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親子迷路 (風が強い日)  作者: 山口 浄
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坊主

今日は久しぶりの休日。


いつもより少しだけゆっくり寝たが、慢性化した寝不足と、前日の酒が抜けたのか抜けて無いのかはっきりしないダルさを引き摺りながら、所用の為にバイクに跨がり出発した私は、慣れない所用を戸惑いながら片付けて帰宅して、自室の掃除を不器用にしていると、小学三年生の坊主を迎えに児童館へ行く時間になっていた。


子供用のジェットタイプの赤いヘルメットを手にして、再びバイクに跨がる。


跨がった私のバイクは大型のアメリカンバイクで、本来なら別のメーカーのアメリカンバイクを買い替える予定だったのだが、私が居酒屋の自営業をしている折りに、重い病に掛かったお客さんから、どうしてもと言われて破格な値段で買い取った経緯があるバイクだ。


「頼む!このバイクをマスターに是非乗って大事に欲しいねん」


そう言われ、その熱い気持ちを私が受け継いだ思い入れが有り、そして昨年全面塗装とオーバーホールをしてピカピカの真っ黒に化粧直しをした、『黒光りでイカした可愛い奴』だ。


そんなバイクを走らせて五分程で、坊主がお世話になる児童館へ到着すると、児童館は閉館時間になり、建物から次々と児童が飛び出して来る。


そんな飛び出して来た児童達が興味津々な顔をして私の周りに集まる。


「バイクに乗してーな、おっちゃん!」と言う児童に、「おっさんや無いがな。格好いいおじさんと言いなさい。」等と、私自身「何を言うてるんやろ?」と自嘲していると、坊主が少し照れくさそうに近付いて来た。

恥ずかしそうにしている癖に、ヘルメットを被って跨がると、少し得意気な坊主。

児童館の先生方に頭を下げて、ゆっくりとバイクを走らせると、坊主の同級生達の中から男の子が数人、「競争や!」と歩道を走り出す。

「危ないから止めときや!転けるよ!」と言うが、子供達はそのまま走り続ける。

暫くは子供達と同じ位のスピードでゆっくり走らせて、みんなの息が切れた頃を見計らって加速。


今日は月曜日で、坊主が耳鼻科へ中耳炎の治療をする為に通院する日だ。

坊主を乗せて、駅前の耳鼻科までバイクを走らせる。

顔馴染みになった、受付のお姉さんに診察券を渡して待合室へ行くと、少子化が叫ばれる中で、そんな問題は無いかの様に乳児から幼児、児童や中高生が溢れている。

座る場所すら無い…。


坊主は漫画を読み、私は所在無げにスマホを弄くる。

30分程して、坊主は診察室へ。

少しして、診察室から出て来て鼻に吸入器の入れているのは良いが、私が見ている為か鼻に射し込んだ吸入器を持つ手を離して、変顔をしてみたりしてふざけている。

戻って来た坊主。今日は処置だけで薬は出ないので、支払いを済ませて坊主と二人で駅前のショッピングセンターに店を構える本屋さんへ。

坊主は幽霊の本、私は歴史小説を購入して今夜の夕食を二人で相談する。


「父上、今宵の私は中華な気分なのです。餃子を食べてニンニクを摂取して、明日への活力としたいのです。」と、おっさんみたいな事を言う。

坊主の熱意に押しきられた私。



「バイクで来たからビールを飲めないな…。」と心の中で項垂れていたら、「父上、夕食の前にバッティングセーターに行きたいのです。野球が上手になりたいのです。」と訴える坊主に、私も高校生の時は野球部に所属して居たので、その申し出は嬉しい。


私は二つ返事でバイクをバッティングセーターに向け走らせる。


ジュニア用のバッティングコーナーで真剣にバットを振る坊主の姿を観ていると、自分の少年時代を思い出して、当時の幼なじみ達の顔が脳裏を横切る。


三ゲームを立て続けにした坊主。

初めは中々ボールがバットに当たらなかったのだけど、途中から半分弱は当たる様になった。

「やった!」と声を上げる都度、私も嬉しくなり「よし。その感じを忘れるでは無いのだよ。」と声を上げる。


ゲームが終わり、バットを振っている時は夢中で気付かなかった坊主が、「父上、手のひらが擦りむけて痛いのです。」と情けない顔をして言う。

「痛さを我慢して練習すれば、きっとどんどん野球が上手になるよ。」と諭して、バッティングセーターを後にした親子。


バッティングセーターから、バイクで十分程移動してバイパス沿いの中華料理チェーン店へ。


私は餃子二人前、八宝菜と五目そばと唐揚げとノンアルコールビール。

坊主は、餃子一人前とミニチャーハン、ミニラーメンとエビ天を食べる。

酒好きな私には、餃子にノンアルコールビールは拷問だ…。

よほど坊主は空腹だったのか、アッと言う間に全てを平らげる。

その様子を見ていて、親としてじつに嬉しく「もっと頼むかい?」と問うと、「もうお腹がパンパンなのです!と言う坊主に眼を細める私。

その様子が、私にとっての最高の酒の肴になるのだが、今日はバイクで来ているのでアルコールは御法度なのだ…。


満腹になった親子。二人してお腹を撫でながら、すぐ近くの私の現在の職場でもあるスーパー銭湯へ。

私は数ヵ月前から、このスーパー銭湯内の百五十席程あるレストランの店長として勤務している。

従業員は無料なので、フロント前を片手を上げて通り過ぎようとすると、フロント担当の女性社員が駆け寄って来て「一番下の息子さん?可愛いですやん!お父さんと一緒にお風呂に入れて嬉しいねぇ!お風呂から上がったら、おばちゃんがジュースかアイスクリームご馳走してあげるからね!」と言うと、下を向いて恥ずかしそうにする坊主。

