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親子迷路 (風が強い日)  作者: 山口 浄
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BOYS DON'T CRY

バブル経済の真っ只中、不動産会社で営業の仕事をする私。

仕事柄ちょくちょく父親と会う様になる。


私が見ていても、見た目とは裏腹に消極的に見える程手堅い経営をする父親。

その事を父親に問うと、「それは間違えや。

銀行やら金貸しの連中が頭を下げて、金を借りてくれと言う時は借りたらあかん。投資はもっとあかん。地に足付けて少し時を待つ。でないと、初めはええが後で必ず泣きを見る事になるんや。」と言う。


「今稼いだ金を、今使ったらあかんのや。この浮かれた景気が、このまま行く訳が無い。そうなった時に使うんや。その時にはこの金が、倍の価値になるんや。」とも言う父親。

「まだ解らんと思うがな。お前はまだ頭を打った事が無いからな。」と言われたのだけど、今一つ半信半疑な私。

当時23歳。まだまだ全く世間知らずな私。


勢いでロレックスのダイヤ入りの時計を腕に巻き、憧れていたアメ車を乗り回す。

彼女とは、会う時間は少し減ったが関係は変わらず。

そしてそろそろ結婚を考える時期に。


現状では金銭的にも不安無く、何も心配などしていなかった未だ大人に成りきれてはいない二人。

しかし問題は、考えもしなかった所から火を吹く事となる。

休日に伯母宅に行った時、伯母から「あの子とは、どないする積もりや?」と聞かれて、「勿論一緒になる積もりやけど。」と答えると、突然泣きながら、「それだけは止めてちょうだい。」と言われた。

予想外の話に、驚いた私は言葉を失う。


「一体何でや?ええ様に思っていなかった事は分かって居るが…。」と考えを伝えると、「あんた何を言うてるの?世間さんに遠縁とは言え親戚の子と結婚するなんか、どないして言えるん?何を考えてるの?それに、あんたの父親と揉めるのん解ってるか?」と言われた。


こだわるのは其処か?情けなく、そして悲しくもなり絶句。

怒りすら湧かない。

「あんたを此処まで育てたんは一体誰や?また揉め事を作る気か!もうええ加減にして!うちはもう、あんた等親子に引っ掻き回されるのはもう嫌なんや!」と叫ぶように言う伯母。


この言葉を聞いて、私の今まで置かれていた立場がやっとの事で理解出来た。

「そうやったんや。ホンマにそんなんやったんや。」と妙に平静に納得出来て、「伯母ちゃんの言う事よう解りました。全然納得もして無いし、する気も無いけど。」とだけ言って帰路についた。

帰宅してから独りで「一体どないしたらええもんやろ…。確かに伯母には育てて貰った恩義はある。そやけどなぁ、ここから先は俺の行く道やからな。」と、膝を抱えて悩んでいたのだけど、全く何も何の考えも纏まりもせずに、大学時代のアルバイト先でのの友人に電話して飲みに出る。


お互いの自宅から近くの常連化している焼き鳥屋で飲みながら話すが、返事に困る友人。

その友人は勿論彼女の事もよく知っていて、学生時代は彼女との仲の良さを羨んでいたもんだ。

だから余計に親身になって、共に考えてくれる。

「確かに中々答えの出せる話や無いからなぁ…。でもお互いがお互いを好きなんやから前に進むしか無いやろ。この要らんしがらみさえ無かったら、ホンマに気が楽なんやろうけどな…。」と自嘲しながら熱燗を煽る私と、それに付き合ってくれる有り難い友人。


友とは本当に有り難い物。

明日も仕事だと言うのに、それを微塵も感じさせずに私の悩みの時間を共有してくれる。

血の繋がりは無いが、義兄弟みたいな物。


予想通り答えは出ず、友から貰った言葉は「俺は、お前程恋愛経験は無いけど、一つ言えるんは、自分自身信じろよ。でないと後から必ず後悔する時が来ると思うんや。そやから自分がこれや!と思う事に進まな絶対にあかんと思うで。この事に遠慮は要らんと思うんや。」

