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2016/05/01 第三十三回 中途半端な物語

タイトルも決めていない書き殴りの作品とか、設定だけとか。

書いたのも忘れていたものたち。


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001


 クラスメイトの音川奈美子は、いわゆる「見える」人らしい。


 市立向日河中学校三年二組の中では、その「見える」体質と言う事や、常にクラスの中心に立ちたがる積極的な性格も伴っているからかは知らないが、女子のグループの中ではリーダー的存在である。

 今日も投稿するなり彼女の周りに他の女子達が集まって、このところ話題になっている二年生の女子生徒が一週間前から行方不明になっている事件について語り合っていた。


 「鞄も外靴も教室に残っていて、学校を出た形跡が無いんだって」


 そう言ったのは、音川と常に行動を共にしている田村春子だった。


 ちょっと太めの彼女は、そう頬の肉をタプタプ揺らしながら音川に報告する。


 「わたし、彼女がいなくなった頃から首の裏側がキシキシと痛いのよね。こんな場合は、たいてい死んでいるわ。その二年生の女の子、イジメを受けていたそうじゃない?」


 そう音川は教室の黒板を通り越して、普段はそれなりにパッチリとして大きな瞳を遥か向こうを見るようにして細めた。


 イジメを受けていたと言う話は、すでに新聞やテレビのニュースでも報じられている事だった。


 そのせいで、生徒全員にアンケート調査が行われたりもした。


 「けっこう酷かったみたい。同じクラスの男女数人に暴力を振るわれたり、それ以上に酷い事もされていたって日記に書いてあったのが自宅の部屋から見つかったんだって」


 報告するのは基本的に田村の役目のようで、彼女がそう言っているのを他の女子達は不潔なものを見てしまったかのように顔を顰めて聞いている。


 「そう言えば、二十年前にも同じ様な事があったそうよ。イジメられていた生徒が行方不明になって、苛めていた数人が不審死したそうよ。なんでも、その苛められていた生徒は自らの命を使って呪いをかけたんですって。詳しい事はしらないけど、そういう呪いのかけ方がこの辺りには古くから伝わっているそうよ。呪いのせいかしら、このところ学校の中で良くないものを見かける機会が増えた様な気がするもの」


 そんな事を真面目な顔をして言い、田村とその仲間たちが口々に怖いなど言う姿を、少し離れた窓際で一番後の席に座る僕は見てしまい、少し笑ってしまった。


 声に出して笑った訳ではないのだけれど、感が良いのか音川と目が合ってしまった。


 「何かしら、杉岡くん。わたしは可笑しい事を言ったつもりはないのだけれど」


 そう言う音川の目には明らかな敵意があった。


 「いや、二十年前って言ったけれど、ここらは新興住宅地で、二十年前は辺り一面がタマネギ畑だったんだよ。この学校だって設立十年目だし、そんな呪いや因縁なんて、タマネギ畑だった場所にあるわけ無いと思ってさ」


 そう言うと思っていたと言うような顔をして音川は言う。


 「そのタマネギ畑を切り開いた原野に作ったのは明治維新で幕府側に付いて、破れた武士達だったのよ。そんな人たちが入植した頃は酷い状態で、餓死者も大勢出たらしいわ。そんな怨念がここら一帯には残っているのよ」


 「僕にはわかんないけどね」


 彼女は僕の言葉を聞くと笑って言う。


 「今だって杉岡君の後の壁から、顔が出てきたわ」


 振り返ってみるとそこには確かに顔があった。


 「何してんの?」


 「いや、壁から顔がでてきたって言うから」


 それは幼なじみの辻村美智だった。


 音川はすでに僕には興味など無いように、彼女達だけの会話に戻っている。


 「あんまり、ああ言うのを相手にしちゃ駄目よ。彼女、見えてなんかいないんだから」


 「やっぱり。そうなの?」


 「家庭環境がいろいろ複雑で、両親とはもう何年も一緒に暮らしていないんですって。今は母方の祖父母と暮らしていて、小学生の時からいろいろと問題を起こしてはお婆ちゃんが学校に呼ばれていたわよ」


 「田村達は騙されているというわけだ」


 それは違うと、美智は言う。


 「あそこのメンバー、特に田村さんは太っているという事もあって、小学校の時に酷いイジメにあってたの。それを助けたのが音川さんよ。なんでも、いじめっ子の家に火を付けたとか、夜道で金属バットで襲ったとか、真偽のほどは確かじゃないけど、とにかくあの子達にとっては地獄のようだった日々のイジメは無くなったのよ。だから音川さんが変な事を言う子でも、彼女達はそれを否定したりしないのよ。お互いに依存する関係ができているのよ」


 幽霊が見えるとか、まともな人が言う言葉ではないと僕は思う。


 実際に何らかの科学的根拠に基づいているならともかく、言ってしまえば心の病気か、脳の病気であると言った方が現実的であるだろう。


 でも、それを認めてしまうくらいなら、霊感という特殊な能力を持っているのだと信じた方が、自分自身の心に納得できるのではないかと僕はそう思う。


 兎にも角にも、それで幸せならば良いんじゃないかと僕はその時に思っていた。



002


 行方不明の市立向日河中学校二年生、大鈍礼華をイジメていたと噂される、同じクラスの桧垣幸雄が遺体で発見されたのは、翌日の朝の事だった。


 昨夜遅くなっても帰宅しなかったのを心配した桧垣幸雄の両親が、警察に捜索願いを出し、教員及びPTAの父兄が捜索していたのだが、学校の体育館裏で見つかったのだという。


