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親子迷路 (風が強い日)  作者: 山口 浄
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思い

私は今から二年半程前に、十三年間切り盛りして来た居酒屋を閉店した。


閉店理由は単純に経営難であって、開店から十年位迄は、まあまあどうにかこうにか、何とかええ感じにやって行けたのだが、アメリカでのリーマンショックと、日本での政権交代を経て、そして訪れた未曾有の東北大震災が起こって、店の主筋だった建築関連の客足が途絶えて、開店十年を過ぎた辺りから売上が急激に減少して、それに伴って何とか補填しようと、寝食を忘れて努力に努力を重ねたが、長女は大学進学を控え、年子の次女も大学を目指しているので、悩みに悩んだ挙げ句に決断。本当に悔しくて悔しくて血の涙が出るような思いで泣く泣く廃業を決意した。


何とか持ち直しを図る為に夕方からの営業だったが、昼の弁当の注文を受けて配達したり、更には午前一時の営業終了後に、自宅から近くの二十四時間営業の飲食チェーン店で、午前二時から午前六時迄の間アルバイトを、約二年間したりもした。


寝不足で体調も崩しがちな私に店のバイト君達は、口々に励ましの言葉と実行力を示してくれる。


「マスター、あんまり無理せんといて下さいよ。私達、チラシ撒いたりしますから、何でもどんどん言って下さいね!」


そう言ってくれた時は心の中で手を合わせた。


大学生の女の子ばかりが一人ずつ、交代でアルバイトのシフトを遣り繰りしており、春休みや夏休みは店で長女と次女に、家庭教師をしたりもしてれて、その事は今でも本当に嬉しく思う。


店で働くアルバイト君達は、自らの卒業が近づくと必ず次のアルバイト君を紹介してくれ、これが非常に有り難く助かった。


十三年間営業をしていて、求人情報誌等に募集したりする事は一度も無く嬉しい限りだった。


夏のある日、猛暑と疲労が重なり熱中症で倒れたのもこの頃で、この時意識が混濁する私を助けてくれたのは嫁さん。


あの時、部屋に嫁さんがトイレに起つ為に起きなければ、今の私は存在しなかったのだろう。

この時の件は、後述するが。


毎週火曜日の定休日も、普段出来ない買い物や大掃除、昼の弁当配達もしてから夕方迄は店で雑用をしていて、予約が有れば臨時営業は当たり前。


当時坊主は保育園児で、姉二人がお世話になった同じ保育園に通う。

長女とは十歳、次女とは九歳離れていて、まるで母親が三人居るかの様だ。


普段中々子供達の起きている時間に家に居る事の無い私は、定休日の夕方から家族全員で食事をして、色んな話をするのが唯一の楽しみであり、私自身からの子供達に対する教育やそれぞれの思いを聞いたりする限られた時間だと信じていた。


夫婦生活も、同年代の夫婦よりも仲良く活発だったと思う。


長女はこれと言って無かった反抗期だけど、次女の反抗期は長く、小学五年生から高校二年生あたり迄続いていて、長女はきっと自らを抑えていたのだろうと、今の時点で思う事があり、きちんと向き合って思いを聞いてあげたり、意見を言ってあげたりする時間が取れなかった事が、今更ながら悔やまれてならない。


