1055 @FANTASIUS
「ジャンルはRPG!」
桂はホワイトボードに大きく『RPG』と書いた。
「ストーリーが作れないからダメって言ったろ?」
志穂の当然の反応に、桂はニヤリとする。
「ストーリーなんかいらないよ。ついでに豪華なグラフィックも、荘厳なBGMも、ダンジョンさえもいらない」
「それってゲームになるのか?」
「だからゲームになるんだよ!」
「ちゃんと説明してくれるかな」
由愛が冷静に問いただす。
「RPGの究極目的ってなんだと思う?」
「そりゃ、ゲームなんだからエンディングを観ることだろ」
「ううん、わたしは違う。どれだけ強くなったか、なんだよ。だからクリア後もレベル上げするし、レア・アイテムを探す。そういう人、多いと思うんだ」
「一理ある」シューティング以外無関心を決め込む陽光が賛同した。
「ノーミス・クリア探求に通じる」
「そうかぁ?」
と、志穂がツッコむが、桂も陽光もスルーした。
「で、そういうゲームを作るわけかい?」
由愛が話を戻した。
「うん。なるべくシンプルに、想像力を掻き立てるように、長く楽しめるように」
「だからといってダンジョンがないってのはねぇ。戦闘だけずっとやるのか?」
「ううん。一本道にしようかと。もちろん絵は描けないから、一歩、二歩って表示するの」
「おもしろいか、それ?」
「RPGで迷路自体を楽しむ人って少ないと思うんだよね。アクションならともかく、コマンド式で迷路作っても、ただの時間稼ぎじゃない」
「それがいいって人もいるんじゃないですか?」
「マッパーと呼ばれる趣向者だね」
頼子の問いに、由愛がネットでの聞きかじりで答えた。彼女はゲーム系ブログや掲示板を回遊する日課があった。
「そういう人たちには『ごめんなさい』かな。わたしが作りたいのは、あくまで最強を目指すRPGだから」
「割り切るにもほどがあるな」
志穂が呆れとも感心ともとれる息を吐いた。
「つまりはコマンド式戦闘で最強装備を目指すゲーム、てことでいいわけだね?」
「うん。ゲーム性を出すために、ダンジョンから出てくるまでその装備は使えない」
「不思議ダンジョン系だね」
「そうそう。で、パーティ制で種族と職業を自分で組み合わせるの。自作できるとそれだけで思い入れできるよね」
「ストーリーがない以上、そうするしかないとも言えるが」
「昔のパソコンのRPGはそういうの多かったよね。最近も見直されて3Dダンジョンのシリーズが出てるし」
理利子が懐かしい記憶を掘り起こす。その昔、彼女の父が所持していた8ビット・パソコンで、カセット・テープのゲームをいくつかプレイした。父がもっともハマったと教えてくれたRPGは、画像はたった8色で描かれ、ダンジョンにいたっては線画であった。あれもたしか自作パーティで挑み、レア・アイテム探しとレベル上げを楽しむタイプだったはずだ。桂もいっしょに遊んでいたので、そのときの記憶が今につながっているのだろう。
「画像なしってことだけど、モンスターの画像も?」
「なし。文字で名前を出すだけ。作れない物に時間をかけてられないし、それに、名前だけのほうが想像力働くでしょ?」
「メジャーどころなら名前だけでだいたいわかるか」
「賛美両論だね。手抜きと言われれば否定できない」
「とことんシンプルにこだわるなら逆に『売り』になりますよ」
「良くも悪くも、だけどね。けど、今のわたしたちには選択肢はないから、それでいくしかない」
「それじゃ決定として、システムを煮詰めようか」
桂がペンを取り、『仮題シンプルRPGシステム案』と大きく書いた。
「まず、舞台だけど、中世ファンタジーでいいよね?」
「馴染み深いしな」
「賛成。ヘタにオリジナルの未来物なんかにしたら世界設定からはじめるハメになるよ」
項目が一つ決まった。
「次に、パーティは何人がいいかな?」
「いや、それを決めるなら種族と職業が先だろ? バランスの問題が出るし」
「あ、そっか。それなら種族はメジャーどころで人間・エルフ・ドワーフ・オーク・ドラゴンとか?」
「種族があると職業がほぼ固定化されないか? エルフは魔法使いか弓使い、みたいに」
「それなら種族か職業、どちらかだけのがシンプルでいいな」
「でしたら種族分けがいいです! 種族が人間だけだとファンタジーっぽくないです」
「頼子に一票」
「わたしもそれでいいけど、職業で大別するなら、戦士・魔術師・僧侶・盗賊ってカンジ? 人間ならどれでもできて、エルフは魔術師、ドワーフは戦士か僧侶みたいに」
