第十六話
「な、何で人間が、人間はこの島にはいないんじゃないのか、それにお前は一体…」
スノードは驚きを隠せなかった。
その亡霊の言葉の意味がいまいち分からない。もしかしてベルの見ていた夢と関係あるのだろうか。それにこの町のことも。精霊島には人間が暮らしていないのではないか。なのに目の前には、大勢の人間達が城下町で生活している、ように見えた。
そして大勢の人間が生活しているのなら、島から生贄に出された人間で帰った者がいないことも不可解だった。ベルも同様だったようで不安そうに城下町の様子を見ている。
ロベリアが二人の目の前に移動する。
その体の向こうからは半透明に城下町が見える。
「…い…いや、今町にいる人間は、皆亡霊に取り付かれている。あそこで生活している人間は肉体を乗っ取られているんだ…」
「そ、そんな、どうしてそんなことを」
ベルは口を手で押さえた。
きっと彼女は心を痛めているのだ。当然だろう、自分だって同じ事を考えていたとスノードは思う。彼の言葉が真実なら500年間出された生贄は、彼らのために送り出されていたことになる。
「わ、私たちは500年前からここで暮らしている。人間の肉体を一時的に借りて以前のように生活しているんだ。ある男の話だとそうすることで魂の正調を行うと。それが終わった肉体は…燃料にされる」
「ね、燃料?」
目の前の男はコクンと頭を下げた。
亡霊だというのに、彼の眉間は険しくなり、真剣なまなざしでこちらを見た。
「そうだ。聖剣を維持させるための燃料にな…」
「まってくれ…本当にそんなものが聖剣なのか…、それにさっき言ってた俺の仲間だったってどういうことだよ」
スノードは背筋に悪寒を感じる。
彼は抜剣祭のことを思い出していた。ロベリアのいうことが本当だとすると、自分があそこ行かなかったのは、ある意味正しかったのかもしれない。あの剣にもし触れて何かが起きていたかと思うと。
「ああ、信じられないだろうが…聖剣には魂を封じる力がある。本来はそれで魔族たちを封じ込められたらしい、だが悪用されてな。今聖剣には、何千もの魂が封印されている…」
「そ、そんな…」
「詳しい話は町外れの教会で話そう…ここで見つかると厄介だ…」
◇
洞窟を抜けた先から幾分歩き、二人は城下町にたどり着いた。
ベルとスノードはフードをかぶり、城下町の細々とした裏道を歩いていく。彼らは町外れにある教会を目指していた。時折、隣を通り過ぎる人間もいるが、先程のロベリアが話していたように皆どこを見ているか分からない上の空だとスノードには思えた。
何時間か歩き続け、三人は小さな教会堂に到着した。
扉を開くと、中には集会席と祭壇がある。特筆すべきことがないほど普通の教会だった。
500年間、建物の中は小まめに手入れをされていたようで、綺麗なものだとスノードは思う。同時に不可思議な疑問を感じる、教会には邪悪な亡霊などが入れないと思っていたが、そういうわけではないようだ。それにこれだけ手入れをされているならば、彼らは教会できっとミサなども執り行っているかもしれない。
今日は人が居ないのか、だれもいないその場所を薄気味悪く感じる。
皆亡霊になっても生前の生活を送っているのだ、ロベリアの言葉が本当だとスノードは実感した。
そしてロベリアは隣の集会席に座り、語りだす。
「まずは500年前のことから話そう…お前たちはこの時代に転生したんだ。500年前は精霊島で生きていた。俺たちは一緒に冒険もした…だが、色々あってな、お前はベルを庇って死んだんだ。彼女もその後に…そして、精霊島で大虐殺が始まった。この島に生きている人間が皆殺しにされ、気付いたら聖剣に封じられ魂だけになっていた」
「…なら、何で俺たちはこうして再び蘇ったんだ」
スノードは聞き返す。
他にも色々聞きたいことがあったのだが少し悩んだ末、まずはそのことを尋ねた。
「偶然じゃないと思う…多分センペルビウムの仕業だ…」
ロベリアは思い当たる節があるといった感じで答えた。
「セ、センペルビウム…」
ベルはその名前を聞くと、ぞわりとした嫌な感覚に襲われる。
どこかで聞いたことがある名前だ。それが多分500年前に因縁のあった人物なのだろう。
「センペルビウムは亡霊たちの王だ。500年前に死んだが、今でも俺達と同じように亡霊となり、島と聖剣を管理している。やつは500年前大虐殺を起こした張本人だ。俺も虐殺に参加した…すまなかったスノードお前にどうしても謝りたくて、俺は、俺は目の前の地位と金に目がくらんだんだ。500年間ずっと後悔してた…」
「そうか、でもごめん。俺に謝られてもな…500年前はどうだったか知らないけど、そんなこと憶えてないし…それよりもさっきの話を」
「あ、ああ。なぜさっきの話をしたのかというとお前達に頼みがあるんだ」
「…何だよ」
「…聖剣を破壊してくれ。聖剣はここから見える王城にある。こんなことを言える立場じゃないのは百も承知だ。だが、頼む。この現象を止めるにはそれしかない」
ロベリアは一つ呼吸をして、決意したように言った。
「でも、いいのか?そんなことをしたらお前は…」
「俺は、いいんだ。こうしてお前に罪滅ぼしも出来るしな…」
「……そうか、わかったよ。」
「この現象を止められればこの島からも脱出できる。海岸の亡霊たちの数を見ただろう?まず聖剣を止めなければ、島の外には出れない。お前達だって亡霊たちのために犠牲になる必要はないだろう?」
「確かにな…いいか?ベル」
決意した表情のスノード。ベルもこくんと頷いた。
「うん、私もそうしたい。」
「…一つ忠告しておく、センペルビウムにだけは注意しろ。センペルビウムにだけは気付かれるな。お前達がここにいることはまだばれてない」
ロベリアのその発言と同時に、閉めていたはずの教会の扉が開いたゆっくりと開く。一筋の日の光が薄暗い教会の中を照らす。
「いやぁ、それがバレてるんですよ。他の亡霊たちの皆様から、貴方達を見かけたと話は聞いています。こんにちは、我が姫君、そして騎士スノード…」
三日月のような笑みを口元に掲げるその男。
センペルビウムだ。
容姿は500年前とは別物だった。
生贄にされた人間の体に入っているためか、確かに容姿こそ違う。
だがやはりそれは、センペルビウムだった。




