第二話
いつも夢の中でベルの目の前に一人の騎士がいた。
真っ白な世界で、彼はいつも傷だらけだった。
終わることのない敵の攻撃から自分を守り、甲冑はボロボロで、血がその隙間から流れ出ている。
体中穴が開いていて、傷が余りに痛々しい。
見てるこっちが痛くなるほどだ。
立っているのも辛いのだろうに、どうしてこの人はこんなになってまで自分を守るんだろう。
そんなになってまで頑張らなくてもいいのに。
なのに彼はこっちを振り向き、自分なら大丈夫だというのだ。
彼の顔を分からない。
本人はきっと笑顔のつもりなのだろう、無理やり口角をあげ、笑顔を作った。
その笑顔があまりにもまぶしくて――
夢の中の彼に、ベルは惹かれていた。
ベルがその夢を見るようになったのはいつかは分からない。
子供の頃からだったかも知れないし、生まれた時から見ていてただそのことに気付いただけだったのか。けれど、夢というにはあまりにも現実感があった。
匂いや熱気が伝わるほど生々しい夢だった。
夢というよりも昔の記憶とか、前世の類なのかもしれない。
ベルは子供の頃から魔法が使えたため、きっとそれに関係する何かかもしれないと思っていた。
そして彼がいつか目の前に現れて、自分をこの状況から救い出してくれるのではと期待していた。
「あなたのような麗しいレディに拾っていただき、本当に嬉しく思う」
騎士は小さく頭を下げ、微笑んだ。
その仕草にベルはドキッとする。
これまでベルはスノード以外の男性とあまり関わらずに暮らしていたし、こんな風にお世辞を言われるのも初めてだ。
「私が麗しいなんて…」
「もし良ければ、お礼させて下さい。明日の抜剣祭にあなたも行きますか?今は手持ちが少なく、一度宿に戻りたい」
「そ、そのでも、私」
「はは、実はお礼とは言うのは口実です。これはデートのお誘いですよ」
ベルは、スノードのことを少し考えて、誘いを断ろうとした。それに村人が大勢いる抜剣祭に行く気もなかったが、気付けばコクンと頷いていた。
二人は何回かの言葉を交わし、その場を別れた。
ベルは森の方に、スノードは自分が留まっている宿のある村に。
ベルの足取りは、いつもより軽かった。
その光景を、誰かが見ていた。
◇
日が落ち始めていた森の奥。
オレンジ色になり始めた空。
松明やかまどの火の灯など、村の明かりがつき始めた頃だった。
ベルが自宅の前まで行くと、掘っ建て小屋に明かりがついている。
窓の外から暖炉の明かりが見えた。
もうスノードが帰っていたのか。
先ほどのこともある。
いつもより早い彼の帰宅に、じっとしてられない、焦燥感のようなものを感じた。
「ただいま、もう帰ってたの?」
「ああ、今日はすぐ薪が売れたんだ。さらに干しぶどうを貰ってきた。隣町のおばちゃんがくれたんだ。奮発してヤギの肉も買ってきた。今日は豪勢だぞ」
笑うスノード。
「美味しいそうだね」
「ああ、それと重大発表がある。もう少しで、目標の金額までいきそうなんだ。そうしたら、ベルを学校に通わせてやる。ベルは頭がいいからな。本当はもっと早くベルを学校に通わせたかったんだけど」
それは、彼なりの気遣いだろう。
彼は今年の祭りで私が生贄に選ばれるのになんとなく察している。
だから、こうやって未来があるように言うのだ。
生きる希望を持たせようと、けれどそれがなんとなく、嫌な感じがした。
もちろん彼の行為は本当に嬉しい。
ただ、献身的過ぎてまるで父親ではないか。
そう思うことがたまにあった。
「嬉しいよ。でも私は大丈夫だよ。それにそんなに無理してまで頑張らなくてもいいよ」
「俺が勝手にやってることだ。気にしなくていい」
「私達もう二人きりなんだから。無茶しないで」
◇
豪勢な夕食が始まった。と言っても、味のないスープに、ヤギの肉。それに硬いパンが数枚。干しブドウもついている。それでも二人にとっては豪勢な食事だった。
普段パンとスープのみであることがザラし、まともな料理はほとんどない。
パンもカビないように石のようにカチカチに固めて、スープにつけてほぐしてから食べる。スープといっても、塩と野草が入っているだけなので、味は美味しくない。
二人は食卓に並ぶ、スノードはパンにスープを浸し、ベルに話しかけた。
「明日なんだけどさ。仕事は休もうと思ってる。ちょっとやらなきゃいけない用事があってな」
「うん、わかった」
「ベルも明日何かあるか?」
「実は私も明日用事があって。ちょっと家を出るね」
ちゃんと答えられただろうか。ベルは自分がどんな表情で答えていたか不安になった。
別に私たちは恋人ではない。
だから、変に気を使う必要もない。
ベルはそんなことを考えていたが、思考とは裏腹にどぎまぎとする。
「そうか、うん。明日は祭りもあるしな」
「…私もう寝るね」
それは彼から離れたいという気持ちもあったが、本当にベルは眠くなっていた。
木こりの夜は早い。
朝早くから木の伐採をしなければならないし、朝日で薪を干して、乾燥させる必要があった。
そしてそれは何ヶ月か必要だ。
今日取ったぶんもすぐに売りに行けるわけではない。
だから、毎日継続的に早く起きなければならない。
普段の習慣から、まだ夕暮れ時だが、眠くなるのも当たり前だった。
「おやすみ、スノード」
彼はうんとうなずく。
ベルは幾ばくかの罪悪感を感じた。気まずくて、彼の表情を見ないようそそくさとベッドに向かう。
その日もベルは騎士の夢を見た。