表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/70

2016/05/16 第四十五回 トリアエズナマと別れの曲


 勤め先で二人ほど退社する事になり、花見をかねて(居酒屋店内に桜など無いけど)送別会が行われる事になった。

 

 私は夜勤で、午後四時からの出勤だったのだけれども、仕事が少ないので午後一時から出社して、午後五時に仕事を終えて会場である居酒屋に向かう事になる。


 その為に普段は車で通っているのだけれども、お酒を飲むので公共機関の乗り物を使って会社まで行く事にした。


 だから本来は車で三十分で行けるところを、一時間半の余裕を見て家を出たのだけれども、普段は歩く事など全くないので、時間の読みを完全に間違えていたという事に家を出てすぐに気が付いた。


 歩けども、歩けども地下鉄の駅に着く気配はない。

 しかも滅多に無い様な快晴である。


 春はいつのまにか終わって、もう夏かと思うくらい暑い。


 汗だくになりながら、歩き続けて地下鉄の駅に着いた時点ですでに三十分が経過していたのである。


 残り一時間。


 地下鉄で30分ロスしたとして、そこからまた歩くのに使える時間は30分である。


 地下鉄を降りてからもけっこう歩くので、時間いっぱいいっぱいであった。


 だからといって走る気にはなれない。


 すでにヘトヘトであって、これから仕事しないといけないのに。


 結局、少し午後一時をすぎて会社に到着。


 元々残業代なんかでない会社であるし、数分の遅れをとやかく言われる事はないし、言われる筋合いもないのだけれど、時間厳守は社会人の基本である。


 私はとっくに会社へ着いていましたよ、と言うような顔をして仕事を始めたのであった。


 午後五時には仕事を終えて、お酒を飲まない同僚の車の運転で会場となる北の大繁華街へと向かう。


 夕方時に人で賑わい、もう何年も飲みに来ていないので、様子がすっかり変わっていた。


 中国人、中国語、中国人、韓国語、韓国人、台湾人、免税店、パチンコ、免税店、パチンコ、飲食店、中国語、ハングル、韓国人、台湾人。


 大観光地化してた。


 まぁ、シャッター街になるよりはマシだとは思うけれど、そもそもそんなに観光で見るところあるだろうかと思うのだけれど。


 午後七時。


 宴会会場である焼肉屋に入店。

 すでに参加者の半分は入店していた。

 

 遅れて、辞める二人が入店して席に座る。


 幹事挨拶


 「本日はお忙しい中、集まって頂きありがとうございます」


 「忙しくねーよ」


 そう言ったのは、社長であった。

 会場が微妙な空気になる。

 そんなんだから、辞める奴が出て、この後に二人ほど退職届を出している事がどうしてかという事を理解してないんじゃないかと社員一同で思う。


 そもそも二人とも(次に辞める二名も)会社に愛想を尽かして辞めるのに、その経営者が送別会に出席するとなると、微妙な空気になるのは解っているのだから、気を使って参加を辞退するべきだと個人的には思うのだけれども、幹事としては角が立たないように基本花見で、次いでの送別会という扱いにしている気配りである。


 「エー、では心ゆくまで食べ放題のみ放題ですのでお楽しみ下さい」


 トリアエズナマである。

 トリアエズニクである。


 個人的に好きなのは豚トロである。

 「よし、焼肉当番は俺がやるから、お前は触るな」

 私の右横に座る直接の上司である課長が言う。

 

 この人、神経質である。

 肉はトングで焼き、箸でそれぞれがつつくなど赦さない人であった。

 座るところを間違えたと後悔したがもう遅い。


 「あ、トングでやる?それめんどくさいから、箸でやってもいいでしょ?駄目?」


 向かいに座る部長が言った。

 この人、雑である。


 しかし、年齢と上下関係がある中で課長は渋々で部長の提案を受け入れたが、嫌なのは明白であった。


 それでも私の皿にトングで肉を乗せてくれる。


 「よし、もう焼けたから食え」


 「いや、早いですって。まずいですよ、ホルモンはちゃんと焼かないと」


 「細かい事を言うなって、大丈夫だから。焼けてるから」


 「昔、前の会社の飲み会で同じ事を言われて食べて酷い目にあった事があるんですよ。お尻から鮮血が出ましたから、それ以来、俺はカッチリ焼く派なんですよ」


 「大丈夫だって」


 そう言って、豚トロを乗せてくれる。


 大丈夫なのか……これ……?


