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親子迷路 (風が強い日)  作者: 山口 浄
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転機

彼女との別離後、魂が抜けた状態だった私だったが、仕事は次々にやって来る。

毎日がさっぱり面白く無く、酒の量も増えて刹那的な日々を送り自分をごまかす無為な毎日が続いて、家の中は散らかり放題。


しかし、日にち薬とは良く言った物で、本当にゆっくりだが痛みと引き換えの様に、少しは立ち直れそうになった。


この頃、勤務する営業所には私より二年先輩の少し内気な男性営業社員が居て、同じ営業所に勤務する女性営業社員に好意を持っていた。

この女性営業社員は私の二年先輩でもあり、私の今回の彼女との別れ話もつどつど相談に乗って貰ったり、励まして貰ったりしてくれている気さくな先輩。

そんな気さくな先輩に、 中々気持ちを伝えられない男性の先輩。


ある日営業所の飲み会があり、全員が参加。

飲み会は二次会で終わり、それぞれが駅に消えたりタクシー乗り場に並んだり。

私もタクシー乗り場に向い歩いていると、先輩女性社員が私の元に小走りに走りより、「実はあの男性社員が、一緒に帰ろうって執拗に言ってくるねん。あの人ホンマに嫌やからちょっと離れた場所まで一緒に来てくれへん?」と言う。


大体の察しはついていたので、「いいっすよ。じゃあもし先輩に聞かれたら僕の恋愛相談に乗ってるって事で。」と快諾。

二人でタクシー乗り場に並んだ。


タクシー乗り場に並び暫くすると、帰ったと思っていた先輩社員が近づいて来て「二人で何処へ行くの?」と聞くので、「いや、ちょっと僕の恋愛相談に乗って貰いますねん。」と私。

「じゃあ僕も一緒に行って話を聞くよ。」と言って、一緒に並ぶ先輩。

露骨に嫌そうな顔をする女性社員に、私はチラッと目配せをして仕方無く三人でタクシーに乗り込む。

行き先も決めていなかったので、咄嗟に「武庫之荘の駅の南側の方まで。」と運ちゃんに伝えて走り出すタクシー。


「何処へ行くんだい?」と問う先輩に少し苛つく私。

先輩女性社員は首を横にして下を向いている。

目的地近くなり「どの辺り迄?」と運ちゃんが聞くので、これも咄嗟に「もう少し先のホテル迄。」と言う私。

驚いた顔をする先輩。

先輩女性は下を向いたまま。


ホテル前に停車したタクシー。「あっ、ここで二人降ります。」と伝えて料金を支払う私に、呆気にとられている先輩。

先輩女性を促して「じゃあ先輩お先に失礼します。此処で二人で話をしようとする約束をしましてん。すんませんまた明日。」と早口で言ってタクシーを降りた私と先輩女性。

ドアを閉めて発車したタクシーが、少し先で停車して、タクシーから降りる男性の先輩が見えて少し慌てた私と女性先輩。

「取り敢えず入る振りをして帰るのを待ちましょ。」と言って入り口ドア近くの植え込みに身を潜める私達。

見付からない様に様子を見ていたら、何と先輩タクシーから降りて呆然とした顔をしてラブホテルを見上げている。

「こらあきませんわ。出て来るのを待つ積りやないですか?」と私が嘆くと「じゃあ入ろうか?」と今度は私を促す先輩女性。


そそくさと二人でラブホテルのフロント横にあるパネル前に。

「何処でも良い?」と聞くので、「はい!」と小学生の様な返事をした私。

鍵を受け取りエレベーターへ。

「棚からぼた餅とはこのことやな!」と、思いがけない事態の急展開に私の心は踊る。


「ちょっと前までは、塞ぎ込んでいた私だが全く勝手なもんだ。」

とは全く考えもせずに、スキップするような気持ちで示された部屋に向かう私。

「こんな筈や無かったのに…。」と、お互いが形式的な言い訳をしながら、 降って湧いた様な激しく熱い一夜を過ごした私達。


翌朝、人目に付かない様に通常の通勤時間より早くラブホテルを出る事にした私と先輩女性。「二人とも昨日と同じ服やな…。」と、当然の事を溢す先輩女性とラブホテルから出た瞬間、二人は凍り付く。


