第三話
抜剣祭の当日。
昼下がりの午後、多くの人が村に集まっていた。
村人だけでなく、旅人やこの行事のために、海を渡って来た者もいると聞く。
少し離れた祠の台座に、聖剣が刺さっている。
その聖剣を抜くため、大勢の人が行列を作った。
あまりに長蛇の列であるため、町は人ごみを分断するほどだった。彼らのために村の中央広場では、たくさんの屋台が出回っている。
辺りは活気だち、ジャガイモを茹でている屋台や、パスタなど豊富な種類の屋台が並ぶ。屋台のご飯の匂いと祭りの喧騒が嫌でも聞こえた。
ベルが普段食べることの出来ないものばかりで、その香りだけでお腹がすく。
彼に会う時にお腹がならないかベルは心配だった。
「すごい人…」
ベルは思わず、ひとりごとをつぶやく。
そして彼女はこの日のために、めいいっぱいおめかししてきた。流行の過ぎた緑色のワンピースを着て、所々ほつれてはいるが、精一杯のおしゃれのつもりだった。いつも着ているクリーム色のウールの作業着と比べれば、幾分かましだろう。
ベルが何年もお小遣いをため、いつか着ることがあるんじゃないかと村のそばを通った行商人から購入した代物だ。
そして頭巾を深くかぶり、村の人に自分だと、気付かれないようにした。これなら問題ない、ベルは浮かれて、少し楽観的になって広場を歩いている。
気分はとても良く、心が躍った。
ベルは村に訪れた人の谷間を掻き分け、あの騎士を探している。
村中を一回りし、ようやく見つけることが出来た。
彼は広場の中央にいる。人がごった返しているというのに、一目で彼だとわかった。
彼は人懐っこい笑顔で周りの人間に話をしている。
大勢の人間がいる広場に向かうことにベルは少し抵抗があったが、それでも歩みを進めた。
ベルは広場の端にたどり着く。
「え――」
ベルが騎士に声をかけはじめる前に、地面に転ぶ。
石畳に躓いたわけではない。
誰かに後ろから手で突き飛ばされたのだ。
元々、質がよくなかったのもあるが、ワンピースの裾が破れ、足もすりむいたかもしれない。
その拍子に頭巾が取れ、ふわふわと浮遊した。
空中を漂い、すぐに地面に着地する。
誰が、どうして?
ベルは顔を上げて、周囲を見渡す。
彼に浮かれていたせいで気付かなかったが、周りの人間が自分を囲み、じっとこちらを見ている。
彼がちらりと自分を見た。
「あ、あの!騎士様」
ベルは声を張り上げる。だがおかしい。
彼の様子が昨日出会った時とは違っていた。
張り詰めた空気というのか、少なくとも穏やかなものではなかった。さらに先程、彼が周囲の人間に浮かべていた凛々しく、その中にあどけなさのある笑顔とも違う。
冷ややかな目でベルを見ている。
ベルの頭には疑問符ばかりが浮かんだ。
どうして彼はそんな目で自分を見るのだろうか。
何かの思い違いかもしれない。
ベルは口を開きもう一度彼に呼びかけようした。
直後、ベルは隣の人物を見て閉口する。
「本当に来るなんてね」
騎士の隣には、ニヤニヤと笑みを浮かべるフリタニアが立っていた。
「どうして…」
周りの人間も、フリタニアに追従してベルを笑っている。
騎士はベルを見下げ、口を開いた。
「まさか君が魔女の生まれ変わりだとはな、私に近づいたのは、たぶらかせようとしたためなのか?危うく騙される所だった」
「魔女?な、なんのこと」
「私達が教えてあげたの。貴方が魔法を使えること。彼に何かしようとしたんでしょ?村道で見てたわよ。あなたが財布をだしに彼に近づこうとするところ」
「フリタリア嬢一人が言うのなら、にわかに信じられなかった。が、村人全員がそういうのだ。いやでも信じざるおえないだろう、心苦しいが」
「ち、違う」
ベルはサーと血の気が引いた。
それに反論しようと口を開くが、外野が騒ぎ出し、自分の声を遮る。
彼らは口々に魔女だとか、酷い女だと罵り出す。
だが、騎士がそれを手で遮り、制した。
「君の意図はわからないが、昨日のことには感謝している。本当だ。だが、ここにいないほうがいい。森に帰るんだ。これは昨日の礼だ」
彼は布袋から金貨を取り出す。それは自分たちが働かなくても、数か月は過ごせる金額だった。
周りの人間は何かを期待した目で自分を見た。
きっと罰が当たったのだ。
スノードがいるのに、こんなところに来て…
私は何をしているんだろう。
何に期待していたんだろう。
少しの沈黙の後、ベルは金貨を黙って受け取った。
私は貧乏だし、お金が必要だった。
少なくとも、自分が生贄に選ばれた後、その金でスノードにお返しが出来る。そう考えて自分を納得させたが、金貨を受け取る時、手が震えていた。
周りのみんなはそれをせせら笑った。
「やっぱりそうだったんだ」
誰かが言った。
ベルの目の奥が熱くなった。
涙を流しそうになる。
けれど、我慢しなくては。
あんな人たちを満足させることはしたくない。
でも私、彼らに何もしてないのに――
「――ベル、怪我はしてないか?立てるかい」
その時声がした。
いつもそばで聞く彼の声だ。
振り返ると、そこにはスノードが立っている。
辺りはシンと静まり返った。
「……スノード?どうして」
「ちょっと抜剣祭で村長に用事があってな。その帰りに人だかりがあったから見にきたんだ。そしたら、こんなことになってて…飛び出してきた」
そして彼は笑顔で大丈夫だからと答えた。
何が大丈夫なのか、それはどう言う意味なのか。ベルはスノードの意図がわからなかった。ベルがそれを訪ねる前に、スノードは騎士の方を振り向く。
その表情は、一言では言い表せるものではない。
怒っているようにも、泣いているようにも、悲しんでいるようにもベルには見えた。
彼はベルトに巻きつけた手斧を騎士に突きつける。
所々刃こぼれし、鉄の部分も錆びだらけなものだ。
けれど、その切っ先は真っ直ぐに。
ただ目の前の男に向けられていた。
「何のつもりだ」
「あんた騎士なんだってな」
「そうだが…」
「なら決闘もやったことあるのか?」
「…ああ、何度かな…君は何が言いたい」
「彼女の誇りと名誉にかけて」
「俺と決闘しろ、三流騎士」




