瞼の母
開店して二年を過ぎて、三人目となる通称ジェーンがアルバイトに来てから約一ヶ月を過ぎた頃。
少し売上が頭打ちになって来た。
生ビールと酎ハイの安売りをしている週末と祝日は変わらず順調なのだが、平日の売上がかなり厳しい。
いつも相談相手になって貰っている酒屋さんと話し込んでいると、「ばらちゃん、もしばらちゃんさえ良かったら、一度ウチの家が商売の事や大事な事があって岐路に立ち困った時に、相談させて頂く先生を紹介するから、もし良かったら一度行ってみいひんか?」と言う酒屋さん。
「何ですの?先生て?ひょっとしたら頬っぺたに傷のある先生や無いん?」と聞くと、「ちゃうちゃう!分かりやすう言うたら、お寺の住職さんやねん。そやけどな、金目的の怪しい宗教や無いから、それだけは安心してな。」
「ほんなら一度行かせて貰いますわ。私も気になってる事が有るんで。」
「あっ!ばらちゃん、あの時の事か?!」
「そうですねん。あれから気になって気になって…。それで、お布施はどれくらいさせて頂いたらええんです?」
「あぁ、封筒二枚用意して、一万円と千円の封筒を二種類用意して行ったらええよ。もしばらちゃんが、こりゃアカンわ。と思うたら千円の封筒を渡したらええし。えっ?と納得したら一万円の封筒を渡してくれたらええんよ。多分ビックリするで。」と酒屋さん。
店の屋号が「ばらがき」だったので、「ばらちゃん」と私を呼ぶ酒屋さん。
端から聞いたら、まるで薔薇族みたいなのだが……。面白いので、それも全然OK。
気になっていた事とは。
開店して少ししてから、店の繁盛と安寧を護って頂けるように、桐の材木で神棚設置用の棚を作って貰い、神棚を祀らせて頂いた。神棚には開店の時に祝詞を詠んで下さった神社の御札と私が幼少の時から参拝させて頂いている甲山大師様の御札を祀らせて頂いている。
毎日出勤して一番に、神棚の清浄をしてから店内の掃除をして最後に不浄の掃除をしてから、「本日も店を開ける事が叶いました。どうぞ家族と店に安寧をお願い致します。」と手を合わせる事が毎日の始まり。
そんなある日。いつものように神棚に手を合わさせて頂くと、突然神棚の御社が揺れだした。私は驚き手を合わせたまま微動だに出来ずに居ると、祀らせて頂いてる御札も揺れだし、突然私の額に御札が飛んできた。額に当たった御札を手に取り、驚きと恐怖で御札を持ったま愕然として、ただただ震えるばかり。
全くどうして良いか解らずに、飛んで来た御札を持ったまま、ただ立ち尽くすだけ。
そしてそのまま床にへたり込んだ私。
「一体何が?!」と様々な思いを巡らせるが、答えは全く出て来ない。
慌てて、以前北海道料理屋で兄弟と呼び合い、開店の時にも駆け付けてくれた男に電話を入れる私。
彼は暴れ過ぎて、極道の世界から放逐されて、その後暫くは、高野山で仏道の修業をしたと言う異色な経歴の持ち主で、柄にも無く妙に神仏に造詣が深い男。
電話に出た彼「いよう兄弟!久しぶり!お店は順調ですか?」と、いつものように明るく大きな声が聞こえて来た。
その声に「ホッと」する。
「兄弟久しぶり。商売はまぁまぁ何やけど、実はたった今えらい事が起きたんやわ。その事で兄弟に相談に乗って欲しくて電話したんよ…」
「一体どないしたんじゃ兄弟?何かトラブルでもあったんかの?」と心配してくれる兄弟分。
「実は……。」と、少し前にあった出来事を詳しく話す。
「うーん…。兄弟、今は電話越しやから解らんけど、お店の建物図面と神さん棚を設置した場所を解るように図面に書いて、今は店やから、店にFAXを送ってくんないや。」と言うので、その足で直ぐに二階の不動産会社へ行って、私の店の建物図面をコピーして、兄弟分の勤務先へFAX。
暫くして私の携帯電話に、兄弟分から着信が。
「兄弟、こりゃあいかん!いかん所だらけじゃ。まず一番いかんのが、神棚の場所がトイレの横にある事じゃ!これは絶対にいかん!二つ目は、神棚の向いてる方角が西になっとる。これもいかん!」と、一気に話す兄弟分。
全く、その辺の配慮が無かった私は驚いて「神棚をお祀りする場所を変えなアカンちゅう事なんやなぁ?」