 もの凄い勢いで飲み食いしたので、制限時間は二時間なのに一時間経った時点で皆腹一杯になっていた。


 そんな中で冷麺を頼む猛者が左隣にいた。

 B課長である。


 「まだ食うの?」


 私がそう聞くと、


 「食べ放題ですからね。とりあえずメニューに載っているものは制覇しないともったいないじゃないですか」


 そう言いながらB課長はメニューの左上から制覇しているのだという。

 もちろん、ドリンクのメニューは別腹である。


 しかし思うのだが、ビールはなぜプレミアムモルツなのか。


 個人的には癖が強くてホップの香りがきついのはあんまり好きじゃないのだけれど、飲み放題に行くとモルツである確率が非常に高い。


 まぁ、どうでも良いんだけれども。



 満腹感とほろ酔いで気分がよくなってきた頃、そろそろお時間と言う事で、辞める二人がそれぞれに挨拶の言葉。


 立つ鳥、後を濁さずである。


 恨み辛みといろいろとあるだろうが、そんな事はいっさい言わずに、これまでの苦役列車から解放されたという笑顔で挨拶をしている。


 社長が、次の仕事が見つからなかったらアルバイトで雇ってやるから、その時は会社に来いと言っているが、誰が来るものかとは言わずに笑顔で流す。


 持つ者だけが見せる余裕である。


 お開きとなり、店を出る事になり、私は一緒の部署で紅一点であり、席を隣にして働いていて辞めていく、三杯杏さんに声をかける。


 「次の仕事はもうみつかったの?」


 「全く何もしてないんですよ。この一ヶ月の有休消化も暇で暇で。いつもお昼まで寝てましたよ」


 「親はなんて言ってんの?」


 「別に何も言いませんよ。実家暮らしで女の子ですからね」


 「まぁ、いいんじゃないの。今まで忙しかったんだから、しばらくゆっくりすれば良いんだよ」


 「えぇ、そのつもりなんです」


 そう言うと三杯杏さんは他の人に話しかけられ、同じ様な話しをしている。


 店を出て外に出ると、他の社員は姿を消している。

 残っているのは私の他に三杯杏さんと、共に同じ部署で働いた二人ほどであった。

 ちなみにその二人は次に辞める二人である。


 夏が終わる頃にはその二人も会社からいなくなっているだろう。


 最期に残るのは私だけであるのだけれど、年齢的にすでに潰しの利かない私は仕方がない。


 船乗りは、船と共に沈むのである。


 「この先、同じ商売をやってくの?」


 「それはないですね。もうドブ底みたいな業界に戻る事はありませんよ」


 三杯杏さんはそう言いきった。


 「ユーチューバーなんていいんじゃない?最近の小学生の将来なりたい職業のナンバーワンがユーチューバーだそうだ」


 「鰤鰤さんはもういつもそんな夢みたいな事ばかり言う。もっと現実的に考えて、堅実に生きないと。夢でお腹は膨れないんですよ?」


 「獏は夢を食って生きるんだぜ?」


 私はドヤ顔でそう言った。


 「いつから獏になったんですか」


 三杯杏さんのいいツッコミを頂きました。


 「じゃあ、わたし地下鉄こっちなんで。したっけ」


 三杯杏さんがそう言って手を振りつつ人混みの中に消えていく。

 

 したっけ、と言いつつ、私はもうきっと、二度と会う事はないんだろうなと思うと、むかし見た「さびしんぼう」という映画の中で流れていたショパンのピアノ曲である「別れの曲」が頭の中を流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