あの騎士と会う約束をしてたんだ。ごめんね、黙ってて」
ベルは最後に、罪悪感からこれまでの経緯を彼にしゃべってしまった。
「何!!それを知ってたら、後二、三発あのキザ野郎に斧を叩き込んでたんだがな」
彼はこちらを振り向き、むっとして、そう答える。
けれどそれを言った後はあっけらかんとして、いつもの調子にすぐに戻った。
「…何となくそうじゃないかと思ったよ。だからあいつに会いに行ったんだろ。ベルはいつも、その話するもんな」
「うん、ごめんね」
それきり、二人はまた押し黙った。
――本当は夢の中の騎士が貴方だったらいいなって、いつも思ってた。でも、そんなこと関係ないよね。ありがとうスノード、私を守ってくれて。貴方が私のそばにいてくれて。本当に私は幸せだよ。
きっと貴方がいなければ、私はもっと酷い奴になってた。
ベルは目の前を歩くスノードの背中に語りかける。
とてもじゃないが、そんな恥ずかしいことを本人に直接言うことは出来なかった。
◇
二人が自宅の小屋の前に着く。
家の前に一人の男が立っていた。
見ない顔だった。だが、あの服は村の人間だろうとベルは考える。いかつそうな表情で、深刻そうに誰かを待っていた。
きっと自分達だろう。掘っ立て小屋の前に立っているのだから、それ以外に考えられない。
「誰だろう、あの人?」
ベルがスノードに質問するが、スノードはそれに答えることはなかった。しかし、スノードは彼を知っているようだ。その男の顔を見て、険しい表情に変わる。それでベルはなんとなく察した。自分を生贄にすることを伝える人間だと気付いたからだ。
だが、ベルはひとつ思い違いをした。
生贄に選ばれたのは、ベルだけではなかった。
スノードも選ばれたのだ。
本来、生贄は数年に一人のはずだが、今年は例外のようだった。私一人で充分だとベルは男に怒ったが、スノードは納得しているようだった。
そして、ベルの隣に立ち、彼女の手を強く握った。
「俺が頼んだんだ。ベルを連れていくなら、俺も連れて行けって」
「そんなことされても、嬉しくないよ。貴方には生きててほしい」
ベルはスノードを見た。
「俺が勝手にやっていることだからな。気にするな」
自信満々に答える彼に、悲しくなる。
きっと何を言っても、彼はついてくるだろう。
自分の信じたことは絶対に曲げない人だから。
「怖いかベル?」
「…怖くないよ。だってスノードと一緒だから」
どんな言葉で見繕ってもそれがベルの本心だった。
彼らはその日、初めて馬車に乗る。精霊島に向かうためだ。
その馬車は夕暮れの森を、丘を、街を駆けた。
こんなに遠くに行くのも二人は初めてだろう。
そしてこの旅が、彼らの最初で最後の旅になるかもしれなかった。