 「全裸で切断された自分の頭を抱えていたってさ。口には切断された性器が銜えらされていたって。発見した音楽の斉藤先生は、その場で倒れてまだ入院中だって」


 生徒の動揺やら、警察の現場検証などがあり学校は三日間ほど休校した。


 気分が悪くなる生徒も少なくなく、市からカウンセラーが派遣されて生徒達の心のケアに対応していた。


 どこから出たのか解らない、遺体発見状況の詳細が噂話で生徒達の中に流れているが、学校の外に集まっているマスコミの数を見ると、どうやら噂と言えないらしい。


 「やっぱり、呪いなんだ。あと三人死ぬまで事件は終わらないの?」


 職員会議が続いているそうで、現在自習中のクラスの中では、いつも通りに音川の元に女子が集まり、田村がそう聞いた。


 「終わらない。と、言いたいところだけど、呪いを掛けて死んだ大鈍さんの遺体を見つければ呪いは効力を失うのよ。呪いを成就させるには、成就するまで自分の遺体を誰かに発見されてはいけないの。だから、これ以上、死人を出さないためには大鈍さんの遺体を発見しないといけないの」


 音川の声は小さいながらも教室中に伝わり、クラスの誰もが耳を傾けていた。


 だからこそ、窓の向こうから聞こえてきた悲鳴と、肉が潰れる音を誰もがしっかりと聞いてしまったのだった。


 「誰か窓から落ちたぞ」


 クラスの誰かがそう叫ぶと、条件反射かどうかは解らないのだけれども、止せばいいのに多くの生徒が窓の方に詰め寄り、頭が割れて脳漿と脳みそが飛び出し、手足が有り得ない方向に折れ曲がった女子生徒二人の姿を見て、下を覗き込んだまま数名が吐いた。


 「あと一人ね」


 音川は冷静に落ちて潰れた女子生徒達を見ながらそう言った。


 「どうおもう?」


 僕は隣で見ている美智に訪ねた。


 彼女は力強く答えた。


 「呪いなんて、あるわけ無いじゃない」

 

003


 「正確には、呪いはあるかも知れないけれど、ただの女子中学生がちょっと知識を得たくらいで呪いを掛ける事ができるようになるわけなんて無いってことよ。だいたい、自分が死んでしまったら、呪いを掛けた相手がどうなったのか解るわけもなく、呪いを掛ける意味なんて無くなるでしょう」


