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2016/04/01 第十二回  ■ 四月一日


 「鰤鰤さん、わたし結婚する事になりました」

 

 そんな報告をされたのは、ちょうど仕事が立て込んでいる夕方の事だった。


 私は一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


 それは人間強度を下げてしまうし、そもそも自分に全く縁のないものだとずいぶん前に「結婚」などと言うワードは、私の辞書から消し去っていたからだ。



 O嬢と初めて会ってからもう四年になる。



 専門学校の卒業を目前に控え、ちょうど新入社員の募集をしていた私が勤める会社に面接に来たO嬢は、不幸な事に入社してしまったのだった。


 その頃私は「キツイ、キタナイ、キケン」が三拍子揃った工場勤務から晴れて解放され、人手不足に陥っていたパソコンを使う部署に異動したばかりであり、何もできなかった私とO嬢は、まさしくある意味で同期の桜と言えるだろう。


 歳の差は21歳。


 まかり間違えば父娘と言えなくもない年齢差ではあるが、時同じくして一緒に働く事になった我々に年齢差などは関係がなかった。


 専門的な知識を学んできたO嬢と、市内で下から二番目という公立高校を卒業し、そのまま工場勤務で四半世紀近く働いてきた私の能力は比べる必要もなく、三ヶ月後には私が教えを請うと言う上下関係に発展していたのである。


 向上心と未来への希望、そんな私がどこかに落としてきたようなものについて、彼女なりの考えを仕事中にこつこつと私に諭し、私がネガティブな事で笑いを取ろうとすれば、惜しげもない舌打ちで答えてくれた。

 

 もし自分に娘がいたら、こんな子になって欲しい。


 2ちゃんねるのまとめサイトを仕事中に閲覧しながら、自分のツボに入ると隣にいる私にわざわざ報告してくれる姿を見て、ありえなかった世界に想像を廻らせる。


 女の子の日にはわざわざ、

 

 「わたし生理なんですよ〜だから、わけわかんなかったりするかもしれませんけど、きにしないでください」


 と、いちいち断りを入れてくれる礼儀の正しい娘だった。


 そんな同僚としての関係は、私が人手不足になった工場勤務へのカンバックと言う事で終了したが、薄汚れた作業着の私と会社の中で擦れ違えば、指を指して笑ってくれる程度の関係性は残っていたので、それもあっての結婚報告だったのだろう。


 「まじで!? 仕事どうするの?出来ちゃった婚?相手の男はどこの馬の骨ぢゃ!?」


 正直、本気で狼狽えていた。


 彼女はすでに重鎮である。

 

 彼女がいなければ成り立たない仕事というものがすでに確立されていて、そういうにっちもさっちも行かない状況を会社は放置していたのである。


 だから、会社を結婚退職されることになると、彼女のいる課は一発で仕事が溢れるのである。


 そして、「社内で一番低レベルオールマイティー」、「背番号のないエース」と呼ばれる私が怒濤の嵐が吹き荒れる火中へ放り込まれる可能性が一気に高まるのである。


 敗戦処理に、火中のクリを拾うであった。


 そして正直言えば、唯一の紅一点、社内に一つのオンリーワンとも言える二十代前半の女性のO嬢がいなくなるのは、一抹の寂しさがあるのである。


 四十代半ばの女性は二人いるけども。


 「え〜マジで結婚するの? まぁ、お年頃だし仕方ないと言えば仕方ないのかぁ。それで、会社はどうする……?」


 私がそんな事を一人で言っている間、彼女は何も言わず、私の狼狽える姿を見て吹き出しそうになるのを必死でこらえていたのである。


 「……あっ!! そう言う事か!? マジかぁ!?」


 私は彼女の様子を見て、ある事に思い当たる。


 そして、O嬢も私の様子を見て、私が気づいた事に気が付く。


 「今日は四月一日ですよ」


 O嬢はそう言って笑ったのだった。



 閑話休題



 そんな話は一年前の事で、あれから一年たった今日、四月一日・エイプリルフール。

 

 今年はどんな「嘘」をO嬢がついてくるか楽しみにしているのだけれど、すでに退職届をだして、会社に受理されているO嬢がどんな嘘をついてくるか、全く予想がつかないのである。

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