「そうじゃ兄弟。まずは神棚の場所を移さないかん!それには兄弟。確か兄弟は親御さんとの縁が薄いと言うとったな?薄いっちゅう事は、御先祖さんの墓参りも余り行って無いんと違うかの?」
「ホンマやな。学生の頃に独り暮らしになってからは、疎遠になってるな…。」
「それじゃ兄弟!兄弟がその場所で、商売を始めて根を張る足掛かりを作るのは、兄弟一人や無いんじゃ。御先祖さんが居て兄弟が居る。そして御先祖さんが居てくれはったけん、兄弟は結婚して子供にも恵まれた。その生まれた子供にも、兄弟と奥さんの御先祖さんがいらっしゃる。ここが一番大事で、決して忘れず疎かにしちゃあ成らん所じゃ!先ずは兄弟。兄弟と奥さんの、御先祖さんの墓参りじゃ。そして神棚の場所を変えんといかん!来週の兄弟の定休日に合わせて、ワシも休みを取るけん一緒に神棚の場所を変えて、新しく祀ろうやないの。」と、兄弟分から教えられる事ばかりでありながら、わざわざ私の為に休みの日を潰して、来てくれる事に、携帯電話越しに深く頭を下げた。
そして翌週に、兄弟分と相談しながら二人の素人工事ではあるが、ホームセンターで購入して来た電動ドリルと桐の材木で、今回は調理場の一番離れた場所で、レジを置いている場所の上の天井から吊り下げる形で神棚を祀らせて頂いた。
この一件が有ってから、この事で嫁さんとも深く話し合い、そして第二回家族会議を開いて、二人の保育園児の娘に「御先祖様の大事さと有り難さ。そして毎朝眼が覚めたら、自宅の神棚に向かって手を合わせて感謝の気持ちを述べる。」と言う事を、二人の娘に分かりやすく伝えた。
そして次の定休日に、酒屋さんから紹介して頂いたお寺に行く事に。
お寺の場所は、私が住む神戸市から西へ。車で四十分程の明石市内の漁港近く。
酒屋さんから言われた二枚の封筒を内ポケットに入れて、お寺の門を潜ってインターホンを押す。
暫くして年配の住職様が応対して下さり、奥へ通して頂いた。
「酒屋さんからの紹介で詣らせて頂きました。」と伝えると、「ああ聞いてます。遠い所を、良くお越しになられました。新しく御商売を始められて色々とお悩みだとか?私も以前は百貨店に勤めていた事が有りまして、商いの大変さは良く知っている積りです。貴方はまだお若くて羨ましい。さて、ご相談とは?」
「実は商売を始めて、二年近くになるのですが、最近伸び悩んでおりまして悩んでおります。その事で懇意にしている酒屋さんと話しておりましたら、此方の先生に御話を聞いて頂いたらと御紹介に預かった次第です。」と率直に話した。
「では、この紙に名前と生年月日を書いて貰えますか。」と一枚の紙とペンを渡され、書き終えると暫く私の名前と生年月日を呟きながら、「此方へ来て、私の向かいに座って貰えますか。」と、お寺の本堂に向かって座るのでは無く、本堂からは横に向いて対する位置で住職様と向き合う。
「では眼を閉じて頭を下げて手を合わさせて下さい。」
住職様に言われた通りにした私。
すると「宜しいですか?では始めます。」 住職様から言葉が発っせられて、お経が始まる。
正座して眼を閉じて手を合わせる私。
良く聞いていると、私の知るお経では無くて、まるで歌うような口調で私の現状等の事を、良く通る声で話されている。
十五分程して終わり、「どうぞ此方へ。」と住職様に促されて、元の場所へ。
「まず、貴方の御商売。これは今は中々上手く行かずに辛い思いをされるかも知れないけど、大丈夫。貴方は強い運を持ってはる。例え今が駄目でも次に勝つ。大丈夫!それはそれとして、貴方はどちらかの親御さんとお会いになって無いんと違いますか?」と住職様。
私は「えっ!」と驚き、「実は、産みの母親とは会った事が有りません。」と話すと、「ああ、お母様でしたか?しかし大丈夫。お母様は生きておられて元気にしてられます。近々お会いになれると思います。」と話す住職様。
想定外の話に、言葉を失った私は次の言葉が出て来ない。
「実の母親と縁が有りますか……?」と細い声で訪ねると、「貴方の事を、お母様は大変気にされてます。」と言い切った住職様。
「それでは彼方にある御神籤を引いてみて下さい。」と住職様が言われるので、「一体なんで、今御神籤を引くんやろ?」と思いながらも御神籤を引いて、出て来た番号を住職様に告げる。