何と先輩は営業車に乗って、ラブホテルの前で待っていた…。

「ひゃっ!」と叫ぶ先輩女性。

私も声が出ない。

私は意を決して、「先輩どないしはりましたん?まさか迎えに来てくれはったんですか?」と顔を真っ赤にしている先輩女性の手を引いて、営業車に乗り込む。

「うっううん」と、停車している営業車のハンドルを握ったまま俯いている先輩に、「ホンマにすみません!お願いですから、他の人には内緒でお願いしますね。」と追い撃ちをかけてしまう私。

先輩は口を半開きにしたまま、営業車を走らせた。

暫くの間先輩は全く元気無く、何とも後味の悪かった一件。

先輩女性とは、その一件のみでその後は健全な間柄。


それから半年程して、勤務する営業所に同年代の営業担当の女性が転勤して来た。

彼女とはペアを組んで、営業活動に従事していたが彼女自身には失礼ながら、全く何の興味も湧かずに淡々と業務をこなしていた。


ちょうど私が担当していた一棟受託して賃貸マンションの完成と、全室客付けを祝って営業所をあげて飲みに行った。

その時たまたま横に座っていたのが、営業ペアの彼女。


それまではプライベートな話は一切話したり聞いたりした事がなかったのだが、飲んで話すうちに意気投合。

別れた彼女を思うと何だか後ろめたい気持ちがしたのだが…。

お互いにフリーと言う事も有り、あっという間にその夜深い仲に。


好景気も有り仕事も順調となり、お互いにフォローしながら営業をこなす。

担当した売り物件が事故物件で、人の形を型どった白線が引いてあったり、完成した一棟受託のレディースマンションから、見たらいけない物が見えると騒ぎになった事もあったが…。


営業所に座って居るだけで電話が鳴り、物件の案内に向かう。

時代はほんまにイケイケ。

そんなある日本社から人事通達が来て、私が勤務する尼崎市の営業所から京都の営業部へと転勤を命ずる。とのファックス。

驚いた私と所長。

京都営業部の営業部長に電話を入れる所長。

横で聴いていると、「どんな新人君が来るの?学卒新人社員で売り上げランク二位らしいけど?」「そうですね。見た目、プロレスラーみたいな豪快な子ですわ!」と笑っている。


「じゃあ明日は豪快な送別会しなきゃね!」と所長…。

翌日一日掛けて引き継ぎと送別会。

二日酔いの身体を引き摺りながら、今までの車通勤から慣れない電車通勤に。

隣県で有りながら、余り馴染みのなかった京都。

上司からは、この街はある面独特だから気をつけてな。と諭される。

確かに荒っぽさがあった尼崎と較べ、何だか大人しいと言うか、お上品。

尼崎の営業所時代に較べて、思う様に成績が上がらない。

特に京都市内の地理と、独特の地名を覚えるのには苦労した。

土地の相場も解らず、営業所の同僚に聞いて回る日々。

付き合い出した彼女とは順調で、家族と住む自宅に遊びに行き、泊まる事もしばしば。

やっとぼちぼち家も売れ出して、ほっとしていた私。

気が付けば、転勤して半年を越えていた。


いつもの様に出勤して朝礼の準備をしていると、本社から常務が来られて、直接私に「難波営業部の開拓チームとして転勤して欲しいのだ。」と言う常務。

嫌応無く転勤が告げられる。

「現在抱えている案件は如何致しましょうか?」と問うと、「契約、決済ベースは難波営業部から出向いて、商談ベースは誰かに引き継ぎしてくれ。」と。

私は、はんなりした京都に別れを告げ、賑やかな大阪難波へ。


全く忙しい事だ。

せっかく京都の街にも慣れて、今からやな!と、これからの仕事に対する方向性を思い描いていた矢先の転勤。

サラリーマンの哀しさを身をもって知った私は、鞄一つを持って学生時代に遊び回った街の難波へと向かった。

送別会の話があったのだけど、その時間すらとれないまま、少しだけ慣れ親しんだ京都に別れを告げる。




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