「可愛らしいんは、俺に似たからしゃあないな。」と、愚にも付かない事を言って二階の脱衣場へ階段を登る親子。


さっき迄のしおらしさが嘘のように、脱衣場で脱いだパンツをチアリーダーの様に振り回してふざける坊主の頭を叩きながら、掛かり湯をして露天風呂へ。

この一時が、最近のお気に入りで私にとっては宝物よりも大事な時間なのだ。


坊主の学校での出来事や、UFOを見たとか心霊写真を友達が撮影したとかの、ホラ話や二人いる姉に悪戯をして怒られた話を聞くと涙が出そうになる。

「父上は最近どうしてお家に帰らずに、近くの小さなお家に居るのですか? 私は父上のイビキが大きくても、父上と一緒のお布団で寝たいのです。」と訴える。坊主。


返事に困り少し上を向いて、したくない説明。いや、言い訳を坊主にした私。

「それはね、父の仕事は帰りがいつも遅いので、夜遅く帰宅して皆を起こしたら悪いからなのだよ。」と苦しい説明をする。


「ふーん…。」と余り納得していない様子の坊主。


風呂上がりにフロント担当の女性社員から貰えるアイスクリームを楽しみにしている坊主。

二階から階段を降りていると、階段横のスペースに三台設置しているUFOキャッチャーに眼を輝かせて走り出す坊主。

「父上!UFOキャッチャーをしたいのです!」とせがむ坊主に、「よっしゃ一度だけやで。」と、百円玉を手渡す。

三台のUFOキャッチャーを真剣に見比べて、ようやく真ん中の機械に勝負を挑む決心をした坊主。

クレーンが動き出した。

横への移動が終わり、後は縦の動きで目指すカプセルを狙う坊主。

意を決した坊主。ボタンを押した。ボタンを押されたクレーンが、坊主が目指すカプセルに向かって下降する。

やがて下降したクレーンが、坊主の目指すカプセルを三本のアームでガッチリ掴んだ!

「ゴトンッ 」と下の受け取り口に落下するカプセルの音。

「父上!やったのです!初めてUFOキャッチャーで取ったのです!」と満面の笑みを浮かべる坊主に、私の鬼瓦みたいな顔も緩む。

「何が取れたん?」と問い掛けると、必死にカプセルを開けようとするが、力不足で開かないカプセル。

「よっしゃ。開けるで。」と坊主に言うと、坊主は唾を飲み込みながら頷く。

「パカッ」と言う音と共にカプセルの中から出て来たのは、坊主が目指す特賞の「DS」や「プレステ」引き換えの鍵では無くて、「きつねうどん」と書かれた、丼型の小さな消しゴム…。

「きつねうどんなのです…。」と、肩を落とす坊主に「取れただけマシやで。取れない人の方が多いんやからね。」と諭しながら、その場から離れる。


フロントに向かうと、先程の女性社員が「ボク、ジュースとアイスクリームどっちがええ?」と聞いて来てくれた。

「マンゴーシャーベット!」と一番高い商品を叫んだ坊主に苦笑いをするしか無い私。

少し気を使って「俺も喉乾いたから店入ってビール飲むわ!」と女性社員に告げて、マンゴーシャーベットが出来るまでは少し時間が掛かるので、私は意を決して自身が店長を務めるレストラン内に坊主を連れて入る事にした。

勿論、バイクでは帰れないので、職場の駐輪場に置いて行く事に。

まぁ自宅からは近いので苦にはならない。

レストランに入れると、部下の社員やパートさん、バイト君が驚いて迎え入れてくれて少し恥ずかしい。

「店長どないしたん!子供連れで珍しいやん!」と、気は良いが柄の悪いパートのおばちゃん。

ビールを激しく飲んでいると、やがて坊主のマンゴーシャーベットが運ばれて来た。

嬉しそうにマンゴーシャーベットを食べる坊主に嬉しくなって、私のビールも進む。

頃合いかな?と見て、レストランのスタッフ全員にアイスクリームをご馳走して、店を出る。


職場でもあるスーパー銭湯から出て、坊主を連れて歩いていると、すぐ近くにあるコンビニに寄りたいと坊主がせがむ。

私も買いたい物があったので店内に入ると、

やがて坊主の住む自宅へと到着して買い物籠を持って、私が欲しいお茶のペットボトルと缶ビールをを物色していると、坊主がお菓子を四つ籠に入れた。

「それは多過ぎやわ。」と私が言うと坊主は、「これはお母さん、これは大きいお姉ちゃん。それでこれが真ん中のお姉ちゃん。」と言う。

苦笑いした私は「そうやな。」と頷いてレジで精算。


坊主と手を繋いで歩く事約十分。

私が先月まで住んでいた、私名義で所有するマンションに到着。

「じゃあ、またね。次の父の仕事が休みの日には遊ぼうな。」と言い別れを告げると、「父上一緒に居たいのです。一緒に寝たいのです!」と私の足を掴む坊主に涙が出た。

「早く宿題をして寝ないと朝起きれないし、学校に遅刻するよ。」と、ぐずる坊主を玄関先迄連れていき別れを告げる。

身を切られる様な思いだ。

元々私や家族が住んでいた家から、現在私が住む狭い1kの自宅迄は歩いて三分程。

少し歩いて帰宅した私は、バルコニーから見える以前住んでいた自宅の灯りを「ボーッと」眺めながら、うつ向き独りで苦い思いで酒を飲んだ。

酒の味など二の次。早いピッチでグラスが空になる。


その坊主への説明は、嫁さんと話し合いして決めた事。


そう。先月から私は、私の望まぬ形で妻と別居する事になっていた。









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