次女は非行に走ったりとかは全く無かったのだけど、嫁さんは金融機関で社員として働いていて私は自営。


週に三時間程の限られた家族の時間で、今から考えれば明確な意思の疎通が出来て居たのか?その当時は、それが出来ていて家族全てが私の応援団だと確信していた。

きっと家族もそうであったろうと思う。


私の休みの日には、必ず夕方過ぎには「お父さんが居る日だから」と全員が揃って居てくれたから。


そんなある日、次女が長女の身の回りの物を盗ったり隠したりする事を長女や嫁さんから聴かされた私。


頭を銃で吹き飛ばされた様なショックを受けて心底悩み、悩んだ末に次女を問い詰めてみた。


「何故姉ちゃんの物を盗る?」


「無かったから。」


「何故言わない?」


「パパもママも仕事仕事で、大変なん分かってるし必要な物が有っても時間が無くて中々言われへんやん!だから盗ってん!あかんの?」


その次女の物の言い方に、私は思わず軽くビンタをすると、嫁さんは泣いて止め、次女にも話をしながら割って入る。


本当はビンタ何かするつもりは更々無かった。


何故にビンタをしたか。


私は、長女に向けて心の中で泣きながら、次女に大きな声で叱りつけてビンタをしたのだ。


たいして広くもないマンションの自宅で、この騒ぎが隣室の長女に聞こえない筈も無く、咄嗟に彼女自身の気持ちを私なりに考えて、「お父さんは君の気持ちを解っているよ。」と伝えたかったのだ。


その場はそれで収まり、泣きながら自室に引き上げた次女。


その後、私は嫁さんと砂を噛むような心中を話合って、翌朝早起きして、項垂れて朝食を摂る次女に話し掛けてみた。


「おはよう。昨夜は叩いてごめんな。でも、姉ちゃんの持ち物は盗ったりしたら駄目なんだよ。」


そう話すと、「ごめんなさい。」と、うつむく次女。


長女も下を向いたまま。

嫁さんも言葉少なだ。ギクシャクする朝。


保育園児の坊主だけが取り繕うかの様に、はしゃぎ回っている。

これで何とか全てが、良い方向に向かってくれれば良いがと、私は祈りながら店へと出発した。

また一週間、ほとんど子供達と接点を持てない日々が始まる。

店迄の約三十分の道のりを、バイクを走らせながら、昨夜からの事を考える私。


凝縮の時間でしか、思いを子供達に伝えられ無い…。

この事が私の一番の葛藤だ。

きっと家族は分かってくれる。

昨夜嫁さんとも、そう話合った。

「だって家族だもの大丈夫。」って。

翌日、店近くの商店街でお客さんでもあるレディースの服屋さんで長女と次女の好きそうな服を求めて、帰宅後に寝ている長女と次女それぞれの部屋に入って、枕元に購入した商品を置いて自室に入って、苦く時間は感じられ無い酒をいつもより飲んだ。


「きっと今が一番辛い時なんやろな。だからこれを乗り越えて全てにおいて頑張っていれば、きっと良い方向に向く。

家族の為にも、もっと必死になって頑張って行かなければ。男とは、人生死ぬ事以外はカスリ傷や。せっかくここまで、血の滲むような思いをして築き上げて来た店を手放してたまるか!」


この一点だけを信じて毎日三時間足らずの睡眠を取って、また店へと出発する毎日。


深夜遅く帰宅して、荷物と店で作った嫁さんと子供達への昼の弁当を置いて、間を置かずに副業へと向かう。

「今このしんどい山を越えたなら、今まで一緒に頑張ってくれた家族と一緒に、少しだけ時間をゆっくりとって、旅行にでも行きたいよな。それまでの辛抱や。家族の為が自分の為。」これだけが自分自身への最高のガソリンだった事は間違い無い。


朝の九時前には店に到着して、眠気を噛み締めながらラジオを点けて、前日に注文を貰っている昼食弁当の仕込みを始めて、十一時半頃からは、店に停めている配達用のバイクの大型ボックスに出来上がった弁当を詰め込んで出発。

配達個数は日によってバラバラだけども、当初始めた時の「材料のロス防止の為の昼の営業」では無くて、配達弁当の利益が全く無視出来ない状態にまで上がって来て、その結果、貴重な僅かな時間が失われて行って、思いの掛け違いを生んでしまったのかも知れない。

「私と公」この配分を軽んずると、少しの時間を置いて大きな齟齬を産み出す結果になるとは、全く気付いてはいなかった事は確か。


「ゲームのようにリセットボタンを押せば、元の状態には帰れない人生。」

過ぎて気付くあの時。

私自身を輝かせようとし、勿論家族も輝かせようとして無理をした。

そして思いもしなかった現実に押し潰された結果が現在の私なんだろう。

今から思えば、何て間抜けな自分だったのかと、自身に対して首を傾げる事があるけれど、過ぎた今では栓のない事。

「覆水盆に帰らず」だ。




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