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生贄少女と彼女の転生騎士  作者: 遠出八千代
第一章 聖剣編
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第四話

 スノードが騎士に決闘を挑むと、辺りでは笑いが起きた。こんな子供風情が騎士に何を言っているのか。そういう嘲笑が混じったものだった。


 笑い声の中、ただ一人その騎士は真剣にスノードを見ていた。

「やめたほうが良いわ、スノード様」

「私のことはいいから、スノード。早く家に帰ろう」

 スノードを心配して、フリタニアが口を開いた。ベルもその言葉に続く。

 ベルはスノードがたぶん勝てないかもしれないと嫌な予感をしてしまった。普段力仕事もするし、ベルをいじめにきた村の人間を何度も返り討ちにしてきた。

スノードは強い。

 けれどあの騎士は怯えるどころか、真っ直ぐにスノードを見返してきた。それはきっと戦い慣れというか、覚悟をしている人間の目ではないかとベルは思う。

 村の人間とは全然違う目をしている。

「俺なら大丈夫だよ、ベル」

 けれどそういって、彼は笑った。


「…やめておけ、私はフランシア王国騎士団の副団長ルースター・ランド。自分で言うのもなんだが、実力はそこそこある。それにこっちは甲冑に、帯刀もしている。君はその貧相な斧で戦うつもりか」

 彼の発言は忠告の意図を含んでいた。

 君では私に勝てないという意味合いが言葉の端からみてとれる。ベルの予感通り、確かにルースターという男は強そうだった。戦い慣れしてそうで、その純白の甲冑はよく見ると小さな傷がたくさんついていた。一方、スノードは毎日のように肉体労働をしているが、剣術や体術が別段得意というわけでもなかった。


「お前が俺より強くても、それが戦わない理由になるのかよ」

「…貴様が庇おうとしているのは魔女かもしれんのだぞ。それでも戦うのか」

 ルースターはその答えに戸惑ったようで、少し考えてから言葉を発した。

ただ目つきは先ほどよりも真剣さを増していた。


「御託はいい、さっさと構えろ」

「…いいだろう」

 ルースターはベルトにバックルに備え付けられていた細剣をはずす。

 二人は対峙し、剣と斧を構えた。

 その様子を、皆が固唾を飲んで見守っていた。


 先に攻撃を開始したのはスノードだった。

 彼は横一線に斧を叩きつける。だが、ルースター即座に反応し、細剣で斧を受け止めた。

「なるほど、重い一撃だ。口だけではないな!」

「当たり前だ!」


 言葉を応酬し、ルースターが後方に引く。

 態勢を整えた。

「いくぞ!」

 スノードが彼めがけ、斧を振り下ろす。

 だが、剣と斧がぶつかりあいをしたのは、その一合目から幾分時間が過ぎてからだった。

 スノードは何度も攻撃をしているのに、それをほとんどかわされる。まるで幻を相手に戦っているよう思えた。彼はとても素早く、甲冑を着ているのが嘘のようだった。あまりの俊敏さで、むしろその甲冑がハンデになっていると言ってもいい。