 「それくらい憎んでいたのかも知れないだろ」


 「なら、自分自身で手を直接下した方が早かったでしょ。呪い何かよりよっぽど確実だと思う」


 僕は美智に連れられて、学校の中を歩いていた。


 窓から落ちて死んだ二人の女子生徒は、あの直前に突然とっくみあいの喧嘩を始めたという。


 当然の事ながら、行方不明の大鈍礼華、惨殺死体で見つかった桧垣幸雄と同じクラスの女子生徒、中沢安江、近藤美佐の二名である。


 最初に中沢安江がカッターナイフを振り上げて近藤美佐に襲いかかり、数度に渡って斬りつけたあと、とっくみあいとなり縺れるように三階の窓から落ちていったのだという。


 原因は警察の捜査ですぐに解った。


 二人のスマホにラインで行方不明の大鈍礼華のIDで


 「自分が死にたくなかったら、残った二人を殺せ」


 とメッセージが送られてきたのだという。


 そして、それを先に見た中沢安江が先に襲ったのだという。


 大鈍礼華を苛めていた残された一人は、恐慌状態の中で警察に保護されていったという。


 「さすがに警察相手に呪いの実行はできないでしょうね」


 そう言いながら、美智はドアの前に立ち止まると、ドアの向こうに消えた。


 「呪いを実現させるのに何人殺すつもりなんだ、田村」


 大鈍礼華の居場所を探し出してきた美智に従い、僕はドアを開けると、中にいた田村に向かってそう言った。


004


 「な、何を言ってんのよ杉岡くん!!」


 女子トイレの中で田村は頬の肉をプルプルさせながらそう言った。


 顔には脂汗が浮いていた。


 「お前にとって、音川がどんな存在か知らないけれど、アイツの妄想を実現するために噂を流して、手を下したのはお前だな。大鈍礼華も殺したのか」


 「大鈍礼華は殺してない。見つけた時には個室で死んでいたのよ」


 その遺体をトイレの天井裏に隠し、音川が語った作り話の拡散に利用したのだと、泣きながら田村は言った。


 そして、全力疾走でトイレの中にある窓にダイブすると、地上三階から地面に激突して死んだのだった。



005


 「ざんねんね。田村さんが、大鈍さんを苛めていたなんて」


 田村の訃報を聞いた音川はそう言ったという。


 今では死んだ田村の霊と語り合う姿がときどき目撃されている。


 「結局、一番怖いのは人間という事か」


 僕はそう言うと、幼なじみで三年前に交通事故で死んだ浮遊霊でもある美智はその通りと言って笑った。



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あまり役に立たない異能の力を持った人々の世界


主人公 高校を卒業してアルバイトをしながら生活をしていたが、テツさんに

    借金をした事から転落の人生は始まる。

    半年ほどテツさんの元で働いて借金を返済する事になった。

    その時にいろいろな人々と出会い人脈を広げる。

    借金の返済後もテツさんのいない時に事務所に出入りしている。

    そんな中でテツさんの愛人である中学生の黒江と良い関係になってし

    うのだが、それがテツさんにバレてしまい、逃亡を決意する。

    18歳 男


テツ  善人ではないが、悪人とも言い切れない小悪党。裏家業に精を出して

    いるが、捕まってもすぐに釈放されるレベルで小銭を貯め込んでいる。

    主人公はテツの元で借金の片に働いた事がある。


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職場の○○


 「おはようございます。◎月◎日朝礼を始めます」


 そんな声が営業達の机がある仕切の向こうから聞こえてきたのは数年前のことだった。


 手には小冊子を持っている。


 タイトルは「職場の教◎」


 一冊、一月分。


 1ページに1日分。


 一つのテーマについて時事問題を絡めながら書かれた本である。


 その小冊子の当日の部分を事前に読んでみて、思うところがあった者が自主的に読み役になるスタイルだった。


 まずは最初にタイトルコール。


 それから本文を読み始め、最期にテーマを全員で声を揃え復唱する。


 そして読み役が思ったことを一言コメントし、終わるのである。


 日々の生活のこと。


 仕事の進め方。


 ポジティブな思考。


 日常のささやかな事への気が付き。


 テーマは様々である。


 基本的には精神論であり、兎にも角にも、笑顔であれば人は幸せになれ、幸福は多の人々も巻き込んで広がっていく。


 不満や嫉妬は不幸しか招かず、肉体にも精心にも良くない。


 基本的に訴えている事はその様なことである。

 

 しかし、聞いていれば読んでいるのはほとんど固定しており、読み終わったあとのコメントも何を言っているのか意味不明だったりした。


 その度に営業部の責任者は


 「なにも素晴らしいコメントをしろと言っている訳ではないんだ。思ったことを言えばいいのだ」


 と、意味不明な内容を指摘するのだけれど、そもそも彼らも読みたくないのに、読むしかない立場に追い込まれていたので、そうそう読んだところで思うことがあるわけでもないので、しどろもどろになるのは当然と言えば当然であるようにおもうのだけど、そこは営業として上手く切り抜けてこそ、そのポジションから抜け出せそうなものだけれども、それが出来ないからそのポジションなのである。


 個人的にはあまり良い印象はこの冊子にない。


 なぜならすでに精神論でしか会社の状況を改善する方法が無いのかと思ってしまうからだ。


 精神論ではなく、具体的な現状への対応策が全くないのかと。


 実は前の会社でも読んでいた。


 バブル崩壊の直撃を受け、働けど働けど業績が改善しない中で導入されたのが「職場の教養」であった。


 あいさつをきちんとしよう。


 コミニュケーションを取り合おう。


 言っていたことは、今も昔もまったく代わりがないのである。


 で、そのかいもなく倒産。

 

 今勤めている会社でこの冊子が配られた時は、「あぁ、末期か」と思ったものであった。


 最初は営業部だけで使われていたのだが、トラブルが何度か続いた中で、全体朝礼を毎日することに決まり、そこで冊子を全社員持ち回りで読むことになったのである。


 悪化したw


 コメントは時間の関係上でしないことになったのだが、それだとただ読むだけであり、何のためにするのかと言えば、業種の特徴として、一日会社にいても部署事の仕事が多く、小さい会社なのに一言も会話がなかったり、一度も顔を合わせないで一日が終わる人がいると言うのを問題視してとりあえず、顔合わせみたいな朝礼となったのだった。


 たしかに問題はあるだろう。


 三日間休んだ人がいたとして、部署が違えば三日間も休んでいると言うことを知らない人がいるわけである。


 三日間徹夜をしている人もいれば、始業時間ギリギリに出社してきて、終業時間と共に帰っていく人もいて、その人は三日間徹夜している人間が何人かいると言うことを知らなかったりするのである。

 

 そこで思うのは精神論うんうんと言う前に、もっと別な大きい問題があると思うのだけれども、それを口に出して言わないのが社畜の哀しき宿命であると言えるだろう。


 業績悪化とトラブルと、いろいろ続いているので社員全員が参加する全体会議が行われた。


 「会社を良くするにはどうしたらいいのか、意見を出して欲しい」


 進行役である上司が言う。


 「経営者からの経営方針説明とか無いのか」


 などとは間違っても言ってはいけない。


 「何でも言ってくれと言うのは、本当に何でも言えば良いって言う訳じゃない」


 そんな事はすでにい古株である人間であるならば当然の用に知っているわけなのであるが、新しい世代になるにつれ、普通の大手企業のような感覚で会議に挑む若者がいたりして、現実にまだ希望を持っているのかと思う。


 真に会議を何事もなく終わらせるには、当たり障りのないコメントと沈黙であると言うことを1.5世代である私は守り通したのであった。


 例えば、


 「ボーナスが出ないなら出ない。出るなら出ると言ってくれないだろうか」


 と質問すると、


 「お前は毎日働いていて、仕事の薄さを感じていないのか?仕事がないのだから売上げもない。だからボーナスが出ないと言うことは、いちいち言わなくても解るだろう」


 と社長辺りから当然と言えば当然の答えが返ってくる。


 正論である。


 しかし、正しければ全て良しというわけでもないだろう。


 「それはたしかにそうなんですが、言わなければ伝わらないこともあるでしょう。理解していると言うことを前提に、何もいわないというのは違うんじゃないでしょうか?」


 「それはな。払いたくても払ってやれないと言う事は申し訳なく思っているわけで、そこのニュアンスを子供じゃないんだから、一つ一つ説明してやらなければいけないのか。大人で何年もこの会社で働いているならば、そこは理解してくれても良いだろう」