住職様が、その番号の御神籤を引き出しからから取り出して、私に手渡して「読んでみて下さい。」と言われる。
その御神籤の内容を見た瞬間に、私は「ドキッ」ともし「ゾクッ」ともした内容。
果たして御神籤の内容は、「幼い頃から血縁の縁薄く、苦労が絶えない。独立心が強くて物事を一足飛びに考える癖がある…。」等々と、他にも続くが、私に当てはまる事ばかり。
「先生、これは何故に……?」と問うと、「私が先程、貴方の御先祖様と話をした答です。」と言われる。
「うーん…。」と驚いて次の言葉が出ない私。
「御先祖様を敬い、大事になさる事が一番大事な事です。その事を、奥さんと子供さんにも伝えて、家族全部で御先祖様を敬う事で道は開けます。」と教えて頂いた。
そして全く想定外の話の成り行きに、少し戸惑いながら、感謝の気持ちを住職様にはっきりと伝えて、一万円の封筒を頭を下げて寄進させて頂きお寺を後にして、気にして居てくれている酒屋さんに電話をして、事のあらましを話す。
酒屋さんも驚いて「なっ、ばらちゃん。ビックリしたやろ?」
「いやホンマに驚きましたわ。どない言うてええのか解りませんわ。」
「ばらちゃん、多分先生の言わはったようになるで!」
あまりの驚きに少し取り乱しながら、自宅へ向け車を走らせる私。
私は自分の母親の顔を知らない。
私が一歳位の時に何らかの事情で離婚して、親権は父親に移って、父親の姉である伯母と祖母によって育てられた。
アルバムの写真は母親の写る部分だけが切り取られていて、三十六歳になる今まで顔も名前も知らないでいた。
知りたい、会いたい気持ちは強かった。
しかし幼少期、少年期、青年期と何れの時代においても、私が母親に会う事を望んだり臨んだりしても、それが私を育ててくれた人達への、言葉では言えない「罪」になるような気がしていて、今まで言い出せ無く、そして実行する事を躊躇っていた。
「一体僕のお母さんって、どんな顔なんやろ?どんな声で、今は何処に居てるんやろ?何で参観日にも来てくれへんねやろ?僕の事が嫌いになったんかな?」等と、小学生の頃に悩んだもの。
あの頃の何とも言えない歯痒さと、ギザギザな思いが胸の中を交差する。
子供の頃にあった様々な醜い出来事から私は、絶対に片側からの言い分を信用しない。
理由は簡単。
自分の都合の良い事しか主張しないから。
全ては相手がある事だし、もう片側の当事者が居ないならば欠席裁判になって不公平甚だしいからだ。
だから、伯母や父親が折に触れ私に「それとなく」話した事がある母親の話を一切信用していなかった。
酒屋さんから紹介して頂いたお寺から帰宅した後、二人の娘を保育園に迎えに行き、暫く三人で公園で遊んだりお菓子屋さんで、好きなお菓子を買ったりしながら、走らせる車の中で尻取りをしながら、嫁さんを迎えに勤務先の前へ。
二人の娘は尻取りの「る」地獄に陥っている。
今日有った出来事を話ながら夕飯を摂るのだが、いつまで経っても御神籤の件が頭から離れない。
「まぁ深く悩まんと、明日からのお店の営業をメインに考えんと。」と嫁さんに後押しされながら二人の娘を両腕枕をしながら、深い眠りに。
そして翌日の定休日明け。
酒屋さんとも話をして、「急にお母さんの事で深く悩まんと、今目の前の売上を考える事が一番の親孝行やで。」と励まされ「確かにな。そらそうやわ。」と、気持ちを持ち直す。
この頃に、週三回か四回勤務のジェーンに加えて、以前勤務していた蕎麦をメインとする会社時代の社員の紹介で、店の近くに住む二十五歳フリーターの女の子がアルバイトに加わった。
明るく社交的な彼女は、ジェーンと共にお客さんから人気が出て、これまた何故か「キャサリン」と、お客さんから名付けられる。
彼女キャサリンが、後に「下ネタ天国下ネタパラダイス」と、一部のお客さん達から呼ばれる女の子のアルバイトを巻き込んでの、暇な時の常連さん達との下ネタトークの礎となった存在である事は間違いない。
店の営業に夢中に取り組んでいるうちに、数ヶ月が経った定休日前のある日。
一日中雨降りで店は閑散としていて、この日のアルバイトはジェーン。
ジェーンも一応の定時である深夜零時に「こんな時間に大丈夫か?」と心配する程大量の賄いを食べて帰宅して、午前二時の閉店時間までは私一人。