種族と職業の話だけで一時間は意見の交換が行われた。が、明確な線引きができずに行き詰ってしまう。しかたなく桂は「保留しよう」と話を変えた。
「パラメータはどうしよう?」
「基本に沿ってでいいんじゃないか? 腕力・敏捷・器用さ・体力・運・魔力にHPとMP」
「そうすると戦闘方式も敏捷順で行われ、器用さで命中判定、腕力・魔力でダメージ計算だね」
「奇をてらうところじゃないからな」
「そうだね」
桂がまとまったと見て、ボードに書き込もうとする。しかし、頼子の唸り声が聞こえて手をとめた。
「シンプルを売りにするなら、もっと単純化してみませんか?」
「どうやって?」
「わかりません。ここはRPG専門家・桂先輩の出番です」
「わたしに振るんだ!?」
「桂ちゃんのやってきたゲームで、変わった戦闘方式ってなかった?」
「変わった方式と言っても、コマンド式だとねぇ……」
桂が記憶層をフル回転検索し、片っ端からファイルを開く努力をする。
「リアルタイムで文字に対応するボタンを押して呪文を唱えるとか、武器自体に魔法を宿らせてそれしか使えないとか、アイテムの効果が数ターンたたないと効果を発揮しないとか……」
「それだ」
由愛は閃いた。
「どれ?」
「武器自体に魔法を宿らせるってやつ。これと古典迷宮RPGの一潜行中の魔法使用回数制限を加える。そうするとMPというパラメータはいらなくなるね」
「わかりやすく頼むわ」
「たとえば『炎の杖』という武器があるとしようか。これはその名のとおり炎で敵を攻撃できるんだけど、それ以外できないんだ」
「杖自体で殴るのも?」
「うん。そして炎の攻撃は一度のダンジョン攻略で九回までしか使えないとしてみようか」
「少なっ。すぐに弾切れじゃないか」
「ということは、切れる前にダンジョンから出ないと危ないから、街に帰る必要が出てくる?」
「そう。RPGって、強くなりすぎるとこもりっぱなしがもっとも効率よくなってしまう。それを抑制するためにも回数制限をつけてしまうんだ。それにより、戦闘での計算や緊張感も出てくる。なにしろ街まで帰らないと、お宝は消失してしまうのだから」
「それ、いい!」
「回数も固定ではなくて変化させるのはどうでしょう? 同じ能力でも回数が多いだけでレア・アイテムぽくなると思いますけど」
「頼子ちゃん、ナイス・アイデア」
「いっそアイテムは全部ランダムで能力をつけるのはどうだろう? 何が出るかわからないし、それこそクズからレアまで幅広くなるよ」
「そういえば」志穂が背後のゲーム箱から、一つのパッケージを取り出した。
「このゲームがちょうどそんなカンジだったな。手に入れたアイテムは全部ランダムで、特殊効果もランクによって最大六個まで付くんだ。レアとかあんま興味なかったけど、強いのが出ると嬉しかったな」
「いいところはパクろう。これでコレクション性も出てきて楽しみが増えるね。問題は、理利子が組めるかだけど……」
「だいじょうぶだよ。アイテムごとに能力のデータベースを設定して、そこから乱数で付与する能力を決めるだけだから。大変なのは能力ごとの処理だけど、たぶん問題ないよ」
「そのへんで困るようなときは仕様変更も考えるから、ちゃんと言ってね」
「うん」
理利子が笑顔でうなずいた。
「魔法はそれでいいけど、剣とかの直接攻撃系はどうする? こっちも回数制限つける?」
「刃こぼれして使えないって理屈はつけられるけど、そこまでするとキツイんじゃないかな」
「んー、使用制限はつけたいかなぁ。戦士系だけ特別扱いになっちゃうし」
「でもそれじゃ、剣と魔法でわける意味すらないだろ」
「なら、ありがちですけど、魔法は複数にヒット、剣とかは単体のみだけど威力高めにするのはどうです?」
「あるね。それがベストかな」
「いっそ戦闘コマンドも『戦う』『魔法』とかじゃなくて、持ってるアイテムを選択する方法にしないか? そうすればコマンド選択も一手間省けるよ」
「いいね。攻撃手段が各アイテム一種類しかないなら選択は意味がないし。剣を選択すれば直接攻撃、杖なら魔法でわかりやすい」
「『逃亡』と『防御』はナシ?」
「ここまできたら逃げるのもナシにしちゃおう。『防御』は所持アイテムの使用回数が切れたときは自動で、それ以外は選択肢を用意で」
桂が理利子を見る。幼馴染は無言の問いに「できるよ」と答えた。
その日は最終下校を告げる鐘が鳴り、解散となった。