 と言うことになる。


 つまり、あー言えばこー言うと言う状態である。


 正論を振りかざされては、いつまで経っても会議は終わらないのである。


 だったら、沈黙で会議が終わるのを待つのが一番効率的な状態であると言うことを第三世代の社員は理解しているから沈黙の会議となっていた。


 焔を付けてはいけないのである。


 嵐は過ぎ去るのを待つべきなのである。


 普通の会社じゃないんだからw


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「ブラック会社の◎養」


 ◎月▲日 はたらくということ


 ある会社で営業として働くAさんは、残業が非常に多く、朝方まで働き、家に着替えに帰るだけという生活を半年以上続けていました。

 睡眠不足は溜まり、顔色は蒼白で、夜中に気分が悪くなって倒れたこともあります。

 そんな生活が続く中で、小さな子供達は「お父さんはときどき家に来る人」と言う認識のされ方だったり、寝不足でミスが重なり、同僚からは「仕事の出来ない奴」というレッテルを貼られたりしていたのです。

 そんな中でとうとう会社の中で倒れて意識を失い救急車で運ばれる自体に陥りました。

 それは元々持っていた持病が悪化しただけだったのですが、Aさんが倒れたという事実は少なからず社内に影響を与えたのです。

 「何も寝ないで働けと言っている訳じゃない。朝方まで働かないといけないのか」

 上司からは厳しい言葉が残された同じ部署の仲間たちに伝えられました。

 彼らもまたほとんどAさんと同じ様な勤務形態だったのです。

 その時は誰も反論する事はありませんでしたが、求められた数字を薄利多売の中で達成しようと思えばAさんのような働き方をしなければ、到達させることなど出来るわけがないと言うのが共通の認識でした。

 それを入院している暴飲のベッドの上で聞かされたAさんは、非常に憤りを覚えました。

 「訴えてやる!!」

 とは言いませんでしたが、万が一の時のために、奥さんが出社時間と帰宅時間を控えることにしたのです。

 以前、労働基準局が立ち入り調査に入った時に、残業が多くなる社員はタイムカードを押さないことになっていたので、自主自衛の為でした。


 今日の心がけ  自分の身は自分で守りましょう

 

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 氷点下まで気温が下がった冬の休日の早朝。


 前の晩から降り積もった雪の除雪をするために家の外に出た。


 あまりの寒さに頬と耳が痛い。雲一つなく晴れ渡ったまだ朝の空は寒々としていて、より一層、空気の冷たさを倍増している。


 昨夜は雪が降り続いていたのだけど、思ったほどに雪は積もっておらず、これならば雪かきしなくてもいいだろうと私は思った。


 そうとなれば、休日なので家の中に戻り、もう少し寝ようと思い、私は雪かき用のスコップを元にあった場所に戻すと、家の中に戻るために玄関のドアのノブに手をかけた。


 その時、ふと空を見上げると、空には大きな穴が空いていたのだ。


 それは真っ黒な穴だった。廻りの青い空とは境目こそグラデーションになっているが、穴の中だけはまるでその部分だけまだ夜のように漆黒に染まっている。


 よく見れば、そこには夜空に輝く様な星が見えた。天の川も、他の銀河や星雲までも見えたのである。


 これは天変地異か、その前触れかと思い、急いで家の中に戻り、テレビを付けてみる。当然のようにテレビの中でも特番が組まれる程に大騒ぎになっていた。


 普通ならば休日のこの時間は情報番組と天気予報なのだけれども、各局の報道センターから、早朝だというのにその局の顔であるトップキャスターが司会をしていて、全国から中継を交えながら現在の状況をアナウンサーがリポートしていた。


 テレビを見ていた解った事は、この現象は全国各地で起こっているわけではなく、私が住んでいる街の上空で起きていると言う事だった。


 番組に出演していた学者か言うには、どうやら大気が薄くなってるか、消失しているらしいという事だった。


 早い話がオゾンホールの強力なやつだという。


 その為に有害な紫外線や宇宙線が通常の何倍も地表に届く事になるので、外出を控えて屋内で穴が消えるまで待機して欲しいと呼びかけていた。


 政府官邸からの中継では首相が、国民にたいして冷静な対応を取るように呼びかけ、自衛隊の災害派遣出動を決めた事を発表していた。


 紫外線やら、宇宙線というものは、家の中にいれば安全なのかどうかと言う事は、よく解らなかったが、とりあえず私は今日の休日を、寝て過ごす事に決めたのだった。

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 私の住む町は冬になれば雪が積もり、氷点下の日が数ヶ月に渡って続くような場所だった。


寒さと除雪に追われる日々には、子供ながらに嫌気がさして、いつか自分は雪の積もらない場所、例えば沖縄に住みたいと思っていたのだけど、沖縄には沖縄の悩みである夏場の台風の直撃が多いという事を知ったのは、随分大きくなってからだった。


 年に何度も荒れ狂う風と雨のニュース映像を見て私は、早々に夢を諦めた。


 「珠子はさ。考えすぎなんだよ。いざ住んでみれば以外といけるかもしれないでしょう?」


 そんな話をクラスメイトの山本さんにしたのは高校二年の冬の日だった。すでに遠くの山に日は沈み、紺色に世界は染まり始めている。窓から見える校庭にはすでに雪が積もっており、その向こうの遥か彼方まで続くタマネギ畑の上にも同じように積もっていて、ただの雪原になっている。


 「後悔なんて、後になってからじゃないとできないんだから、先にあれこれ考えたって仕方ないじゃない」


 私は彼女のポジティブさがとても羨ましかった。だからといって、私に同じ考え方が出来るとも思わない。


 「どうにかなる事は何もしなくたって、なんとかなるんだって。どうにもならないことはどうやったってどうにもならないのよ。だけど、大抵の場合は命まで取られる事なんかないんだから」


 その根拠はどこにあるのか全くもって解らない。ただ、高校生で子供の私たちが言うぶんには許される範囲の事であろうと思っていたし、高校卒業共に私たちは会う事が無くなった。彼女が世界一周の旅に出たからだった。