一組居たお客さんも帰って、洗い物も終え「しかし今日は暇やな…。」と独り呟きながら、所在無げに携帯電話を弄っていた時。
「そうや?母親の居所を調べるには、どないしたらええんやろ?興信所か?それともやはり役所なんかな?」思い巡らせながら、「とりあえずは役所かな?」と、神戸市役所のホームページをクリック。
「ご相談」を更にクリック。
そして相談内容に、経緯を全て入力して送信したが、「まぁまぁ、お役所仕事やろうし返事無いやろな。有っても当たり障りの無い内容かもな。」と、余り期待はしていなかった。
と言うか、片付けて店を出る頃には忘れていた程。
定休日の翌朝。深夜二時に店を出て、帰宅して一杯飲んで早朝五時に眠りに就いて、買い出しも有るので午前十時には眼を覚ます。
起き出して、嫁さんが用意してくれていた朝食
を摂りながら、携帯電話を見ると神戸市役所からの返信メールが。
それは私の予想を完全に裏切って、事細かに調べる方法が書かれている。
驚いた私は、メールを書かれている担当者へ慌てて電話を入れた。
「今朝、ご相談させて頂いた事をお答え頂いた者です。つきましては詳しくお教え願えませんでしょうか?」と訪ねると、担当者は更に詳しく「戸籍謄本に記載されている……そして付票をあげられて……郵便局で小為替で……」等と、調査方法を教えてくれて、私はメモしながら丁寧に御礼を言って電話を終え、保管していた戸籍謄本を持ち出して、近くのコンビニエンスストアでコピーをして郵便局へ急いで車を走らせた。
先ずは戸籍謄本に記載されている母親の住所が在る市役所へ小為替を送る。
そして、その市役所からの返事を貰って、転居していれば次の市役所へを繰り返す事が、教えて頂いた方法。
現在では個人保護法の規制で、この方法では探す事が叶わなくなったと聞くが、タイミング良くぎりぎり間に合う結果になった。
約一ヶ月かかり、数ヵ所の市役所とのやり取りを経て、遂に現在の母親が居住する市が判明。
しかし住所は、私本人が当該市役所へ直接行って、本人確認をしてからで無いと教える事が出来ないと記載していたが、新たに判明した「母親が再婚した事。そして、その苗字が一般的ではあるが、そう多い苗字では無い事。」それが判り、咄嗟に番号案内に電話をして「……で探しているのですが、ご主人の名前を知らなくて…。」と適当な事を言う。
「……様で○○市内で四件のお届けがございます。」と番号案内のオペレーターさん。
「あっ、そうですか……。すみません。」と電話を切って当たり前の事なんだが、「私の母親が確実に、この市内で生きて住んでるんや…。」と感慨に浸りながらも慌てて、自宅を飛び出す私。
そう。母親は数ヵ所の街を引っ越していたが、現在は生まれ育った街に戻っていた事が判明した。
その街は、私の住む街から約四十キロ程。
「めっちゃ近いやん!車よかバイクの方が早く着くやろ!」と、百㏄のバイクで走り出す。
飛ばしに飛ばして、自宅を出て約一時間少しで目的の市役所に到着。
ヘルメットを外して、くしゃくしゃになった髪の毛を整える事もせずに担当の課へと走る。
今から考えたら、走ろうが歩こうが、全く変わらないのだけれども…。
担当部署へ到着すると、やや年配の女性職員が応対をしてくれた。
今までの数ヵ所の市役所とのやり取りである返信内容を開示して、私の身分証明書を提示。
何故に探しているかと、女性職員に聞かれたので、「私も三十六歳となり、未だ会った事が無い実の母親と会いたいのです。もし万が一、母親が幸せならば、それはそれでええんですけど、もし困ったりしているならば助けなアカンと思うて急いで来たんです。それだけなんです!」と、一気にまくし立てた。
「そうですかぁ…」と、俯く女性職員。
母親の、現在の住所が記載された付票を開示してくれた。
その瞬間、「あっ此処にお母さんが…」と目の前が曇る。
そして担当の女性職員は、「本当は、禁止されているんですけど…。」と、この市役所から母親の住む住所迄の地図をコピーしてくれて、手渡してくれた。
何故か担当の女性職員の眼も潤んでいて、一瞬私は訝しげに思ったけれども、直ぐに自らに良い様に考えて、深く頭を下げて市役所を後に。