嬉しい深い言葉だった。


その後二人共ベロベロになり、話は全く別の方向へ脱線して、近々の再会を約して帰宅。

少し心が晴れた様な、有り難いそんなギザギザな夜を過ごした。

翌日は果てしない二日酔いで仕事にならなかったが、友人も同じく二日酔いで頭を抱えながら仕事を頑張ってくれたのだろう。


それから数日間、ずっと自問自答していた。

「父親は何とも理解できるが、私が伯母を引っ掻き回す?」

心底驚き悲しく腹も立った。


そして彼女から電話があり「実は昨日、伯母ちゃんから電話があってん。それで結婚は止めてくれへんかって私のお母さんに言うたみたいやねん…。」

ため息をついた私。

「それで?」

「お母さんはそんなん二人に任したらええんと違いますん?これは二人の事やねんから。彼の父親の事やったら、喧嘩でも何でもしてお互いが納得できるまでしたらええんと違いますか?って言うたって。」


それを聞いた私は心の中で手を合わせた。

「うん。ありがとう、要らん心配掛けてすみませんって伝えておいてな。ほんまにありがとう。また伯母と話するわ。」と話して電話を切った。


それから更に数日考えて伯母宅へ。

結局話は堂々巡り。

「頼むから止めて。後生や!」とまで言う始末。

そして彼女宅へ向かい、掛けてしまっている心配と心痛を謝って相談する。

寛容な彼女の両親。

「ほんまに迷惑掛けてるな…。」と胃と心が痛む。

彼女は変わらず明るく私に接してくれるが、その気持ちが解るだけに胸が痛む。

伯母とは平行線のまま。

まだ父親には話はしていない。

何でこんな境遇に産まれて来たんやろう?と、自分に情けなくなりながら…。

そして日を改めて伯母宅へ行った時、その時の伯母の言葉が今でも忘れられない。

「父親からも母親からも手放されたあんたを、今まで育てたんは一体誰やの!?そこまで言うんやったら、結婚でも何でもしたらええやん。その代わりに私の目の黒いうちは、二度と目の前には現れんといてんか!」とまで言われた。


それを聞いた私は言葉すら出ずに、黙ったまま伯母宅を後にした。

帰宅して独りで情けなくなり泣いた。

「何でそんな事言わなあかん?俺が生まれてきて何か悪い事でもしたんか?何で伯母にも父親にも、常に一歩引いて遠慮しながら生きなあかんのや?何が悲しくて思う事話したらあかんねん!結局は自分の世間体と、俺の父親との俺には関係のない結論の出ない争いが嫌なんやろ?それに俺には言う事が出来ない、何かグニャグニャした実体の無い物が、きっと伯母と父親の間であるんやろう。俺はそんなくだらん事の為に、何故に自分自身を犠牲にせんとあかんのか?」と頭を抱えながら缶ビールを空け続ける。


彼女に電話をして「ごめんな。今ゴタゴタの話をしてる最中やから、ちょっとの間独りにしてな…。」と言った。

「そんなんええんよ。私はあんたの事が好きで一緒に居たい気持ちに変わりは無いんやから。」と言うてくれるのが本当に嬉しいし、そしてその裏腹に「嫌な思いをさせて申し訳無い…。」と激しく心が痛む。


吐き出したい思いが一杯あるのだけど、それを吐き捨てる場所すら無くて、頭を抱えて出した私の結論は「これから先の彼女が過ごして行く人生において、どの道が一番彼女にとって幸せになれる道なんやろ?」と、この一点だけを考える事にした。


法的には婚姻可能な二人。

だけど、それによって私の伯母であれ父親であれ、その半端では無いだろう反対や喧嘩を押しきって結婚したとしても、それが後々に彼女や彼女の両親への重荷にはならないだろうか?


きちんとした世間一般の「家族」と言う環境に身を置いた事が無い私には、それが解らない。

だから物事を大きめに考えてしまう。

私自身が私から見て、何故にこんな愚かで後戻りだけの不毛な争いをして、何も産み出さない馬鹿げた事を「私の時」で全て納めようと、私達二人のこれからを考えて結論を出した。


何度も何度も、自身の中で自問自答しながら「ほんまにこれでええのんか?ほんまにこれで絶対に後悔せえへんのか?」

悩んで悩んで、答え擬きを出した。

気がつくと夜が明けていた。

果たして、この出した結論が良かったのか不味かったのか?