 

 その後、私は大学に進学し、地元を離れて一人暮らしを始めた。時に目的も持ってないのでなんの生産性のない日々だったといえる。そんな日々の中で山本さんと再会したのは大学三年の冬の事だった。突然私のアパートの部屋に転がり込んできたのある。その腕には天使が抱かれていた。


 「高校を出て、アジアを回ってから、中東を抜けて東欧に入ったところでこの子の父親と出会ったの。彼も旅行者で、母国はフィンランドだったわ。妊娠が発覚して、じゃあ彼の母国で生もうという事になったとき、彼に逃げられちゃったのよ。困っている所で知り合ったイタリア人の恋人の紹介で、イタリアの病院でこの子を産んで育てていたんだけど、彼は浮気性で別れたから帰国したの。だけどさすがに実家には帰れないじゃない?それで、珠子の実家に電話かけたらここに住んでいるって言うから」


 山本さんは玄関先で一息にそう言うと私の部屋に住み着いたのだった。


 最初は、仕事を見つけて、自分で部屋を借りられるようになるまでと言っていたのだけれども、私が大学を卒業し、就職しても彼女は部屋に住み続けた。


 「私は別に構わないんだけど、茜ちゃんの為にもきちんと先の事を考えた方が良いわよ」


 アルバイトで生活費も入れてくれ、掃除に洗濯、食事の用意もしてくれる。個人的には凄く助かっていたのだけれど、娘の茜ちゃんの事を思えば、いつまでもこんな生活をしているべきではないと思っのだ。


 「大丈夫だって。貯金もだいぶ貯まったし、来年の春になって、茜が小学生になる頃には部屋を借りてちゃんとするから」


 そう言っていた彼女が姿を消したのは、大雪の大晦日の夜だった。ついでに私の彼氏と一緒に消えるというオチがついた。

 

 彼氏の事はともかく、困ったのは茜ちゃんの事だった。山本さんの両親を捜したが、すでに二人とも他界していたのだった。彼女は一人っ子だったので他に連絡を取れるところはなかった。


 まぁいいか、と言うところが本音だった。


 まっ白な肌と金髪の女の子の母親代わりである。羽根を付けたらまるで天使のような風貌である。すでに何年も一緒に暮らしてきて情も移っていた。


 ただ、このまま二人で暮らしていくのも辛いので、私は事情を話して実家に戻った。


 怒られると思ったが、両親二人とも茜ちゃんを見ると実の娘より可愛がったので問題は解決した。

 

 月日は瞬く間に流れ、茜ちゃんは12歳になった。私もそれなりの歳なのだけど、結婚する事もなく楽しい日々が流れた。


 クリスマスも過ぎ、あと今年も残り僅かとなった年の瀬、山本さんから突然電話があった。


 近くのファミレスで待っているからと言う。


 私は茜ちゃんと向かう。途中でお母さんが一緒に行こうと言ったら茜ちゃんどうする?と聞いたのだけど、蒼い瞳を先に向けるだけで茜ちゃんは何も言わない。その表情は怒っているようにも、笑っているようにも見えた。心の内までは解らなかった。


 「こっち、こっち」


 ファミレスに入るなり、山本さんに声をかけられた。


彼女は昔と変わらない笑顔で、手を振っていた。


 彼女は私達の前から姿を消した後、沖縄に住んだという。そこで商売を始めてそこそこ成功し、こうして茜ちゃんを迎えに来たのだという。


 「珠子も一緒に来ない?高校の時に沖縄に住みたいって言っていたじゃない。きっと気に入るわよ」


 ああ、この人はポジティブと言うよりも、きっとただのアホだったんだろうと思った。


 とりあえず、その日はいったん家に帰ってから答えを出すと言う事にして山本さんと別れた。


 もちろん茜ちゃんも一緒で、帰り道に茜ちゃんはどうしたいのか聞いてみた。


 「お母さんの顔も覚えていなかったし、わたしはタマちゃんが良い方でいい。タマちゃんはどうしたいの?」

 

 茜ちゃんの中学入学に合わせて、春先には沖縄に移り住んだ。


 楽しい日々はほんの数年の事で、胃癌を発病して倒れた山本さんは半年も保たずに無くなった。


 商売の方も儲けは僅かで、借金もあり、すぐに立ちゆかなくなった。


 全てを失った私は茜ちゃんを連れて雪が降る生まれ故郷に戻った。


 「なんとかなるって、タマちゃん。命まで取られるわけでもないし」


 茜ちゃんはそう言って駅から家までの雪が積もった道を歩き出す。


 あぁ、やっぱり親子だなと思い、私は茜ちゃんの後を追いかけた。


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守護天使 タマ





 1


 そこは薄暗く、破棄された中世ヨーロッパの城の中の様な様な場所だった。


 巨大な岩を積み重ねて作られた壁は、至る所が崩れ落ちていて、盛者必衰の趣がある。


 実際のところは、僕が住む街の郊外に最近出来たばかりのショッピングモールの施設の一つであり、外見とは裏腹に中には高級ブランド店が入っているそうだった。


 「私達には関係ないですね」


 エスカレーターに乗りながら、目の前の廃城を見て彼女はそう言った。


 「そうだなぁ。稼ぎが倍になっても縁がない場所だなぁ」


 そもそも、着る物に関心のない僕が身に纏うのは勤め先の工場で支給されたグレーの作業服。


 稼ぎがいくら上がろうとも、お盆休みを利用して訪れた自分には、一生縁のない場所に思えてきた。


 「でも、ちょっとくらいオシャレしないとダメですよ。せめて、Tシャツくらいは毎日着替えないと」


 それはオシャレなのかと思ったけど、口には出さなかった。


 「わかったよ。安いのがあったら買うよ」


 エスカレーターを降りると僕たちは身の丈に合いそうな店を探して歩き出した。

 