そしてバイクを運転しながら、手渡して頂いた住宅地図を眺めながら遂に母親が現在居住する場所へ到着。
それは分譲マンション。
それだけなら在り来たりな話なんだけれども、この分譲マンションに到着して私は背筋が震えた。以前私が不動産会社勤務の時に、所属する営業所とは違うエリアだったけれども売買の絡みで、私が一度オープンハウスを担当した事があるマンションだったのだ。
「ああ…このマンション…確か入社二年目の頃にオープンハウスしたよなぁ…」と独り呟きながら、エレベーターを使わずに階段を上る。
別にエレベーターでも良かったのだが、もしもエレベーター内で母親と一緒になったら何と対処して良いのか不安で仕方なく、敢えて階段で。
万が一。母親と一緒になったとしても、私は母親の顔を知らず、母親も私が一歳の時の顔しか覚えていない筈なので、お互い気付く事は無いのだけども。
市役所で貰った抄本に記載されているマンションの階に到着して、母親が居住する部屋を探す。
説明しようの無い胸の高鳴り、緊張で心臓は自分でも分かる程にバクバクと音を立てている。
勿論、連絡もせずにいきなり訪問する気など更々無い。
ただ長年思い焦がれていた母親が、何処に住んでいるのかを知りたかっただけなのだ。
とうとう抄本に記載された部屋番号と一致する住居の前に立った。
玄関ドアの両横に部屋の窓があり、その片側一室には灯りが点いている。
「誰が居るんやろう?母親かな…。インターホンを押したら誰が出て来るんやろ?」等と出来はしない事をくよくよ考えるうちに、柄にも無く不意に涙が出て来て止まらない。
「お母さん。あなたが今から三十六年前に、この世に生を授けて下さった息子が今、お母さんの家の目の前に立っているのです!会いたいのですが帰りますね。」と、心の中で語りかけて、玄関ドアに向かって手を合わせてから階段を降りて帰路につく事に。
自宅迄の約一時間少しの道程を、百㏄の小型バイクを運転しながら様々な事を考え、思い巡らせて神戸市須磨区の自宅に到着。
帰宅すると、嫁さんと二人の娘も帰ったばかりで、娘二人はテレビの前ではしゃいでいて、嫁さんは近くのスーパーマーケットで買い物して来た食材を冷蔵庫に入れている最中。
「バイクであの街迄は暑かったんと違う?熱中症に気をつけんと。ほんでどうやったん?お母さんの住所判ったん…?」と少し聞き辛そうに訊ねる嫁さん。
「うん…。市役所行って抄本をあげてから、住んでるマンション迄行ってみたよ。俺が不動産会社勤務の時にオープンハウスした事があるマンションやったわ。しかしどうしようかな……」と、悩み込んだ顔をした私に「気持ちは分かるけど、ゆっくり考えた方がええんと違うかな?お母さんの住んではる場所も解ってんし。」
「そうやなぁ…すまんけど、ちょっと先に風呂に入って来てええかな?」
「ええよ。ゆっくりしてね。すぐにお風呂の用意するわ。」
「いや俺が用意するからええよ。仕事から帰ったばっかりやん。ちょっと休みぃな。」と、風呂の用意をして、設定温度は二十五℃と全くのぬるま湯に設定して、風呂場に瓶ビールと中ジョッキ、そしてライトな赤ワインのボトルを持ち込んだ私。
一時間以上ぬるま湯に浸かりながら、いつものお風呂場読書では無くお風呂場飲酒だ。
風呂場の天井をボーッと眺めてライトな赤ワインを中ジョッキに無造作に注いで飲みながら、思考をあれこれと巡らせ溜め息をつく。
暫くして結論が出た。
出した結論は「くよくよしててもアカン。今の自分自身と、歩んで来た道程を全て書いて手紙で送ろう。もし母親が迷惑だと考えて、返事を貰えんかったとしても、それはそれでホンマに縁がなかったと諦めが付くんと違うかな?よっしゃ。今から生まれて三十六年間の事を書いて送ろう!」と決意して、風呂場を飛び出した。
夕飯の用意をしていた嫁さんに「ごめん。便箋出して!」とバスタオルで身体を拭いながら言うと、何となく分かっていたのか「縦書きと横書きのどっちがええ?」と、速答してくれた事に少し驚きながら「枚数が、ぎょうさん有る方!」と嬉しくなり大きな声で返事をした。
「今から、俺の今までの人生を分かりやすう書いて母親に郵便で送ろう思うねん。一気に書くわ。」と横書きの便箋とペンを握ってリビングのテーブルに座って書き始めた。
