第10話
ベルが勇者クラウの旅に同行することになり、スノードは彼女につきっきりになった。
これまでのスノードの立場が良くなかったのもあるが、彼女と気が合ったからだ。いつも彼女に話しかけ、何かあると彼女を気にした。ベルが旅に同行して何週間か経過し、初めてスノードは旅が楽しいと感じていた。
二人は旅の途中、宿舎に行ったり、野宿をしていると、皆に内緒で外に出て、夜空を見ながらお互いの夢を語り合った。スノードは騎士の夢を、ベルは人間と魔族が平和になった後の世界の夢を。他にも彼らはお互いのことをいつも話し合っていた。そのうち、スノードは彼女のことをベルと呼ぶようになった。名前が長ったらしいからだ。二人の関係をライラックやロベリアは微笑ましいものだと思っていた。やはり彼らも、国を思い、こうして勇者の旅に同行してはいるが、いつ終わるか分からない戦いに興じている。人間と魔族の戦いが終わるのならそれが一番いい。
ただ、クラウはそれを快く思わなかった。
◇
彼らの目的地は王城だった。
それも数日すればすぐに着く。王城まで、もう目と鼻の先だ。今日はその中継地点の川岸のそばで、野宿をすることになった。ライラックとロベリアはテントを張り、スノードとベルは食べ物を探しに行った。
クラウは周辺の監視を行っている。
だが、クラウはやることがなく手持ち無沙汰に彼らを眺めていた。
王城の周辺地域は衛兵達が魔物の駆除や討伐を行うので、基本的に凶悪な魔物はそこまで現れない。逆に言えば、城から離れるほど魔物が強くなるので、監視をする人間の責任は重大だが。
「ねえ、ライラック?スノードは?」
クラウは近くにいたライラックを捕まえ、彼に声をかける。彼はテントを張るために、手元の紐を杭で打ちつけている最中だった。作業を一旦とめ、辺りをひと眺めする。
「あいつなら、川に行ってる。多分また姫様といるよ。釣りの仕方を教えるって言ってたな」
「何でそんなことやらせるのよ!」
ライラックはギョッとする。
クラウの気持ちも分からないではないが、そこまで声を張り上げることなのかと、霹靂している。ベルがパーティに加入してこういったことが何度も起きていた。けれどそれもあと少しの我慢だ。もう少しで城まで着く。
そうすれば、自分の目的は達成される、だというのに。
ライラックは小さくため息をした。
「今晩の夕飯のためだ。あいつは我がパーティの生命線だからな。というか俺に当たるなよ」
「別に当たってなんかない。私様子見て来るから!」
「お、おい。やめたほうが…って行っちゃったよ」
クラウはプンプンと怒りながら、川のほうに歩いていった。
◇
クラウが川にたどり着くと、川のほとりにスノードとベルがいる。
二人の手には丈夫そうな木の枝に、細い糸が巻き付いている簡素な釣りさおを持っていた。その様子をみて隠れる必要もないのに、クラウは太い木の陰に隠れた。
二人は楽しそうに釣りを行っているようだった。
ベルが竿を引っ張ると、小さな淡水魚がつれている。
良く見ると、ベルの隣に置かれた箱には何匹もの魚が泳いでいる。
彼女はその中に今しがた釣った魚を入れ、満足げにスノードに問いかけた。
「釣りは初めてやりましたが、中々、どうして楽しいですね」
「ベルは筋がいいな、凄い上手いよ。俺より釣れてる」
「だといいですけど」
「ああ、そうだ!まさに釣りをするために生まれてきたと言ってもいい!」
わが事のようにスノードはベルを褒めた。
何がそんなに嬉しいのか、クラウは不思議でならない。
「そうでしょうか?それは違うと思いますが」
「そ、そうか。もしかして怒ってるのか?ごめん、さっきのは失礼だったな」
「いえ、別に怒っていません」
無表情に受け答える彼女なのだが、クラウには笑っているように見えた。
そしてスノードも。
子供の時から一緒にいる自分よりもずっと楽しそうだった。
「あ、昨日も言ったけど敬語じゃなくて、大丈夫だからな。だってもう、友達じゃないか!」
「…わかり…うん、分かった」
「よし!じゃあどっちが釣れるか競争しないか?ただし、魔法はなしだぞ」
「…初心者相手に大人げないと思うけど」
魔法と言う単語を聞いて、ふとクラウは研究所に預けた聖剣のことを思い出す。
魔法は人間には使えない、魔族固有のものだ。だから王立魔法研究所なんてものがあるが、人間が研究にあたっているため、実際に何をしているのかクラウは疑問だった。そこに聖剣を預けていいものかと彼女は思っているが。王直々のお達しなので、しょうがなく従った。
二人はその後も、そんなくだらない会話の応酬を繰り返していた。
何よデレデレしちゃって、あの二人。
クラウは下唇を噛み、じっと二人を見ていた。けれど、我慢の限界がきて、ベルには見えないよう、スノードに手を振る。彼も気付いたようで、ベルに声をかけて、こちらに歩み寄ってきた。
「なんだ?クラウ?」
「あまり彼女と親しくしないほうがいいわ、スノード」
「…どうしてだよ」
スノードはムッとして答えた。
クラウの気も知らず、何故、彼女がそんなことを言い出すのか検討もつかなかった。
「だって彼女、魔王の娘じゃない。戦いを止めたいって言っているけど、本心じゃ何考えてるか分からないわ」
「なんでそんなこと言うんだよ、俺にはそう思えないけど」
スノードが彼女に反論するのは珍しかった。
もしかしたらこれが初めてかもしれない。それにクラウは面食らう。彼はお互い従者であった時から、自分の後ろを付いてくるような人間だった。彼は自分のことが好きだし、自分も彼が好きだ。今更そんなことを言わなくても、きっと伝わっているだろう。彼は自分のものなのだから。そうクラウは考えていた。
「ス、スノードは単純だからね」
「何だよそれ、俺、もう行くから」
そういって、彼は不満そうにベルのほうに向かっていった。
「ま、まって。まだ話は終わってないわよ、スノード!」
その言葉が聞こえる前に、スノードはベルに駆け寄った。先程の自分と会話した時とは、表情がぜんぜん違っていた。どうしてなのか…なぜ、彼女なのか…
クラウの心には暗い何かが少しずつ浸食していた。
そして、誰かがその心の隙間に漬け込むのはそう難しいことではなかった。