 僕たちは恋人同士でもなければ、夫婦でもない。


 仲の良い友人同士というわけでもなく、兄妹でもなかった。


 彼女は僕の守護天使だった。


 僕の目の前に彼女が降臨したのはほんの一月ほど前で、それから共同生活が始まった。


 ちなみに僕はキリスト教徒でもなければ、イスラムでも、ユダヤ教徒でもない。


 新興宗教団体に入っているわけでもなく、特定の宗教を信仰しているという自覚もなかった。


 正月に一人で初詣に神社に行き、お盆には両親の墓参り、クリスマスは一人寂しく100円ケーキを食べるくらいである。


 そんな程度の、ごく一般的なこの国の住民の宗教観でしかない。


 そんな僕の前になぜ守護天使が現れたのかは解らない。


 守護天使を自称する彼女に聞いてみたが「そういう運命なのです」と、天使の様な笑顔で答えただけだった。


 守護天使なのであるから、天使の様なというのは当たり前と言えば当たり前なのだけど。


 彼女の容姿は中学の頃に片思いをしていた山田珠子に似ていた。


 肩の所で揃えられた薄い栗色の髪は、天使の輪を輝かせていた。


 背中には、天使らしく二枚の羽が生えている。


 パッチリとした目は良く動き、表情に様々な彩りを与える。


 嬉しいときは嬉しい目で。


 怒ったときは怒った目。


 彼女の目を見ればその時の感情というものがよく解る。


 今は大きく見開いて、ショッピングモールの中を見回していた。


 「珍しいのか?こういうところ」


 「えぇ、極楽天上にはこんなに作り込まれた場所はありませんし。だいたい青空と白い雲だけです」


 「なんか洋風だな。しかし、天使なら地上に降りたりできるだろう?」


 「私は守護天使なので、特定の方の守護天使を拝命するまで、地上に降りる事は出来ません。それにあくまで守護天使であるので、あまり守護する方から離れる事も出来ません。だから、テレビで見たこの場所に連れてきて下さって、とても感謝感激雨霰です」


 「そんなに感謝されてもなぁノノお金もなくて、何もしてあげられないけど」


 「連れてきてくれただけで充分です。お金はないのはわかっていますし」


 そう言った彼女の身なりは白い長袖のワンピースだった。地上10センチくらいに絶えず浮いているので、靴は必要ないらしく、裸足であった。


 浮いていても、僕より頭一つ低い身長の彼女、見ようによっては僕は犯罪者に見えるかも知れない。


 しかし、僕と同じように、目の前に守護天使が現れた人は多いらしく、ショッピングモールの中でも守護天使の姿をよく見かけた。


 おなじことは世界中でも起こり、各国で対応が急がれている。


 この国でも、国民として扱うか、住民税を取るかどうかで揉めているという話をテレビのニュースで見た。


 食品売り場で今夜の夕食に必要なものを買いそろえる。


 「脂っこいものばかりはダメです。食物繊維もです。大事なのはバランスです」


 彼女は、僕が買い物籠に入れようとするものを厳しくチェックする。


 知識は栄養士並みである。


 買い物も終え、僕らはアパートに帰る事にした。


 途中、靴屋の前に安いウレタン製のサンダルが売っているのが目に入ったので、彼女に買ってあげる事にした。


 「必要ないんだろうけど」


 そう言い終える前に彼女は礼を言い、すぐに履いてみせた。


 「ありがとうございます。一生大事にします」


 天使の一生というのはどれだけの期間を指すのかわからないが、とりあえず喜んでくれて僕も嬉しくなった。


 手を繋ぎ、僕らは夕焼けの中、バスにも乗らずにアパートに向かって歩く。


 彼女は鼻歌を歌い、とても上機嫌である。


 思えば、彼女はまさに守護天使であった。


 12の頃、両親の交通事故による死によって、天涯孤独の身となり、施設で育ち、そこを18で出た後は、誰も知らない町で暮らしていた僕は孤独であった。


 愚痴を言う相手もいなければ、泣き言を言う相手もいないのである。


 嬉しい事も、楽しい事もそんなに無かったが、そのわずかなものさえ共有する相手もいなかったのである。


 今は彼女がいた。


 それだけで、どれだけ救われただろう。


 そう思うと、感情が高ぶり目頭が熱くなった。


 いつまで彼女との時が続くかわからないが、それは永遠であって欲しいと思った。


 

 2

 