夕飯の用意が終わり、嫁さんと二人の娘が入浴の為に風呂場へ。
素っ裸ではしゃぎ回る娘に目を細めながら、書いていると、風呂場から「冷たいー!ギャーっ!」との悲鳴が上がっている。
「嫁さん、子供よすまん…。設定温度二十五℃で溜めたままやった…。」
黙々と手紙を書き続ける私。
二人の娘が、構って貰おうとしきりにやって来るが、嫁さんが「お父さんは今、大事なお仕事してるんやからアカンよ。」と上手に諭してくれる事に感謝しながらペンを走らせる。
二人の娘が寝静まった頃に手紙を書き終え、私の向かえ側の椅子でコーヒーを飲んでいた嫁さんに「出来た。今までの人生のあらましを全部書いた。携帯電話の番号も書いて、もし返事を貰えたら嬉しいけど、再婚してはるみたいやし、色んなしがらみで返事貰えんかったとしても、それはそれでええやんか。お互いの人生やもんな。」と思いを話すと、「それでええと思うよ。あっ!うちの家族の写真入れといたら?例え返事を出せなくても、こうしてちゃんと頑張ってる事が解って貰えるやん。」
「ほんまやな!そこまで気が回らんかったわ。おおきに、ありがとうな。明日手紙は敢えて、お前の手でポストに投函してくれへんかな?」
「うん。わかった。会えたらええね。」
翌朝、二人の娘を連れて出勤して行く嫁さんを見送って、私も店へ。
営業が始まり出勤して来たキャサリンに、昨日の事を話すと涙ぐむキャサリンさん。
いつもの明るさは影を潜めて、えらくしおらしい。
「いらん事言うてしもたな…。ごめんやけど、もうちょっと笑顔で接客をお願いね…。」と機嫌をとるが、結局この日は最後までこの調子。
苦笑いするしかなかった…。
一週間程経った頃。
深夜帰宅すると、リビングに設置しているテーブルの私の席に、一通の封書と横に嫁さんの文字で「お母さんから手紙が届いてました。すぐに知らせようと思ったけど、仕事が手につかなくなるだろうと思ってそのままにしました。」と書いている。
「さすがに、よう俺を読んでるな…。ありがとう。」と苦笑いして、少し震える手で封を切った。
開いた便箋には、先ずは突然手紙を貰って驚いた事。そして今までの謝罪。そして今まで私の事を一日たりとも忘れた事が無く、今は余りの突然の出来事に動転しており、少ししたら改めてご連絡させて頂きます。と記されて、一枚の母親の写真が同封されていた。
初めて見る母親の顔。
私は写真に見入って涙を流したまま、暫く動けなかった。
私が帰宅した気配で目を覚ましたのか、嫁さんが起きて来て「お手紙読んだ?」と聞く。
「うん。」と手紙と写真を嫁さんに差し出した。
嫁さんは手紙と写真を見て、私と同じように涙を流して「お母さん、ずっと会いたかったんやろね…。ずっと気にしてはったんやろね…。私やったら生まれたばかりの子供と離れなアカンって出来ひんもん…。」と私と二人して涙を流す深夜。
母親からの手紙には「少し落ち着いたら連絡します。」と書かれていたのだが、気の短い私は止まらない。
それも見越したのか、テーブルの横には便箋が置いてくれていて、感謝しながら早速ペンを走らせる。
翌朝再び、嫁さんに手紙の投函を託して店へ。
嫁さんも私も完全に寝不足だったけれども、心は踊っている。
来店して下さる常連さんにも話して、今後の意見を聞いてみたりと落ち着かない。
手紙を出して数日した日の夕方。
私が、その日のおすすめメニューを書いていると登録されていない番号で、携帯電話が鳴った。
「誰かな?しょうもないセールスかな?」と訝しく思いながら電話に出ると、私のフルネームに、(さん)を付けて話し掛けて来る初老らしき女性の声。
「え?」っと、暫く声が出ずにいると初老の女性が「私、あなたの母親です。今までごめんね…。本当にごめんね…。寂しい思いをさせたんやろうね…。ごめんね…。」と震える涙声で話す初老の女性。
「あっ!どうも…。」
これしか言えなかった。
「お店持ったんやね。頑張ったんやね…。」
「いえ…ほんまにぼちぼちやってます。お母さんはお元気ですか?」
「ええ元気です。可愛い娘さんが二人も出来て、私も知らない間にお婆ちゃんになったんやね。ほんまに今までごめんね…。」