翌日、システムを煮詰める会議が続く。一日おいたことで、各自が意見や要望をまとめていた。
口火を切ったのは由愛だ。
「種族と職業の件だけど、やはり種族分けでいきたいね。で、装備できる物とレベルアップ時のステータス上昇値で区別をつける」
「反対はしないけど、そもそものパラメータはどうする?」
「とにかくシンプルにするなら、4つあればいい。『筋力』『魔力』『敏捷』『HP』だね」
「『器用』とか『運』はいらない?」
「なくても問題ないよ。運なんて乱数の出目で充分」
「これで戦闘になるの?」
「なるよ」由愛は桂からペンを借り、ホワイトボードの前に立った。
「例えばAからBに攻撃する場合」
ボードに『A→B』と書く。
「攻撃は剣だろうと魔法だろうと必ず当たる」
『B』に赤ペンで『×』をかぶせる。
「当たるの!?」
「そう、必中だ。もちろん相手の攻撃も当たる。ダメージは――」
『(筋力+武器攻撃力)−防具防御力』と書きなぐる。
「単純化した式だけど、こんなカンジ」
「それじゃ防具がよっぽど硬くなきゃ絶対にダメージ食らうだろ。あたしは食らわずに斃すほうが好きだ」
「それも考えたんだけど、シンプルにするのと、多少の危機感は必要だろうと結論を出した」
「わたしもどっちかというと回避優先の志穂に賛成なんだけど」
「回復めんどい」
桂に続いて陽光もつぶやく。彼女は今回の制作ではほとんど口を挟まないが、RPGだから無言抵抗しているわけではない。単に出番がないだけである。
「それ、回復!」由愛がペンで陽光を指す。
「わたしはダンジョンでのキャンプもムダと考え、戦闘後のHPは自動で全回復させたい」
「そこまでやっちゃう?」
「このゲームでキャンプの意味があるとすれば、戦闘後の回復のみだよね? マップは一本道で迷うことはなく、装備の入れ替えもできない。とすれば、回復時間を省くのも効率面からみてアリじゃないか?」
「装備の入れ替え不可って決まってたっけ?」
「そうしないと使用回数制限が無意味になっちゃうよ」
「あ、そうか」
理利子のフォローに志穂は納得した。
「理利子の言うとおり、装備はダンジョンに入る前に決めて、戻るまで変更はできない。でもそれだとさすがにキツイから、武器系は三つか四つくらいまでは持てるようにしよう。戦闘のさいは持ち替え動作などは考えずに、各キャラの装備品を直接タッチして使用する」
由愛が戦闘画面をイメージさせるように、ホワイトボードに四角を四つ描き、それぞれ『杖A/9』『杖B/6』『杖C/7』『防御』と書き込む。
「魔術師系の戦闘コマンドはこんな形かな。名前のあとの数値は残り使用回数」
「いや、コマンドの話は置いといて、戦闘後のHP回復の是非が先だろ」
「ああ、そうだったね。わたしが考えたアイデアはここまでだから、他の人の意見が出揃ったら決をとろう」
桂にペンを返し、由愛は自分の席に戻った。
「それじゃ、次の人」
「あたしでいい? 由愛みたいに斬新な戦闘システムは考えてないけどね」
「いいよ。とにかく意見を出し切ってからまとめよう」
志穂はボードの前に立つこともなく、自席でメモを取り出した。
「あたしが付けたいシステムは、ありがちだけど魔法に属性を持たせるのと、全滅するとキャラクター・ロスト。とうぜんアイテムもキレイさっぱり消える」
「恐ろしい……」
帽子の奥で陽光が怪しく微笑む。桂は彼女の喜びように寒気がした。
「緊張感は出るけど、携帯ゲームでそれはコクじゃないかな」
「あたしの好みだからね。多数決で決めてくれればいいよ。他にはリアルタイム・コマンド入力とか考えたけど、それこそ携帯には向かないから候補にもあげない」
「そんなところ?」
「戦闘システム自体はオーソドックスに考えていたからね。攻撃して回避して、当たったらダメージって。魔法は必中でもいいかな、とは思うけどね。あとは……クリティカルが出たら一撃死かな」
「なるほどね。書いておく」
桂が志穂のアイデアを残していく。
「そういう桂は? RPG専門家だろ?」
「わたしも戦闘自体は志穂と同じように考えていたから、アイテムの効果とかいくつか思いついたくらいだよ。まずは大本をしっかりさせないとね。……理利子は?」
桂に話を振られ、理利子は板書の手をとめた。
「わたしは実現できるかどうかだけ考えてるから、自分のアイデアはないの」
プログラマーが理利子一人だけなので、意見を言えば問答無用で通さざるを得ない雰囲気になる可能性があった。なのでなるべく要望は出したくなかった。