 彼女には名前がなかった。


 彼女によると、村瀬浩一郎(僕の名前)の守護天使というのが彼女の個体名らしく、それ以外の何者でも無いという。


 しかし、それでは呼び方にも困り、名前を付ける事にしたのである。


 外見が中学の頃に片思いをしていた山田珠子に似ていたので、タマと名付ける事にした。


 「にゃんこみたいで可愛い名前ですね」


 彼女も気に入ってくれた様だった。


 アパートに戻って夕食の野菜炒めを食べながら僕らはそんなたわいのない話をする。


 「ではどうぞ」


 どうやら僕に名前を呼んでみろと言う意味らしいかったので、僕は彼女の名前を呼ぶ。


 「タマ」


 「はい」


 「タマ」


 「はい。何か新婚さんみたいですね」


 どこから新婚さんの情報を得たのかは知らないが、タマはそう言って笑った。


 「明日はどこに行こうか?休みは4日間しかないから、もっといろんな場所にいこう」


 もうすでに盆休みの初日は終わろうとしている。


 僕はタマといろんな場所に出かけたいと思っていた。


 だけど、タマは少し悲しそうな顔をして言った。


 「お父さんと、お母さんのお墓参りに行かないとダメですよ。もう、ずっといってないんでしょ?」


 僕は一瞬沈黙する。


 そうすると、タマがもっと悲しそうな顔をするので僕は口を開いた。


 「ノノずっとと言うか、葬式の後に骨を納骨してからずっと行ってないよ。そもそも場所を正確に覚えていない」


 「それなら問題ないです。私が情報を把握していますので、浩一郎さんが行こうと思えばご案内出来ます」


 「じゃあ、酷い親だったってのも知っているんだよね?」


 「はい」


 「二人が交通事故で死ななかったら、僕はきっと今の歳まで生きていなかったと思う」


 「背中のやけどは、お母さんに熱湯を浴びせられたからでしたね」


 「父さんには二度、腕を折られたよ。おでこの傷はビール瓶で殴られた痕さ。いま思えばあの交通事故も、何も食べさせてもらえなくて、死にかけた僕をどこか山奥に棄てに行こうとしていたときに起きたんだと思う。後部座席にのせられていた僕は奇跡的に助かっただけで」


 「ノノでも大好きだったんでしょう?お父さんとお母さんのこと」


 「その当時はね。でも、今は死んでくれて良かったと思う。死んでも仕方のない奴はいると思う」


 「かわいさ余って憎さ百倍って言う奴ですね」


 「何か違うと思うけど」


 「雰囲気です。でも、お墓参りにいって憎しみを置いてきましょうよ。憎しみを抱いたままだと、未来は開けません。そうしましょう。明日はお墓参りです」


 「ノノいいけど」


 本当のところはお墓参りなんて行きたくないのだが、タマに押し切られる形で約束してしまった。


 産まれ育った町に帰るのは施設を出てから7年ぶりであり、良い事なんてほとんど無かったあの町に帰るのは気分が重い。


 その夜はタマに抱きかかえられて寝たのだが、見た夢はまだ父さんが経営する工場が儲かっていた頃で、僕と父さんと母さんが食卓を囲み笑顔で夕食を食べている夢だった




 3


 朝早くタマに起こされ、アパートを出て電車に乗り、両親の墓がある場所に着いた頃には日が落ち始め、墓地はオレンジ色に染まっていた。


 移動だけでクタクタである。


 「すみませんね。言いだしたのは私なのに。空中移動で疲れ知らずでして」


 タマが申し訳なさそうに言う。


 「気にしなくて良いよ。行かないと言う選択肢もあったのに、来たわけなんだから」


 さすがにお盆だけあって、墓地はお墓参りの人で賑わっていた。


 駐車場に車を止めるための車列が延々と続き、お墓に水をかけるための柄杓と桶は無くなっていた。


 「で、場所はどこだなんだい、タマ?」


 「こちらになります」


 脳内GPSを駆使しているのか、事務的な口調になったタマに手を引かれ僕は両親の墓の前にたどり着いた。


 金がなかったのか、墓は石ではなく、木の板が土に刺さっているだけだった。


 その板には何か書かれていたのも知れないが、今となっては読みとる事が難しい状態になっていた。


 とりあえず、買ってきたロウソクと線香に火を付け、ペットボトルの水を木の板に掛け、手を合わせる。


 何か祈るわけでもなければ、何か思う事もなかった。


 横を見るとタマも手を合わせ、何か小さくブツブツと呟いていた。


 般若心経の様にも聞こえたが、お経など詳しく知らないので僕には解らない。


 「さて、帰ろうか。でも、今からじゃ、交通機関がないなぁ」


 「どうしましょう?このあたりにお泊まり出来る場所なんか無いですよね」


 「ないなぁ。駅前まで行って、ネットカフェで朝までコースしかないか」


 日はすでに沈み、薄暗くなったのだけど、人の多さで墓地とは言えど、寂しさは感じられない。


 「村瀬くん?」


 駅前まで戻るのに、墓地の中を歩いていると突然声を掛けられた。


 そこは無縁仏の碑が立つ場所で、声を掛けてきたのは僕と同い年くらいの美人の女性だった。


 若い美人の女性に声をかけられる事など滅多にない僕がきょとんとしていると、女性が笑顔で言った


 「山田珠子だけど、覚えてないかしら?」


 「あ!!」


 それは確かに山田珠子だった。


 当時の面影はタマなのだが、その進化系が目の前にいたのだった。



 4


 「さぁ、あがって。タマちゃんも遠慮しないでね」


 僕は遠慮しがちに、タマは遠慮無く山田珠子のアパートの部屋に通された。


 山田と話をして、今は遠くの町に住む僕らは帰りの手段が無くなったので、駅前のネットカフェ場所を聞いたりしたら、


 「それなら私の部屋に泊まればいい」


 と、山田は言ったのである。


 「いえいえ、若い年頃の娘さんの部屋に泊まるなんて滅相もございません」


 と、やんわり断ったのだが、取って食いはしないからと笑って山田は言った。


 「それにかわいい守護天使ちゃんもいるんだし、変な気なんて起こさないでしょう。私の守護天使もいるし」


 見ると、山田の足下には5歳くらいに見える男の子の守護天使がいた。


 「変な気を起こすと、ぶっ飛ばすぞ?我が拳は山をも砕く」


 山田の守護天使はそう言って僕を睨んだのだった。


 「ショウちゃん、お皿だしてね」


 ショウちゃんと呼ばれた山田の守護天使は、人数分の皿をテーブルに並べた。


 「カレーしかないけど、遠慮無くおかわりしてね」


 山田の好意に甘えてタマは遠慮無くおかわりをしていた。


 「あんな場所で会うなんて、世の中狭いわよね。ご両親のお墓参り?」


 「ああ。山田も誰かのお墓参り?」


 「ノノ私ね、前に子供を下ろしたのよ。その子のお墓参り。男の子だったんだって」


 「そうノノ」


 「私は産むつもりだったんだけど、親に反対されちゃってね。産んでいればショウちゃんくらいになってたんだろうけど」


 「山田も色々あったんだな」


 「そうね。いろいろね。でも、いま考えれば、あの時に産んでいても、まともに育てられなかったと思う。だから、両親が正しかったのね。私一人が生きていくだけで、今は精一杯なんだもの」