それは私が息を引き取って、この世に「バイバイ!」と別れを告げる時にならなければ答えは出ない。


それから約一週間、くよくよと悩みに悩んだ私。

誰に相談する訳でも無く、そして仕事も疎かに。


完全に負のスパイラルに陥った毎日の中で、考えに考え抜いた結果、私が出した結論は「少しでも彼女を傷つけずに別れよう…。」


縁と言う見えない鎖に縛られた状態の中で、縺れ絡まった糸を紐解くように考え抜いた結果が、この答え。

「今の仕事がホンマに好調で面白くて、もっと仕事に打ち込んでみたいし、要らんしがらみでガタガタして、迷惑を掛けて嫌な思いをさせてしまうのもアカンと思うねん。」と私が下を向いて話すと「ほんまに?ほんまに言うてるのんと違うやんな?何でそんな事言うんよ…。」彼女は泣きながら言う。

「ごめんな…俺、もっと伸びて行きたいねん…結婚とかしがらみとかに縛られた無いねん…色んな迷惑やら掛かるしな。ほんまに…ほんまにごめんな…」

「そやけど、私何となく解ってたよ。しんどいなぁ…しんどかったんやなぁ…ほんまにしんどかったんやなぁ…ごめんな私、ほんまに力になれんで…ごめんな、ほんまにごめんな…」と泣いて言う彼女を抱き締めて「いや、俺がもうちょっとしっかりしてたら、こんなんに成らんで良かったのに…ごめんやで…おっちゃんとおばちゃんには、俺謝りに行くわな。ほんまにごめんな…」

「もうええんよ。二人共色々解ってると思うから…」


彼女を自宅まで送って行き、彼女の両親と会う。

思いを私が話すと、彼女の父親は黙ったまま上を向き、母親は「あんたほんまにそれでええんか?それでほんまに後悔せえへんのか?多分するやろ二人共…そやけどあんたは伯母ちゃんを一人にして放っとかれへんのやろ?あんたの父親と、うちが揉めるんも気ぃ使うたんやろ?情けないなぁ…そんなもん気にして…情けないけど、あんたはしんどかったんやろなぁ…よう解るわ…」と私涙を流しながら話してくれた彼女の母。

帰り際、手を合わせて玄関を出た。

「ほんまにごめん、ほんまにごめんな!ほんまにすみません!」と何度も呟いては、潤んで見える彼女の自宅を振り返っては、頭を下げて駐車場に停めた車に乗り込んで、ハンドルを握ったまま涙を流す。


ため息と後悔しか無い毎日。

すぐには伯母に話す気にもなれずに、数日して伯母に話すと「あぁ良かった。安心したわ。その方が良かったんやで、それがあんたの為やわ。」と言う伯母の一言。


その言葉を聞いた瞬間に、私の心の導火線に火が点いて火花が飛び散った。

今までこらえていた何かが弾け飛んで、私は黙って立ち上がり、今まで座っていたテーブルの横の椅子を蹴飛ばして、そのまま伯母宅を後にした。

その椅子を蹴飛ばした時の伯母の一言。

「まぁ…」

一体何が「まぁ…」や?

どんな思いでの「まぁ…」」や?

この時のこの言葉は、今でも鮮明に覚えていて離れない。


このやり場の無い気持ちを一体どこにぶつければ良いのか?

そんな答えすら出せずに、ヒリヒリした思いで乱暴に車を走らせた。


きっと誰もが自分だけの場所を守る為に夢中なんやろう。

様々な思いやら思惑、私にはきっと解らない事があるんだろうと感じるけれども、その場に立たされた私には逆の立場に立った事は無いが、いくら実子では無いとは言え、私自身感情のある一人の人間として、それを言われたら引っ込みがつかなくなる事は果たしておかしな事なのか?

私は「否」と信じる。

「人とは何て情けない物なんやろう?」と、つくづく全てが嫌になった。


当然の事だけど、全てが嫌になっても悲しい現実が待ち構えている。


当然の事なのだけど悲しい物で、時間が来れば腹も減るし、喉も乾く。


情けないが現実は現実。脱け殻みたいに身体を引き摺りながら、見えない明日を手探りで顔を引き釣らせながら曲がりくねった螺旋階段を登って行く。


自分自身の命のように大事に大事にしていた宝物を、自らの判断で手離してしまった決して後戻りが出来ない、取り返しのつかない瞬間。










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