「そうなの? でも、意見があればどんどん言ってね」
桂の視線が一年生コンビに向く。意見を求められた二人は、戦闘システムへの要望は「特になし」と答えた。彼女たちが温めているアイデアは、それ以外の方向にあった。
「それじゃ、戦闘システムとキャンプについて話し合おう。まず簡単に多数決を取ってみようか。由愛のアイデアに賛成の人〜?」
当然ながら由愛の手が挙がる。それと陽光と頼子も賛同した。
「あれ、ヒカヨリ・コンビも?」
「なんですか、それは」と頼子が睨む。
「センスなさすぎ」と陽光がため息。
「い…いいじゃないっ」と発言者の桂が顔を真っ赤にして、ゴマかすように賛成理由を聞いた。
「えーと、変わってる方がおもしろそうだからです」
「シンプルは正義」
「なるほどね。じゃ、反対の人は?」
呼びかけに、桂も志穂も理利子も挙手しなかった。
「ごめんね、わたしは中立のほうがいいと思うから」
先ほどと同じ理由で、理利子は投票を拒否した。
「あたしはおもしろくなるならなんでもいいよ。ただ、由愛の案がおもしろいのかはわからないし、かといって別のアイデアも思いつかないから反対もしない」
「ごめん、わたしも同じ。投げっぱでホントごめん」
桂はひたすら縮こまった。
「それじゃ、賛成が過半数で採用ってことで。理利子には悪いけど、テストしてダメなときは改めて考えよう」
「プログラムってそう簡単じゃないよなぁ?」
「うん、そうだけど、いろいろ挑戦するのはいいと思うよ。わたし、がんばるからだいじょうぶ」
「カァ〜ッ、理利子は健気だねぇ。ミワが嫁に欲しがるわけだ」
「ミワちゃん、そんなこと考えてたの!?」
素で驚く桂に、志穂たちは笑った。
「冗談に決まってるだろ」
「えー、ヒドーイっ」
「いや、あのコなら案外本気かもしれないけどね」
「桐生先輩はアブナイ人だったんですねっ。これは燃えそうですっ」
異様に興奮している頼子に、志穂と由愛の笑みは乾いたものに変わった。
真剣ななかに冗談のスパイスを交え、それから三日間をかけて仕様が完成した。
理利子は清書した書類をコピーして部員たちに配る。タイトルには『ファンタジアス』と書かれていた。
☆キャラクター・メイキング
・種族はヒューマン・エルフ・ドワーフ・フェアリーの四つ
・能力値は『STR(筋力)』『AGI(敏捷)』『MAG(魔力)』『HP』
・種族ごとのレベル1時の能力値とレベルアップ時の増加(+値)
ヒューマン……STR/5+3 AGI/5+2 MAG/5+1 HP/30+5
エルフ…………STR/3+1 AGI/8+3 MAG/7+2 HP/25+4
ドワーフ………STR/10+5 AGI/2+1 MAG/0+0 HP/40+6
フェアリー……STR/0+0 AGI/7+2 MAG/9+4 HP/20+3
※レベルアップ時の任意割振ポイントは全種族+1
・キャラクターは最大20名作成・保存可能
・名前は全角文字10文字まで
・レベル上限は99(目安最下層クリア・レベルは40)
☆街(酒場)でできること
・キャラクターの作成・削除
・パーティの編成(最大四人)
・装備の変更(武器・防具ともに最大三個ずつ計六個)
・装備の管理(倉庫は最大二〇〇アイテム保管)
・レベルアップ
・ダンジョンへの移動(フロア単位で指定可能)
☆ダンジョン
・移動は前後のみ
・自動移動可能(フロア終点で折り返し/下層フロアに移動)
・1フロアは一〇〇歩で構成
・各フロアの最終点に初到着で次回から下層フロア選択可能
・エンカウントは一歩ごとに判定(確率20%の予定)
・フロアは10フロア。フロア10の一〇〇歩目にボス登場
・ボス撃破後も再び訪れるとボスと戦える
☆戦闘
・敵の数はランダムで3〜9匹
・敵の攻撃方法は1キャラにつき最大三つ
・敵味方ともに隊列なし
・行動順序はAGI値の高い順
・攻撃魔法は火・氷・雷の三属性。
・攻撃魔法は全敵に効果。(命中率50%)。敵個別に耐性パラメータ有
・回復魔法はパーティ全員に効果
・直接攻撃(剣・斧)は無属性攻撃で単体のみに攻撃(必中)
・間接攻撃(弓)は無属性攻撃で複数(1〜3匹)に攻撃(命中率70%)
・防御は総防御力を2倍にする
・戦闘後はHP完全回復
・オート戦闘を指定している場合は、『防御』以外をランダムで選択する。
☆アイテム
・アイテムは装備品のみとし、種族によって装備できる物が異なる