 「おい、あんまり女性の過去を詮索するんじゃねぇよ」


 カレーを食べている途中のショウちゃんに怒られた。


 「いいのよ。村瀬くんの過去を私も知っているし。私に三回告白したとか」


 「うわぁぁぁ!!」


 僕は思わず奇声を上げた。


 「認めたくないものだな。若き日の過ちとは」


 ショウちゃんは勝ち誇った顔で僕を見るとまたカレーを食べ続けた。


 「見た目が5歳児に言われたくねぇよ!」


 「おかわりいいですか?」


 タマは山田のカレーに夢中らしかった。


 寝る事になり、4人で川の字になって寝ることになった。


 間にはいるのはショウちゃんとタマで、両端に僕と山田である。


 灯りも落ちてしばらく達、僕は眠れずに天井の皺を数えていると山田が声をかけてきた。


 「眠れない?」


 「もともと、こんなに早く寝ないから。タマが来てから早寝になったけど」


 「守護天使って何なのかしらね」


 そう言われてタマを見ると、幸せそうな顔をして寝息を立てていた。


 本来なら僕が寝付くまで起きているので、今は気を使って寝たふりをしているのかも知れない。


 「少なくとも、僕は救われている気がする」


 「私もよ。産んであげられなかった子供に許されている気がする。本当は許される事は無いんだろうけど」


 人の心の隙間を埋めてくれる存在。


 それが守護天使なのだろうか。


 だから、宗教も国家も人種を越えて存在しているのだろう。


 僕はそんな事を思いながら眠りについた。


 

 5


 「もう、こなくていいから」


 そうショウちゃんに言われ、山田に見送られながら僕とタマは電車に乗り自分たちの暮らす町へと帰る事になった。


 「メールでもちょうだい」


 と、山田が言うのでアドレスの交換をし、僕らは別れる。


 改札を通り、ホームに向かう僕らを、姿が見えなくなるまでショウちゃんと山田は手を振っていた。


 「タマって言う名前、あの人からもらったんですね」


 電車に揺られながら、向かいに座ったタマが何の表情もなくそう言った。


 「綺麗な人でしたね」


 「まあな。変わっていたから、最初は解らなかったけどな」


 「昔は、今の私の姿だったんですか?」


 「あぁ、当時の山田に今のタマはそっくりだよ」


 「変化の無いところを見ると、この姿の山田さんが好きだったんですね」


 「そうなのか?今を知るとタマの今も変わるのか?」


 「正確に言うならば、その人の理想の姿なわけですよ。だからショウちゃんは成長した姿になっていたじゃないですか」


 言われてみればそうなのかも知れない。


 山田は自分の子供が成長した姿を見れないと言う思いが、ショウちゃんの今の姿だとすると、僕は思い焦がれた中学生の山田珠子への思いがタマの姿を形作っているのかも知れない。


 「ロリコンなのですか?」


 僕はそんな言葉は覚えなくていいとタマに言った。


 自分のアパートの部屋に戻った時にはやっぱり夕方で、疲れ切っていた僕はすぐに布団に横になった。


 「何か食べないとお腹が空きますよ?寝るなら寝るで着替えないと」


 「何もする気力がない。疲れたよ」


 僕はそう言うとタマの手を握り引き寄せて抱きしめた。


 「ちょっ、本当にロリコンさんだったんですか?」


 タマはバタバタと手を振り逃げようと暴れていた。


 「考えたんだ」


 僕の言葉を聞きタマは暴れるのをやめ聞き返した。


 「何をです?」


 「タマが現れなかったら、僕は一人孤独な日々を送り、両親の墓参りにも行かなかったと思う。そうすると、山田に会う事もなかったろうし、山田がどんな日々を送っているのかも知らなかったと思う」


 「それで?」


 「僕の所に来てくれて、ありがとう、タマ」


 「ノノどういたしまして」


 タマはそう言うと僕の頭を優しく撫でた。


 そして僕は深い眠りに落ちた。


 翌朝目を覚ますとタマの姿はなかった。


 アパートの六畳一間の真ん中にあるテーブルに、僕が買ってあげたサンダルが揃えておいてあり、その上に「もうだいじょうぶ」と一言書かれたメモが置かれていたのである。

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 まず始めに断っておかないと行けない事があるとすれば、それは山田冬華は宇宙人であると言う事だと思う。


見た目はこの地球に済む日本人の小学校高学年の女子児童にしか見えないのだけど、本人が銀河の中心部から、三年前にこの星にやってきたÇáÇÜÇÇÇàÇíÇîǧǕ星人であると言い張るのだから間違いのない事実である。


彼女は僕が住んでいるボロアパートの大家の孫娘に成りすまして身分を隠し、日夜この星の情報を収集し、母星に送信しているのだそうだ。


そしていつか来るべき大侵攻のその日まで、この星に草として根を張り生きていく忍者の様なものだと僕に胸を張って言うのだった。


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