第13話
「はぁ、だから私はバカが苦手なんだけど。話が通じないからね」
目の前のその男は、ため息をついていた。
「正気か、スノード。貴様は騎士になりたくはないのか?」
ライラックはおもむろに言う。
彼は発言とは逆に、スノードの行動は想定内といった感じだった。言い終わる前に剣を鞘から抜く。
「……や、やめて。ライラック」
おずおずと、クラウは言った。もう以前の彼女とは思えない言葉だった。だが、ライラックは彼女の発言を無視して、剣をスノードに突きつけた。
「何が、騎士だ。お前たちが騎士だというのなら、そんなものならなくていい!!!」
スノードも手斧を構える。剣があればよかったが、剣や鎧は宿においてきてしまった。もしもの時と思い、手斧を懐にしまっていた。今頼りになるのはこの武器だけだ。
「ふん、お前の意思は分かった。お前達、配置につけ」
ライラックの指示でスノードを囲んでいた兵士達が、いっせいに剣や槍を一斉に向けた。
「うおおおお!!」
何人かの兵士が突撃する、スノードは2、3人の剣を捌くことは出来たが、騎士たちは普段訓練を受け、日夜欠かさず剣を学んでいるのだ、ライラックから教えて貰っていただけ自分とは、実力差が如実に出ていた。むしろ、剣を捌けたのは奇跡に近かった。
2、3人の剣を捌けたのもつかの間、スノードの体は切りつけられ、切り傷から血があふれてくる。
何とか反撃するも、その度により多くの傷が体に増えていった。
血だまりが彼の足元に増えていく。体の色々なところを刺された、もしかしたら、もう立つ事もできないかもしれない。
だが、彼は決して倒れることはなかった。
スノードの様子を見て、ベルはハッとした。
自分は何をしているのか、自分の味方はもういないと思っていたが、ここにいるじゃないか。だが、彼は普通の人間だ。彼だけでも逃がさなければいけない。
「に、逃げてスノード。私はだいじょ――」
「俺は大丈夫だベル!!!」
スノードはベルの言葉を遮る。声が響く。
兵士たちは、その声に戸惑っていた。こんなに攻撃しているのに、何故、まだこの男は立っていられるのか。どうして魔族の女を助けるために、ここまで戦えるのか不思議でしょうがなかった。
「ベルもこんなところであきらめるな。お前には俺がついてる。たとえ、人間も魔族も敵に回っても、俺だけはそばにいる!!!」
「うん、うん!」
そうだ、彼の言うとおり、あきらめちゃいけない。
ベルはそう思い、手を天空に振りかざした。一瞬その手が光ったかと思うと、同時に雨雲が空に現れ、雷鳴が轟き稲妻が落ちた。意思があるように、スノードたちの周辺を目指した。
光り輝くそれは、スノードの目の前の兵士達を散らすのに十分だった。
皆が二人から距離をとる。
いくらかの稲妻と共に、兵士たちとは違うところさけび声が聞こえた。
「馬小屋に稲妻が落ちた。だ、だれか、馬を捕まえてくれ!!」
近くにいた商人の言葉だった。
何十頭もの馬がひずめを鳴らし、走ってくる。
まさに怒涛、といった言葉が合うように、彼らは群れをなし、町中を駆け巡る。しかも、雷鳴も先程から鳴り止むことはない。住民達もパニックになり、兵士達の目の前を走ってきた。
これではスノードたちを捕らえるどころではない。
目の前を通った馬を捕まえ、その一つにスノードとベルは乗り、走り出す。皆が追いかけ始めるが、もう彼らは彼方のほうにまで、消えていった。
「もう間に合わんな…」
ライラックは剣を収め、彼らのほうを悠長に眺めていた。
「どうするのよ…これじゃあ」
「大丈夫ですよ。ほら地面を見てください」
そういってセンペルビウムは地面を指差した。
地面には、血の跡が道を作っていた。スノードのものだ、やはり先程の攻撃は致命傷だった。
同時に彼はもう長くはないだろうことを皆が察した。
クラウは自分の下した選択を後悔していた。こんなつもりじゃなかった。彼を傷つけるつもりはなかった。だが、センペルビウムの、彼の計画通りことが進めば、まだ何とかなる――
◇
海沿いの道を馬が駆けていた。
馬上にはベルとスノードが乗っており、ベルが手綱を握っている。
彼らが向かっていたのはフランシア大陸への船乗り場だ。まずはスノードの傷を治療する必要があるが、城の付近には兵達がうじゃうじゃしている。遠くの町に行って医者に見てもらおうとベルは言ったのだが、スノードがどうしてもこの大陸から出るようにときかないのだ。弱弱しく、青ざめ、しかし頭を絶対に縦に振らない彼の意思をベルは尊重した。
もうすぐで、船場までつく。
港町に行けば、応急処置は出来るかもしれない。
そこから少しの船旅だ。
数日でフランシア大陸までつくが、彼の体力がその間持てば良いが。
ベルはそう考えていたが、後ろのほうからとたんに物が落ちる音がする。後ろの呼吸音が聞こえなくなっていた。嫌な予感がする。どうかあったってほしくない。
ベルは馬をとめて後ろを振り返る。
だが、やはりそこにはスノードが地面に倒れていた。
「糞、役に立たないな俺…どうやらここまでみたいだ。助かりそうもない…」
スノードは糸の切れた人形のようにその場に寝ていた。
顔は蒼白になり、地面に落ちたせいで、えぐれた傷跡に砂がついていた。
「……君のこと守るって言ったのに。あいつらのこと騎士じゃないって否定したけど、結局俺もかっこいい騎士にはなれそうもない…」
彼の姿はとても痛々しく、ベルはどんな言葉をかけていいかわからなかった。
多分彼はもう。
「いいえ、貴方は私の騎士よ。誰よりもかっこいい。貴方は自分を役に立たないと言ったけど、そんなことない」
「へ、そういってくれると助かる。君は、先に行ってくれ…」
「スノード…」
彼は目をつぶった。まだかすかに生きてはいるが、そう長くはないだろう。指先すら動きそうにない。
「やっと追いつきましたよ、我が姫君」
もう追いついてしまったのか。ベルは顔を振り上げる。
そこにはセンペルビウムうや人間の騎士だけじゃない、魔物たちも自分を追っていた。空には何十もの魔物が滑空し、取り囲む。まさに圧巻という状況だった。彼らはベルのみを目指し、ここに集まっている。もう逃げ場なんてない。
「どうやら彼も死にそうですね。私に協力してくれれば、その男を助けてやってもいい」
センペルビウムはスノードを見てつまらなそうに、そう言う。
きっと自分がこれから言う答えを、この男は分かっているのだ。
「私の騎士は…絶対にそんなこと望みません。私は必ず貴方を倒します」
「そうですか、至極残念ですね」
「一つ…たずねてもよろしいですか?貴方の目的は一体なんですか。そして何故このようなことをしているのか…私には貴方が分かりません。理解するつもりは毛頭ないですが」
ベルは彼の瞳を見てたずねる。
この男が何故こうまでするのか。何を計画しているのか。きかなければならない。センペルビウムは、待ってましたとばかりに口を開く。
そこにはいつもベルがそばでみた、三日月のような邪悪な笑みをたたえ。
「分かりました、これからあなたに私達の計画をお伝えしましょう。ですが、心優しいあなたのことだ、きっと反対するでしょうね」