「いえ…。そんなん謝らんで下さい…。色んな事が有った結果やと思うてますんで…。」
ずっと考えてた事が、全く上手く言えない。
言葉を探そうとするが、探す言葉が見つからない。
「どうですか?良かったら一度会いましょうか。」
「はい!勿論!」
「何曜日がお休みですか?」
「はい、木曜日です。」と返事をすると、「じゃあ私が神戸に行かせて頂きますね。」と母は言うが、「いえいえ、私が行かせて頂きます。」と、母親の自宅が在る最寄り駅から数駅離れた、先日行った市役所が在る駅の一階改札口で待ち合わせる事になった。
電話を切ってからも指の震えは止まらず、本当に色んな事に思いが行ってしまうばかり。
今までずっと会いたくて会いたくて、心を焦がしていた母親と初対面する定休日の前日。
全く落ち着かない私は、酒屋さんには「何て言うて挨拶したらええんですかね…。」と質問してみれば、「ばらちゃん…俺はその境遇になった事無いから、何とも言えんわ…ごめんやけど…。」
夕方出勤して来たジェーンに同じ事を尋ねると、「そんな難しい事、大学二年生に聞いても答えられませんよ……すみません…。」と下を向くジェーン。
お客さんに聞いても「うーん…。」と首をひねったりするだけ。
そりゃあ答えられる筈も無い。
「初めまして…。は、おかしいな…。生んでくれて会うてる訳やし…。御無沙汰しております。も何か違うよな?確かに思いっきり御無沙汰してる訳やけど…。お元気ですか?も違うな…。元気やから会いに来てくれる訳やし…。」等と、独りで自問自答する姿にジェーンもお客さんも呆れ顔だ。
そしていよいよ念願の日。
私は手土産として、私の生まれ育った街で居酒屋を営んでいて、私の店のオープンの時にも店を休んでまでして応援に駆け付けて下さった、大学時代のアルバイト先での先輩が、居酒屋を辞め新たに大阪市内でコーヒー豆専門店を営んでいる店に立ち寄って、コーヒー豆の詰め合わせを求めて手土産に。
今回の事情を話すと先輩は驚いて、「良かったな!とうとうお母さんと会えるんや!頑張ってな!そんな大事な日に、うちのコーヒーを選んで立ち寄ってくれてありがとうな!ゆっくり話といでや!」と励まされて先輩の店を後に。
手に汗をかきながら待ち合わせの駅に、約束時刻の四十分前に到着してしまった。
十分程後に、一階改札口が見える喫煙コーナーで煙草を吸って緊張を鎮めていると、私を見つめる眼に気付いた。
慌てて煙草を灰皿に押し付けて駆け寄る。
写真で見た初老の女性から、二本の細い腕が差し出されて私の両手を握りしめる。
初老の女性が私の名前と生年月日を涙を流しながら言う。
私は涙は出るが言葉が出ない。
「ほんまに長い事、ほったらかしにしてごめんね…。」と細い二本の腕の指先に力を込めて私の掌を握りしめる。
「お母さん!」と、三十六年間の人生で初めて言った念願の言葉。
「大きくなりすぎる程大きくなったねぇ…。プロレスラーかと思ったよ…。」
「お母さん、お元気そうで何よりです。」
「どこかお話しが出来る喫茶店に行きましょうか?」と私の手を、小さい子の手を引くように引きながら歩き出す母。
商店街の中に在る喫茶店に入って、話を始める。
母は一冊の小さなアルバムを鞄から取り出して、私に手渡した。
「私が今まで一番大事にしていた物。今日からは、あなたが持っていてね。」
ページを捲れば、私が赤ん坊で、満面の笑みを浮かべた幸せそうな笑顔の母が私を抱いている写真や初めて見る母の姉や、私の母方の祖母に抱かれて眠る私の写真が収められている。
また流れ出て来た涙を拭きながら「そんなんあきません。」と震える声で言うと、「もうええんよ。今日会えたんやから。その写真も、今のあなたの姿も、私の心の中のアルバムに貼れたんやもん。」
私は下を向いて次の言葉が全く出ない。
話しているうちに、空いていた隣のテーブルにお客さんが座った。
「あっ!久しぶり!どないしたん?」と、母と隣のテーブルに座ったお客さんが会話を始めた。友人のよう。
「うん。私の息子。ずっと話してたやろ。一番上の息子やねん。」と笑顔で応えた母。
一瞬躊躇した隣に座った友人は「あっ!そうなんや!仲良しやねぇ。」と作り笑顔。
暫くは当たり障り無い話に終始して、二十分程経った頃に、母は「そろそろ行きましょうか。」と席を立ち、私も友人に頭を下げて後に続いた。