ヒューマン……剣・斧・弓・杖・服・革鎧・鉄鎧・盾・指輪・帽子・兜(全種)
エルフ…………弓・杖・服・革鎧・指輪・帽子
ドワーフ………剣・斧・服・革鎧・鉄鎧・盾・指輪・兜
フェアリー……杖・服・指輪・帽子
・杖には必ず火・氷・雷のいずれかの属性が付く
・防具にはランダムで三属性に対する耐性が付く
・ダンジョンのフロアによって得られるランクが変化する(1〜20)
・ランクに応じて攻撃力・防御力・特殊能力数が上昇する
・特殊能力はランダムで選出され、効果が加算される
※例)雷耐性+5%が二回選ばれると+10%になる
この仕様をもとに、各自の作業がはじまる。志穂と陽光はモンスター・データの作成、由愛と頼子がアイテム担当、桂は総監督兼理利子のサポートである。
「モンスターは何体くらいいる?」
志穂に相談された桂は、しばし考え込んだ。
「1フロアに四種類は欲しいかなぁ。有名どころは色違いでもいいと思うけど」
「レッド・ドラゴンとか?」
「うんうん。モンスターは王道でいいよ。なにせ名前しか出てこないから、イメージはプレイヤーまかせになるからね」
「わかってる。で、攻撃方法を技名で決めるんだよな」
「『○○で攻撃!』って表示されるからね。ドラゴンなら『ファイア・ブレス』とか」
「今、表計算ソフトでテンプレート作ってるから、もうちょっと待っててね」
理利子が志穂にあやまる。
「いいよいいよ、慌てなくて。メモだけ書いて、あとで写せばいいだけだから。てか、桂がそういうのを手伝わなくてどうするんだよ。理利子はプログラムに入ってもらわないとダメだろうが」
「わかってるけど……」
桂の能力の及ばないところであった。
「データに必要な項目を書くだけだから……うん、終わった。共通フォルダに入れておくから、そっちのパソコンで使って」
「あいよ。……ん? この『技名』のあとの『属性』と『音』項目は何を書けばいいんだ?」
「『属性』は攻撃の属性。0が無属性、1が火、2が氷、3が雷、4なら回復魔法。『音』は技の発動時の効果音番号。まだ選曲してないから全部0にしておいて」
ファンタジアスではBGMは流さないが、戦闘効果音の使用は決まっていた。戦闘が無音だと迫力がなさすぎるという、志穂の提案を受けてのことだ。
「了解。それじゃヒカリ、出番」
「オーク、ゴブリン……」
陽光がファンタジー・モンスター辞典からメジャーなものを探して読み上げ、志穂が表計算ソフトに入力していく。各種数値や『技名』などは名前のリストアップが終わってからの作業だ。
アイテム組は表計算ソフトで特殊能力リストを作成していた。『効果名称』『効果対象』『数値』の三項目がそれである。たとえば『効果名称』が『追加ダメージ』なら『効果対象』は攻撃力を表す変数名『wp_at』で、攻撃力の『数値』が『10』となる。
「『クリティカル』はどういうふうに書けばいいかな?」
「『数値』にクリティカルが発生する確率を%で書いておいて。攻撃ターンのときに一発ごとに確率判定して、満たせばダメージ二倍になるように組むから」
由愛と理利子の『クリティカル』の話題に、桂が割り込む。
「ねぇねぇ、これはワガママなんだけどさ、クリティカルのときだけ効果音変えない?」
「クリティカルっぽい音がすると気持ちいいかもね」
「でしょ? わたし、探してみるよ」
「理利子のサポートはどうするんだい?」
「うっ……」由愛に指摘され、桂は動きをとめた。
「いいよ、今はだいじょうぶ。こっちが少しできるか、志穂たちのデータができるまでは頼めることないから」
「わかった。それじゃわたしは効果音探ししてる」
桂は自分の席でパソコンを起動させ、シューティング・ゲーム制作で使った効果音のアーカイブを開いた。
「先輩、データを作ってて思ったんですが、アイテムの種類、少ないですね」
「え?」
頼子の一声で、全員の作業が中断した。
「だって、剣は剣ですよね? 強くなったり特殊効果がたくさんついても、けっきょく名前は『ソード』なんですよ。これって寂しくありません?」
「あー、そっか。それじゃ収集欲もでないよね」
「それじゃ、名前だけでも増やすかい? 『ロングソード』とか『レイピア』とか」
「いいね。どうせ名前だけだけど、こだわる人はいそうだ。『レイピア』で最強が欲しい、とか」
「ついでにカッコイイ二つ名もつけません? 『冥王の』『レイピア』みたいな』
「中二病……」
陽光が頼子を笑う。反撃を狙っていたかのように。
「ヒカリ〜っ」
