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2016/05/21 第五十三回  新しい日々

以前書いたものを、大幅に修正

 私は酷い交通事故にあったそうです。


 車を運転していたお父さんと、助手席に乗っていたお母さんはその時に亡くなってしまいました。


 信号無視をして交差点に突っ込んで来たダンプカーが、車の側面にぶつかってきたのだけども、私だけが助かったそうです。


 私は大きな怪我もなく、命に別状はなかったけれども、意識不明が続いて、このまま目を覚まさないのではないのかとお医者さんも心配していたそうでした。


 それでも事故から一週間ほど経った頃、私は奇跡的に意識を取り戻したのです。


 でも、その代わりに私はそれまで生きてきた二十数年間の記憶を無くしてしまいました。

 

 目を覚ましてたときに、私の名前を呼び、泣きながら抱きついてきた男性が私の旦那さんであると言うことを知ったのは意識を取り戻してから一月くらい経ってからです。


 自分の名前がタマコで、年齢は22歳であると言うこと教えてくれたのもその人で、ひどい事故にあって両親が亡くなり、私もずっと意識がなかったことも教えてくれました。


 しばらくは、記憶喪失のせいで、いろいろと混乱するかも知れないけども、何も心配はいらないよと彼は言ってくれました。


 私は旦那さんであるという政夫さんの事は思い出せなかったのだけども、政夫さんの優しい言葉に安心し、そして心の奥が暖かくなるような気がして、政夫さんがそう言うのならば、それで良いんだろうと思うことにしたのです。

 

 思い出せない事をいつまでも悩んでも仕方ありません。


 どうにもならない事は、どうしたってどうにもならないけど、何とかなる事は何もしなくても何とかなるのだよと、政夫さんも言ってくれました。


 確かに不安や戸惑いがなかったと言えば嘘になるのだけど、それ以上に政夫さんが私に優しく献身的にしてくれる事が、不安や戸惑いを取り除いてくれたのです。


 そして記憶を無くしている私だったのだけど、何故かこの人を愛しているという感情だけは、無くさないで残っているような気がするのです。


 「ここが我が家だよ」


 目が覚めた春から夏の終わりまでは、ずっと寝たきりの生活だった為に、弱ってしまった足腰を元に戻すリハビリに明け暮れて、退院する事ができたのは、日中もだいぶ涼しくなってきた秋になってからの事でした。


 政夫さんの運転する車で家に帰ってきた私は助手席の窓から、街の外れの木々に囲まれた静かな場所にポツンと建つ、真新しい白い洋風の平屋建ての家を見たところで、やはり記憶にはありません。


 「そりゃあ、この家の記憶は無いさ。君が意識を取り戻してから建て始めた家だからね」


 私が思い出せないと言うことを伝えると、政夫さんは笑ってそう言うのです。


 「まだまだ本調子じゃないだろうし、リハビリも週に一度はまだ通わないといけないから、昔の家の二階建てはちょっと厳しいと思ったんだ。両親の保険金とか、事故の賠償金とかが入ってたこともあって、お金に余裕があったから思い切って建てたんだよ」


 車の助手席から私を車椅子に移して、家に向かって押しながら政夫さんはそう言いました。


 家の中は車椅子でも移動できるように広く空間が取られ、台所もお風呂場も、全てが私に合わせて作られていました。


 お医者さんお話では、いずれ車椅子が無くても生活が出来るようになるとは言ってくれたのだけど、それでもそれはもう少し先になると言われていました。


 もちろん、それは私が目を覚ましてから聞いた話だったのだけど、政夫さんはその事も見越して家を建てたのだと言っています。


 むかし住んでいた家というのが、どんな風だか知りたかったのだけれども、この家を建てるに時に売ってしまったので、すでに更地になっているそうです。


 「本当はタマコの記憶が戻るとしたら、前の家に住むのが一番良かったのかも知れないけど、もし、戻らないのならば、前の家に住むというのは精神的に辛いかも知れないからね」


 それはそうかも知れないと思いました。


 そして、今でも十分幸せだったので、昔の記憶がないのはたしかに不便で残念かも知れないけども、それならばそれで仕方ないことであるとも思うようになりました。


 家の中にはすでに家具は揃っていて、その中で私の目に止まったのは、居間の壁を覆っている本棚と、そこに収まっている沢山の本です。


 「ぜんぶ、タマコの本だよ。タマコは本を読むのが好きだったって言ったろ」


 そんな話を入院中にされたのを思い出したのだけど、まさかこれほどとは思っていなかった。


 私はその中から一冊を取り出して読んでみます。 


 たしかに面白いと思いました。


 しばらくは入院生活のような退屈な毎日を送らなくて済むという事で、私は幸せな気分になります。



 秋も終わりが近づいて、寒くなってきた頃には本棚の本もほとんどを読み尽くしていました。


 政夫さんは仕事に行くために、私は日中はほとんど一人で過ごすことが多くなっていました。


 そんな一人の時間を読書で消費していたのだから、本棚の本もあっという間です。


 最後に残った一冊は小説でした。


 内容は両親を亡くした兄妹が身寄りも無く都会の片隅で二人きりで生きていたのだけど、事故で兄が記憶を失ったことで、密かに兄を思っていた妹が自分たちは夫婦だと嘘を教えて、一線を越えてしまうと言う内容でした。


 よりによってこんな内容の話が最後に読む話だとは思っていなかった私は物語に引き込まれながらも思わず笑ってしまいます。


 そう言えば、私は昔の写真をほとんど見ていないなと思いました。


 一人で写っている写真とかは見たことがあるのだけども、その数は多くなく、政夫さんと写った写真は一枚もありませんでした。


 元々、私は写真を撮られるのは好きじゃなかった無かったそうで、しかも最近はデジカメ主体なのでデーター化されているたために、二人がつき合い始めた頃の写真はパソコンのハードディスクが壊れたときにほとんど失われてしまったと政夫さんが言っていました。


 物語も終盤にさしかかった頃に携帯が鳴りました。


 私はその音に驚いて小説を落としてしまったのだけど、それを取るよりも前に携帯に出ます。


 相手は政夫さん以外に考えられません。


 「もうすぐ帰るから。また本を読んでたの?」


 「うん。棚にあった本の、最後の一冊を読んでたの」


 文庫を取ろうとしたときに、文庫の中から一枚の写真が出てきたのに気が付きました。


 そこには遺影で見た私の両親と、幼い私。


 そして少し年上の政夫さんによく似た、小学校高学年くらいの男の子が写っている観光地の写真だった。


 「そう、どんな内容なの?」


 政夫さんは電話の向こうでそう言いました。


 私は少し考えてから言った。


 「仲の良い兄妹が、離ればなれにさせられて、そしてまた出会う話」


 携帯の向こうで少し政夫さんは沈黙し、そして小さな声でふ〜んと言いました。


 「早く帰ってきてね」


 私はそう言って携帯を切ると、ページも残り少なくなった小説の最後がどうなるの気になり、新しい日々に感謝しながら、政夫さんが帰ってくる前までには読み切ろうと思ったです。

 

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