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親子迷路 (風が強い日)  作者: 山口 浄
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別離

小学校低学年の頃は、毎日が大嫌いで、毎日のスタートが怯えと遠慮、そして息詰まりの朝からのスタートから恥じまる。特に週末は嫌だった。

襖一つ向こうから、伯母等と伯父の睦み合う声が聞こえて、その反対側の襖の向こうからは、祖母の咳払いが聞こえ来る週末。

それがホンマに嫌で嫌で「ボクって、どうしたらええんやろう?ここから居なくなった方がええんかな?」と、思い悩む日々。

そんなガタガタした毎日の中、私も小学四年生となり今の坊主より一年年長の時、祖母が他界。


今でもその時の光景をはっきり覚えている。

現在では小学校や中学校等は土曜日は休校日だが、当時土曜日は四時間目迄授業があり昼までの登校。


理科の授業で使う虫眼鏡を無くしてしまった私は、伯母にその事言うと叱られると思ったので、朝一番で祖母に虫眼鏡が必要なのですが…。と言う小狡い私。

祖母は、自らの寝ている枕の下から財布を取り出して、幾らや?と聞く。

「やった!」と内心喜んで、「300円なのです。」と言う私。

祖母は小銭を探すが、見付からずに五千円札を手渡される。

「四千七百円、お釣りを持っといでや。」と念を押す祖母に、「分かりました!」と喜んで登校。


登校途中に、小中学生相手に朝早くから営業している文具店に立ち寄り、念願の虫眼鏡を購入。


祖母から出掛ける前に手渡された首から下げる財布を、服の下に大事に収めて登校。

四時限で授業を終え、首から下げた財布を確認して、土曜日の午後一時から放映していた吉本新喜劇に間に合う様に走って下校。

帰宅してすぐ、祖母が「子供がぎょうさんお金持ってたらあかん。早よ出し。」と言うので、「うん、ありがとう!」と手渡した。

昼食を食べながら、吉本新喜劇と、別チャンネルで放映している同じ吉本興業の番組、「モーレツしごき教室」を笑いながら観て、終わると同時に自宅から直ぐの遊び場である河原へ走る。

合流した友達と、今日の吉本新喜劇のギャグの真似をしながら河原で走り回る私。


夕方近くなり、河原の堤防の上から近所のおばちゃんが私の名を大声で呼び、「早よ帰っといで!」と怒った様に叫んでいる。

驚いて友達に別れを告げて自宅へ戻ると、自宅前に、祖母の掛かり付けの病院の車と父親の車が停まっている。


一体なんやろ?と思いながら、恐る恐る裏口から家に上がると、近くに住む親戚も来て、祖母の部屋に集まっていて、祖母のベッドの前には、主治医の先生が深刻な顔をしている。

荒い呼吸を繰り返す祖母。

俄には信じ難い現実に、私は呆然として伯母の手にすがる。

だんだんと祖母の呼吸が更に荒くなり、そして急に静になったと思った時、先生が祖母の胸に聴診器を当てたまま「完全に心臓が止まりました。」と言った。


死因は心不全。

その瞬間、真っ先に横たわる祖母にしがみつき、父親が「俺の人生はどないなるんや!」と泣きながらしがみついていた。

この時の父親の言葉の意味は、最近になって朧気ながら想像出来る様になった。


お葬式の用意があるからと、その日は父親の自宅に泊まる事に。

仮通夜と通夜、そしてお葬式になり、父親宅に二泊三日してお葬式に向かう早朝、私が今まで見た事も無い札束を鞄に入れて、私に出発を促す。

促されるままに車に乗り込み、お葬式の会場である自宅へと。

先程用意していた札束を、葬儀会社の社員に数えて渡す父。

葬儀が進み、自宅と小学校の間に在る火葬場へ。

初めての骨上げ、変わり果てた祖母の姿に震えながら、お骨を納める。

帰宅すると葬儀の片付けは、葬儀会社の手により既に終わっていて、隣近所のおばちゃん達が労いの言葉を掛けてくれる。


食事となり、親戚一同が揃い何やら真剣に話し合っている。

伯母が私と年上の従兄弟四人に対して、「ちょっと外で遊んどいで」と有無を言わさない口調で言った。

仕方無く私を含め五人で外へ行こうとすると、家の中から父親の怒鳴り声が聞こえて来た。

心身共に疲れ果てた私は、「あぁ…またや…。」と恥ずかしく悲しい思いで下を向いた。


そんな思いを誤魔化す為に、従兄弟達の中で最年少の私は無理をしてはしゃぎ回り、自宅前にある堤防の石垣から飛んで着地に失敗して頭を打って、額にケガをする。


二日後に小学校へ登校すると、担任の先生から「家で不幸があって、その上頭にケガ迄したんか?大変やったな…。」と、同情された。

病身をおして幼い私の手を引いて、あちこちへ連れて行ってくれた祖母。

阪急電鉄十三駅近くの、喜八洲の酒饅頭が好物でしたね。

もっともっと長生きして、私に色んな事を話して欲しかった。

小さな頃は身体が弱くて、「この子は長くは生きられ無いかも知れない。」とまで言われた私ですが、今では人より大きく健康で頑健な身体に成長させて頂きましたよ。

忘れずに、毎日お線香をあげさせて頂いておりますよ。

あのしわくちゃの笑顔は忘れてませんよ。

いずれ私がそちらに行っても、どうかまた私の手を引いて下さいね。

ありがとう。お祖母ちゃん。


この頃から私はよく、夜中に激しく発熱して魘されて意味不明の言葉を叫んだり、凄まじく恐ろしい夢を見て魘される事が頻繁に起きる様になる。

それは、小学校卒業近くまで続く。

私の現在の年齢から見る視点で考えると、幼いながら過度のストレスが有ったのか?と思い返して、自分自身の周りの大人達に「大人であり、ましてや形はどうであれ、育てる側の大人達は必要以上の思いは幼子に持たないと。でないと、現在目にする様々な事件や問題は後を絶たたんやろ。」と、痛い程思う時が多々ある。

「子が何かしらの思いによって親を殺す。全く有ってはならない事なのだけど、親が子を殺す。これだけは、全てにおいて有ってはならないのだけれども、絶対に許される事ではないと私は確信する。」


昨今、通り魔やらネットを利用しての殺人、自殺幇助に、怨恨、金銭目的の殺人事件が頻繁に起こり、新聞やニュースを観ていてもウンザリする程だけれども、私個人的な考えでは「酒や薬物、怨みに欲望と言った様々な状態での心身喪失状態や薬物を含めての、明確な殺人においては、殺された人の人数とか、アホな事を論議する間もなく、そして迷う事無く「死刑」以外の選択肢は無いと思う。

よく「犯罪者にも人権が!残忍な死刑には反対!」と、テレビや新聞、そしてネットで観るが、私個人的には甚だ理解に苦しむ。

果たして死刑反対論者が百人いたとして、その反対論者の子供や家族が、何らかの事件に巻き込まれて殺された場合には、同じように死刑は残忍等と胸を張って言えるのかどうか、と私は考える。



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