「はいはい、ケンカしない。でもそれはアリだね。こないだ話したゲームもそんなカンジだったな。いいところはマネてしまおう」
「こうして理利子の手間が増えるわけだ」
「だいじょうぶだよ。乱数でくっつけるだけだから。頼子ちゃんは武器の名前と二つ名のリストアップもお願いね」
「ヒカリのほうが得意ですよー?」
チラリと同級生を見る。陽光は口をへの字にしていた。
「じゃあ、二人でやって。こっちは一人でもできるから」
由愛に言われ、陽光はしぶしぶ頼子の手伝いに入った。
理利子はプログラムに必要なデータの説明を終え、本来の仕事に取り掛かる。まずはキャラクター・メイキングのプログラムからだ。
流れとして『名前入力』『種族選択』『ボーナスポイントの割り振り』で終わる作業である。
(文字入力はソフトでカバーしてくれるから、文字列変数に受けて……そのまえに二〇人分のデータエリアの確保しとかないと。名前が全角一〇文字、基本パラメータが4つ、種族判別に1、装備は1キャラ6枠、装備の能力値は倉庫のデータベースと共通でいいから倉庫管理番号を代入しておいて……)
メモをとりながら頭をフル回転させる。このときの彼女にいつもの穏やかな表情はなく、桂ですら話しかけようとはしない。
理利子には迷惑をかけっぱなしだ、と桂は思う。もっとも大変な作業に手を貸せない自分がもどかしかった。それはなにも桂一人の想いではなかった。志穂も由愛も感じていたし、頼子や陽光でさえ軽口の一つもきかずに作業に集中している。
理利子の頭脳に渦巻く効率と能率と数式のパズルは、やがて一つに収束されていく。
「うん」
誰にでもなく自分に納得し、彼女はものすごい勢いでキーボードを叩く。ときおり新たなメモが追加されディスプレイに飾られるが、乱筆すぎて彼女以外には読めなかった。授業中、ノートに書く柔らかい文字とはまるで違う。
一時間後、理利子は手を休めて大きく息を吐いた。と、同時に彼女のまえに水が置かれた。
「お疲れ」
「ありがとう、桂ちゃん」
ありがたくコップを空ける。集中していて気付かなかったが、体はかなり熱くなっていたようで、水の冷たさが染み渡る。
「とりあえずメイキングは完成。レイアウトは後回しだから、素っ気ないけど」
「パソコンから動かせるの?」
「うん。エミュレータが起動するから。はい」
理利子がF5キーを押して実行する。名前入力画面が出てきた。
「わわ、出た。画面のキーボードで入力?」
「うん。エミュレータだからマウスで選択できるよ。実機ではタッチパネルに対応してる……はず」
実際に試していないので確信はなかった。
「それじゃ、『けい』と」
ソフトウェア・キーボードのエンター・キーを押す。すると種族選択画面になった。
「これは種族名をクリックすれば決定だよ」
「じゃ、エルフで」
名前の横に種族名が表示され、下に『STR』『AGI』『MAG』『HP』の項目と初期数値が並んだ。ボーナス・ポイント1点を振り分ける画面だ。
「HPに振り分けると、1じゃなくて5点上がるようにしたから」
「1点じゃありがたみないもんね。いいと思うよ」
振り分けが終わると『これでいいですか?』メッセージが現れ、ためしに『ノー』を選択する。すると名前入力まで戻った。
「入れた名前は消えないから、エンターを押せば種族選択にいけるよ」
「また打ち込むのは面倒だもんね」
今度は種族をドワーフにして、ボーナスを『STR』に振る。それからすぐに『MAG』をクリックしてみると、『STR』値が1減り、『MAG』が1増えた。誤動作はないようだ。
『これでいいですか?』に『イエス』で答え、一人目の作成が終了。引き続き『メイキングを続行しますか?』メッセージが出たので、『ノー』を選ぶ。
「あれ、画面消えた」
「ここまでしか作ってないから」
理利子が苦笑いを浮かべる。
「理利子はスゴイなぁ。すぐに作っちゃうんだもん」
「そんなことないよ。ミワちゃんなら三〇分でできるもの」
「ミワちゃんがプログラミングするところはあんま見たくない。すっごい怖い顔してたもん」
「……もしかして、わたしも?」
「ううん、理利子はカッコイイよ。惚れそうになるくらい」
「うう、家で作ろうかな……」
二人の会話を聞き、他の部員も一息ついた。緊張感が長く続くのは、彼女たちの気質にはかなり辛いのだ。
「あ、そうだ。由愛」
理利子がパッと顔をあげ、真面目な声で彼女を呼んだ。
「なんだい?」