 何度か打ち合いの末、スノードは彼との実力差に気付いた。明らかな差。まだ打ち合いができるのはルースターが手加減しているからだ。

 そう、彼は手心を加えている。周りの人間にはわからないが、戦っているスノードには分かった。

  戦いを決められそうなところで、彼は剣を刺してこない。

 あんな大口を叩いて、自分は何て情けないのか。

 スノードには村の中では一番強い自負があったが、そのプライドはボロボロだった。

 けれどなりふりなんて構っていられない。


「くそ!」

「さっきまでの威勢はどうした!まだ行くぞ!」

「うおおお!」

 スノードが彼に体当たりを試みるも、攻撃をかわされ、地面に叩きつけられる。それを何度も繰り返した。まるで子供と大人の戦いのようだった。

 それでも彼は諦めなかった。

「何故そう必死なってまで戦う!そこまでして戦う理由が彼女にあるのか!彼女は特別な存在なのか」

「俺にとってはな!それ以外理由なんてあるかよ!」

「…!!」

 そう答えた時、明らかにルースターの戦意が削がれる。

 剣を下げ、これ以上は戦う気はないようだった。



 これで自分の勝ちなのか。勝たせてもらったのか。

 それは何か嫌だな。

 彼が何か言葉を発しようとした時、スノードは彼に突進した。完全に虚を突かれたようで、彼は咄嗟に戦いの習慣から細剣を目の前に突きつけた。

 その剣めがけて、スノードは左手をかざした。

 ルースターの剣は左手を突き抜けて、剣の半ばまで手が貫通する。刃を境に白と赤色のツートンカラーに変化する。

 皆が驚いているようだった。

 それにとても痛い。

「があああ!!!」

「な、何!」

「これでもう逃げ回れないな!」

「正気か!剣をその手で受けるとは」

「ああ正気だ!俺が傷つくのは我慢できる。でも!大切な人を傷つけられて、黙っていられるかよ!!」


「貰った!!!」

 スノードはルースターの甲冑に目掛け、斧を振り下げた。




「が!!」

 その時、スノードの頭に石が直撃する。

 血が勢い良く頭から吹き出した。

 それは民衆によるものだった。

 その一投を皮切りに、二人を囲っていた民衆がスノードめがけ、次々と石を投げ始める。

「ちょ、ちょっと何やってるの」

 慌てたのはフラタニアだった。

 彼女はスノードに惚れていたし、こんなことが起きるとは予想もしていなかった。

 民衆は口々の言葉を発した。

「この勝負は無効だ!あの女が魔法を使ったに決まってる」

「いや、反則があったなら、この勝負、ルースター卿の勝利だ」

「そうだ、そうだ!!」

 暴走、という言葉が一番今の状況に当てはまる言葉だった。彼らの投擲はだんだんとエスカレートし、しまいには、戦いに参加していなかったベルにまで矛先を向けそうだった。





「やめろ!!!これ以上私を辱めるな!!」

 叫んだのはルースターだった。

 彼は周りの人間を睨みつけ、人々は借りてきた猫のように静かになった。

「私の負けだ。そこのレディを侮辱したことを謝りたい。本当にすまなかった。謝って許されることではないかもしれないが」

「でも、魔女よ!」

 フラタニアが声を荒げた。

 その言葉にスノードは堪忍袋の尾が切れた。

 彼は普段村長の娘であるフリタリアに大きなことは言えなかったが、もうそんなこと関係ないと思えるほど、頭に血が上っていた。

 スノードはフリタリアの言葉を大声を張り上げて遮ろうとした。だがそうはならなかった。


「だまーー」

「黙れ!これほどの騎士が守る女性が、魔女であるものか。それにフリタニア嬢や住民が言っていたことと違うようではないか。邪悪な人間だと聞いていたが」

 民衆は視線をさまよわせ、お互いを見始めた。

 言い訳のつもりなのか、モゴモゴと何かを言おうとしていたが、言葉になっていない。


 答えない民衆に呆れ、ルースターはスノードとベルの方を振り向いた。

「貴殿、名は?」

「……スノード、苗字はない」


「そうか、私はこれで帰るとする。聖剣を抜きにはせ参じたが、私にきっとその資格はないだろう。それとスノード、もし貴殿がよければ、本物の騎士になるつもりはないか?レディも連れて我が領地に来い」

 突然の申し出だった。辺りがざわめく。

 そんなのずるいと言う声も聞こえた。


「あんたが頭を下げて頼みに来たら、考えてやるよ」

 スノードは彼に喧嘩を売る。

 先ほど手加減されたこともあり、素直に答えられない。ベルは心配そうにそれを見ていた。


「ハ、口の減らん男だ。ここより南に我が領地がある。もしお前が騎士になるつもりがあるのなら、そこに来い。ではレディ、そしてサー・スノード」

 ルースターがその場を去ると、蜘蛛の子のよう民衆は散って行った。辺りにはもうスノードとベルの二人しかいない。

 戦いは終わった。それはスノードにとって手痛いものだったが、何とか無事終えてほっとする。ベルはスノードの頭と手に触れ、彼に回復魔法をかけている。傷口が徐々に治り始め、彼を涙目で見ていた。

 辺りの騒ぎは徐々に収まりつつあったが、もう抜剣祭どころではなかった。


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