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2016/03/23 第八回 ドラマはどこに生まれるのか

 何か書こうと思うとき、心に過ぎるものは何だろうかと考えてみれば、過去に見たり読んだりした物語の一場面であったりする場合がある。


 個人的にはその他に、実際に体験した事や(歳だけは喰っているので)、夢の中で見たものを、改めて再編成したものを書こうと思ったりする。

 

 それはもちろん大雑把なものであり、物語の大枠みたいなものであり、そこにはまだドラマは無い。


 では、ドラマはどこに生まれてくるのであろうか?


 以前何かの雑誌で、「うしおととら」や「からくりサーカス」で有名な漫画家の藤田和日郎先生のインタビューを読んだ。

 

そこに書かれていたのが、新人時代に担当の編集者に言われたと言う、人は物語のどこに惹き付けられるのかという話だった。


簡単に言うならば、読者は人の心の動きに惹き付けられるという話。


悪人が改心したり、善人が悪に手を染める。

幸せだった人が絶望し、絶望の中で生きていた人が幸せを見つける。

その心の振れ幅の中にドラマが生まれる。

その振り幅が大きければ大きいほど、読者は物語に惹き付けられる。


そんな内容の記事だった。


北野武監督が映画を撮る時の話も何かで読んだ。


「いこかもどろか」


日常と非日常の狭間を行ったり来たり。


安定した日常で生きる方が本来ならば幸せなはずで、不安定で何の保証もない非日常に足を踏み出す所にドラマが生まれるとか言う話だった。


非日常に足を踏み入れると言う事は、日常に留まれない理由が存在する。

その理由とは何か。


借金などしないで、少ない収入ながらも堅実な生活をしていればそれなりの幸せというものを手にする事ができたかも知れないのだけれども、日常とは言え、それは何の根拠も保証もない事であるから、それならば一発逆転を狙い借金してしまい、あっという間に首が回らなく合って、夜逃げをしなければならなくなるみたいな。


オチと言う言葉があるけれど、その落差があればあるほど面白さが増すのではないだろうか?

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