「ごめんなさい。今、倉庫のデータベースもいっしょに作ってたんだけど、アイテムのデータ表をちょっと修正したいの。二度手間とらせて申し訳ないんだけど、いいかな?」
「いいもなにも、理利子が作りやすくなるならかまわないよ。むしろそのためのわたしたちなんだから、遠慮なく使ってくれ」
「ありがとう。それじゃ、新しいテンプレートをすぐ作るから待ってて」
「了解。けど、一息入れてからでいいよ。こっちは慌てないから」
「うん、だいじょうぶ。今、すっごく楽しいから」
理利子は鼻歌がこぼれそうな笑顔でキーボードを操作する。言葉に微塵のウソはなく、彼女は今、幸福だった。
家に帰ってからも、理利子は作業を続けた。食事中も、入浴中も、ベッドに入っても頭の中はプログラム一色だった。戦闘のダメージを導く数式は、論理式の真が1ならば『(STR×2+武器最低攻撃力+乱数(武器追加攻撃力)−敵総防御力)×((乱数<クリティカル率)×2)』、魔法のときはまず総攻撃力を『MAG×2+杖最低攻撃力+乱数(追加攻撃力)』で求め、それから『(炎属性フラグ×総攻撃力×敵炎耐性)+(氷属性フラグ×総攻撃力×敵氷耐性)+(雷属性フラグ×総攻撃力×敵雷耐性』で出せる。耐性値は%で表記してるから、『(一〇〇−耐性%)/一〇〇』で計算してからではないと使えないか――などと考え続け、寝付けない有様だった。
そんな活動が一週間も続くと、理利子に疲労が見られるようになった。授業中に居眠りするときもあり、今までにない彼女の姿に部員たちは心配をつのらせていた。
「少し休んだほうがいいよ。無理しないで」
「だいじょうぶだよ。それに、わたしがやらないと――」
足取りがフラついた。桂が慌てて彼女を支える。
「ほら、やっぱり無理してる。今日は帰って休もう?」
「ダメだよ。頭にあるプログラムを打ち込んでおかないと忘れちゃうもの」
「理利子……」
彼女がここまで我を通そうとするのは珍しく、それだけに全力で取り組みたい気持ちが伝わってくる。しかし疲れは顕著であり、桂は彼女の意思を尊重するべきかどうか迷った。
「何をしているの?」
「ミワちゃん……」
部室手前の廊下で美惑が待っていた。
「きのう電話があったときから心配だったけど、やっぱり」
「電話?」
「プログラムのことでちょっと質問があって……」
桂の疑問に理利子が答えた。
「なんか声に元気がなかったからおかしいと思ったのよね。ちゃんと寝てないでしょ?」
「えと、あんまり……」
「リコ、今日は帰って寝なさい」
「でも……」
「でもじゃないっ。桂、あんたがついてて何してんのよ? 部長でしょ? 友達でしょ? そんなにゲームが――」
「桂ちゃんは悪くないよっ。わたしが勝手にがんばり過ぎただけで、わたしがうまくできないから!」
理利子は怒声でさえぎった。
見たことのない理利子の一面に、桂も美惑も自失を味わい、しばらく反応できなかった。その合間に、声を聞きつけたゲーム研究部の部員たちが部室から飛び出してきた。
「なに、どうしたの?」
「理利子の声みたいだったけど……」
「桐生先輩」
「部長と副部長」
桂たちの姿に緊張を感じ、志穂たちは黙って成り行きを見守った。
「……そう、悪いのはリコなのね。わかったわ。それじゃ責任を取って今日は帰りなさい」
「ミワちゃん……」
「これ以上ここにいたらみんなの迷惑よ。それともみんなに心配され、同情されたいから残るって言うの?」
「ミワちゃん、そんな言い方――!」
「黙れ、役立たず。あんたがしっかりしないからリコが苦労するんでしょ。自分が役に立つと思うなら、リコを寝かしつけるまで戻ってくるな。それくらいはできるでしょ」
「ミワちゃん、桂ちゃんをヒドく言わないで」
「桂がヒドく言われるのはあなたがワガママだからよ。桂に甘えてないで、今、自分がやらなければならないことを考えなさい」
美惑は一方的に言い放ち、覗き見るゲーム研究部部員を部室に押し込んで扉を閉めた。
廊下に残された二人は、顔を見合わせた。
「今日は帰ろう」
「うん、ごめんね」
「わたしはいいよ。できる作業はほとんど片付いちゃってるから」
ゲーム制作は理利子のプログラムが完成しなければ何もできない状態になっていた。部員六名中・五名は、理利子の手助けもできず、ただ待つしかない。それを理利子は申し訳ないと思い、桂たちは歯がゆく悔しかった。
二つの上履きの音が遠ざかる。美惑はそっと扉を開き、二人が階段に消えるのを見送った。
「まったく、なにしてるの、あのおバカたちは」
「おまえもだろ」
