20016/05/14 でたらめな話
これはまだ私が玉のような睾丸の媚少年だった頃の話。
時はまさに世紀末であり、荒んだ世界にあったのは、私という名の未来への希望だけであった。
街を散歩すれば人々は振り返り、羨望の眼差しと嫉妬の舌打ちで私の笑顔に答えてくれるのである。
当然のように私は悪い気はしない。
羨望されるのは私であり、嫉妬されるのも私である。
人々の様々な感情を一身に浴びて、それが精であろうが訃であろうが、その存在こそが私自身なのだから。
「やぁ、これはこれは杉岡くんじゃぁないですか」
立ち寄った田崎書店で、そう声をかけてきたのは同じ中学の同学年であり、隣のクラスで委員長を務める奥頭正吉であった。
「奥頭か。君も少年ジャンプか?」
田崎書店は週刊少年ジャンプが通常の販売日である月曜日より二日早く買える事で近所の小中学生では知らない者は無いという程に知られた書店であった。
私も土曜日には田崎書店に駆けつけて、誰よりも週刊少年ジャンプを読む事に喜びを感じていたので、きっと奥頭もそうであろうと思ったのだ。
普段は文庫本を片手にクラスの窓際に佇み、インテリぶった所が気にくわないと思う事もあったのだが、同類であったか。
「あぁ、そう言えばここの書店は少年ジャンプがフライングで買えるんでしたね」
そう言って奥頭は私を一別すると、蔑んだような腹の立つ笑顔で言ったのだった。
「ボクは少年ジャンプを読んでないんですよ。ボクが買いに来たのは週刊少年チャンピオンですよ」
衝撃であった。
当時は週刊少年ジャンプ黄金時代と呼ばれた時代である。
週刊少年ジャンプの発行部数が最大値を記録した時代であった。
週刊少年ジャンプを印刷していた工場に、印刷する為の紙が入りきらないので、工場の廻りに紙を積んだトラックが、ぐるりと包囲していたと言う都市伝説が語られる時代である。
そんな時代に週刊少年ジャンプを読んでいない中学生がいると言う事を信じられなかったのである。
しかも、週刊少年チャンピオンを読んでいるという。
私は週刊少年ジャンプの他に、サンデー、マガジンなど割と多くの漫画雑誌を読んでいたのだが、週刊少年チャンピオンだけは読んでいなかった。
今でこそ、週刊少年チャンピオンを読む事が増え、少なくともはじめの一歩しか読むものがない週刊少年マガジンに比べれば、面白いと思う漫画雑誌であると思うのだけれども、当時は面白いとは思わなかった。
そして最大の理由は、
「チャンピオンを読んでいる奴は、友達がいない」
そんな都市伝説があったからである。
私は奥頭に別れを告げ、帰路についたのである。
ジャンプを読んでいても、友達は少なかったけど。