「昔からの友達。全部知ってるんよ。気を使わせてごめんね。」と、近くの和食料理屋に促す母。
二人共同じ料理を注文して、話の続きが始まる。
母方の祖母は、私の長女が生まれた三日後に亡くなられ、最後まで私の事を気に掛けていた事。
祖父は、母が生まれて出生届を出しに行って暫くして陸軍に召集されて、サイパン島で玉砕し戦死した事。
そして私の父親との離婚の原因は、父親の浮気と生活費を全く入れ無い事に困り、調停に持ち込んだけれども、証拠が見出だせずに親権が取れなかったよう。私を連れて母の実家へ逃げたのだが、私の伯母二人と祖母が来て、泣きじゃくる私を半ば強引に連れ去り、母は二度自殺未遂を図って失敗。
憂慮した母の兄と姉が、それぞれの所帯から約一年間離れて母と実家で暮らして寄り添った事。
そして離婚から二年後に、母は親の薦めで再婚をするが、この時の事を母は「もう二度と結婚なんかしたくないと思ってた。そやけど、こんな事言うたらアカンのやけれども、あんたの代わりがどうしても欲しかった。それだけで好きでも無い人と再婚したんです。それで翌年に妊娠して、お腹が大きくなったら暫くは出歩く事が出来ひんと思って、梅田の百貨店へ姉と二人で行って、あなたに服を買って送ろうと子供服売り場を歩いてたら、あなたを連れた義姉さんとお義母さんと会ったんよ。あぁって思って駆け寄ったら、義姉さんに止められて、お義母さんがあなたに目隠ししながら連れて行ったんよ…。離婚してから、あれが一番辛かった…。」
聞いている私の胸も痛い。
しかし聞きたい。私がまだ記憶に無い頃の話を。
「双子を妊娠していると解って喜んだの。神様は私の手からもぎ取られた、あなたの代わりに双子を授けて下さったと。でも出産の時に、初めの子が逆子で生きれなかった。それから二年して、男の子が生まれて今は三人暮らしです。」
「再婚されたご主人は?」
「上の子が重い病気に懸かってからは、荒れて家庭内暴力が酷くて…。でも私の母に、娘が二度も離婚する姿を見せられ無くて、母が亡くなって四十九日が終わった時に、二度目の離婚をしました…。」
と、下を向いて話す母。
「上のお子さん、重い病気と言うてはりましたが、大丈夫なんですか?」
「いえ、治りません。膠原病なんです。月に一度東京の専門医の所へ行くのですが、回復は見込め無いんです。今は、息子よりも一日でも長生きする事が、私の務めだと思ってるんです。」
余りの事に、言葉が出ない私。
「あなたの小学校の入学式は、私調べて見に行ったの。あなたはエンジ色のネクタイ締めて照れくさそうに義姉さんに手を引かれてたの。学校の中には入れなかったから、校門の少し離れた所から、最初から最後まで見ていたんよ。」
目頭と胸が熱く、表しようの無い気持ちになる。
暫くして、私の家族の話に切り替えて話込むうちに、陽は完全に暮れて夜八時になっていた。
私は気にして、「お家大丈夫ですか?」と尋ねると、「今日は、あんた達のお兄さんに三十六年振りに会いに行くから遅くなるよ!と伝えてます。だって何も隠す事なんか何も無いんだからね。」と明るく笑顔を見せる母。
今まで親族間では常に一歩引いて、理由無き居場所の無さを感じていた私には、とても新鮮な一言。
無情にも時間は激しく過ぎて行き、お互いに「では、そろそろ。」と和食料理屋を出た。
結局二人共、せっかくの料理には全く箸を付けずに、申し訳無く思って「長居してすみませんでした。」と詫びると、店の主人は察して居たのか、優しい笑顔で「いえいえ!またどうぞ宜しくお願いします。」と頭を下げてくれた。
「次は神戸で会いましょう。一度私の店に来て下さいね。」と、近いうちの再会を約束して、母と私は溶け出した氷のように、ゆっくりと混ざり合いながら、笑顔で其々の電車に乗り込んだ。
帰宅して、母から頂いた手土産を開けてみると、私にはハンカチ。嫁さんにはストール、二人の娘には色違いの可愛いワンピース。
この日自宅で、家族に一日の出来事を話しながら飲んだ酒の味と、言葉で言えない気分は生涯忘れる事は無いだろう。
生んでくれた事に、初めて感謝した夜。
ありがとうございます。お母さん。