志穂にツッコまれ、美惑はムスッとした。たしかにそのとおりだった。
「けれどまぁ、美惑のおかげで理利子も休んでくれてよかったよ。わたしたちじゃ説得しても聞いてくれなくてね」
「そうそう、あたしでもあそこまで悪役に徹しきれない」
「あんたねーっ」
「冗談だよ。ホント、感謝してるって」
志穂と由愛は笑って謝意を示した。
「……別に、あんたたちのためにしたわけじゃないわ」
「テンプレどおりのツンデレだね、ミワちゃんは」
「ミワちゃん言うなっ」
美惑はかまってられないとばかりに、理利子の席についてパソコンを立ち上げた。
「なにをするんだ?」
「決まってるでしょ? リコのかわりにプログラムを打つのよ」
「そういうことなら――」
志穂は美惑の脇に腕を通し、席から持ち上げた。思った以上に軽かった。
「ちょっと、なにするの!?」
「ダメだよ、美惑。この仕事は理利子のものなんだから」
「仕事が残ってたらゆっくり休めないでしょ!?」
「かもしれないけど、ダメだよ。それが余計、あの子の負い目になるから。わかるだろ?」
「……!」美惑は二人の真意に気付いた。ここで美惑が完成させたら、理利子は体を壊して迷惑をかけただけの役立たずになってしまう。そしてずっと後悔し続けるだろう。なぜあのとき――と。
「……そうね。軽率だったわ。これは理利子ががんばることに意味があるのだものね」
「うん。だから厚意はありがたいけど、その席は譲れない」
「ホントに感謝してるよ、あんたには」
「いいわよ別に。感謝されたくてしてるわけじゃないんだから」
美惑はフゥと重いため息を吐き、部室を出た。携帯電話がメールを報せる。二つ同時に届いたそれには、同じ一文が記されていた。
『いつもいつもありがとう』
「フン、なにしてるの、あのおバカたちは……」
メールの文字がにじんで見えた。
ベッドのなかで、理利子は堕ちていきそうな意識をつなぎとめて桂に話しかけた。
「ゲーム、完成させようね」
「もちろん。そのためには今日はゆっくり休むこと。体が資本なんだから」
「うん。ミワちゃんにまた迷惑かけちゃったし、桂ちゃんにも……」
「迷惑なんて思ってないからね。ミワちゃんだって」
「ありがとう。でもわたし、なにも恩返しできてない……」
弱々しく話す理利子に、桂は不満げな顔をした。
「恩返しってなに? そんなの貸した覚えないよ」
「絶対、いつか、返すから……」
理利子には桂の言葉を聞く力さえなく、二呼吸が終わるころには深い眠りに堕ちていた。
眠りのなかで、理利子は懐かしい光景を見ていた。
今よりもっともっと小さなころ、大好きなアニメがあった。妖精からもらった魔法の力で悪い妖精を退治する少女のお話。アニメは大人気となり、アクション・ゲームが発売された。
理利子は父親にお願いしてソフトを買ってもらい、一日中遊んだ。けれど、そのゲームは歴史に残るほどの駄作で、人気に乗じるだけの玩具メーカーが生み出した粗悪乱造の一つであった。
それでも理利子は遊んだ。キャラクターが大好きだったから。買ってくれた父親への感謝があったから。しかし、とても少女がクリアできるようなゲームではなかった。
理利子が泣きながらがんばっていると、桂と美惑がやってきた。二人は争ってそのゲームをプレイした。二人とも理利子よりも格段に上手で、次々とステージをクリアしていく。
が、二人の力を持ってしても全面クリアの壁は高く、あるステージを境に進まなくなった。
それでも二人はあきらめなかった。桂は理利子からソフトを借りて、美惑は特価ワゴンに並ぶゲームを買ってもらって続けた。
そして三日後、桂は理利子にエンディングを見せた。
「このゲーム、すっごくおもしろかったよ。理利子、貸してくれてありがとう」
真っ赤な腫れぼったい目で、桂は笑顔を浮かべた。
そのあとすぐに美惑もやってきてゲーム・クリアを報告した。桂がさきに来ていたことに、彼女は悔しがっていた。
理利子は嬉しくてボロボロと涙をこぼした。
今は知っている。そのゲームがどれほどの難易度を誇っていたか。それ以前にゲームとして成り立っていなかったことも。桂と美惑はゲームがおもしろくてクリアしたのではない。ただ、泣いていた友達のためだけにがんばってくれたのだ。その日から理利子は誓っていた。今度は本当におもしろいゲームでみんなと笑顔になりたい、と――
「桂ちゃん、ミワちゃん、わたし忘れてないからね」
それから一〇日後、ファンタジアスは完成した。




